#19
テントから外に出ると天候は曇天で、爽やかとは言いがたい目覚めだった。だけど夜明け頃から焚き火の晩をしていたミランダが朝食の用意をしてくれていたのか、辺りには良い匂いが漂っている。
既にオースティンとサルマンも起き出しているようで、2人はテントの片付けを始めているようだ。
「おはよう。随分と遅いじゃないか。お楽しみだったのかい?」
「独りで楽しむ趣味はないさ」
「……どうだか」
意味ありげにミランダがそんな事を言ってくるが、僕は取り合わないことにした。そんな事を言っている間にリコも起きてきたので、僕達は朝食を取ることにした。
昨夜同様盛り上がらない食事の最中、ミランダが進軍速度を上げることを提案してきた。
「進軍速度を?まだ旅は始まったばかりですから、馬を使い潰すのは得策ではないと思いますが」
「自分も賛成できない」
「はぁ。話は最後まで聞きな。私は移動速度を上げる魔法を使うことができるんだ。馬にこの魔法を掛けたら……2割ぐらいは早く移動出来るよ」
「疲労の蓄積はどうなのですか?いくら足が速くなっても消耗しては意味がありません」
「馬のことは知らないけどね、人間に使った場合なら走った距離に見合う程度しか疲れないよ」
ミランダが言っている魔法は僕の手持ちで言えば『長距離行軍』に相当する術だろう。
2割という速度向上率は一見すると「加速」なんかと比べると地味だけど、長時間維持できる分使い勝手も良い。
「なるほど……それなら一考の余地はありますね。2割増しで行軍すれば宵の口にはパルマへ到着できそうです」
「だろ?どうせ休むなら野営よりも街がいいからね。……まぁ、街が残ってればの話だけどさ」
「望み薄だろうな」
パルマというのは王都ランドーリアと大要塞を結ぶ中継地点に位置する大きな集落だ。僕達が移動している街道を魔王軍が進軍してきたということは、パルマが手つかずの無事という可能性は皆無だろう。
行きがけの駄賃に殲滅されているか、それとも占領されて前線基地にされているか……。
「それで、どうするんだい?魔法を掛けてパルマを目指すのかい?」
「自分はパルマへ向かうのは反対だ。進軍してきた魔王軍の規模を考えれば、街としての機能が残っているとは思えない」
「まぁそれはそうだろうね。仮に占領されていたとしても壊走した魔王軍が再集結するポイントにされているだろうしね。どれだけの魔物が逃げ延びているかは判らないけど、少なくともパルマの人口である3000よりは多いはずだろう?」
「私に聞かれても知らないよ、そんなこと」
「勇者殿が四天王を討ち、士気崩壊しただけたからな。数千規模で敗走している可能性は高いと思う」
「戦に詳しいオースティン殿が言われるなら間違いないでしょうな」
「で、結局どうするんだい?まぁ、魔法を掛けておけば獣避けにもなるだろうから、どこへ向かうにしても役には立つよ」
投げやりな会話が続いている。これがもしランドール王国出身者のパーティなら騎士団が想定していたパルマ解放作戦を議論する場になるのだろう。
けどあいにくと勇者リコを含めこの場にいる人間は全員、異世界の人間であったり外国の人間であったりと王国とは直接関わりのない者ばかり。
つまるところ、この国の民のために……という忠誠心や使命感を抱きづらい者達ばかりということになる。
しかも勇者パーティとしての目標はあくまでも「魔王の討伐」であって「魔王軍の撃退」ではない。この二つは一見すると似ているようにみえるけど、実際は全くの別物だ。
なにせ前者は小数で敵本拠地へ潜入し、魔王を暗殺すれば事足りるのに対して、後者は占領された街や砦を開放し、敵軍を討ち滅ぼすための大戦力が必要となるからだ。
つまり僕達の――表向きの――任務という観点からすれば、パルマという街……いや、かつてパルマだった場所に関わる必要は皆無ということになる。
そしてミランダがついでの様に言った「獣避け」という言葉。たぶんアレはロロが追尾してきていることに気付いた上での台詞だろう。
ロロがどのような方法で移動しているのかは判らないけど、僕達の馬の速度が2割増しになれば追走する彼女の負担が大きくなるし、場合によっては追尾不能になる可能性も否定できない。
緩やかではあるけどロロと協力関係にある僕としては速力増強は正直あまり歓迎すべきことではないけど、ここで意味も無く反対すると悪目立ちしてしまう。
なら、対処出来るように少し準備でもしておこうかと考えていると、サルマンが口を開いた。
「ミランダ殿、大事な事を忘れていないかい?」
「大事な事?」
「我々はあくまでも勇者様に随行する勇者パーティのメンバーでしかないという事実さ。つまり、全体的な作戦は勇者様がお決めになるのが筋というものじゃないか」
「……そこに魔王はいる?」
「まさか!最前線に魔王が出てくるとしたら、それは最終局面ですよ」
「じゃあ、パス。それよりお兄さん、昨日のマカロン出して」
リコがどの程度「魔王軍の撃退」と「魔王の討伐」の違いを理解しているのかは判らないけど、少なくとも村人を救うために魔王軍を倒すと言い出さない程度の自制心があるのは幸いだった。
「では勇者様もこう言われることですし、我々は魔王領へ急ぐことにしましょうか」
「一両日中には残党狩りをしている冒険者達がパルマに到着する。彼等が情報を持ち帰ればランドールの騎士達も奪還すべきか、静観すべきか自分達で決めるだろう」
「やれやれ、随分とドライなことだね」
サルマンとオースティンはリコの言葉に賛成のようだけど、ミランダはやや否定的なスタンスのように見える。
けど、結果として3人はリコの判断……すなわりパルマを見捨てて前進するという決定に従うことを決めたようだ。
それにしても僕がストレージから採りだしたマカロンを口にしているリコは昨夜に続いて今朝もあまり食事を口にしていない。
いかにマカロンが高カロリーな食べ物とはいえそう大きなものでもないから食事と置き換えられるとは思えないし……。
僕はロロからお世話係を引き継いだ訳ではないけど、それでも同郷の少女が栄養失調になるのを見るのは忍びない。仮に彼女を殺すことになるとしても……衰弱死させるというのは、僕の信条に反する行為だ。
そしてもちろんリコに魔王を討伐させて帰還を促す場合なら。食事が不十分で体力が落ちた状態で魔王と戦わせるなんて、実母の二階堂企画官以上の虐待じゃないか。
そんな事を考えていた僕はふとある事を思いだした。リコが食事を拒否しているのは野営の食事が美味しくないという理由だ。そして僕はこの状況を打破できるマジックアイテムを持っているじゃないか!
「リコ、少しいいかい?」
「な~に、お兄さん。あ、マカロンは分けてあげない♡」
「いや、僕は甘い物は……そうじゃなくて。実は僕のストレージの中に良い物が入っているだけど」
「良い物?あ、『幸せだけでできている』やつ?」
「残念だけど食べ物じゃないよ」
「な~んだ」
「これなんだけどね……」
そう言って僕がストレージから取り出したのはネックレスだ。銀製に見えるチェーンにぶら下がったペンダントトップに勾玉のような形のオパールがあしらわれている。オパールは見方によれば滴のようにも、舌のようにも見えなくもない。
「……なにこれ。あ、兄さんもしかしてこれリコへのプレゼント?モノでリコを口説こうとするなんて、よわよわムーブ♡だっさ~い♡」
「ユート殿、勇者殿にそのようなものを与えてどうされるおつもりですか?」
「いや、まったくだね。レディにプレゼントをすること自体は別に咎められる事じゃないと思うけど、こんなムードの無い場所でなんてねぇ」
僕が差し出したネックレスはリコにも、オースティンにもサルマンにも不評なようだ。だけど、ミランダだけは目を細めてペンダントを凝視している。さすが魔女だけあって、これがマジックアイテムである事に気付いたのだろう。
「プレゼントなのは否定しないけど、リコのご機嫌取り用じゃないよ。これは首から提げているとどんな食べ物でも美味しく食べられる……っていう魔法のアイテムなんだ」
「……ちょっと見せなさいよ、それ」
「おいおいミランダ殿、ユート殿が勇者様に渡すプレゼントを横取りかい?」
「馬鹿お言いじゃないよ!このネックレス、かなりの魔力を秘めているじゃないか……一体どこでこんなものを?」
「とある迷宮で発見されたものですよ。凶悪な双頭の魔物が守護していた品です」
僕の言葉にミランダは目を剥いている。まぁ、その気持ちはわかるよ。僕だって階層ボスであるエティンのドロップ品がこんな意味不明なアイテムだと知った時は呆れたからね。
「ちょ~意味わからない~。でも本当にこれがあると美味しくなるの?」
「僕も試したことはないけど、ダメ元で試してみないかい?」
「……うん、わかった」
そう言うとリコはネックレスを受け取り、身につけた。そして相変わらず籠手を装着したままの手でフォークを握り、少し眉をひそめながらも焼けた肉を口に運ぶ。
「……おいしい」
「そうか、それは良かった。じゃあそれはリコにプレゼントするから、食事時はそれを付けて食べるといいよ」
「うん、ありがとう、お兄さん♡」
そう言ってリコは僕に微笑みかけてくれたけど……プレゼントに否定的なオースティンとサルマンは微妙な表情をしているし、ミランダはリコの胸元をガン見している。
結果的にナンサイバで手に入れた意味不明なマジックアイテムは勇者リコの生活の質を高める事には役だったけど、勇者パーティ内での僕の立場を悪化させたような気もしなくはない。




