62.転生王子、八不思議を知る
「王宮の八不思議?」
ボクが聞き返すと、ローレンツは待ってましたと言わんばかりにこちらに身を乗り出してきた。
「はい。王宮には、古くから伝わる不思議な話が八つあると言われているんです」
「八つも? 聞いた事がないな」
エアハルト兄様が怪訝な顔でローレンツを見る。ディートハルト兄様はお茶のカップをそっと置いて、ローレンツに視線を向けた。二人とも興味はあるみたい。
ボクはと言うと、
(八つ? 七つじゃなくて?)
と思って、あれ、何で七つだと思ったんだろうと考えてハッとした。これは夢の中でよくあった『七不思議』ってやつだって。
「ノエルは知ってる?」
「知らない」
エアハルト兄様に聞かれるも、ノエル兄様は興味もないと言わんばかりにあっさり答えて、さっき運ばれてきたばかりのジャムが塗られたスコーンを口に運んだ。ジューヌのジャム、気に入ったみたい。
「使用人たちの間ではわりと有名な話なんですがね。でも誰も、全部の話を知らない……そんな話が八つあるそうです。私が知っているのは…………」
ローレンツは、芝居掛かった間を取って口を開く。
「『消された肖像画』、という話です」
妙に耳に響く声が、ボクらに伝わる。
「歴代の国王陛下の肖像画が飾られている場所がございますでしょう?」
知らないけど。
「ああ、うん。主塔の奥にある部屋への廊下だよね」
唯一の主塔の住人であるエアハルト兄様が頷くから、本当にあるんだろう。
主塔の一角に、代々の国王の肖像画がずらっと並んで飾られている廊下があって、その奥に王室の重要な資料が保管されているらしい。
「あの中に、一枚だけ肖像画そのものがなく、飾られていた痕だけが残っている箇所があるそうです。それが『消された肖像』と呼ばれるものでして。そこにあったのが誰の肖像画か……誰も知らないそうです」
「王宮の記録から消された国王ってこと? そんな話は聞いた事がないけど」
ディートハルト兄様が眉をひそめるけど、ローレンツはへらりと人好きする笑顔を浮かべる。
「ええ。ですから『八不思議の一つ』なんです」
つまりは、記録から消されているから誰も知らないのは当然だと。
ちなみに今の国王、ボクらの父様は第三十七代目国王だ。
て事は、三十六枚肖像画があるってことだけど、一枚足りないなら三十五枚ってこと?
「王宮の記録課がそんな杜撰な事をするかな?」
「王宮総出で消し去った王ってことじゃない?」
ディートハルト兄様の言葉に、エアハルト兄様がすぐにツッコむ。ボクもエアハルト兄様派かな。
でもそれだったらもっとバレないようにするとも思う。
「他の話は知らないのか?」
ディートハルト兄様が訊ねるとローレンツは仕草だけは丁寧だけど、どこかボクらの反応を楽しんでいるような笑顔で答えた。
「私が知っているのは、この一つだけです」
「一つだけ?」
ローレンツのようなタイプなら「8個ある」と言われれば当然他の話も調べると思ったので聞き返したんだけど、ローレンツの目がこちらを捉えて輝いた気がした。
「私はしがない田舎騎士ですからね、なかなか話は回ってこないんですよ。それに王宮内で立ち入りが許されない場所もありますから、調べようがないです。それこそ」
そこで区切って、ローレンツは席についている兄様達をぐるりと見渡し、続けた。
「王族でもない限り」
含みのある言い方に、ボクはしまった。ととっさに思った。
今のは明らかな誘導だった。
王族しか出来ないなんて言われると、好奇心にくわえ自尊心まで刺激されてしまうじゃないか。
案の定、振り返るとディートハルト兄様もエアハルト兄様も目を輝かせて、ノエル兄様もそわそわとしている。
ボクはとっさに、いつ出そうか迷っていたアカデミーの兄様たちの手紙をテーブルの上に出した。
「そういえば、アカデミーの兄様たちからのお手紙が届いていたんですよ!」
ことさら明るい声で言うと、皆の意識がテーブルの上の手紙に集まる。
「え、もう?」
エアハルト兄様が思わずこぼした言葉は、ボクが朝に漏らしたのと同じセリフだった。だよねー。
「日数的におかしくない? もしかして、飛鷹使ってる?」
ディートハルト兄様も同じ事を思ったみたいで、ボクはさもありなんとうなづいた。
「詳しくは聞いていないですけど、多分……」
お皿を避けて広げた手紙の多さに、ノエル兄様が顔を顰めた。
「こんなに送ってこられても、全部に返事を書かなきゃいけないのか?」
「ノ、ノエル様! お兄様方がせっかくお手紙をくださったのですから……!」
面倒そうにするノエル兄様に同意しかけたけど、さっき挨拶したヨヘムが慌てている。
「でもあまり交流のしたことがないから、前回のは初めてのお手紙だったから書くことがあったけど、これからもやり取りするのは、お互いに負担じゃないかな」
エアハルト兄様が、自分宛の封筒の中身を出して、ぺらりとこちらに向けてくる。
紙には一行だけ「もっと鍛えろよ」と書いてあった。
ラウレンス兄様……。
「一回ならいいけど、続くとなると何書いたらいいかちょっと悩むよね」
ディートハルト兄様も困り顔だ。
一方、もっと困っているのは大人達で、兄様たちの従者も護衛騎士もメイドまでもが慌てて止めようとしている。
ここにいるのはエアハルト兄様以外は側室棟の王子だから、主塔の王子と繋がるのは悪い事じゃない。むしろ利益のある事だから、各王子の陣営は推奨したいのだろう。
うちのベディみたいに「兄弟が仲良くなるのはいい事」って単純な理由じゃないんだよ。
「前回皆でそれぞれに手紙を書いたから、その返事が来たんだろう? 今回からは1人1通にすれば良くないか?」
前回はボク宛にアカデミーの兄様たち全員から手紙が来たので、お返事書くのに巻き込んでしまったんだけどね。
王宮組の兄様たちもアカデミーの情報は知りたいし、上の兄様方との交流自体を止めたいわけではない。
お互いに、無理をしたら続かなくなるからその辺が落とし所だとボクも思う。
従者たちも渋々だが引き下がった。
3日に1回4人分のお手紙はさすがに大変だもん。
「じゃあ誰が誰にお手紙書きますか?」
ボクが問うと、いの一番にエアハルト兄様が声を上げた。
「僕はアルブレヒト兄様以外で」
あまりにもはきはきと宣言するので、まるで前向きでいいことみたいだけど、後ろの従者たちは何とも微妙な顔をしている。この兄弟、本当に仲が悪いのか、思春期に近しい人と距離を取りたいアレなのか。
「誰かアルブレヒト兄様にお手紙書きたいです?」
ディートハルト兄様とノエル兄様に訊ねるが、2人とも眉間に皺を寄せてふっと視線を逸らした。
アルブレヒト兄様、弟からの人気がすこぶる無い様だ。
「じゃあアルブレヒト兄様にはボクが書きますね」
ボクとしては、1人で街にお買い物に行けちゃうアルブレヒトから聞きたいことはたくさんあるので、引き受けた。
5個くらい質問を書いたら、1個くらいは答えてくれるだろう。いや、やっぱり10個は書こう。
「あとはどうする?」
「アルブレヒト兄様以外なら誰でもいい」
なかなか決まらないので、くじ引きをする事になった。
結果、エアハルト兄様がラウレンス兄様、ディートハルト兄様がオリヴィエーロ兄様、ノエル兄様がフィレデルス兄様に手紙を書くことになった。
エアハルト兄様はラウレンス兄様に以前、温室まで連れてきてもらっていて2人は特に仲は悪くない。
ディートハルト兄様はちょっと困った様子だけど、どことなく嬉しそうだ。オリヴィエーロ兄様はアカデミーでも成績優秀で色んな事を知っているもんね。
ノエル兄様は「誰でもいい」と言っていたけど、やっぱり同じ他国の王族の血筋という共通点があるせいか、どことなく嬉しそう。
うん、いい感じにまとまったんじゃないかな?
「じゃあお手紙のお返事が書けたら、ボクがまとめて送りますね」
さあ、お茶会も無事終わりそうだし、お手紙も渡せたし、お返事を書く手間もだいぶ減った。
ボクはもう今日はやり遂げたぞ!て充実感いっぱいで、解散の空気に身を任せていたんだけど、主催のエアハルト兄様が思わぬ事を言い出した。
「ねぇ、これから『消えた肖像画』の所を見にいこうよ」




