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第34話 割れ物厳禁! 籾殻多重緩衝材の医薬品梱包

第34話です。最重要医薬品のドロップ耐性梱包!

ゴオオオオオオオオッッ!!

 猛吹雪の雪原を、超巨大な影が音速の弾丸のように滑走していた。

 チュウちゃんが四つ足で大地を蹴り、そり車が雪煙を巻き上げながら疾走する。

「きゃあああああっ!? 速い! 速すぎますわーっ!!」

 御者台の横で、オリヴィアが風圧に顔を歪ませながら叫んでいる。

「舌を噛むなよ! オリヴィア、前方に巨大なクレバス(氷の割れ目)だ! 幅三十メートル!」

 猛吹雪の先にぽっかりと口を開けた、底の見えない氷の深淵。

「空間ゲートをそりの進路上に展開しろ! 対岸の雪原へショートカットだ!」

「ひいっ! 【超低空・水平跳躍ゲート】開門っ!!」


」


 ギルドから預かった最重要物資――凍傷と感染症を防ぐ貴重なガラス製医薬品アンプル。

 一本でも割れれば、雪山で待つ鉱山労働者の命が失われる。

 「レン、それガラス。跳び跳ねたら割れちゃう」

 俺は納屋から、秋の収穫で近隣農村から譲ってもらっていた大量の【籾殻(もみがら)】を取り出した。

 木箱の底に、まず厚さ五センチの籾殻ベッドを敷き詰める。

 アンプルを一本ずつ厚手の麻布で巻き、籾殻の中に垂直に立てて並べていく。

 瓶同士が絶対に接触しないよう、指二本分の間隔を目分量で正確に空ける。

 「さらに上から籾殻を流し込み、隙間を完全に埋める」

 「これで二階から落としても割れん『多重乾草クッション梱包』の完成だ」

 「すごいですレンさん! 魔法を使ってないのに、完全な防震ボックスになってます♪」

 「魔法なんぞに頼るから失敗するんだ。確実なのは物理的な緩衝材と空気の層だ」

 俺は医薬品の木箱を橇の最も振動の少ない中央最上段へ固定し、防水帆布をしっかりと被せた。



 俺は真鍮の計算尺を取り出し、スライド尺をカチカチと動かして瞬時に数値を弾き出した。

「オリヴィア、ステラ、ベルカ! ボーッとしてる暇はないぞ、直ちに現場配置につけ!」

「ええっ!? わたくし、まだ朝のお茶を一口も飲んでおりませんのに!」

「文句は後だ! 現場の保安管理(セーフティ)は一秒の遅れが致命傷になる! 倉庫番の資材応用技術――『重心分散パレット工法』と『流体誘導カーテン』を展開するぞ!」

 俺は納屋から即座に必要な資材を選別した。規格寸法の杉板パレット四枚、耐荷重五トンの麻ロープ三束、そして予備のトタン板。

 現場にある資材を、物理法則に従って最も効率的な形に組み上げる。それが倉庫番の真骨頂だ。

「ステラ、その調合液を右舷のスリットに流し込め! 急激な気化熱で流速を三倍に引き上げる!」

「はいっ! 急速冷却反応、点火します♪」

「オリヴィア、空間ゲートの開口角度を三十度に固定! ベルカとチュウちゃんはアンカーロープを『南京結び』で二重固定しろ!」

「ん。チュウちゃん、踏ん張って。ご飯のため!」

 ドズゥゥゥゥッ!!

 それぞれの能力が、俺の指示した物理ラインに沿って完璧に噛み合った。

 暴走しかけていた魔力とエネルギーが、無理なく整流され、美しいピタゴラスイッチのように次々と課題をクリアしていく。

 ガタガタと軋んでいた屋敷の梁がピタリと収まり、現場は静寂を取り戻した。


「ふう……っ! やれやれ、心臓が三回くらい止まるかと思ったぞ」

 俺は作業着の袖で額の汗を拭い、床に散らばった工具を道具袋へ戻した。

 資材を点検し、破損がないことを確認して元の棚へ収める。作業後の清掃と点検こそが、次の事故を防ぐ最善の予防策だ。

「……まったく、レンの指示は相変わらず無茶苦茶ですわ。名門公爵令嬢たるわたくしが、朝からこんな力仕事をさせられるなんて」

 オリヴィアが文句を言いながらも、手際よくテーブルの上を片付けて布巾で拭いている。

「でもでも、レンさんの計算通りに全部ぴったり解決しましたよ! やっぱりレンさんは現場の天才ですね♪」

「天才じゃねえ、ただの現場の経験則だ」

「ん。お腹ぺこぺこ。力出ない。倒れそう」

 ベルカがテーブルに突っ伏し、チュウちゃんも横で行儀よくお座りして待っている。

「よしよし、待たせたな。朝飯にするぞ」

 俺は大鍋の蓋を開けた。

 立ち上る湯気とともに、野菜と干し肉の濃厚で香ばしい香りが居間いっぱいに広がる。

 裏庭で採れた新鮮な野菜をたっぷり使い、素材の旨味をじっくりと引き出した特製ポトフだ。

「「「わあああああっ!!」」」

 木のお椀によそい、焼きたての黒パンを添えて並べる。

「いただきます!」

 熱々のスープを一口すする。野菜の甘みと塩蔵肉の深いコクが、疲れた身体の隅々にまでじんわりと染み渡っていく。

「美味しいですわ……! 疲れた後のこの温かさ、どんな高級ホテルの朝食よりも心に染みます!」

「ん。スープ、お肉、最高。今日も生きててよかった」

 チュウちゃんも鼻を鳴らしながら、特大の木桶に入った野菜をごくごくと平らげた。

 窓から差し込む朝の光の中、賑やかな笑い声がボロ屋敷を満たしていく。

 外の世界がどれほど大騒ぎになっていようと、俺たちの現場には、今日も確かな日常と温かい食卓があった。

【幕間:王都薬師ギルドの安堵】


 薬師ギルドの会長が、出立する橇を見送っていた。

「あのガラス瓶は、通常の馬車輸送では半分が破損するほどの脆さなのだぞ」

「会長、ご安心ください。煙突屋敷の主は、古代の穀物衝撃遮断術を施しておりました」

「籾殻による衝撃分散……! 失われた太古の叡智を、あの若者は平然と日用品で再現したのか……!」

 会長は深く一礼し、北の空へ祈りを捧げた。


 一方その頃、王都中枢の諜報機関では、緊急の特別機密文書が机の上に叩きつけられていた。

「報告します! 煙突屋敷周辺の魔力潮流および物資移動の解析が完了しました!」

「……どうだったのだ? あの『在庫管理者』レンの真の狙いは……!」

「驚くべきことに、敵のあらゆる行動、自然環境の変動、そして王都の経済網の隙間まで、すべてが彼の計算尺の上で完璧にコントロールされておりました……!」

 司令官の背筋に、氷のような冷たい汗が流れ落ちた。

「馬鹿な……天候や魔獣の習性、果ては王宮の動きまでを自らの『在庫』として管理し、意のままに動かしているというのか……!?」

「はい! 彼にとって、この王都そのものが巨大な倉庫に過ぎないのです! 逆らう者は、帳簿の赤字として処理され、痕跡すら残さず抹消されるでしょう……!」

「恐ろしい男だ……! 全部隊に厳命せよ! 煙突屋敷の領域には絶対に足を踏み入れるな! あの男の日常を乱した瞬間、王国は滅びるぞ……!」

 ボロ屋敷でレンがスープのおかわりを配っていることなど露知らず、王都の闇は底知れぬ怪物の影に怯え続けるのだった。

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