列島の異変・中央統合派の誕生
2049年2月、列島各地で異変が発生した。
北海道での降雪の消失。富士山での冷脈暴走。沖縄の海の黒色化。京都の結界の消滅。
どれも、その地に住む人々へ深刻な悪影響を及ぼしていた。
北海道では観光業が打撃を受け、水資源の確保にも支障が出始める。
静岡、山梨、そしてその周辺地域では、富士山の霊脈暴走による異常気象や局地的災害が多発。
沖縄では因果関係こそ不明だが、海が黒く濁り始めて以降、原因不明の死傷者が急増した。
京都では結界の消滅により、古来より封じられてきた魑魅魍魎が爆発的に増加。すでに人的被害も発生していた。
そんな中、島根、三重、奈良――古来より神々が崇められてきた三県で、とある文献が発見される。
出雲大社で。伊勢神宮で。興福寺をはじめとする寺社群で。
それぞれ別々に見つかった三つの文献には、共通して一つの予言が記されていた。
――列島は近く、一つを失う。
何が失われるのかは明言されていない。
それにもかかわらず、四十七都道府県の守護神たちは確信した。
失われるのは、自分たちの誰かだと。
守護の力を失い、消滅する者が現れるのだと。
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大阪
一人の男が口を開く。
大阪府の守護者・難波銀次。
グレーのスーツに赤いネクタイ。銀色のサングラスをかけた、どこか胡散臭い雰囲気の男だ。
だが、その表情からは生気が抜け落ちていた。
「まずいことになってしもたなぁ……。このままやと……血みどろの争いになる」
「それは間違いないでしょうね」
銀次とは対照的に、隣に立つ男の目は鋭く据わっていた。
黒のスーツに紺のネクタイ。精悍な顔立ちの男。
東京の守護者・新宿零司である。
「僕の調査によると、日本の霊脈は限界を迎えている。富士山での出来事が、その証左です。静岡と山梨の二人も、今頃は必死に対処しているでしょう。この状態が続けば、確実に守護の力は失われる。つまり、一部地域の消失、あるいは守護者の消滅が起こるということです」
淡々と告げられた報告に、銀次は重く息を吐いた。
「それ、俺以外に話したか?」
「まだです」
「どうにかせな、まずいで。京都のあいつとか、絶対勝手な行動取るやろ」
「分かっています。銀次さん、あなたにも動いてもらう必要があります」
「……ほんま、人使い荒い人やなぁ。本来、ライバルのお前に協力したるだけでも奇跡みたいなもんやのに」
「ライバルと認めていただけて光栄です。しかし、僕たちには共通の使命がある。土地に住む人々を守るという使命が」
銀次は小さくため息をつき、静かにうなずいた。
こうして銀次は西の仲間へ。
零司は東の仲間へ。
列島の危機を伝えることになった。
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横浜
横浜へ戻った零司は、集まった東日本の守護者たちへ状況を説明した。
日本の霊脈の限界。今後起こりうる影響。そして、予言に記された「一つの消失」。
やはり予言は本当だったのかと呟く者。
消えたくないと叫ぶ者。
中には、近くにいた仲間へ「お前が消えろ」と刃を向けようとする者まで現れた。
零司は大きな声で言い放つ。
「ここで争っても何の解決にもならない。土地の人々を守れるのは僕たちだけだ。その僕たちが争えば、人々にまで悪影響が及ぶ。そして予言は『一つが消える』と言っただけで、守護者の誰か一人が消えるとは書いていない。守護者全体を指している可能性だってある。今ここで誰かを消したところで安心できるわけじゃない。だから勝手な行動は控えてほしい」
その言葉に、一同は黙り込んだ。
実際、予言には「一つが消える」としか記されていない。
誰か一人の守護者が消えるなどとは、一言も書かれていなかった。
だが、一人の女が口を開く。
「だったら、どうするんですか? まさか、今さら現状説明をするためだけに私たちを呼んだわけではないでしょう?」
長い黒髪を一つに束ねたスーツ姿の女。
神奈川の守護者・横浜琴葉だ。
気の強そうな顔立ちだが仕事は早い。
神奈川を守りながら、零司の秘書も務める有能な人物だった。
「簡単な話です」
零司は迷いなく続けた。
「限られた力を、強い都市に集中させる。地方を均等に守るのではなく、生存可能な大都市圏へ霊脈を集中させることで、日本全体を生き残らせる」
会議室の空気が凍りつく。
「具体的には、弱った土地との契約解除、人口移住の強制誘導、そして東京湾霊脈ネットワークの建設。この三つを実行する」
それはつまり、一部の土地と人々を切り捨てるということだった。
先ほどまで語っていた団結とは、あまりにもかけ離れた提案に聞こえた。
「ふざけんなって! とうとう頭おかしくなったんでねぇの!?」
「ばがでねが!? おらだ見捨てるってごどだべ!?」
「なんぼだば! 結局は都会さ都合いい話っこでねぇがよ!」
「がっかりしたない。結局、うまいこと言って地方切り捨てっちゅう魂胆だったんだべ」
怒号が飛び交う。
失望を露わにする者。
言葉を失う者。
無言で席を立つ者。
「おい、何を勝手なことを――僕たちは団結を」
零司の言葉を遮るように、二人が背を向けた。
「そういう考えの人とは、一緒にはやってけんに」
「悪ぃけど、俺も離れさせてもらうべ。もう関わらねぇでほしいんさ」
零司には理解できなかった。
合理的に考えれば、犠牲は必要だ。
皆、それを理解し、受け入れるものだと思っていた。
その考えの根底に、自分だけは生き残ることを当然とする傲慢さが潜んでいることに、彼は気づいていなかった。
やがて会議室から人が消えていく。
宮城を除く東北五県。北海道。中部地方全土。群馬、茨城、栃木。
広い会議室には、わずかな人数しか残らなかった。
「どうすんの? あんな言い方したら、こうなるの当たり前だっちゃ」
「そうですよ。田舎者は死ねって言われたようなものですから」
「……とにかく、私たちは動かないと」
残ったのは五人。
流浪の武士のような装いの女。
宮城の守護者・伊達瑞希。
ゆるふわのニットに身を包み、ぬいぐるみを抱きしめる少女。
埼玉の守護者・川越奏。
眠たげにあくびをする、くたびれたサラリーマンのような男。
千葉の守護者・房総海斗。
そして零司と琴葉。
悲しいことだ。
だが、仕方がない。
考えの合う者同士で固まるしかない。
零司は、西だけはうまくいっていてほしいと願った。
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大阪
「――ということや」
銀次は、零司と同じ説明を行った。
列島の現状。
迫る危機。
そして、自らの考え。
当然のように反対の声が上がる。
「頭おかしゅうなったんか? ぶち回すぞ、われぇ」
「失望したど! おはんの言うこつぁ、どうしても許せん!」
「はぁ……結局、田舎ん者ぁ切り捨てるつもりだっただね」
福岡を除く九州全土。
中国・四国地方全土。
さらに滋賀、和歌山、三重。
守護神たちは次々と席を立った。
東以上に淡白だった。
悲しいほどに。
「どないしはるつもりやったんです? あないな言い方したら、こうなるに決まってますやろ。私は降りさせてもらいます」
花魁のような着物をまとった女。
京都の守護者・京極志乃。
彼女も去り、残ったのは兵庫と福岡だけだった。
「……銀次様、どうするんですか? 私は銀次様のお指示の通りに」
少し頬を染めながら言うのは、兵庫の守護者・神戸灯。
スーツを着こなしながらも、巻いた髪を下ろした洒落た雰囲気の女だった。
「なんしよーとね、いちゃいちゃして。気持ち悪かばい」
吐き捨てるように言ったのは、銀次によく似た男。
金と青のネクタイを締めたその姿は、銀次と対になるようでもあった。
福岡の守護者・博多玲央。
呆れたように振る舞いながらも、彼は席を立たなかった。
残ったのは三人。
どうするべきか。
銀次は零司へ電話をかけた。
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それから数刻後。
零司、銀次、玲央、琴葉、瑞希、奏、海斗、灯。
八人は同じ会議室に集まっていた。
零司と銀次は、自らの考えを改めて説明する。
六人は、それを受け入れた。
「仕方ないばい」
「分かったっちゃ」
「……うん」
「はい、分かりましたよ」
「銀次様の命とあらば」
「零司様が言うのなら」
後に、この八人は中央統合派と呼ばれることになる。
冷徹。
悪魔。
そう揶揄されながら、彼らは悪名高き存在として後世に名を残した。
彼らの理念は一つ。
「限られた力を、強い都市へ集中させる」
地方を均等に守るのではなく、生存可能な大都市圏へ霊脈を集中する。
犠牲は出る。
だが、日本全体は生き残る。
その理念のもと、零司と銀次は宣言する。
弱った土地との契約解除。
人口移住の強制誘導。
そして東京湾・大阪湾霊脈ネットワークの建設を。
しかし、彼らを単純な悪として断じるのもまた違う。
彼らもまた守護者であり、人々を守りたいと願っていた。
特に東京は、全国から届く悲鳴を誰よりも聞いてしまう。
だからこそ。
「全員は救えない」
その結論へたどり着いてしまったのだった。




