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7.デュナミス

ポリティカル・スコアの内訳で思い起こされる。


『守られる存在』と『守られない存在』

性別、身体機能、種族、外観という数字がそれを左右すると仮定する。


悪寒がきた。

…これは、あまりにも、えぐい。


先天的な要素も数字化するなんて。

きっと容赦なく、存在価値を突きつけるのだろう。

それと比べたら、幸福値なんて生ぬるい。


「おめめ、ほしーなあ」


この数字がどう世界を蝕んでいるか。

とにかく、知る必要がある。


「エンニちゃん、それはおもちゃじゃないよ。

 あげるから……」


そう言って、ノアテラは隣の部屋へ行き、おもちゃ風の眼鏡を持ってきた。


「エンニちゃんには、こっち。

 はい、どうぞ」


「やったあー」


子供用サイズの眼鏡だった。

レンズ枠は目立たず、目元がきらきらする飾りがついている。


私には少し大きいが、使えれば問題ない。


眼鏡越しにノアテラを見ると、数字が浮かんだ。


『85』


内訳も、先ほどと同じように表示される。

つまり…

子供ですら、この数字に触れるのが普通なのだ。


「わーい。おばあちゃん、ありがとう」


しっかり喜んで見せる。

ノアテラの口角は、呼応するようにめいっぱい横に伸びた。


スコアのショックか、頭がバグる。

この世話焼きおばあちゃん猫の、どこが危険なのだろう。

警戒心が、まるで悪いことのように感じてくる。


「デュナミス、しりたい?」


え、なに…

次から次へと、私の願望が提供される。


残り二十日だ。後悔したくない。

信じたい気持ちが、都合よく自分を突き動かす。


「でゅなみす、しりたいー」


「やってみせようか?」


「やってー」


その時、ノアテラの目が僅かに細くなった気がした。


「いいけど……ママとパパには内緒だよ」


「わかったー」


私は、ノアテラの顔をまっすぐ見て答えた。



ノアテラは視点をぼんやりさせ、手を胸に添えた。


次の瞬間、周囲が白く霞み、

ノアテラ自身は隠れるようにして見えなくなる。


「すごーい」


そう用意していた言葉を口にした、そのとき。


白い霧が晴れ、現れたのは――

中年くらいの男性だった。


「うああああ!」


思わず叫んでしまった。

近くで見ると、いかにも不審者じみた風貌だったからだ。


しかし、よく見ると、

ナイテルによく似ている。いや、これはナイテルだ。


……おばあちゃんは、ナイテルに成り代わった?


「驚かせちゃったね」


外見に反して澄んだ声をしているのも本人の特徴だった。


「珍しいデュナミスだな」


セティがそう言った。


「ナイテルお兄さん?」


「そうね、ナイテルはノアテラだったんだよ」


ナイテルの顔は、白い八重歯をこぼした。


私の偏見は察する。

このデュナミスは、悪い企みに使うものだ。


危険性だろうが、もっと知りたい。

生き残るためにも、世界を切り拓くためにも。



ノアテラは再び薄く霞み、白い霧を経て元の姿に戻った。


「おばあちゃん、こわかったのー」


「よしよし」


そのまま、ぎゅっと抱きつく。

私が使えるデュナミスについて、聞き出したい。


腕にしがみついた。


「おばあちゃん、すごいねー」


「よしよし。泣かなくていい子ね」


そして、素直に、愚直に伝える。


「エンニも、やりたいなー」


「……ちょっとだけ、やってみる?」


存外あっさりと返ってきた。

いや、用意された罠かもしれない。


でも、もし0歳児でもできるなら。

セティを直すのに、有効な手段になるなら…


「うん、やるー」


胸は躍っていた。

その高揚は、幼い頃大きなおもちゃを初めて買ってもらった時ほどに。


「エンニちゃん、ほんとに内緒にできる?」


「うん。おばあちゃんとエンニの、ないしょだよ」


饒舌だろうが何だろうが構わない。

とにかく、大きな口をあけて伝える。


「デュナミスはね、デュナミスを受けて、覚醒するのよ」


そう言って、ノアテラは私に白い霧をかけた。

霧に包まれ、視界が真っ白になる。

そして、すぐに霧が晴れた。


ノアテラは、デュナミスを使ったためか、少し息を切らしている。


「はぁ…エンニちゃん……鏡を見て…ごらん…」


そう話して、書斎の端にある鏡を指さした。


振り向くと、鏡の中には…

猫耳の、五歳くらいの男の子が映っていた。


「しゅ……しゅごい……」


今回ばかりは、言葉を取り繕えなかった。

なぜならそこには、今の私が欲していた、

『身体の成長』『男』『自然な仕上がり』という完成形が、叶ってしまったからだ。


さっきノアテラの眼鏡で見た。

女であることが、ポリティカル・スコア上の加点になる。

つまり、それはこの社会においてハンディキャップとして扱われるということだ。


守られるための一方的な数字化。それが不愉快。

ずっと続くのなら、尚更こちらから願い下げだ。


その感情すら見透かしたような結果で、

疑いを持つ気が、またもやくじかれる。


鏡越しに自分をじっと見つめていると、

後ろのノアテラが、にこやかに言った。


「エンニちゃん。強くイメージしてみて」


その声を、素直に受け入れる。


「自分の、なりたい姿。なれると思える姿。そして、今の自分と違うところ」


……私は、何になりたいのだろう。


お母さん?

それは私の好むやり方のこと。


この世界の制度を打ち砕く者?

それは一つの道か。


では、私は何だ。

神か、支配者か、自由な思想の旅人か。


……今は分からない。


仮に

「世界を、私がしっくりくる形へ変えるためになるべき私」

と定義するなら。


…それはきっと、『創り変える者』なのだろう。


そうあるべき自分を思い描き、

今の自分に足りないものをイメージする。

言われた通りに。


「す、すごく頑張ってるね、エンニちゃん」


しまった。

考えが顔に出ていたらしい。


「その調子で、今度はおばちゃんに、

さっきの変身をさせるイメージをぶつけてみて」


よ、よし…。

ここまできたら、言われる通りにしたる。


「んんん……んー!」


とにかく、イメージに集中する。

前に、外に、押し出すように。


目を開けると、ノアテラの前に小さく白いもやが生まれていた。

ノアテラはそれを受けて、にこにことしている。


もう一度、目を閉じて集中を続けた。


「もう、大丈夫だよ」


目を開けると、もやは消えていた。


目を見開く。

若さ。滑らかな輪郭。たるみの消えた皮膚。


私が、ノアテラを変身させたのか。

それは、別人にしたのではない。

まるで時を戻したかのような姿だった。


…ただ、顔が半分だけ。

人間で言えば、四十歳前後といったところだろうか。


ノアテラは姿勢を低くして鏡をのぞく。


「すごいじゃない! できたねえ、エンニちゃん!」


そう、弾ませた声に、私はびくっとする。


何か反応しようにも、

頭がくらついて、息もしづらい。


これが――デュナミス、か。


ノアテラ…

あまりに与えすぎる。

そして、家族のように喜んでくる。

この人は、何を見ているのだろう?


反射的に、セティを見た。

無反応。そして、ランプは一層青に染まっていた。


……どれだけ都合がよかろうが、これは少なくとも、前進なんだ。


「やったー!」


今は喜びを選ぶ。

ただ、運動後のような息苦しさは続く。


ノアテラは何も言わず、静かにニコニコしている。

鏡の中にいる五歳の私も。


その笑顔が、本当に私のものなのか。

まだ、確信が持てなかった。

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