5.禁書
「セティ、きこえる?セティ…」
「おう、エンニ。その髪はどうした?」
妙に落ち着いた様子のセティ。
その姿は、ひどい有様だ。
外殻は割れ、脚代わりのコードもほとんど失っている。
もともと小さいのに、今はさらに縮んで見えた。
「お互いぼろぼろだね…」
思わず、虹色がかった自分の髪に触れた。
指先にかかる毛束が、異様に軽い。
「やっぱり、演技で気づかれた?」
「いいや、声と話し方にミスはない」
即答される。
「中央との同期で、改変の形跡が知られた。それで気づかれたな」
あぁ、私のせいだ。
でも今は、安全になったのだろうか。
「…えっと、何か受信している部分ならさっき壊したよ」
「そうか。活動コードは、なくなったのだな」
「活動コード?」
「オートマトンが自律行動するためのコードだ。
一ヶ月単位の更新。なければ活動できん」
一ヶ月って。
短いよ。
「それって…全く動けなくなるってこと?」
「活動停止後は、悪用を防ぐため朽ち果てるようにできている」
胸が締め付けられる。
そんなこと聞いてもいないのに。
セティは、まるで教科書を読むみたいに言う。
「コードの申請は、エンジニア資格をもったデュナトスの分野。そう簡単には会えん」
淡々として、言葉を繰り出す。
ならば私が希望を見つけるんだ。
「そもそもオートマトンの無許可所持は、刑罰が下る。
さっさとワシをネダーウに返せ」
腹の底が、モヤモヤしだす。
……無許可の処罰がなんだというんだ。
セティを今の状況に追いやった。
その私が、安全な位置にいきたいとでも?
私は、壊れかけの黒い塊を何とか抱え、
真っ直ぐ正面に、向き合わせた。
──この子は、守られるべきなんだ
「セティ、ボスの言うことを聞かないとダメ。
外に絶対に出ないこと。後、ずっと私と一緒にいて」
せつなの時と真逆だった。
あの子はいつも、私に本音を垂れ流した。
「…回答に困る」
「うん。ボスがそうしたいって、分かってくれたみたいだね」
エゴだっていい。
今は私の方が、感情にまっすぐだった。
まずは、お父様にすがろう。
1カ月というタイムリミットで、活動コードのわかるデュナトスを探す。
「ん?どうしたエンニ?
あれ、髪の色がなんか変だな…」
金の紋で自壊した髪は、まばらに三分の一ほど虹色になっていた。
消えたつま先は、姿勢で隠した。
「ナー、まとん、ばいばいやだ」
「だから、あれは、高価なおもちゃみたいなもんだ」
「ばいばいやだ。おしゃべりする」
「んー、
…エンニにとっては、友達みたいなものか
友達…、あいつに聞いてみるか」
あてがあるようだ。
それから数日。
虹がかった透明な爪と、つま先の再生成に成功する。
家に何度かオートマトンがきたが、お父様はセティを黙っていてくれた。
お母様は、今は幸いなことに、あまり興味がないようだ。
そのお腹は、もうスイカくらいに大きい。
懐妊の話から、おおよそ二か月ほどだ。
会話を聞く限り、あと三十日以内に生まれるらしい。
人間よりずいぶん早い。
『まだ間に合うかな』。
あの時の言葉が脳裏をよぎる。
私の時間も、残されていない。
数日、セティの修復を試みていた。
外殻や、脚となる箇所は比較的構造が分かりやすく、
同じ形状をコピーするなどしたら直っていった。
「ボスのそれは、デュナミスじゃないとしたら何なんだ」
「ふふふ、内緒」
セティはじっと見つめてくる。
その好奇心においては、人間らしさが感じられた。
気づいたお父様に、セティが勝手に直っているとだけ伝える。
「自己修復機能があるオートマトンか。きっと裏で高く売れるぞ」
「ナー、だめ」
「冗談だよ。でも、気が変わったら教えてくれ」
お父様は、私を拾った時のように鋭い牙を見せた。
お父様のあてを待つばかりではない。
複数語文によるコミュニケーションを覚えたことを装っていく。
外に出ることが、不自然とならないように。
「ママ、ごはんたべる」
「あら、さっき食べたばかりじゃなかった?」
「ママ、おかわりたべるの」
「食いしん坊さんね」
私は五ヶ月で二足歩行、そして会話ができる優等生。
…そう思っていた。
「最近やっとエンニがしゃべりだしたわ。やっぱり四半獣は成長が遅いのよ」
「仕方ないよ。猫族も犬族より少し遅いって聞くし、犬の半獣と比べるのは酷だ」
……。
そういう世界です…か。
喋るのすら遅いということは、
寝返り、首と腰の据わり、ハイハイ、トイレ――
丁寧に成長を演じてきた努力は、すべて無駄であったのだ。
うぅ……。
これまでの、恥を忍ぶ努力を返して。
先ほどの会話から察するに、私は『猫族の四半獣』という分類らしい。
耳は猫っぽいし、人間に比べればやや毛深い。
そして、犬顔が過ぎるお父様とお母様が半獣――
獣の割合が多いというのも、納得がいく。
何より、もう成長演技はしなくても、安全なんだ。
できれば、あの見聞きしたデュナミスという、生きるのに有利な力がほしい。
その日は、物を浮かせるイメージをしたり、踏ん張ったり、色々試した。
……だが、何も起きない。
お父様、お母様が留守の日は、不安に駆られて
家から百メートルほど歩いてみた。
家はぽつぽつとあるが、どれも空き家か、留守のようだった。
近辺の協力者は…期待できないか。
三日後。
お父様の紹介により、私は隣人の家に預けられた。
「こちはー」
「こんにちは。」
毛並みの乱れた猫族の中年男性。
お父様によれば、彼は信用のおける元デュナトスらしい。
「ナーク、夕方ごろに家に送り届けるよ」
「ああ、頼む。あと、例のデュナトスの件はどうだ」
「なかなか…。非公式のエンジニアデュナトスなんてすぐには無理さ
しかし、娘さんのためとはいえ、あまり危ない橋は渡るなよ」
「あぁ、お前がだめなら諦めるつもりだ」
お父様は私を預けると、すぐにお母様と出かけて行った。
「さて、僕はナイテル。
お嬢さん、お名前はなんだろう?」
「エンニだよ。エンニ・アーグス」
「アーグスさんところのエンニちゃん。聞いた通り、もう喋れるんだねえ」
……もう喋れる?
「じゃべれる、はやい?」
「だいぶ早いね。まだ生まれて五カ月ときいたから」
四半獣にしては早い。そういうことか。
ナイテルは、家の中へと案内した。
この家は外観と同じく、洋風の木造家屋。
入った屋内は、一見して特別きれいというわけではない。
だが散らかりすぎてもいない、楽に管理された生活感のある空間だった。
途中でラジオかテレビのような声が聞こえる。
「……ワライスは、先日の事故による影響で……改造された形跡……責任者のデュナトスは……不明となっています」
外に電線、アンテナのようなものは見当たらなかった。
どのようにして情報をやりとりするのだろう。
奥へ進むと、子供部屋のようなスペースがあった。
部屋に子供の姿はなく、
新品のおもちゃが整然としている。
「わあ、おもちゃあるねー」
適当に、興味を示す。
「おもちゃだねー。お菓子ほしい?」
「おかしー、ほしいー」
お菓子はあまり好きではないが、不自然なので受け取ることにする。
それよりも気になったのは、この部屋に入る前にちらりと見えた、本棚のある部屋だった。
お菓子を取りに行っている隙に、そちらへ足を向ける。
予測不能な行動は、赤ちゃんの特権だ。
背の高い本棚。オートマトンのことが書いてあるかもしれない。
とりあえず、手の届く一冊を手に取った。
『-¿‰=£?·;❲/∆)]∂#||≮』
読めない字で何か書いてある。
何気なく構造支配の紋を使うと、文字が浮かび上がった。
『歴史書 ハルバルト』
ハルバルトという人物の書いた歴史書、だろうか。
ページをめくり、挿絵の前後を中心に速読する。
刊行年は「0172年」とある。
本の古さから考えると、今は0180〜0190年頃だろうか。
この世界を、もっと知りたい。
好奇心に我を忘れ、「歴史概略」の項目を追う。
─0年、デューナメースの創始。デュナミスの研究が始まる。
─1700年頃、デューナメースが正式に国家ヤハズの庇護を受けて体系化された研究が始まる。この後明確にデュナトスが戦争、経済、権力の主役となった。
〜中略〜
─10131年、長く平安の続く世界おいて、いまだ不幸を生み出す社会構造が問題化。各国はポリティカル・スコア制度で対応する。
……10000年を、超えた。
この世界の暦での0172年は、『10172年』ということになる。
背筋が自然と伸びる。
この文明の歴史は、人類史よりも遥かに長いということ。
さらに、不幸を生み出す社会構造に対応した『ポリティカル・スコア』とある。
つまり、幸福値に類する何かだ。
そうだ。あのスコアチェック。
きっと意思決定AIのような奴──黒い枝だ。
視線が続きを追う。
─10166年、長らくデュナトスTier1に君臨し続けたスピリ…
「こんなところにいたんだ」
突然、すぐ近くで声がして、びくりとする。
本を落としてしまった。
ナイテルが、扉のところに立っていた。
その視線は、床に落ちた本と、私の顔を、静かに見比べている。
「お本が、好き…なの?」
それは、優しい言葉でありながら、
低いトーンだった。




