機工旗龍・翠星
*
地上から500m上空。それは飛行し進行方向のはるか先に見える巨大な竜巻に向かって進む巨大な飛行物体があった。帆などは存在せず表面に複数の魔方陣と思われる線が描かれた鋼鉄の巨大戦艦、ともいうべきそれは、不自然な程音を立てずに突き進んでいた。
戦艦の甲板に出ていたヴォルフは右手に自分の身長よりも長い鉄杖を持ちつつ、吹き荒れる風を全く気にせず真剣な表情のまま、竜巻を睨みつけていた。そんな彼の元に風によってスカートがめくれないように押さえながらサファイヤが歩いてくる。
「提督。討伐隊、並びに難民の避難完了。またもうすぐ目的ポイントに到達、箒星軍艦、いつでも使用、出撃可能です。一応確認をしますが使用時間は………」
「分かっている、10分だろう?………全く戦略魔法を使おうとしていた連中がよく言えたものだ」
ヴォルフは苛立たし気に呟き、サファイヤはそれに対し目をそらして聞いてないふりをしていた。
シンシアから必死な声による救援を受けたヴォルフはすぐさま自身のとっておきの魔導具によって戦場に行くつもりであった。しかしそれを止めたのは魔法連、そしてそれを配下としている公爵達であった。
彼らは語る、「ヴォルフの魔道具箒星軍艦はあまりにも強大すぎて使えば周りの環境に悪影響が出る」「そもそも結界内に魔将が出たという話も真偽があやふや」「いたとしても結界内の魔将に対して過剰火力すぎる」など言いがかりをつけ始めたのであった。
彼らの目的は分かり切っていた、それはこれ以上「魔術師の手柄を増やしたくない」というみみっちいものでしかなかった。だがそんなくだらない面子の問題でシンシアを、討伐隊を、そしてミストを捨てることなどできるわけがないヴォルフは猛反発、結果バルカンと統一軍のパドロンのクロイフェル公爵家の援護もあり時間制限込みで使用可能となったのだった。
とそんなことを考えながらため息をついていると、ヴォルフの元に二人の人物が歩いてくる。
「………変わらぬな、この国の上に立つ支配階層の者共は」
「そう言うものではありません。これも試練というものですよ」
「グレイヴ、ノーマン。来てもらって済まないな。久しぶりに頼むぞ」
顔こそ年相応に老いている物のえんじ色の獅子の鬣を思わせる髪に金色の鎧、巨大なランスを携えている筋骨隆々の男はグレイヴ・アースラウド。王国騎士団第1師団団長にして、騎士たちを束ねる聖騎士長。
細い体に簡素な白装束の法衣を着ているスキンヘッドの老齢の男性はノーマン・エルシニア。教会七聖徒の第1席に座る事実上の教会のトップ。
二人とも元ヴォルフと共に世界を救うため魔王と戦った勇者パーティメンバーである。
「それで?今回は一体どういう手筈で動くのだ?正面の大竜巻はもちろん、その後方にある5つの竜巻も対処しなくてはならぬぞ」
「ああ。ただあの竜巻は魔将が魔法で起こしている可能性が高い。魔将を殺すことさえできれば消すことができるはずだ。」
「とするならば、一番魔力の反応が強く規模も大きいあの巨大竜巻を先に片付けるとして、残りの大型竜巻5つはどうします?戦力を分散しますか?」
「全盛期なら、分散してしらみつぶしでやっていくのが一番速いんだがな。流石に我々ももう齢だ。不覚を取る可能性がある以上戦力を分散しない方がいい。
残りの5つはこの魔導戦艦に監視させ,臨機応変に対応する。サファイヤ全体通信魔導具を」
「はい、御武運を」
サファイヤは金色の鉄板に魔方陣が絵描かれた通信魔導具を差し出すと、元勇者パーティ3人に深く礼をしながら自分の持ち場へと戻っていく。彼女が完全に離れたことを確認すると、グレイヴは呟く。
「………想定はしていたが、もう魔将が侵入しているとはな。全くこれでは結界の意味がない」
「………それは、アルテシアの殉教が無意味であった、と捉えていいのですかな?」
「やめろ二人とも。今はそんなことを言っている場合では……?!」
とヴォルフが二人を諫めたその時であった。視線のはるか先で回り続けていた巨大竜巻の下方部がにわかに明るくなり始め、さらにそれ竜巻を徐々に上り始めていた。かなり離れた魔導戦艦の距離からでもそれがわかるということは、相当な速度で昇っていることの証拠であった。
異常な光景にヴォルフ達が見守っている中、明かりは竜巻の中腹部に到達。そして次の瞬間。
巨大竜巻を突き破り飛竜を象った緑色の炎が飛び出てくる。
そのあまりに異様な光景に三人は目を見開きつつもヴォルフは望遠鏡を取り出し、今飛び出した炎の飛竜を確認する。あれは上位ワイバーンが使う自分の周りに炎を纏わせる魔法に酷似しているが、明らかにその火力は記憶にあるの物とはかけ離れていた。
そんなことを考えている内に竜巻の危険圏内から脱出した炎の龍はこちらに気が付いたのか羽ばたき魔導戦艦の方へと向かって来る。戦艦の砲門は炎の龍に向けられグレイヴとノーマンも戦闘態勢を取るが、何かに気が付いたヴォルフは全体通信魔法を使う。
「攻撃態勢を解除!!微速前進しつつあの炎に近づけ!!」
『りょ、了解!!』
「どういうつもりだ、ヴォルフ?あの規模の魔法が使える飛竜だ。我らがいればないだろうがそれこそ万が一があるぞ?」
「………俺の勘が正しければあれはおそらく………」
と話していると炎の龍の体が徐々に崩れていき中から一体のものが現れた。その大きさは大体成龍になりたてのワイバーンと同じ大きさであるがその造形は一般的なワイバーンのそれとは違っていた。というよりそもそも
魔物、生き物ですらなかった。
「あれは………機工龍か?!色は違うが間違いない。騎士団に卸す予定だった魔導具……!!」
「確か、それを作ったのはヴォルフ君の………」
「…………ああ、そうだ。あれを作ったのは、俺の………、
自慢の孫娘だ」
ヴォルフが呟くと共に緑色の機工龍、翠星は到着し、羽ばたきつつ細く鋭利な脚部を展開して戦艦の甲板に着陸。そしてその上の鞍に乗っていたミストも降りるのであった。
「無事だったかキ……!………ミスト。事前の報告ではシンシア、ガイウス、ヨハン様と一緒だったと聞いたが……」
「………ああ、そのことに対して私からもいろいろと報告がある」
そう言ってミストは語り始める。
報告の後、魔将と戦闘を行い左腕を欠損したヨハンを救出したこと。
現在シンシア達は竜巻の中で展開したアトリエの中にいること。
結界の中に侵入していた二体目の魔将、ザビジランデがいたこと。
ザビジランデによりアヴィーラの部位を使って生み出した風の邪精霊がこの竜巻を作っていること。
そして。
「あの巨大な竜巻はただの囮で、背後の大竜巻の中に邪精霊はいる、という事か。………なるほど危なかったな。ここで巨大竜巻相手に箒星軍艦を使ってしまえば稼働時間的に残りの本命を討つことは難しかった。決して少なくない被害が出ただろうな」
「しかし敵の本丸さえ分かっていれば話は別だ」
「………ミストさん。ご報告監視します。後は私達がやりますので下がって休んでください」
先代勇者達はそれぞれ戦艦の先端に立ち、グレイブは手に持っていたランスの先端を下に突き刺し、ノーマンは膝をついて祈りを捧げるように手を組み、ヴォルフは長杖を前に突き出した。
そして彼らは宣言する。
「頂纏肉体魔法……アレス!!」
「頂纏天炎魔法……ウリエル!!」
「特級魔導具……!!箒星軍艦、展開ッッッ!!!」




