倫理の外
「………送る、と言ってもどうするのかね?高濃度魔力の竜巻のせいか外の魔力の波はめちゃくちゃだ、これでは通信魔法も使えない。もちろん通信魔導具もね」
「……となりゃここから出て機工龍を使って伝えに行くしかねぇってことだが、………そいつは無理だ。纏うタイプのバリアは体表面積が俺以上だと著しく防御能力が低下する。出た瞬間バラバラになるぞ」
「だったら私の魔力で、この竜巻を吹っ飛ばしてその隙に……!!」
「シンシア………ここまでの規模の台風や竜巻を消すのに戦略級魔法が何発いつと思ってるんの?おおよそ約1000発。今のアンタの限界出力じゃ表面を一瞬削って終わりだ。………まぁ安心しな。
策がないわけじゃない」
そう言うとミストは体を翻しあるものに近づく。それは体のあちこちを欠損し倒れているボス個体のワイバーンであった。ミストはしゃがみボス個体の様子を確認し始め、状態を確認する。
「………まだ生きてやがる。本当にとんでもないバケモノだな。だが好都合、
ヨハン、こいつに回復魔法をかけて延命させて、シンシアはヨハン魔力を供給してサポートを」
「ええッ?!」
「………ミスト君、君がこんな時に世迷いごとを言うとは思えないから従うが、何をする気かね?」
「決まってんでしょ。………私も古き良き伝統って奴をたまには使おうってわけ」
そう言うとミストは記憶閲覧の呪符などの特殊な素材で作られた紙型の魔導具を入れている棚を思いっきりこかし中に入っていた書類をぶちまける。そのまま乱暴な動作で書類を探し、羊皮紙でできた髪を一枚発見する。
シンシアはそれが何かは分からなかったが、ヨハンとガイウスはそれが何かを気が付いたのか目を見開き驚く。
「それは、使従契約の書…………!!」
「ってことはおめぇ、まさか!!」
「ああ、おおよそアンタらの想像通り、実際はもう少し先に行くけどね
………コイツと契約を結んで、私の使い魔にする」
*
召喚術の基本は契約を行い魔物を使い魔とすることである。その方法は主に二つ。
1,魔物とコミュニケーションを取り話し合いのうえで契約を成立させること。
2,魔物を戦闘不能にし上下関係を刻み服従させること。
1の方法は条件次第によっては術者をしのぐ強さの使い魔を使役することができる可能性があるが、契約の維持が難しい。逆に2の方法は1VS1で勝たなければ意味をなさないが勝つことさえできれば、ノーリスクで使い魔を自由に言使役できる。
と、それぞれ一長一短のメリットデメリットがある。今回の場合、ミスト達は複数人でボス個体を倒したため2の方法は使えない。ので1の方法を使うしかないのであるが、
「………どうすんだ?まさか命を助けてやるかわりに手を貸せって言うわけじゃんぇだろうな?………ヨハンが何とか回復魔法をかけて延命しちゃいるが………こりゃ助からねぇぞ」
「ごめん、私の魔力で回復できたらいいんだけど………今すぐにこのワイバーンをミストちゃんやヨハン様のように思えっていうのはちょっと厳しい……」
「気にすんな、任せといてよ」
ミストは契約書を片手にボス個体に近づくとそのまましゃがみ込み視線を彼に合わせる。わずかに元気を戻したボス個体であるが襲う体力は残っていないのか、それともアヴィーラとの戦闘で心が折れたのか、ただ彼女を睨みつけるのみであった。
ミストは彼の行動に対し特に反応はせず、手に持っていた契約書を広げ、足元にミストとボス個体が丸々入る魔方陣が展開される。
「この、魔方陣は……?!」
「使い魔の契約魔法で使われる魔方陣だね。この空間なら対象と簡易的なコミュニケーションを取ることができる。魔物に関してはせいぜいハイかイイエ程度だがね」
「………ワイバーン、ゴガ。契約だ、私の使い魔とになってお前の全てを私に寄こせ。そうするならば、
お前の仲間共を殺した仇、魔将アヴィーラを必ず殺すと誓う」
『………!!』
ミストの言葉にボス個体は僅かに目を見開き、焦点を真っすぐ彼女の方へと向ける。だがすぐに瞳を怒りを灯し唸り声をあげる。まるで、
「………まぁ、散々仲間を殺したテメェが言うな、とでも思ってんでしょうけどね。だったらもう一つ約束追加だ。もし私の下につくなら。
こいつらは見逃していい」
そう言うとミストは魔道具を操作しある映像を見せる。風から逃げたシーカースパイダーがはるか上空から確認している映像であったが、今はどうやら角度を変え村で発生している巨大竜巻の映像を取っていたようであるがその映像が突如切り替わり、小さな複数の点のような明かり以外全て色をなくした殺風景な光景に変わってしまう。さらにミストは操作を重ねその点を超拡大させると、その光の主達は小さなワイバーンのシルエットをしており、どうやら村の地面の下にいるようであった。
「これはさっきたまたま発見したもの、飛べない幼龍達の一部は死なないために隙を見て地面深くに潜ってやり過ごしたみたいだ。ただあのチンピラ地面に風を送り込む魔法を持っていたがそれに影響がないほど深く潜れていた、ということはもしかしたら土魔法が適性の奴がいたのかもね」
『………?!』
「ああ、悪い。アンタに言っても分かんないか。じゃぁ端的に言うとだ、
お前の群れのガキ共は5,6体とはいえまだ生きてる。とはいってもこのまま風が強くなればいずれ地面も崩れ死ぬだろうけどね」
『…………!!』
「お前が契約をするなら、こいつらは勇者の名のもとに保護する。多少働いてもらうこともあるかもしれないが理不尽なことはしないと約束する。…………さぁどうする長代行?
このままプライドを守ってすべて奪われて死ぬか、
クソムカつく人間の下についてでも、仇をぶち殺すチャンスと生き残った仲間を救う最後のチャンスを得るか。好きな方を選びな」
ミストが提示した二択にボス個体は牙を食いしばりしながら喉から恐ろしい怒りの唸り声をあげる。今すぐこのメスをかみ殺してやりたい。でもあの魔将相手にも怯まなかったこのメスなら、もしかして………と考えてしまう。
そうしてたっぷり十秒考えた後、ボス個体は答えを出す。
『グゥゥオオオオオオオオオォォォ………!!!』
「契約書が明るく光った………!!これって……!!」
「契約成立だ………よし時間がないさっさ始めるよ」
「って結局どうすんだ死に掛けのコイツを使い魔にしたところで意味がねぇぞ!!」
「ああ、体を確認したが体の重要部位はほとんど致命的なダメージを受けている幸い脳は多量出血による酸欠以外無事のようだがね……」
「つまり。脳みそ以外はもう手の施しようがないそいつの体は死んでないだけ。そう言いたいんでしょ?
………あるでしょ、そこに新しい体が」
ミストは真っすぐ待機されていた予備の機工龍を指さす。シンシアとガイウスは訳が分からず頭に疑問符を浮かべるのみであったが、ヨハンはミストが語る言葉の意味を理解、そして顔を青くしつつ冷や汗を流す。
「………君、自分が何をしようとしているのか分かってるのかね?もしこの世界に神がいるなら、間違いなく地獄に直行ものだろうね………!」
「おいおい何言ってんだよ宮廷魔法使いドノ。………クソの役にも立たない神が怖くて魔術師なんてやれるかよ」
「ちょ、ちょっと待ってよアタシにもわかるように言ってよ!!」
「………つまりだシンシア君、ガイウス君。彼女の言葉の意味は極めてシンプル、そのままの意味だ。
彼女はワイバーンの脳を機工龍に移植し、復活させようとしているんだ………!!」




