赦せない
「こいつ、何やってんだ……?!」
アトリエの中から出て、未だ寝ているシンシアの姿を前に呆れるようにミストは声を絞りだしていた。制服のミニスカートが時々風でまくり上げられ、チラチラとかわいらしい下着が見える様に思わず視線をそらしつつ今後のことを考える。
おそらくシンシアは自分に会うためにここで待っていたのであろう。正直今ミストはシンシアと冷静に話せる状態ではない、と自分で自覚している。だからここは彼女が起きる前に、さっさとこの場から離れることが先決である。
あるの、だが……。
「~~~!!おい起きろ、このエロ女!!」
「?!ふ、ふぇ?!何、何?!」
ミストはシンシアの頬をバシバシと軽くビンタしながら怒鳴るとシンシアは飛び起き、辺りを見渡しミストを発見すると、のんきに声をかける。
「ああ、ミストちゃん戻ってたんだ。ぽかぽか陽気で寝ちゃってた……ありがとう起こしてくれて」
「起こしてくれてじゃない!!お前女が一人でこんなとこでミニスカで股かかっぴらいて寝てるわけ?!言っとくけどここがいくら女が多めの教会とはいえ、男の信徒だっているんだよ、慎みを持て!!」
下半身のラインが丸わかりのピチピチの革ズボンに上にコートを羽織ってるとはいえ腋やへそを露出した上着を着てるミストに慎み云々を言われたくない、とシンシアは思ったもののミストの剣幕に何も言うことができず、「ご、ごめん」と謝るのみであった。
ミストはある程度言い終えた後、ため息をつきシンシアの隣に座った。
「……なんでアンタはここに残ってる?ルイスとメーリルは?」
「ルイスちゃんもメーリルさんも明日の飛竜討伐に参加するみたいでね、その準備のために戻ったよ。だからアタシ一人で待ってたの」
「そうじゃない、私はこう聞いたの、「なんでアンタはここに残ってる」って?………放って帰ればよかったのに」
「……放って帰れないよ。ミストちゃん、あんなに辛そうだったのに。………アタシがヴォルフ様と名はしてる時、ミストちゃんすごい圧を感じたんだ。怒ってるとも違う、嫌って感じがすごい伝わった。……ねぇミストちゃん、こんなことを聞くのは、違うかもしれないけど……
ヴォルフ様……ミストちゃんのおじいさんと何かあったの?」
シンシアの言葉を聞いた瞬間、ミストは目を大きく見開き、彼女の肩を掴んで顔近づける。はた目から見れば恋人と接吻数秒前にも見えるが、ミストの表情は驚愕と怒りに満ちており、そのような色っぽい雰囲気は全くなかった。
「何で、知ってる……?!サファイヤかルイスが教えたのか?!」
「ううん、単純にミストちゃんの本当の家名と一緒だったし、偶然じゃないのかなって……。その反応を見る限り、事実ってことでいいのかな?」
「……カマかけられたってことか。いや、これはそれ以前だね。……ああ、そうだよ。
私は、ヴォルフ・カラレスは、血縁上は祖父に当たる男だ。認めたくないけどね」
つまりミストは勇者の血を継いだ孫娘、ある程度は確信していたがこうして事実としてそれを認識するとシンシアは思わず姿勢を整えてしまう。だが間違ってもこの事実をほめたりすることはしないよう意識をかける。シンシアだってそこまで馬鹿ではない、
それがミストにとって特級の地雷であることぐらい、わかっているからだ。
「……ミストちゃんはヴォルフ様が、どうして嫌いなの?昔何か虐待を受けた……とか?」
「その類のことは全く受けなかった。そもそもヴォルフと私の家族は一緒に暮らしてたけど、ヴォルフはほとんど仕事で国中を飛び回ってたから顔を合わせることがほとんどなかった。ぶっちゃけガキの頃に一緒にいた時間のトータルより、王都に磁気車での時間の方が長かったさ。
………でも、まぁ、ガキの頃はあの時までは特に気にしてなかったし………むしろ尊敬もしていた。ヴォルフは……世界を救った勇者にして世界を2ランク上の存在に押し上げた偉人だったからな」
ミストの語る通りヴォルフは世界を魔王の侵攻から救った勇者、というだけでなく国民階級不問の統一軍や魔導具の開発を行う魔術省の編成、王都に反発する各地域との政治交渉もしているなど、国民によっては国王以上の尊敬を集めている人物と言っても過言ではないのである。
貴族たちはきっと否定するであろうが、今の王国の半分以上を作り上げたのはヴォルフと言っても過言ではない。
「………でも、今は違う。私はアイツが嫌いだ。確かに何かをされたわけじゃない。でも、アイツは何もしなかった………絶対に赦すことはできない」
そう言った後、ミストは俯いたまま黙り込んでしまった。これ以上はもう喋りたくない、そう言外に言っていると感じたためかシンシアもそれ以上は言わず「そっか」とだけ呟きつつ頭を上にあげて空を眺める。
自分を助けてくれたヴォルフとミストが祖父と孫娘の関係で、ミストはヴォルフに激しい怒りをぶつけている。この状況に対し、シンシアは自分にできることはないのか、考える。
ミストの怒りは本物であるのは間違いない。ただブラウン爵に見せたような若干ハイになりながら燃え上がらせたような怒りとは別、静かに燃え続けている怒りのようにも感じた。
(個人的にはミストちゃんもヴォルフ様もアタシの恩人。きっかけがあってすれ違ってしまってるならそれをどうにかしてあげたい。でもどうしたら………って、あ……)
思案をしていたシンシアであったがその時、あることを思い出し懐からそれを取り出す。それはルイスが貸してくれた通信魔導具であった。ここから軍の宿舎まではかなり遠いため帰る時はこれで軍に連絡してもらえれば迎え用の魔導車がこちらに来るとのことであった。
(待ってよ、これがあれば……!)
「ミストちゃん、とりあえず1度宿舎に帰るでしょ?連絡して迎えに来てもらうようにするよ!」
「……?ああ、そうだね。お願い」
ミストから了承を得た後、シンシアは立ち上がり少し離れて通信魔導具に登録されていたサファイヤに通信をかける。コールは2未満で取られ、通信が始まった。
【こちら統一軍提督秘書官、サファイヤ・マリンハートです。ご用件は何でしょうか】
「サファイヤさん!!アタシです、シンシアです!」
【って、シンシアさん?どうしましたか、わざわざ予備用通信魔導具でかけてくるなんて……】
「ごめんなさい、ルイスちゃんに借りまして……そうじゃなかった!!
二つほど、お願いを聞いてもらってもいいですか?!」




