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識別No.0631_2  作者: 良木眞一郎
9/19

09

 次の日、朝食が済んでからリグは三人に集合をかけた。場所は格納庫脇にある、おなじみのブリーフィングルームとやらだ。

 リグは椅子の一つに腰掛けていた。ガラス窓の下の格納庫をぼんやりと眺め、あくびを一つする。自分で命令してておきながら疲れは抜けきっていないが、昨日よりはるかにマシだ。

 すぐにユウたちも入室した。三人とも眠そうではあったが、顔色はずっと良くなっている。

 リグはホワイトボードの脇に立つ。三人はその前にそれぞれの姿勢で座った。

 さて、と言いかけたリグにテオがむすっとした顔で手を上げた。

「隊長。はじめる前に、言っておきたいことがあります」

 リグはとてもよくない予感がした。

「……なにかな」

「僕を一人だけ情報収集役にしたことです。恨みますよって僕言いましたよね。今回は生き残ったから水に流しますが、もし今後同じような命令をして隊長が死んだら、隊長のクローンを磔にして戦闘機のエンジン排気で丸焼きにします。覚えておいてください」

 幽鬼の囁きのような声色にしみじみとユウはうなずき、ガスは怯えてテオから椅子ごと離れる。

「……俺のクローンには気の毒だが、約束はできない。他にどうしようもない状況はあり得るからだ。でも、覚えておくよ」

「結構です」

 テオはすっきりした顔で満足げだ。リグはこれをいったん忘れることにした。いつか怖い夢を見そうだ。

「で、さっそく今日やることを決めていこう」

「最優先は戦闘詳報の作成だ。君はこれだよ。君の言った通りなら、もうGMSと戦略部は見逃してくれない。今日中に作らないといけない」

「そうだな。ユウ、悪いが付き合ってくれないか。俺が書いていくはしから、まずいところを指摘してほしい。二人分の労力が同じだけかかって普段なら非効率だが、かわりに短時間ですむ」

「了解だよ」

「他にはあるか」

「まずは現状把握したいね。なにができて、なにができないのか。ただしこれは、なにが必要でそうでないか僕らが把握してからじゃないと二度手間だ。先に他の隊の戦闘詳報を読んでからのほうがいいよ」

 リグはそれをホワイトボードに書いた。ユウはすでにやるべきことを考えてきていたようだ。さすがだ、と自慢したいような気持ちをリグは覚える。

「ガス、テオ。お前たちはまずこれから取りかかれ。戦闘詳報で気になった箇所を残らず書き出すんだ。俺とユウも同じようにして、あとで突き合わせよう。空母攻略の要点が見えてくるはずだ」

「空母ってなんだ?」

 ガスの疑問に、リグは説明し忘れていたことに気づいた。

「大昔の兵器だ。戦闘機を載せて運ぶ大型の船を指していたらしい」

 ユウが眉をひそめる。

「船? 海の上の? 傾いて戦闘機が落ちたりしないの?」

「実用化されていたみたいだから、しないんじゃないか。昔の海はもっと穏やかだったのかもしれないし」

 そう言いつつ、この都市で海を実際に見たことがある者は誰一人としていない。

「ちょうどいい。旧文明に習って、あの小型飛行船を空母、それから発進してきた敵戦闘機を艦載機と呼ぶことにする。敵戦闘機、だとこっちの戦闘機と混ざってややこしいからな」

「了解。戦闘詳報にも書いておこう」

「あとはあるか?」

「肝心のやつが残ってるぜ」

「そうです。敵戦闘機、もとい艦載機への対処が」

「艦載機への対処、だけだと大雑把すぎるよ。もう少し小さく分けよう」

「じゃあこんなところか」

 リグはこれまでの話を整理してホワイトボードに記した。


1.戦闘詳報の作成(リグ、ユウ)

2.現状把握(ガス、テオ&リグ、ユウ)

3.艦載機への対処

 3-A:艦載機の情報収集とシミュレータへの反映

 3-B:対艦載機の攻撃法考案

 3-C:対艦載機の回避法考案


 ふむん、とリグは唸った。

「ユウ、工廠層にシミュレータのシステム開発かなにかやってる部署があったよな。艦載機のデータ反映までどのくらいかかりそうかわかるか」

「ちょっとまってね……あった。昨日GMSから問い合わせ済みで、すでに回答されている。取りあえず動くものを作るだけで最低三日、とあるね。つまり明日以降だ。あとは戦闘詳報などから艦載機のデータを集めて反映させていくみたい」

「時間がかかりすぎるな。最終的に使い物になるまで待てないぞ」

「仕方ないよ。巨大飛行船のときと違って、敵データを一から作らなくちゃいけないんだから」

「よし。ガス、テオ。3-Aの作業では各部隊の戦闘詳報と戦闘データから艦載機の性能を概算でいいから割り出せ。それをシミュレータに反映させろ。シミュレータが使い物になるまではそれでいく」

『了解』

 二人の返事が重なる。

「じゃあ次だな。こいつはテオに頑張ってもらおう」

「はい!」

「ようし、俺が艦載機役だな。テオ、ばしばし攻撃してくれていいぜ」

「ん? 避ける役はテオだろ?」

 全員が不思議そうな顔をする。話が噛み合っていない。

 リグは自分の失敗に気づいた。説明の順番が間違っている。ホワイトボードに書く内容と順番もだ。

「え? テオの射撃法の分析、開発だろ? 違うのか?」

 周りを見回すガスに、ユウとテオも困惑した表情で応える。

「すまん、俺の説明が悪かった。結論から言うと、攻撃法の考案はいったん棚上げだ。理由を話すから、ちょっと聞いてくれ」

 リグはテオに向かい合う。

「テオ、昨日機関砲で艦載機を二機撃墜したが、同じことができそうか?」

「確実とは言えませんが、できると思います」

「よし。ガスはどうだ。テオの真似ができそうか」

「いや、無理だわ。そのための訓練じゃねえの?」

「最後まで聞け。ユウはどうだ」

「無理だね」

「俺も無理だ。つまり、現時点では機関砲で艦載機を撃墜できそうなのはテオだけだ」

「それをできるようにするんでしょう?」

「他に手がないならそれでいいが、非効率だと思う。勘なんて曖昧なものをシステムに反映した例があるか? それに、みんなテオの真似ができるようになるまでは相当時間がかかるだろうが、それまではどうする。テオに全機落としてもらうのは非現実的だ。まず、艦載機撃墜に適した他の武装がないか、あるいは改造ができないか検討すべきだろう。GMSの協力があるかもしれないしな。その調査を現状把握の項目に入れるべきだった。すまん」

「すると、攻撃より回避機動の研究が先ですか」

「そうだ。ただでさえ向こうのほうが機動性が高い。回避しないと攻撃もできないぞ。だから、ガスが艦載機役になってテオを追っかけ回す。有効射程は艦載機の性能を割り出す時点でわかるから、射程内にテオ機が入ったら失敗、というわけだ」

「ああ、わかってきたぜ。それでテオがうまく回避できるようになったら、役割を交代して俺ができるか検証するんだな」

「冴えてるな、ガス。その通りだ。空戦機動の得意なテオなら回避機動の開発効率がいいし、ガスがそれを実行できるなら兵士全員もできるわけだ。だからテオ、回避機動の開発前に囮をやっていた俺たちと、WF第二小隊の機動を確認しておけ。各人の工夫があるはずだ。もっとも、WF第二小隊のはあやしいけどな。あいつら反応速度が早すぎて、たぶん参考にならん」

「了解です」

 くすりと笑って、テオがうなずく。リグはホワイトボードの項目を書き直した。


1.戦闘詳報の作成(リグ、ユウ)

2.現状把握

 2-A:各隊の戦闘詳報から特徴点を抽出(ガス、テオ&リグ、ユウ)

 2-B:対艦載機の武装の有無、改修可否の調査(リグ、ユウ)

3.艦載機への対処

 3-A:艦載機の情報収集とシミュレータへの反映(ガス、テオ)

 3-B:対艦載機の回避法考案(ガス、テオ)

 3-C:対艦載機の攻撃法考案(2-B完了まで棚上げ)


 書き終わったリグは、三人に向き直った。

「他に付け加えることはないか。懸念でもいい」

「リグ。奴らは次も空母でくるだろう。その時はどうしよう。次の襲撃までにこれだけの項目を消化できるか、難しいと思う」

「同感だが、いまこの時点では判断できない。現状把握が終わってから意見具申するつもりだ」

「わかった。二人はなにかある?」

 ガスとテオは首を振った。

「よし。いいか、はじめての空対空戦だからって慌てるな。慎重に、確実に進めるんだ。いざとなったら対空迎撃をあきらめて全員で地上迎撃すればいいんだからな。時間はちゃんとある。はじめよう」

 それからは二組に分かれて作業をはじめる。戦闘詳報の作成は四時間ほどで終わった。普段はリグが三時間かけて作成し、ユウが一時間かけてチェック、リグが二時間かけて修正し、合計六時間で作成する。いつも二人がかりでやればいいように思えるが、それは場合による。普段のやり方は六時間ですむが、今回は二人が四時間かかっているので拘束時間は合計八時間である。早く終るぶん、時間あたりの作業効率は悪いわけだ。今回は何しろ時間がないので、効率を犠牲にしたのである。

 戦闘詳報ができあがるころには、ガスとテオはもうシミュレータに向かっていた。リグとユウも他部隊の戦闘詳報を眺めて特徴や気になる点を書き出していくが、ガスとテオのそれとほとんど変わらない。一つ二つ付け加えた程度である。

「やっぱり艦載機の機動力がネックだよね。速度さえ勝っていれば艦載機を無視して空母を狙う戦法も取れるのに」

 書き出した特徴のリストを眺めながらユウがぼやく。

「それでもミシン目を作る余裕はないだろう。仕方ないさ。目標を潰すために目標より性能の低い兵器を作ってくれるんなら、ありがたいほどの間抜けだ。人類はとっくに勝ってるよ」

「そりゃそうだけどさ……攻撃方法も目処がつかないね」

「武器によって攻撃機動は変わる。そこは置いておこう。ところでホワイトボードに書き忘れていたんだが、戦闘機の被害状況や修復までの期限を確認したい。せっかく格納庫が近いし、いまから行ってみないか」

「……君って本当、計画とか立てるの苦手だよね。まあ何でもやられちゃうと僕の立場がないからいいけど。いいよ、行こう」

 怒られなくってよかった、と安堵しつつリグはユウと格納庫へ降りる。整備士たちが忙しそうに移動をしては機体に群がっていた。

 そのうちの一人を捕まえると迷惑そうな顔をされたが、リグが631だとわかると表情を変え、ちょっと待っててほしいと言って立ち去った。リグとユウが顔を見合わせていると、一人の男が歩いてきた。整備班長だ。

「631の大将が直々に来たと聞いたんでね。通信でもよかったろうに」

「近くにいたんだ。邪魔したかな」

「いいさ。で、用があるんだろう?」

「まず被害状況を知りたい」

「ひどいもんだ。特に囮になったおたくらのはな」

 整備班長はそう言って修復中の機体に目を向ける。

「WF第二小隊の機体でも、可動タイル装甲の三割がやられてる。あんたらは五割近い。もう少しで高荷重のかかる機動ができなくなるところだった。敵の火力のなさが幸いしたな」

 リグは肩をすくめた。それは戦闘詳報にも書いたことだ。唯一安心できる点だが、機動力の問題が解決しなければやられっぱなしのままに変わりはない。

「リグ、あんたとガスだったか。あの二機はエンジンに二、三発もらっていた。なんで動いていたのか、整備班全員で首をひねっていたところだ。ま、動作原理不明だし、解明しようもないが」

「エンジンも?」

「ああ。俺たちは実際、こいつらのことをたいして知っちゃいないのさ。GMSの秘密主義のおかげでな」

 忌々しげな整備班長にユウが尋ねる。

「修復状況ってどうでしょう」

「急いでやってるよ。いまが俺たちの戦闘だからな。三交代で二十四時間稼働体制だ。損傷した機体は次の来襲までには直る。だが、撃墜された機体の補充まではできない。GMSによれば、修復用のパーツを作るだけで手一杯で、新規製造までは手が回らんそうだ」

 それならざっと七十機出撃できる、とリグは頭を回す。それならいつもの出撃数と同じだから、悪くない。もっとも、次の出撃での損傷や被撃墜機が今回と同じだけ出ればもう立て直せない、ということでもある。

「修復状況はわかった。安心したよ。それにしても、エンジンまで動作原理不明か。出力をあげられないか相談したかったんだが、無理そうだな」

「ああ、やってるよ」

「わかってるって。無理なものは……なに?」

 リグの目が困惑に染まる。

「出力の上昇だろ。やってるよ。動作原理は不明だが、正式な追加装備として出力増加装置がある」

 ぽかん、とそれを聞いていたリグは突然整備班長に飛びかかる。

「この野郎、なんでそれを最初っから装備しておかないんだ! そのせいで何人死んだと思ってやがる!」

「やめなよリグ!」

「離せユウ! こいつをぶっ殺しておかないとまた同じようなことをやらかすぞ!」

「きっと理由があるんだよ。ちょっと落ち着いて!」

 整備班長の喉元を締め上げていたリグの手の力が弱まった瞬間、整備班長はその手を振り払った。ぜいぜい息を切らしながらぼやく。

「さすが631だ。何をするかわかったもんじゃねえ」

「……その増加装置とやらをいままで付けなかった理由を聞かせてもらうぞ。納得いかなかったら、うちの副長がなんと言おうと、もう加減はしない」

「理由はあるさ。二つな。一つは完全に必要なかったから。二つ目は燃料効率の悪化だ」

 つなぎの喉元を緩めつつ、整備班長は続ける。

「必要なかったのはわかるだろ。そんな相手はいなかったんだ。あのすっとろい飛行船相手にはこれまでで十分だった。それはお前さんも認めるだろう」

 リグは不承不承うなずく。

「燃料効率も同じ理由だ。出力増加装置を取り付ければそれだけ機体重量は重くなり、燃料の消費効率は悪くなる。お前さんたちは気軽にすっ飛ばしてくれるが、燃料だって貴重な資源なんだ。必要のないものをわざわざ取り付けて燃料を無駄使いするやつがいるかい」

 リグはしばらく黙ってから整備班長に頭を下げた。

「悪かった。あんたの言うことは正しい」

「いいさ。驚きはしたが、気持ちはわかる。被害状況を見たとき、俺たち全員同じことを思ったよ。出力増加装置があればもっと生き残ったに違いないってな。だが、そいつが必要になるだなんて誰も知らなかったんだ」

「で、その装置の効果は?」

「実際に使ったやつはいないが、カタログスペックでは出力二十%増とあるな」

「奴らと同じくらいだ」

 嬉しそうなユウにうなずいて、リグは続けた。

「出力二十%増と引き換えに、俺たちは何を失うんだ?」

「燃料さ。単位時間あたりの消費燃料がニ・五倍ほどになる」

「使いっぱなしはできないか」

「だな。帰れなくなる。振り切るときか、追い詰めるときか。どっちにしても、ここぞという場面で一瞬使う感じだろう」

「シミュレータにその装備は反映されるかな」

「もうあるはずだ。昔からある正式装備だからな」

「ユウ。いますぐガスとテオに伝えろ。そいつを使わせるんだ」

「了解」

 通信をはじめたユウを横目に、リグは次の質問を発した。

「いつまでに装備できる?」

「損傷箇所の修復と並行でやってる。正式装備だけに取り付けは簡単だし、どうせ無傷の機体はないからな。GMSが機体の補充に手が回らないというのも出力増加装置、正式名称は〇七式多重燃焼室増加装置だったか、そいつの生産もあるからだ。ちなみに、631とWFを優先しろとのお達しだぜ」

 整備班長は笑ってリグの肩を叩いた。

「頼むぜ。おたくらがやられたら、俺たちもお終いだ」

「お互い様だ。あんたたちのおかげで、俺たちは飛べるんだから」

 リグと整備班長は握手をして別れた。リグの隣でユウは明るい表情を浮かべる。

「機動力の問題はなんとかなりそうだね」

「ああ。まさか正式の追加装備があるとは思わなかった。このぶんだと武装も期待できるぞ」

「そうだね。飛行船に対しては必要なかっただけで、艦載機に似たタイプを想定した正式装備があるかもしれない。GMSに問い合わせてみよう」

 ふと、ユウは首をかしげる。

「僕たち、どこに向かっているの?」

「ドクターのところだ。性格はあれだが、GMSよりよっぽど話がわかる。直接GMSに問い合わせるより話が早いだろう」

「確かにそうだね」

 くすくす笑うユウを連れて、リグは兵器開発室に向かう。ポインターの予備弾倉をもらって以来だ。

 兵器開発室のドアをノックしてから入ると、白衣のドクターは椅子に座ってこちらを向いていた。

「お前らか」

「今回は怒らないんですね」

「そろそろ来るだろうと思っとったからな」

 まあ座れ、とドクターは二人に椅子を勧めた。

「いつぞやは、いいことを見つけてくれたな。ポインターが戦術コンと連動するとは知らなかった」

「あれは偶然です。本当は、大規模事故を起こすつもりで接続したんですよ」

 笑って謙遜するリグの横顔に、ユウの鋭い視線が突き刺さる。それ、聞いてないんだけど、どういうことなの。そう言いたげな視線を受けてリグは笑うのをやめた。咳払いを一つする。

「それで、今日の用件なんですが」

「わかっとる。結論から言うと、いまのところ、ない」

 しん、と部屋が静まり返る。

「……もうちょっと順序立てて説明してくれませんか。さっき、整備班に話を聞いてきました。出力増加装置が正式な追加装備としてあったと。武装も換装できるんじゃありませんか。ドクターの結論にけちをつけるわけじゃありませんが、それだけで納得はできませんよ」

「だろうな。正直、私もお前たちの手を借りたい。いまから説明する」

 ドクターは数あるディスプレイの一つを指さす。

「あれが戦闘機の武装リストだ。今回の件の対応案としてGMSが送ってきた。正確には、武装リストと詳細が記されたファイルの階層を、だが」

 リグは武装リストを睨む。

「たくさんありますね」

「そうだな。各武装のマニュアルを調べている最中だが、原理のわかっている機銃や存在は知られているミサイル、そして何をどうするのか見当もつかない代物まで、様々だ」

「気になるのは、全部×がついていることなんですが」

「全部じゃない。一つを除いて、だ」

 似たようなものだ、とリグは思う。

「×がついているのは何なんです?」

「なんでわかりきったことを聞くんだ? 現時点で生産不能という意味だ」

「現時点では、ということは時間がたてば可能になるんですか」

「だといいな」

 吐き捨てるようなドクターの言葉に、リグは拳で額を小突いた。嫌な予感がひしひしとしてくる。

「……一つだけ生産可能なものがあるんでしょう。機関砲の他に。どんなやつです?」

「機関砲より口径の小さな軽機銃だ。射程と連射速度に優れる」

「よさそうじゃないですか!」

 ユウが喜びの声を上げるが、リグはドクターの表情から結果がわかっていた。

「GMSも戦略部もそう考えた。それで昨日、回収班が拾ってきた敵戦闘機の外殻を分析し、軽機銃のデータを使ってシミュレートしてみた」

「あ。敵戦闘機のこと、うちでは艦載機って呼んでます。そいつを運んできた小型飛行船は空母、と」

「旧文明の兵器の種別だな。ぴったりだ」

「ご存知でしたか」

「お前が知っていたほうが驚いたがね」

 話を進めない二人にユウがそわそわしだす。

「そんなこといいですから、結果はどうだったんですか?」

「クソだったんでしょう?」

「話が早いな。敵戦闘機……お前たちの呼び方を借りれば、艦載機の装甲は飛行船の外殻と同じ素材だった。だいぶ薄かったために、機関砲は効いた。だが軽機銃は機関砲よりはるかに口径の小さな銃弾を使う。着弾痕すら残らんかった。念のため同じ箇所に二百発ほど撃ち込んでみたが、傷もつかなかったよ」

 ユウががっくりと肩を落とす。その肩を叩きながら、リグは尋ねた。

「GMSと戦略部がドクターに依頼したのは、そいつのシミュレートじゃないでしょう? それだけならGMSだけでできる」

「そうだ。あのボケナスどもは唯一生産できる軽機銃が使い物にならないとわかると、生産不可能な武装のリストを私に送りつけてきた。そしてこうほざいた。『生産不可能な部分を分析し、生産可能となるように代替案を考案せよ』だと! 辺境の部署にたった一人放り込んだだけでは飽き足らず、不可能ごとを全部押し付けてきたのだ!」

 机を殴りつけてからドクターはリグを睨んだ。好きで睨んだのではなく、怒りが収まりきらなかったのだ。

「お前たちの手を借りたいというのはそのことだ。代替案の考案には新たな発想、もしくは発想の転換が必要だ。私はそういったものに慣れていない。お前たちを頼りたい」

「引き受けますよ。こちらももっとマシな武装が欲しいですから」

 リグはディスプレイの武装リストを見上げる。

「でも、結構な数がありますね。一つ一つ潰していったら骨が折れるどころか、こっちが骨になるまでかかりますよ」

「半分ほどは私が担当する。未知の武装や技術者としての知見がなくては理解し難い武装だ。だが、頼むからそれらにも一度は目を通してくれ。棚からぼたもちということわざもある」

「棚から落ちたぼたもちって、食事に適するんですかね」

「やかましい。これが担当分けをした武装リストと詳細ファイルのフォルダ階層だ。通信で送るから、お前たちで共有しておけ。機密でも何でもないから、誰に教えてもいいぞ」

 喋りながらドクターの顔に一瞬だけ不安そうな影がよぎった。リグはそれを見つけてしまう。

「どうかしたんですか。なにか懸念でも?」

「いや……うむ、まあ、話しておいたほうがいいかもしれん。隠すことでもないしな。ただし、ここだけの話にしておいてくれ」

 そう前置きをしてドクターは切り出した。

「私はGMSの巨大なシステムの、アクセス可能な膨大なファイル全てに精通しているわけではない。だが兵器関連のファイルはよくアクセスするし、この都市の誰よりも知っているつもりだ。だが、今回GMSが送りつけてきた武装リストとそれらの詳細ファイルが置かれた階層は見た覚えがない」

「加齢で物忘れがひどくなったのではなく?」

「椅子で頭をかち割るぞ。もしそうなったらGMSは私を使い物にならないと判断して有機分解し、私の遺伝子から新しい私を作るだろう。この職業に十分な能力を備えた、若い私をな」

 リグは怪訝な顔をする。

「じゃあ、GMSがフォルダ階層を作った、あるいは隠していたものを開示したと?」

「確信はない。私は普段からフォルダ階層の構造なんぞに注意を払ってはいなかったからな。仮にGMSがそういったことをしたとして、何の通知もなしに行う理由がわからん」

「……GMSにも事情がある、ということではないでしょうか」

「そうかもしれん。どちらにしても、結論の出しようがないし、出したところでどうしようもないことだ。余計な話をしたな。すまなかった」

 ドクターはディスプレイを眺めているリグに声をかけた。

「おい、お前の副長はずいぶん気配りが効くじゃないか」

「でしょう。自慢の副長ですよ」

 そう返してからリグは視線をドクターに戻す。

「この作業、もう手を付けました? 感触や見込みだけでも知りたいんですが」

「私の担当分は未知の技術が多く、見通しは暗い。お前たちの担当分はいくらか構造がわかりやすいぶん、少しマシだ。ほんの少しだけな。先に言っておくが、大量の火薬と高度なセンサー類、半導体はあきらめておけ。知っての通り、それらはGMSが生産を制限している」

「それらが一番欲しいんですよ。要するにミサイルです。なんだってGMSは制限をかけているんです?」

「昔同じ質問をしたことがある。なんと回答されたか正確には忘れたが、実質ゼロ回答だった」

 ただし、とドクターは続ける。

「私なりにだが推測をしてみた。おそらくGMSは制限したいのではない。生産できない理由があるのだ」

「どうしてそうなるんです?」

「仮定に仮定を重ねるのは技術者のすべきことではないが……原材料の不足だと踏んでいる」

「そもそも作りようがない、と?」

「そうだ。機関砲や突撃銃の弾薬でさえ必要最低限しか生産されていない。予備弾倉なんぞ、ポインターのほうが多いくらいだ。なぜか。作りたくても作れないからだ。あるいはごく少量しか生産できないかだろう」

 ドクターは立ち上がってうろうろしはじめた。

「もしくは製法が失われているのかもしれん。だが火薬に関して言えばそれほど難しくはないはずだ。新たに開発してもいい。ではなぜやらないか。この都市には材料がないからだ。もともと、旧文明においては原材料とそれを精製、加工し、さらに製品化して、それを多数の人間に届ける輸送網が張り巡らされていた。安価で、確実に、大量に輸送できる手段があったのだ。だから原材料の産地が限られていても多くの人間がその製品を手にすることができた。情報技術についても同じことだ。世界中に高速大容量の通信網が構築されていた。誰かが新しいアイデアを発信し、それを見つけた他の誰かが発展させる。世界中でそれを繰り返し発展してきた。いまの我々にはそれがない。都市は孤立し、フェムトの来襲を恐れて輸送網の構築すらできていない。敵性大気が地表を覆うために原材料の採掘どころか、探索すら困難だ。考えてみれば、都市は輸送をあてにせず、孤立した状態で可能な限り自給自足できるように設計されている。文字通り人類最後の砦として機能するべく作られたかのようにな」

 一気に話し終えると、ドクターは椅子に座り直す。

「人類がフェムトに対抗するには都市単位で戦っても、らちが明かん。それではただ生き延びるだけだ。都市間を物資輸送路と情報伝達路でつなぎ、地表に人類の生存圏を確立しなくてはならない。それができないうちは、奴らに勝利するなど夢物語だろう」

 リグはドクターの発言を吟味してみた。正しいように思える。目の前のことに必死で都市間の協力など考えたこともなかった。そしてミサイルが作れないわけも納得がいく。旧文明の人類は火薬やら半導体やらの産地から原材料を大量輸送し、工場で精製・加工して高品質なそれを作っていたわけだ。現在その輸送路がないのだから、むしろGMSはよくやっているのだろう。

 おや、とリグは首をかしげる。

「じゃあここに都市を作った理由はなんです? 地図にダーツを投げたわけでもないでしょう」

「推測ばかりで恐縮だが、戦闘機の燃料とポインターのエネルギー確保を優先にしているのではないかと思う」

 なるほど、とリグはうなずく。

「どうやって作られているのか、何が原材料なのかGMSは明らかにしないが、それらはフェムトと戦う上で不可欠だ。極端な話、機関砲がなくても飛行船に穴は開けられる。突撃銃も同じことだ。いまのお前たちは通常の侵入個体であれば突撃銃をほとんど使っていない。他の部隊も、再構成時のフォローや空間移動の利用など、隊員間で連携や工夫を行う部隊ほど突撃銃の消費弾薬は少ない。逆に言えば未知の航空燃料がなければ戦闘機は飛べず、ポインターがなければ侵入個体は撃破できない。まあ、小型電磁投射装置があるが、あんなでかくて重いものを主力にするには、この都市は広すぎる」

 ため息をついてリグは頭を整理する。ユウは感心しきりでドクターに話しかけた。

「ずいぶん歴史にお詳しいんですね」

「褒めてもらえるのは嬉しいが、私はそれほど歴史に興味はない。兵器の開発や発展の参考に過去を探っただけだ。証拠というわけでもないが、私は旧文明の慣習や言語には一切関心を持たない」

 ふんふん、とユウはうなずく。

「いままでのお話はドクターの私見でしょうか。GMSと戦略部に知らせるべきお話かと思います」

「意見具申はしたから、知ってはいるだろう。本音のところでどう評価しているかは知らんがね」

 うーん、とリグは唸る。

「ミサイル、だめですか。あれが一番楽で確実なんですが。他の都市なら材料があるかもしれないし、輸送機で運ぶ手もあります」

「GMSと戦略部に問い合わせてみることだ。私の考えでは、困難だと思う。仮に製造できて有効だとわかったら、今度は定期的に輸送機を飛ばさなければいけなくなる。自分の勢力圏を横切るそれを見逃すようなアホが相手ならここまで追い詰められてはおらん。奴らは必ず輸送機を襲う。我々はそれを守るために戦闘機をつける。奴らも空母で対抗する。本格的な物量戦のはじまりだ。輸送機を守らなくてはならないぶん、こちらが不利なのは言うまでもない。おまけに奴らの襲撃は週に一度だったのが、輸送機を飛ばすことで襲撃頻度が上がってしまう危険もはらむ。いまでさえギリギリなのにだ。だから今回の件はこの都市単独で対応すべきだと思う。無論、その懸念を回避できる確実な案があるなら話は別だが。まあ、ここまでは他の兵器、いや兵器以外のどんなものにでも言えることだ。私がミサイルはだめだろうと推測する理由は別にある」

「長々ととどめを刺した上にダメ押しですか。なんです?」

「お前たちの戦闘機の尻には何がついている? ミサイルのセンサーを破壊するAMLSだ。奴らはそれをずいぶんと見慣れているだろう。我々がミサイルを使いだせば、奴らもAMLSに似たものを持ち出してくる可能性は高い。そうすれば打つ手なしだ」

 リグは頭を抱えた。言われてみればその通りだ。

「ミサイルは将来性なし、未知の兵器は意味不明……機関砲より射程と連射速度に優れ、軽機銃より口径の大きな機関銃が必要、ということですか」

「嫌なことばかりですまんが、新しく作るのは勧められん。すべて新造パーツになるから、工場と生産ラインから作らなければいけない。もしやるなら早めに手を付けたいが、GMSと戦略部は時間がないと言っている」

 ユウが不審そうに眉をひそめた。

「時間がない? どうしてです? 最悪、全員で地上迎撃すれば防衛はできます」

「しばらくはな。だが、その方法だと侵入個体の数が多すぎる。隔壁や通路の破損箇所も多くなるということだ。侵入個体の撃退はできても、その修復が追いつかん。いずれ奴らの侵攻速度に対応しきれなくなる日が来る」

「具体的な期限は?」

「戦い方や侵入箇所によるから正確ではないだろうが、GMSと戦略部は暫定的におよそ二ヶ月としている」

 思ったより時間がないな、とリグはほぞを噛む。

「うちのテオの空対空射撃能力、ご存知ですか」

「知っている。実はさっきまでお前たちの戦闘詳報を読んでいた。彼は素晴らしい。機関砲の弾速と連射速度でなんで当たるのか、さっぱりわからんが」

「あの射撃勘をシステム化できませんかね。それならいまの機関砲だけですむ」

「無理だ。GMSは記憶野への直接学習や視覚野への情報伝達など、簡単な情報接続はできるが、射撃勘のような脳内の複雑な動作までは解明できていない。もしできるなら、真っ先にお前の戦術開発能力をシステム化しているだろうよ」

 リグは額を小突く。焦りに顔がゆがんだ。

「そう急くな。すべての希望が消えたわけではない。考えても見ろ。巨大飛行船のときはいまよりはるかに絶望的だったし、都市イオミン・ペイの奪還など夢物語だった。今回はすぐには役に立たんが武装リストという手がかりもあるし、テオの才能もあてにできる。困難な問題ではあるが、絶対不可能でもないだろう。絶対という言葉は絶対にないのだからな」

 リグはため息をついてうなずく。

「そうですね。ありがとうございます」

「お前に礼を言われると気持ち悪いな」

「ドクターのそういう正直なところ、好きですよ」

「ほら見ろ、寒気がしてきた。さっさと出て行け」

 リグは立ち上がる。

「また相談させてください」

「もちろんだ。こちらもなにかあったら知らせる」

 リグとユウは改めて礼を言って兵器開発室を出た。

 格納庫脇のブリーフィングルームに向かいながら、ユウは不安そうだ。

「ドクターはああ言ってくれたけど、期限があるってのは焦るよ。リグ、これからどうしよう」

「とりあえずガスとテオにいままでの情報を伝える。そして今日から講義はすっぽかす。基礎訓練だけやって、あとは戦闘機のシミュレータだ。機動開発するのも武装を考えるにも、戦闘機内にいて損はないだろう」

「わかった。631全力稼働だね」

 いや、とリグは首を振る。

「今回は回避機動、武装開発、攻撃機動の三つをやらなくちゃいけない。しかも期限付きだ。みんなの能力は信頼しているけど、手が足りない」

「手を増やすの? でも、戦術開発能力を持っているのは……」

 言いかけて、あ、とユウは気づく。

 リグはうなずいた。個人的感情を押し殺して。

「WFと手を組む」


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