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王子の悲憤と現実的な正義の味方

「い、異世界……?」


「え、何よそれ……」


「そんなことがありえるはずが……」


「嘘だ……」


「ありえねぇ……」


「これって……夢だよね?」


(本当に夢だったらどれだけいいんだろう……)


 ヴィルヘルムが言い放った余りにも信じ難く、そして、信じたくもないその事実にクラス中に先程とは違う形の動揺と混乱が走り回ってきた挙句、さらには悲しみすらも加わってきた。

 私はと言うと、ある程度予想がついていたことで周囲よりも覚悟ができたとは言え、フィクションと現実がごっちゃになったこの瞬間に呆れと共に失望感を感じていた。

 私はたった17歳の女子高生だ。私だって、泣き出したい。でも、他人に涙を見せて泣くなんてみっともないマネなんてしたくない私はなんとか胸に走る動悸とくらくらとする頭痛を堪えながらも感情を抑えた。


「ちょっと……!

 それってどういうことよ!?」


 クラス中がざわつく中で少しヒステリー気味に雰囲気的に気の強そうな(私も他人のことはいえないけど)女子が1人、ヴィルヘルムに噛みついてきた。

 そんな女子の明らかな敵意が込められた質問にヴィルヘルムは予想していたようで動揺を見せずにいた。

 そして、


「すみません……私たち、タウルド、いや、このホロウシア大陸は未曽有の危機に瀕しているのです。

 それゆえに誠に勝手ながらあなた方を異世界から及び致しました。」


「はあ!?」


(お~い……王子様……

 あなたは確かに簡潔に今の現状とその理由を説明してるけど、この世界のことを何も知らない私たちからするとそれじゃあ説明不足だって……!)


 ヴィルヘルムの主語と述語で構成されていて非常に単純明快な文体としては何も間違っていないその答えはこの世界の基本知識のない人間、つまりは私たちからすればちんぷんかんぷんであり、気の強そうな女子はただでさえ、こんな誘拐まがいのことをされてることもあってその返答に苛立ちを隠せずにいた。


「あの……すいません、俺たちはこの世界のことを何も知らないのでそれだけじゃわかりにくいのでもう少し詳しくしていただけませんか?」


 とクラスメイトがさらなる苛立ちを募らせて仕舞う前にと工藤はヴィルヘルムに対して、情報を求めた。


(まあ、この手のパターンの物語だと魔王とか大災害をなんとかして欲しいのが召喚される理由なんだけど……)


 私はテンプレとして考えられる勇者召喚の目的で答えを想定してみたが先程の

『王様が傍若無人で恥知らず』

 と言うこう言った話のテンプレではないことが既に起きていたことから目的がなんなのかがはっきりと予想ができなかった。


「……失礼いたしました。

 では、かいつまんで申し上げますと

 このホロウシア大陸の西側にはこのタウルドを始めとした十二の主要な国家が存在します。

 しかし、五年前に東側から侵攻してきた『帝国』と言う勢力によって脅威にさらされています。」


 ヴィルヘルムは国と国との間における問題が理由と言うことを本当に簡潔すぎるほど説明した。

 それがどう言う意味なのかを知っていながらも。


「……!?

 ちょっと、待ってよ!?

 それって……」


「どうしたんだ、山城のやつ……?」


「なんであんなに荒立ってるんだ?」


「まさか……」


 先程からヴィルヘルムに厳しい態度を取っていた山城と言う女子はどうやら頭に血が上るのは早いらしいが馬鹿ではないらしくその答えが意味を把握したのか王子にその頭に浮かんだ疑念をぶつけようとした。

 そんな山城の態度にクラスの半分は二つの反応に別れた。一つはクラスメイトの急な慌てぶりに対する困惑。そして、もう一つはそのクラスメイトと同じ応えに至ってしまった絶望。

 私は後者だった。

 そして、その山城や私たちが動揺する理由の答えは


「はい……恐らく、あなたが考えた通りです。

 私たちは『帝国』との戦いのためにあなた方をお呼びしました。」


 国と国同士の問題ごとの解決手段として最も最低で最悪な解決手段。

 有史以来、最も人の生命と理性、尊厳を奪い、同時に技術を発展させたとも言える私たちにとっては馴染みのない同じ世界の出来事なのにどこか現実感のなかった出来事。

 つまりは


「それって……『戦争』のために私たちをよんだってこと?」


 山城は震えながらそう言った。

 その問いにヴィルヘルムは


「………………はい。」


 長い沈黙の後に肯定した。


「なあ……今、なんて言った?」


「せ、戦争……?」


「マジかよ……!?」


「そんな馬鹿なことが……!?」


「嘘だよね……!?ねえ!?」


 王子と山城の問答が導き出した『戦争』と言う言葉にクラス中から不安と恐怖、困惑、いや、そんな言葉じゃ表せない。

 それは当然だ。

 『戦争』なんて言葉、既に私たちからすれば半世紀以上の話で内戦や島国と言う点で人命が多く失われることなんて大事故や災害、凶悪犯罪以外にない平和な国家で生まれ育った私たちからすれば痛ましい悲劇を繰り返さないために戦争の恐ろしさを語り告げられてきたことでその恐ろしさは嫌と言うほど心の底に刻まれている。


「………………」


 よく見ると、ヴィルヘルムの後ろでヴィルヘルムの父であるこの国の王であるカールは伏し目がちになっていた。どうやら、彼は私たちを自国と周辺国が解決すべき事態に巻き込んだことに一定の罪悪感を感じてはいるらしい。

 そして、ヴィルヘルムはと言えば、ただただ無感情だった。


「ふ、ふざけないでよ……!!

 戦争なんて……そんな……!!

 自分たちの都合で私たちを巻き込むないでよ!!」


「なっ……!?

 貴様……!!」


 『戦争』と言う言葉を改めて認識した山城は後ろに控えている国王と違い、心を痛める様子を見せないヴィルヘルムに掴みかかろうとして、衛兵が彼女を取り押さえようとするが


「よい……彼女の言わんとすることはわかる。」


「し、しかし……殿下!」


 当のヴィルヘルムは手で制して山城の怒りを受けようとしてきた。

 それでも、王子であるヴィルヘルムを守ろうと衛兵は山城を止めようとするが


「よいと言っている!!」


「は、はあ……」


 ヴィルヘルムは決して、ここに来て初めて感情的になって衛兵に命令を聞かせた。

 そして、衛兵が下がるのを確認すると


「すまない……

 十分、我々が勝手なのは理解している……」


「で、殿下……!?」


 と山城を含めた私たち全員に頭を下げて謝罪してきた。

 その行動にこの場にいる王子の姿を見て、この場にいる国王を除く全てのこちら側の住民たちが驚きを隠せずにいた。

 私たちのいた世界で言う中世と近世に近いこの世界では王族と言うのは神聖不可侵の存在なのだろう。その王族の中でも王子と言う時代の王に最も近い存在が頭を下げたのだ。

 それに驚きを隠せないのはある意味、当然とも言えるのだが


「はあ!?言いたいことはそれだけ!?」


(ま、まずい!?)


 そう言ったことにあまり馴染みのない私たちにその頭の重さなんて意味がなかった。

 山城はそんなことじゃ怒りは収まらないらしく、彼の襟首を掴んでしまった。


「な!?貴様!?」


「ちょっと待て!?山城!!」


 そんな彼女の行動に王国側とクラス側双方の何人かがマズイと思い、彼女を止めようとするが


「殴りたいのなら……殴ってくれ……」


「……え。」


 そんな状況の中で目の前の王子はそれを善しとした。


「あなたの気がそれで収まるのならそれでいい。

 むしろ、そうしてくれ……

 我々はこんなことをしてでも……あの帝国に敗けぬわけにはいかないのだ。

 私は二度と……あのような者どもには負けてはいかんのだ……!」


 ヴィルヘルムは色々な感情が込めてそう言った。

 それは怒りであり、懇願であり、哀しみであり、無力感でもあった。


(そうか……これは『現実』なのよね……)


 私は今までの現実とフィクションを先入観があるとは言えごっちゃにしてきたことを自分を再び恥じた。

 もちろん、自分たちの平穏を奪った彼らに怒りや憎しみがないと言うと嘘だ。でも、ヴィルヘルムのその目と言葉には平和な国にいる私たちが決して見せることのできないものが混ざっていたのだ。

 こんなことで流されてはお人好しだとも言えるだろう。でも、それと彼らがここまで苦しんでいるのを無視したり、考えたりできないと言うとそこまで私は冷めていないし、捻くれていない。

 よく、こう言った出来事がある作品では「国を救いたい」とか喚く癖に自分は最前線にも出ていないお姫様とか王子様が伝説の勇者様とか聖女様に対して『脳みそお花畑(すいーつ())』のせいで彼らの必死さが感じられないし、私が仮に呼び出された勇者ならそんな連中に力を貸す気もしないし、生命を懸けようとも思えないことが普通だ。いわゆるテンプレだ。

 だけど、このヴィルヘルムと言う王子は『脳みそお花畑』で済ましていい人間なんかじゃない。


「どういうことよ……」


 今まで、丁寧な紳士的な姿勢を崩さなかったヴィルヘルムのその態度に山城は彼の襟を離した。

 もちろん、彼への憤りを忘れた訳ではなさそうだが。

 しかし、それでも彼が見せた『帝国』への憎しみに怯んだのだ。


「『帝国』は……『刻印』と言う邪法を使って、あらゆる生命を奴隷とするのです……知恵ある者すら……

 そして……帝国に既に滅ぼされた国家や民は……!」


「………………!?」


 ヴィルヘルムの発した言葉の意味は彼の怒りが簡単に理解できるものだった。

 彼の無念と苦渋に満ちた言葉がその意味を語っていたのだ。

 あれだけの『帝国』への憎しみや怒り、哀しみは彼が実際に目にしたからこそのものだったのだ。

 山城はそのヴィルヘルムの怒りに先程よりも怯んでいた。

 いや、彼女だけじゃない。私もまた、彼の怒りが怖かった。

 彼の怒りは完全なる敵意だ。喧嘩程度の暴力とかで見れるものじゃない。同じ暴力でも彼が目にした暴力への怒りは尋常じゃない。

 今度はヴィルヘルムの行動で王国側もクラス側も黙ってしまった。

 そのまま、重すぎる雰囲気が漂う中


「帰る方法はあるの……?」


 やはり、どんなに相手が苦境に立たされても戦争のような危険な出来事に巻き込まれるのは嫌なことだ。

 そんなクラスの気持ちを山城は代弁してくれた。

 でも、みんな心のどこかで察していたのだ。その答えを。


「ありません……何しろ、あなた方が最後の希望でしたので……」


 案の定、答えは『NO』だった。


「そ、そんな……!?」


「う、うそ……!?」


「嫌だよ……戦争なんか……!」


「お父さん……お母さん……」


(分ってたよ……分ってたけど……!)


 王子の残酷過ぎる言葉にクラス中に絶望と嘆きが走った。

 戦争の恐怖に打ちひしがられる者、故郷に帰れないことと愛する家族と引き離されたことで悲しみに駆られる者。多くの者が泣いた。

 そして、私もまた。彼らと同じだった。

 今の一言で私たちはこの世界から逃げ場を完全に失ったのだ。

 もしかすると、あの王子が私たちを利用するために嘘を吐いたのかもしれない。

 だけど、どちらにせよ私たちが戦争に巻き込まれるのは避けられないものとなったのだ。

 そんな悲嘆なんて一言ですませていいわけではない空気の中、


「……なあ、みんな。」


 工藤が声をクラス全員に声をかけてきた。

 よく見ると、彼も手を震わせていた。どうやら、彼も辛いのだろう。だけど、それでも私たちのことをどうにかしようとしているのだ。


「どうせ、帰れないのなら一応は安全なこの国に保護してもらうていいんじゃないかな?」


 となんとか言い繕いながらも自分が悲しみを感じているのを隠しながらも今後の自分たちのことについて意見を出してきた。


「ちょっと、工藤君!?」


 そんな工藤に対して、ヴィルヘルムの悲哀と憎悪を感じさせられて怯んだとはいえ戦争に巻き込まれることに断固として反対していた山城は彼に反論しようとしたが


「山城……

 お前の気持ちもわかる。だけど、この訳のわからない世界じゃ情報が少なすぎるのに外の国に出るのは危険すぎるよ。

 外に出たとしてもこの国以外に世話になる当てなんてないし……」


「う……それは……」


 工藤のその言葉に山城は黙った。

 実際、工藤の言う通りだ。

 言語はどうやら日本語でOKなのはご都合主義でも働いているのではと思うが、この世界のことがわからないのにこの国を離れるのは危険すぎる。

 仮に相手が嘘を吐いていて戦争の道具にされたとしても、この状況では目の前の王国の人間の保護を失うと私たちは路頭に迷うこともなるだろう。

 それに私たちはただの高校生だ。現代日本で法とか、人権とかに守られていたのに『帝国』と言う国のやっていることを考えているとこの世界にはそれらを厭うことはあってもそう言った概念がないに等しいとも思える。つまり私たちがこの世界で生きていくには無理に等しい。

 逆に彼らの言うことが真実だった場合、『帝国』と言う国家がやっていることを考えると外の国に逃げてもいつかは『帝国』の手が伸びる。逃げ場なんてないに等しい。

 いい加減『テンプレ』とか言いたくないけど、あの工藤と言う男はイケメンはこの手の勇者召喚に出てくる典型的なイケメンキャラと違ってかなり現実的な考えができる男らしい。


「分ったわよ……」


 と山城は工藤の意見を訊いて、渋々と納得したらしく、他のクラスの面々も彼の出した意見以上に良策が思いつかなかったらしく、仕方なく従った。

 どうやら、あの工藤と言う男は割と損なタイプの人間なんだろう。高校のクラスの集まり、いや、国会とかでもそうだけど、人間は集団内での話合いで意見を集める際に誰もが理想論を求める。だけど、そこで何かしらの現実に見合った妥協案を出さなくちゃいけないことがある。

 例えば、消費税とかがいい例だろう。誰もが税金なんて払いたくもない。特に消費税なんて言うのは誰もが関わることだ。年齢も性別も職業も関係なしに。

 でも、税金を増やすとしたら一番妥当なのは消費税なんだ。所得税を増やせば、収入が減って消費は減りこむ。次に最もお金持ちから徴収できるとされる法人税だけど、これは増やすと逆にお金持ちが国籍を海外に移して逃げるなんてこともあって逆に税収が減ることに繋がる。また、所得税の中の貧富の差の是正も結局はお金持ちが海外に逃げる原因でもある。

 だから、リスクを最も分担できる消費税が現実論としては正しい。と言う帰結に至る。

 これは高校生活における学園祭でもそうだろう。高校じゃあ、誰もが学園祭を楽しいものにしたいと思うものだ。でも、その中でも都道府県の条例とか、予算の問題、風紀の考えと言った現実的な問題が立ちはだかる。

 多分、工藤は現実を知っているから損だけどその中でも一番理想的な何かを言えるみんなの顰蹙を買ってしまうタイプの男なんだろう。

 学級委員タイプの人間だとは思ってたけど、本当にそうだった。

 だけど、工藤はここで私が思いもしなかった手を打ってきた。


「それに俺たちを召喚したのには理由があるんですよね?」


(そう来たか……やるわね。)


 クラス全体の意見が一応、まとまったのを確認すると工藤は王国側に対して自分たちが呼ばれた本当の理由を訊ねた。


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