仲間との本格的な交流
俺が現実的な魔法の使い方を学んで1年が経過した。エディスン先生には魔物や人間との戦い方を、ジルには精霊と対峙したときの対処法を、そしてオフィーリア先生には魔族との戦い方と知恵熱が出そうなくらい考えさせられる場面に出くわしたときの対応を、それぞれ学んだ。
意外だったのは、特別に頭を使わないといけないときの対処法をオフィーリア先生が教えてくれたことだ。こういうのはエディスン先生が得意だと思っていたが、実はそれほどでもないらしい。逆にオフィーリア先生はこういうのが結構いけるようだ。さすがですね、と褒めると、
「ふふふ」
と微笑みながら更に酷い問題を出されてしまった。理不尽だと思う。
それはともかく、この1年で3人に色々と叩き込まれた俺はある程度戦えるようになったようだ。自信がなさそうなのは、自分で確かめたわけではないからである。あくまでも教師3人の評価だ。もちろんまだまだなので、これからも訓練は続く。
その間に、ライナスとバリーは11歳になっていた。武芸を色々仕込むのにあと1年ほしいと言っていたロビンソンだが、きっかり1年で2人を仕上げてきた。2人の成長速度がすごいからというのもあるが、この辺りはさすがと言うべきだろう。
そしてついに、守護霊である俺はライナスとの合同訓練をすることになった。
ライナスからロビンソンに対して守護霊である俺の存在を明かしてもらう。事前に夢の中で打ち合わせていた通りにだ。このときのロビンソンの様子は意外にも落ち着いていた。さすがに冒険者なだけあって、いろいろと不可思議なことを経験しているからだろうか。
(意外と落ち着いてるよな)
(うん、もっと驚くかと思ってた)
ロビンソンの態度にライナスも拍子抜けしていたようだ。
いや、そういえばこの魔法戦士もばーさんの指示で動いてるんだったか。なら、そっち経由であらかじめ俺のことを聞かされているのかもしれん。
「話はわかった。それで、その守護霊っていうのはここにいるのか?」
「はい。今から会ってもらいます」
と言ったところでライナスが俺に意識を向けてきた。いよいよだな。
エディスン先生達と話をした結果、俺の存在を明かすのはバリーとロビンソンの2人だ。つまり、今ロビンソンの家の庭にいる面々だけということになる。
(初めまして、俺がユージです)
精神感応を使ってバリーとロビンソンに話しかける。姿は見えないのにいきなり話しかけてこられたので2人は戸惑っていた。
(あー、ごめん、姿は見せられないんだ。だから声だけで勘弁してほしい)
本当は見せられるんだが、与える情報は最小限の方がいいと思ったから隠れたまま話しかけることにした。この辺りはエディスン先生とオフィーリア先生に普段から言われているところだからな。
(挨拶くらい面と向かってしたかったんだがな。まぁいいだろう。俺はドミニク・ロビンソン、ライティア村の護衛をやってる冒険者だ。いつもライナスにくっついてるんだったら、俺が魔法戦士ってことも知ってるんだろうな)
ロビンソンが苦笑いと共に挨拶を返してくれる。うん、まぁ、そうだね。
「ドミニクさん、ユージの姿は俺も見たことがないんです。だから見せないんじゃなくて見せられないんだと思いますよ」
「あー、なるほどな」
ライナスの説明を聞いたドミニクが納得したように頷いた。そういえば、ライナスにもまだ姿を見せたことはなかったっけ。夢の中だけだったか。
(俺はバリーってんだ。よろしくな、ユージ!)
(ああ、よろしく)
こっちは大して気にしていないようだ。ライナスの頭上を見て挨拶をしてくる。お、鋭いな、当たりだ。
(それで、今後はユージがライナスに魔法を教えるって聞いてるんだが、それでいいのか?)
(うん、そうだよ。それと、ライナスとの連携をとれるように訓練もしたい)
(そうか、確かに必要だな)
思案顔のロビンソンが小さく2回頷いて考え込む。恐らく2人が成人するまでの予定と付き合わせているんだろう。
(その連携をとる訓練は毎日必要か?)
(今は何日かに1回でいいと思う。いつかは毎日する必要はあるだろうけどな。まずはライナス自身の修行を優先したい)
(その意見には俺も賛成だな。それなら、3日か4日に1回ってのはどうだ?)
(それでいいよ。都合はそちらに合わせる)
(助かる。その連携をとる訓練は俺やバリーも参加できるのか?)
(もちろん。ロビンソンには連携の指導をしてもらいたいし、バリーは一緒に戦うことになるしな)
(場所はどこで?)
(森でする。以前ライナス達が冒険者ごっこをしていた森だよ)
(わかった)
俺の返答は全て想定の範囲内だったのか、ロビンソンは特に反論することもなく受け入れてくれた。案外ばーさんと事前に打ち合わせをしていたのかもしれないな。
(なぁ、ユージ、俺も聞きたいことがある。なんでユージはライナスの守護霊をしてるんだ?)
バリーから根本的な質問が飛んでくる。
こっちの世界に来てから魔王討伐の話を聞かされている俺はともかく、何も知らないバリーからすると不思議だよな。
(さぁ? 俺も気づいたら守護霊になってたんで、理由は知らないんだ)
これは本当のことだ。そもそもどうして俺が守護霊に選ばれたんだろう。普通はもっと強そうな奴にするよな。
(そっか、自分でも知らないのか)
深い意味のある質問ではなかったらしく、バリーはそれ以上聞いてこなかった。
そういえばロビンソンも聞いてこないよな。ばーさんから聞いているのか、単に興味がないのか。自分の仕事に必要なことだけしか聞かないという方針なのかもしれない。
(よし、今後の方針は大体こんなものでいいな。次は、ユージの力を確認しておきたい)
(連携訓練の内容を決めるためにも、か?)
(よくわかってるじゃないか)
口の端をつり上げてロビンソンがにやりと笑う。
くくく、来たな! 『お前の実力を見せてみろ!』イベント! さて、何を見せようか。少し考えてから、みんなに声をかける。
(ライナスの正面、20アーテム先を見ててくれ)
指定した場所にみんなの注目を集めて、俺は火光を出現させた。それは人の頭くらいの大きさだ。拳程度の大きさが一般的だから特大といえる。
「おぉ、でけぇ……」
魔法を使えないバリーはこの時点で圧倒されている。今はいいけど、そのうち慣れてもらわないとな。
次にその火光を水球で包み込む。すると、蒸発音と共に大量の水蒸気が発生した。しばらくすると水球だけが残った。
「すごい……」
ライナスも驚いている。呪文自体はライナスも使えるのだが、何しろ規模がまるで違う。俺が気負うことなく呪文を唱えていることがわかるライナスは、改めて俺との力の差を感じているようだ。
次に、土壁を出現させてその水球の水分を吸収させる。そして最後に、風刃を水分を含んだ土壁にぶつける。すると、水気を多分に吹くんだ音と共に土壁は吹き飛んだ。
(これでどうかな)
ロビンソンに向けて俺は声をかけた。姿が見えないので全員に言ったようにしか思われないが、少なくともロビンソンは、自分の挑戦状に対する返事だと気づいているだろう。
使った魔法は簡単なものばかりだが、四大属性の魔法を1つずつ使った。火と風しか使えないロビンソンと違うことと、より強力な魔法を使えるということを示せたはずだ。何も自分を大きく見せる必要はないんだろうが、ナメられるよりかはましだろう。
(ふむ、大したものだな。さすがに守護霊なんて呼ばれるだけのことはある)
(そりゃどうも)
真剣な表情で泥が散乱している先を見ながら、ロビンソンが言葉を返してきた。どうやらきちんと評価されたみたいだ。
「ライナスの魔法もすごいと思ってたが、ユージのはもっとすげぇな!」
自分にできないことをやってのけた俺に対して、バリーは手放しの賞賛をする。こういう表裏のない褒め言葉ってのは素直に嬉しい。
「そうだね。俺ももっと使えるようにならないと」
ライナスはため息をついてから感想を口にした。
(ユージは元々人間だったのか?)
(え?)
ロビンソンのいきなりの質問に俺は虚を突かれる。
(いや、話のやり取りからそう思っただけだよ。元は高位の魔法使いなのかなってな)
(元はか。ただの平民だったよ)
さすがに異世界からやって来たと言うことはできない。そうなると、こっちの世界で最も近い平民と答えるのが無難な回答なはずだ。
(ただの平民か。四大属性の魔法を全て扱える奴なんて滅多にいない。才能があるだけじゃなく、相当努力したんだな)
(まぁ、努力に関しては相当したと思う)
毎日20時間以上勉強してるもんな。努力してるって胸を張って言えるだろう。しかし、改めて言われてみると、霊体だからとはいえよく続けられたもんだなぁ。
(そうだよなぁ。俺も平民、しかも農家の三男坊だったんだが、ここまでなるのに苦労したからなぁ)
(家が貧しいと更に大変だよな)
ライナス達を見てるとそう思う。ライティア村はまだましな方だと聞いているけど、それでも小作農の子供に明るい未来があるとは思えなかった。
(ユージもそうなのか! 貧乏ってだけで何もかもが不利になっちまうもんなぁ)
適当に会話を合わせていたら、やたらと共感されてしまった。仲良くなる分には問題ないのでこのままにしておこう。
「それで、ドミニクさん。今後の稽古はどうするんですか?」
「あ、俺も聞きたい」
ちょうど会話が途切れたところで、ライナスとバリーがロビンソンに話しかけてきた。
「おお、すまんすまん。基本的に稽古は今まで通りする。ただし、3日か4日に1回はユージも含めた集団戦の稽古にしよう。魔法の勉強は……」
(基本的に夢の中でライナスとするよ。ただ、覚えた魔法を実際に使うための時間はほしいな。だから、朝一からしばらく時間をもらって、それからそっちに合流ってのはどうだろう)
言葉を濁したロビンソンに俺は提案する。これなら剣術の稽古時間を最低限削るだけでいい。ロビンソンもそれは理解できたらしく、俺の案に大きく頷いた。
「そりゃいいな。なら、今ユージが言ったようにしよう。バリーは今まで通り朝一から俺のところへ来い」
「はい!」
自分のやることがわかったバリーは大きな返事をした。
(集団戦の稽古をするタイミングはロビンソンが決めてくれ。俺はいつもライナスと一緒にいるからいきなりでも対応できるから)
(わかった)
正確には昼間だけなのだが、今は夜に活動しないのでこれでいいだろう。
「よし、それなら今後の方針はこれで決まりだ。今日はこれから森に行って、お前達に連携をとるということがどういうことなのか教えてやろう」
「「はい!」」
こうしてようやく、冒険者としての本格的な訓練が始まった。




