初めての別れ
俺がライナス達と一緒に修行するようになって1年半が過ぎようとしていた。3日か4日に1度であってもこれだけ一緒に訓練していればいい加減慣れてくる。ロビンソンは俺達に連携の仕方を教えては、それを実際に使わせて1つずつ身につけさせようとしてくれた。
当然のことだが、俺もロビンソンから指導を受けている。そして、他にもエディスン先生とジルからも色々と指摘されていた。昼間なのでオフィーリア先生はいないものの、隠れてこっそりと指導してくれる2人には感謝だ。
夜は夜で相変わらず3人の先生からしごかれていた。うん、最近は教えるんじゃなくてしごいているよね、あれ。まぁ、そのおかげか、ライナス達との稽古は順調にこなせているが。
そんな俺達であるが、いよいよ大きな変化が訪れようとしていた。ついにライナスとバリーが王都へと行くことになったのだ。
「え、ドミニクさん、本当ですか?!」
「すげぇ、王都!」
「ああ。お前達も来年で13歳になるからな。そろそろ冒険者として下積みさせようと思う。そのためには、ここよりも王都へ出向いた方がいいんだ」
おお、ついにこのときが来たか。思えばライナスとバリーはもう8年近くも修行してるもんな。
「で、いついくんだ?!」
「来年の春頃には王都で活動したいから、年が明けて……そうだな、3月までにはここを出発しようと思ってる」
結局ほとんど敬語を覚えられなかったバリーが勢いでロビンソンに聞いていた。
「やったな、ライナス! やっと村を出られるぜ!」
「うん、そうだね」
2人とも嬉しそうだ。そりゃそうだろう。同年代の友達は既に何らかの形で働いているのに、自分達だけずっと修行してるだけだったからな。10歳を超えると次第に肩身が狭くなってくる。
「お前達もそのつもりでな。時間がかかりそうなら今から準備しておけよ。王都へ行く用意は俺がやっておく」
「「はい!」」
小さい頃からの夢だった冒険者になるための第一歩を踏み出せると知った2人は、それ以後の訓練に一層気合いを入れた。
ロビンソンにとってはまだ半人前扱いとはいえ、ようやく冒険者として村を旅立つことになったことは俺にとっても重要なことだ。だから、それをエディスン先生をはじめとした3人に話した。
「なるほど。来年の春前に王都へ向かいますか」
「あー、もうそんな時期か~」
「そうですわね……」
なぜか3人ともしんみりとした様子になる。いつもと違う雰囲気に俺は戸惑った。
「どうしたんですか?」
「この村を出る時期が決まったのでしたら伝えておきましょう。私達3人が、君を教育できるのはこの村にいる間だけです。ですから、ライナス君達が王都へ行く日は、同時に君が私達の下を卒業する日でもあります」
そうか、そうだったよな。魔王討伐をするライナスを守るために俺はみんなに鍛えてもらってたんだから、いつかはこの状態にも終わりが来る。それが数ヶ月先とはっきりしただけだ。
「必要なことはもう教えてあるんだし、後は覚えたことに慣れるだけよね~」
「そうですわね。私も教えるべきことは伝えましたし、残りの期間はひたすら復習ですわ」
「こちらとしては、何とか間に合ったというところですね」
うん、俺、あんまり出来が良くなかったですもんね。後で聞いたところによると、本来なら1年くらい早く今の状態になって、後はひたすら実践演習をするつもりだったらしい。いやもうほんとにすみません。
「それでもまだ時間はあるんだし、今まで以上にしごいて一人前にするわよ!」
「ふふふ、そうですわね」
待ってください、これ以上は無理です。
「それではユージ君、今のうちに渡しておきたいものがあります」
「何ですか?」
何をもらえるんだろう。これと言って思い当たるものがなかった俺は首をかしげる。
「これをいつも使ってる本に取り込んでください」
そう言って差し出されたのは、ハードカバーくらいの大きさの本だった。開けてみると魔法の呪文が書いてある……って、これは。
「これ、何の魔法ですか?」
「光系統の魔法です」
俺は驚いてエディスン先生に視線を向けた。確か光魔法は勉強しないことになっていたはずだ。
「どうして今これを?」
「本当は担当の教師を用意して学んでもらおうかと考えていたんですが、残念ながら都合がつかなかったのです。そこで、せめて独学できるようにとその教本を手に入れてもらったんですよ」
意外なことを聞いた。光の教徒が独占していたから無理だと聞いていたが、本だけでも手に入ったんだ。
「ありがとうございます。まぁ、物覚えの悪い俺が独学ってことになると、身につけられるなんて相当先でしょうけどね」
「確かにユージは覚えるのに時間はかかっていましたが、本来7系統もの魔法を習得できるなんてありえませんのよ。3系統覚えられれば優秀、4系統なら天才、5系統以上だと歴史に名を残すと言われるくらいですわ」
エディスン先生に軽口を叩いたら、オフィーリア先生から返事がきた。しかも何やら俺は偉業を達成しつつあるような口ぶりだ。
「ジル、そうなのか?」
「そうだね。まぁ、人間はそこまで覚えるための時間がないってのもあるけど。それと、相反する属性ってユージが思ってる以上に身につけにくいのよ。トーマスが光魔法の本を渡したのは、ユージがそれをあっさりやってのけたからだもんね」
「ふふふ、不思議そうな顔をしてますわね。いいですか、四大属性の魔法で火と水の系統を両方とも覚えるのは相当難しいですのよ。それを他の系統を覚えるようにあっさりと身につけたというのは、それだけで普通ではありません」
「これだったら、闇魔法だけじゃなく、光魔法も覚えさせたくなるわよね~」
知らなかった。属性が相反するって覚えるときにも苦労するのか。
「それじゃ、この光系統を覚えて全系統を制覇したら……」
「ふふふ、史上初の快挙ですわね。そのような教え子を育てられて、私はとても鼻が高いですわ」
「ユージはあたしが育てた!」
ジルは興奮してきたのか俺の周りをぐるぐると回り始める。
「ということです。ジル嬢とオフィーリア嬢の言う通り、どうせでしたら光魔法も習得して全系統を制覇してください。君ならできるでしょう」
そう言われると、できるような気がしてきた。
「さて、期限もきまったことですし、残りの時間も有意義に過ごしましょう」
オフィーリア先生の言葉をきっかけに、俺達はいつもの修行を再開した。
翌年の3月直前、ロビンソンが宣言していた通り、ライナスとバリーは王都へ向かうことになった。王都へ向かうための手配はロビンソンがしてくれるということなので、ライナス達のすることはほとんどない。持っていく物も大してないのでいつもの朝と変わりないくらいだ。
しかし、王都へ旅立つ日というだけあって、今日は日の出直後だというのに家族全員が家の前にいる。ライナスの見送りだ。
「父さん、母さん、行ってきます」
「体に気をつけてな」
「できるだけ危ないことはしないようにね、ライナス」
最初に両親と抱擁を交わすと、次は弟と妹だ。
「フレッド、みんなを頼んだよ」
「うん、任せてよ、兄ちゃん」
「デリア、元気でね」
「うん、お兄ちゃんもね」
フレッドは肩を軽く叩き、デリアはそっと頭をなでる。
家族は何とも言えない不安な顔を見せていたが、ライナスは逆に明るかった。
「それじゃ、行ってきます」
そういうと、ライナスは白い息を吐きながら村の北外れに向かった。
もっと湿っぽくなるのかなと思っていたのだが、意外とあっさりとしていたので拍子抜けした。まぁ晴れの門出なんだからこんなものなのか。
俺は自分の考え事もそこそこに、ライナスについて行った。
ライナスが村の北外れに着くと、そこには既にロビンソンだけでなく、バリーと神父さんもいた。ロビンソンは引き続いて2人を王都で冒険者として鍛えるために一緒に行く。そのため、やってきたときと変わりない荷物を地面に置いてライナスを待っていた。
ロビンソンがいなくなるとライティア村の護衛役に穴が空いてしまうわけだが、それについては既に手配済みらしい。その辺りに手抜かりはないようだった。
まだ季節は真冬なので寒い。全員が厚手の服を着ている。ライナスが到着すると4人で何かを話しているが、俺は遠くにいるので内容まではわからない。
というのも、俺は俺で旅立ちの挨拶を世話になった教師3人にしているからだ。
「さて、それでは、いよいよお別れですね」
「はい」
朝日に照らされて半分以上透けているエディスン先生が声をかけてきた。
「これからは、守護霊としての責務をあなた1人で背負わなければなりません。そして、君はその責務から逃げることができない。ですから、どんなときでも困難に立ち向かわなければならないのです。しかし、この世界に来てから今まで学んだことを使えば必ず解決できます。決して最後まで諦めないでください」
「わかりました」
俺が頷くと、エディスン先生は嬉しそうな表情で頷き返してくれた。
「ふふん、い~い、ユージ? あんたはね、確かに鈍くさいところがあるけど基本的には優秀なのよ。それに、あたしが教えたことをきちんとできるようになれば、ぜっっったいにできないことはないわ! あんたは『フォレスティアのジル』の弟子なんだからね。情けないことしたら承知しないんだから!」
「うん、覚えとくよ」
ならばよし! と言って上機嫌に俺の周りをぐるぐると回る。
「ユージ、あなたは7系統の魔法を習得しただけでなく、光魔法さえも身につけようとしています。恐らく近い将来、全ての系統の魔法を習得するでしょう。それは、魔法を使う者にとっての夢です。その夢を実現しつつあるあなたを育てることができたことは、私にとっての誇りですわ。あなたとの出会いに感謝を」
「ありがとうございます」
そういってオフィーリア先生は優雅に微笑んでくれた。
「では、後を引かないように私達はこれで去ることにしましょう」
「じゃぁね~、ユージ!」
「またお目にかかる日まで、ご機嫌よう」
みんなが俺に向かって最後の挨拶をしてきた。だから俺も、精一杯大きな声で返礼する。
「皆さん、今までありがとうございました!!」
俺が叫び終わると、一呼吸置いて3人は目の前から消えた。
後には、眩しい朝日が残るばかりだ。
感動で胸がいっぱいになっているが、不思議と悲しくも寂しくもない。
村の北外れに目を向けると、神父さんの見送りを受けてライナス達が歩き始めたところだった。
「よおし、俺も!」
感慨にふける暇もなく、俺はライナス達の後を追いかけた。




