見え始めた人生の岐路
俺がこの世界にやって来て6年が経過した。最初は毎日20時間以上も勉強漬けの生活なんて耐えられないと思っていたが、エディスン先生やジルなんて仲間がいると意外にやっていけるということがわかった。1人だと確実にダメだったろうな。
そんな俺だが、今はジルに精霊魔法を教えてもらっている。精霊語については半年ほど前に及第点をもらい、現在もより高度な精霊語を操れるように勉強中だ。そしてそれと並行して精霊魔法を勉強している。
ただ、そんな精霊魔法を実際に使える時間帯は夜に限られていた。というのも、精霊魔法は精霊を召喚することになるため、どうしても召喚直後はその精霊の姿を隠せないからだ。そこで、昼は精霊語の勉強を続け、夜は精霊魔法の勉強をすることになったのだった。
「あたし大車輪の活躍だよね!」
「よくそんな言葉知ってたな」
世話になってるのは確かだが、褒めるといくらでも調子に乗るのであまり褒めないようにしている。ジルはそれにご不満な様子だが、エディスン先生も同じ方針のようなので無視だ。
それで、現在における精霊魔法の取得状況なんだが、一応下位精霊を呼び出せるところまではどうにかなった。魔法の発動に失敗したときに見せるジルのいろんな態度にはむかつくが、我慢して教えを請うてここまでやってきた。これ見よがしにため息をついたり、心底バカにした表情のまま鼻で笑ったりと、あいつは確実に俺の精神を削りにきてる。
「だってユージの反応が面白いんだもん。あたしの一番のおやつだね!」
「せっかく飯代わりに魔力を分けてやってんのに……」
「何言ってんの。それは授業料じゃない! 何度も同じことを教える身にもなってよ。おやつくらいないとやってられないわ!」
「くそっ、今度から『嫌味の女王』って呼んでやる!」
「なによそれ?! あたしがユージをいじめてるみたいじゃない!」
取り消せー! と怒りながら俺の周りをぐるぐる回るが無視する。というか、遊んでないで授業をしてくれ。
一方、ライナス達3人についてだが、こちらは俺以上に進展があった。
まずローラだが、何とこの1年で2年分の学業を修めた。これには俺も驚いたが神父さんにとってはそうではなかったらしい。元々頭も良かったんだろうが、わざわざ写本を借りて教会の外でも勉強していたのだから、ある意味当然といえるのかもしれない。
ただ、そうなると困ったことが発生した。神父さんは村内では最も学識がある。しかし言い方は悪いが、こんな僻地に赴任する程度でしかないとも言える。だから、教えられることがどうしても限られてしまうのだ。当面は中級算術と光系統の魔法を教えることになったが、神父さんはローラの様子を見て何やら画策を始めたみたいである。
「ねぇ、あの神父、最近ローラの親や村長と会ってるようだけど何してるの?」
「何か手紙も書いてるらしいな」
「あたし、ちょっと見てくるね」
「あ、おい、待て!」
結局、ライナスのそばから一定以上は離れられないという足枷によってジルを掴まえ損ねた俺は、その帰りを待つしかなかった。
そして、やたらと上機嫌なジルが戻ってくるとすぐに話を聞く。
「で、どうだったんだよ?」
「んーとね、ローラ、王都にある大神殿に行かされるかもしれないんだって」
それって光の教徒の総本山じゃなかったか? こんな田舎から大都会の一流どころへ進学するとしたら、かなり優秀って認められたんだろうな。
「ローラ頑張ってたもんなぁ」
「ユージとは出来が違うもんねぇ」
そこで俺を引き合いに出すか。
ともかくだ。出来がよくて信心深いと見られているローラだが、実際のところはライナスと一緒に冒険をするために頑張ってる。しかし、周りの大人はそんな理由を知らない。そして、そんなローラの内心を何も知らない神父さんの熱意により、王都への道が見え始めていた。
次にバリーだが、こいつのおつむはあまり良くない。平均を下回っている。相変わらず九九の計算が怪しい。しかし、ロビンソンの修行は余程気に入ったのか、剣術に関しては順調に上達している。
「ずっと顔がにやけっぱなしのまま木剣をふってるよね。ちょっと怖いなぁ」
ただでさえ素振りに対して理解のないジルは、ロビンソンの修行が終わっても木剣を振っていることの多いバリーに対して腰が引けていた。
「ユージは怖くないの?」
「剣術バカってだけだろ。別にバリー自身が危ない奴ってわけじゃないんだし」
俺の言うことに一応納得してくれたジルだったが、それでも元々こういった奴が苦手なのかもしれない。それ以後も何となくバリーを避けていた。
それで剣術の腕前についてだが、筋がいいらしい。以前ロビンソンが村長に話していたそうだ。伝聞形なのはジルに聞いたからだった。
ジルさん、あんまりうろちょろしないでください。ばれるとまずいんですから。
「で、バリーには王都行きの話はないのか?」
「今のところはないみたい。あのロビンソンってヤツで間に合ってるんじゃないの?」
なかなか失礼な言い方ではあるが、俺もそう思う。
そもそも、まだ剣術を習い始めて1年程度でしかない。余程の天才ならばともかく、剣術で現役の魔法戦士が手に負えなくなるような子供なんて早々現れるはずがなかった。そういった意味では、バリーは師匠にとても恵まれていると思う。
最後にライナスだが、ここは少しややこしい。勉強について言うと実はローラ並みに優秀だったりする。もちろんライナスも努力したからなのは違いないが、ちょっとしたからくりがあるのだ。
ではその理由だが、俺が夢の中で勉強を教えていたからである。4歳のときからライナスの夢の中に入っていたのだが、最初は冒険者ごっこの続きをしていた。しかし、5歳になって勉強が始まると、わからないところで困ることが多くなったので、俺がその都度教えていたのだ。
そして更に、今までエディスン先生とジルに教えてもらう一方だった俺は、初めて自分が教える側に回って感謝されたのに気を良くして、色々と教えすぎてしまったのである。途中で止めようと思ったんだが、これに気がついたエディスン先生が逆に後押ししてきたため、最後までやることになったのだ。あのもらった本でライナスの教師役をするとは思わなかった。
しかし、問題なのはここからである。とても優秀なら、本来は都市に出て更に高度な勉強をして身を立てるのが普通なのだが、それは次男以下の場合だ。ライナスのような長男ならばそのまま家業を継ぐのが一般的だった。
「ねぇ、ジェフ、どうするの?」
「う~ん……」
ジェフとはライナスの父親の愛称なのだが、とりあえずそれはいい。
そのジェフリーは、ケイトに今後のライナスの進路について聞かれて迷っていた。長男なのだから家業を継がせる、そういった世間の習慣に従うのならば迷うことはない。だが、ジェフリーは小規模な自作農主だ。飢饉などが来ると下手をすれば小作農、最悪流民になってしまうような地位だった。そんな程度の家業を、大神殿へ行けるかもしれない程賢いローラと同等のライナスに押しつけていいのか?
更に言うと、弟のフレッドの存在もある。通常ならフレッドの方が家を出て行かないといけないのだが、その才能はまだ未知数だった。2人とも優秀ならば迷うことはないのだが、もしフレッドに何の才能もなかったらどうなるのかとジェフリーは考える。最悪何もできずにのたれ死にだ。来年7歳になるライナスは将来どうするのかそのとき決めないといけない。しかし、フレッドは5歳でこれから勉強するところだ。ぎりぎり時間が足りない。
「ねぇ、ライナスはどうなっちゃうの?」
ライナスについてある程度聞かされているジルは、このジェフリー夫妻の悩みについて不安を抱いた。このままだとライナスが魔王討伐の旅に出られないかもしれないからだ。
「まぁ、解決策らしきものはないことはないけど……」
「何よ、もったいぶってないで言いなさいよ」
「私も気になりますね」
うぉ?! エディスン先生まで乗ってきた?!
「それで、その解決策とはどのようなものなんでしょうか?」
「そうよそうよ!」
「あー、結局はフレッド次第になっちゃうんですけど、2年くらい判断を先延ばしにするんです」
「ほう?」
「フレッドが勉強をして優秀かどうかが判明するまで待てばいいんですよ。来年からフレッドも勉強することになりますが、1年も勉強すれば大体どの程度がわかるでしょう?
農民の子供が仕事を始めるのは7歳か8歳くらいからですから、ライナスが家業を継ぐ場合でも8歳ならぎりぎり一般的だと言えるでしょう」
「ライナスが農民になっちゃダメじゃない!」
「いや確かにそうなんだけどな。まずはフレッドの出来を見るべきだって言いたいんだよ。あいつがライナスほど優秀じゃなかったら問題ないんだし。まずは穏便に事を運ぶことを考えないと」
なるべく黒い話には近づきたくないが、そもそも黒い話にならなければいいんだよ。そのために時間の経過が必要ってんなら、1年でも2年でも待つべきだろう。少なくとも今はまだ時間的な余裕があるんだからな。
更にそんな話を追加してやると、ジルもようやく納得してくれた。
「なかなか良い案ですね。確かに、穏便に済むのでしたらそれに越したことはありません」
さすがエディスン先生! 先生ならわかってくれると信じてましたよ。
「ただ問題なのは、それをどうやってジェフリー夫妻に伝えるかですね」
……そーでした。俺達はジェフリー一家のことを必要以上に知ってるけど、あっちは俺達のことなんて知らないもんな。
「ライナスから言わせるのはダメなの?」
「あんなちっちゃい子供がそんなこと考えていたら恐ろしいだろ。それに、自分の弟がバカだってことを望んでいるみたいじゃねーか」
ライナスが十代だったら賢い子って思ってもらえるかもしれないが、一桁代は幼すぎる。
「エディスン先生、何とかなりませんか?」
俺はライナスとつながりはあるが、他の村人とは一切ない。エディスン先生とジルに至ってはそれすらない。しかし、エディスン先生はアレブのばーさんとつながりがある。ここを突破口にできないだろうか。
「私ですか?」
「たしか、アレブのばーさんは国王のお抱え呪術師って言ってましたよね? そこから何とかできないかなぁって思ったんですが……」
「え、あいつそんなにビッグだったの?!」
どうやら知らなかったジルを無視して、俺はエディスン先生に話を振ってみた。自分から黒い話に首を突っ込んでるが、穏便に事を済ませるためには仕方がない。
「そうですね。確かに、ジェフリー夫妻が早まった決断をしないように対策する必要があります。わかりました。一応アレブ殿に相談しておきましょう」
おお、言ってみるもんだな!
「へぇ、ユージもたまにはやるじゃない」
『たまに』は余計だ!
それから数日後、助け船は意外なところからやって来た。
たまたま雑用の仕事でジェフリーの畑に寄ったロビンソンが、ライナスの剣の腕前について話し始めたらしい。更に、頭の出来も良いということに話が移るとジェフリーが困り顔となってしまったそうだ。
「どうしました、ジェフリーさん」
「あー、いや……」
最初は何でもないと躱していたジェフリーだったが、相談相手もおらず余程困っていたのか、ついにライナスとフレッドの将来についてロビンソンに相談したという。
そしてその後は、俺の案がほぼそのままロビンソンからジェフリーに伝えられたそうだ。自然と7歳という年齢にこだわっていたジェフリーは、半年か1年様子を見たらいいという話を聞いて安心したらしい。
「……という顛末です。ジェフリー氏は単に視野狭窄に陥っていただけのようですね」
と、エディスン先生から話を聞いた。ライナスが思った以上に優秀だったから、父親として焦ったのかなぁ。まぁ、冷静になったら誰にでも思いつくことだろうし。
「これで当面の時間稼ぎはできましたね」
「うんうん、あとはフレッドがバカだってことがわかればいいんだよね!」
「お前言い方が酷いぞ」
ほんとこの妖精は容赦ないな。1回シメておく必要があるかもしれん。
「次はフレッド君が優秀だったときの対策を講じておかないといけないですね」
「そうだね!」
何やら黒いことを考えているエディスン先生とそれに考えなしに賛同しているジルを横目に、ライナスの家へと視線を向けた。
今回は俺達の相談は無駄になったけど、今後もライナスの進路については注意しておかないといけなさそうだな。できればこのまま旅立ってほしいんだけどなぁ。




