ライナス達の1日
俺がこの世界にやって来て5年が経過した。霊体であることから俺自身は老いや衰えとは無縁で、肉体に関する制限からも解放されている。だから、そのあり余る時間をいずれ旅立つときのためにと勉学に費やしていた。
しかし、そんな生活も去年から変化が始まっている。
1つは、エディスン先生が直接教える授業というのが終わって、現在では妖精のジルが俺に精霊語を教えてくれるようになったことだ。かなりやんちゃな妖精なのだが腕は確かなので、引っかき回されながらも何とか勉強している。
もう1つは、ライナスとバリーがロビンソンの弟子になったということだ。最初は冒険譚が面白くて冒険者ごっこをやっていた村の子供だったが、そのうち更にのめり込む子供とそうでない子供に分かれていった。そうなると遊ぶ内容も変化するため、自然とグループは分裂していく。たまに一緒に遊んだりもするので仲が悪いわけではないものの、以前ほどではなくなった。そして、更に冒険者に憧れを強くしたライナスとバリーは、ついにロビンソンへ直談判して押しかけ弟子となったのだ。
ただし、これは1つの問題を発生させた。王国では全員に下級算術と下級自然科学、それに読み書きを習わせることになっている。ライティア村では5歳になる年からこの勉強を子供にさせていた。ところが、バリーがこれらの勉強を全然しないで剣術の稽古にのめり込んでしまったのだ。勉強を教えている村の神父がこれに困って村長とロビンソンに相談したところ、教会できちんと勉強し、ロビンソンの雑用を引き受ける条件を満たすことで、剣術の練習をしてもよいということになった。ちゃんと最初から勉強しておけば雑用の件はなかったのに完全な自業自得である。
「あはは、バリーってバカだよね~」
「仕事をさせるようにうまいこと持っていったな」
そのときの様子を見ていた俺とジルは暢気に高みの見物をしていた。まぁ、とばっちりを受けたライナスにはちょっと同情したが。
それと、ライナスに懐いていたローラだが、彼女は教会で熱心に勉強をしている。実はローラもライナスが目指しているからという理由で冒険者になりたがっているのだ。そして、体力が2人に大きく劣り性格も内気なので、僧侶を目指すことにしたらしい。そのため、神父から光系統の魔法を教えてもらうために一生懸命勉強しているのだ。
「どう見てもライナスのためだよねぇ」
「健気すぎて胸焼けしそう」
思わず呟いた俺の独り言にジルが何それという突っ込みを入れてきたが無視した。
ということで、無邪気に遊んでいた子供も5歳を境にそればかりではなくなってきた。
ライナスの1日を追ってどんな生活なのかを見てみることにしよう。
「いってきまーす!」
「はい、いってらっしゃい」
朝、父親のジェフリーが野良仕事のため家を出た後にライナスは起きて朝飯を食う。その後すぐに母親のケイトに見送られて教会へ向かうのだ。もちろん勉強をするためである。
教会に着くと、寝ぼけ眼をこすりながら同年代の子供が集まってくるのが見える。やはり遊ぶときとは気合いの入れようが違う。大抵が5歳児か6歳児だ。
集まった子供は教会に入るのだが、場所は礼拝を行うなじみ深いホールだ。そして、勉強の前にお祈りがある。この辺りは宗教らしい。
「これ何やってんの?」
「神様に祈ってるんだよ」
「何を?」
「知らん」
しょせん信仰心のない俺やジルにとってはこの程度の認識でしかない。
それに比べて子供は熱心に祈ってる……わけではなかった。こんな遊びたい盛りの幼稚園児が信仰心に溢れてるわけがない。みんな手を合わせて下を向き、祈ってるふりをしている。そして考えていることは「早く終われ」だ。そうに違いない。
「あ、でもローラだけは熱心よね」
「……ほんとだ。ちゃんと言葉も覚えてるのか」
約1名だけ例外がいたようだ。
それから勉強が始まる。まず、全員が使い古された写本を取りに祭壇の横まで取りに行く。本は各人2冊ずつだ。5歳児は王国語教本と下級算術の写本で、6歳児は下級算術の代わりに下級自然科学の写本である。
ライナス、バリー、ローラは5歳児なので王国語教本と下級算術の写本だ。そして本を受け取ると祭壇の右側の長椅子群に座る。よく見ると、6歳児は6歳児だけで左側の長椅子群に座っていた。
最初にする勉強は王国語だ。5歳児は発音の仕方から単語、簡単な会話文などを習う。一方、6歳児は文字を読み書きできるように、王国語教本の文章を読んだり外へ出て棒きれで字面に文字を書いたりして覚える。
それを休憩を挟みながら2時間ほど繰り返し、次に下級算術や下級自然科学の勉強に移る。これも同じように2時間ほど勉強する。いずれも神父さん1人が指導しているわけだが、結構大変そう。
そしてもちろん、勉強の得意な子や苦手な子というのはいる。だから、苦手な子をカバーしないといけないのだが、神父さん1人ではできないこともある。そのため、できる子ができない子を教えるというのが習慣になっているようだ。
「バリー、3×3は?」
「6!」
足し算とかけ算の区別がついていないのか、お前は。
「あれ何回目だっけ?」
「確か4回目だったはず」
ジルも呆れてバリーを眺めていた。俺はお前の将来が心配だ。
教会での勉強が終わると、後は自由だ。大半の子供は遊び始める。
「よし、ロビンソンさんのとこへ行こうぜ!」
「「うん!」」
しかし、ライナス、バリー、ローラの3人は違う。そのままロビンソンの家に向かうのだ。
「ロビンソンさ~ん、いますかぁ?!」
ロビンソンの家に着くとバリーが声を上げた。もしいたら、雑用をやって剣術を教えてもらうことになる。この順番は特に決まっていない。主に雑用の都合で剣術が先になったり雑用が先になったりする。もしいなかったら、自主訓練だ。納屋の中に立て掛けてある木剣を持ってライナスとバリーが素振りを繰り返す。
今日はロビンソンが家にいたので自主訓練ではなさそうだ。
さて、どちらが先になるのかと見ていると、
「今日は雑用はなしだ。ずっと稽古をつけてやるぞ!」
「「やったぁ!」」
腰に手を当ててにこやかに宣言するロビンソンの前で、ライナスとバリーは飛び跳ねて喜んだ。弟子入りしたんだから相手をしてもらえるのは嬉しいよな。
3人は納屋の中に立て掛けてある木剣を持ってくると、早速訓練を始める。
「今日はまず素振りを見せてみろ。剣術の基本だからな、手を抜くなよ」
ロビンソンがそう言うと、ライナスとバリーは木剣を持って素振りを始めた。ロビンソンに教えられた型を正確になぞるように木剣を振る。
「ねぇ、あれってどうなの?」
「う~ん、わからん。様にはなってるように見えるんだが」
剣道でもやっていれば何かわかるのかもしれんが、あいにく縁がなかったのでさっぱりだ。
「しっかし、毎日同じことをよく繰り返すわねぇ」
「訓練ってのはそーゆーもんだからな」
その様子を毎日眺めていたせいですっかり飽きてしまったジルは、最近修行中のライナスとバリーには興味を示さなくなっていた。
そのため、ちょうど良い空き時間とばかりに、俺はジルに精霊語を教えてもらっていた。ジルも暇つぶし替わりに応えてくれている。
一方、ローラはその横で勉強をしていた。教会から写本を借りてきて、木陰の下でローラなりの修行をしているのだ。本来なら教会の外へ持ち出せない写本を借りて外に持ち出せているのは、勉強熱心なローラに神父さんが感心したからである。真面目な子は大人からの受けが良いのだ。
「よぉし、昼飯にしようか!」
「「「はい!」」」
1時間ほど稽古をすると昼頃になるので、そのまま昼飯となる。基本的には個人で持ってきた硬いパンを食べることになる。水は水袋のものか、ロビンソンが用意してくれたものだ。たまにロビンソンがスープを振る舞ってくれることもあるが、そのときはこっちが大変なことになる。
「あれ、食べてみたいなぁ」
「え、妖精って人間の飯が食えるのか?」
「実体化したらね……」
「おい、実体化するなよ。ばれるとまずいんだから!」
わかっていると言いながらも視線を全く外さないジルに俺は毎回焦る。エディスン先生でも呼ぼうかな?!
そうやってジルを何とか押さえ込んでいる間に4人の昼飯は終わる。そして再び稽古だ。
今のところ教えてもらっているのは基本的な型だけらしく、そう真新しい動きはしていない。今は基本的な技術と基礎体力を養う方が重要だそうだ。本来なら飽きて止めてしまいそうなバリーも、冒険者になるという思いは本物なのか真面目に素振りをしている。教会での勉強とは大違いだ。
いくつかある型を一通りこなした後は、ロビンソン相手に打ち込みが始まる。最初は教えられた通りに代わりばんこで繰り返す。
「はぁ!」
「もっと力を入れろ!」
「はぁ!!」
「そんなんじゃ魔物は倒せないぞ!」
俺がジルに精霊語を習っている横で、ライナスとバリーは必死になってロビンソンに向かって木剣を打ち込んでいた。ローラはそれをBGM代わりに勉強している。基本的に単調な声と音なんで、別のことに集中してたら気にならなくなるんだよな。
そして打ち込みが終わると、最後に1対1の試合形式で戦う。もちろん相手はロビンソンだ。好きに戦えるのでライナスとバリーが一番好きな稽古でもある。
「よし、まずはバリーからだ。さぁ来い!」
「へへ、今日こそ当ててやる!」
張り切ってバリーが突撃する。色々と角度を変えて木剣を振り回しているが、ロビンソンは笑顔で受け流していた。
「ほら、止まると危ないぞ?」
「うわ!」
息切れしてきたバリーは脚が鈍くなる。そして休もうと動きを止めたところでロビンソンが反撃するので、バリーは一息つく暇がなかった。
そしてついにバリーは木剣をはたかれて取り落としてしまった。
「くそ!」
「次はライナスだ。さぁ来い!」
「はぁ!」
悔しそうに顔をゆがめるバリーを尻目に、今度はライナスがロビンソンに挑みかかる。しかし、途中経過も結果も変わらない。数分後、息を切らせて木剣を取り落としたライナスが悔しそうにしているのを眺めることになった。
「よぉし、今日はここまで!」
「「ありがとうございました!」」
それを何度か繰り返すと稽古は終わる。その後は自由時間だ。他の友達と遊んだり稽古の続きをしたり3人だけで遊んだりと、その日の気分次第でやることは変化する。こうして1日が過ぎてゆくのだ。
ライナスが帰宅すると、俺とジルも必然的にライナスの家へ戻ってくる。そして、いつものようにエディスン先生が出迎えてくれた。
「いやぁ、今日も1日が終わったねぇ」
「人間はな」
今日も1日よく働いたとばかりにジルが背伸びしながら言葉を吐き出す。そりゃ1日中騒いでりゃ疲れもするだろうが、あいにく俺には関係ない。
そういえば、妖精であるジルは24時間ずっと活動していて問題ないのかと最初は心配したんだが、そんな必要はなかった。というのも、ことある毎に寝ているからだ。俺に一通り何かを教えると、復習を指示してからぐーすか寝やがるのだ、人前で憚ることなく。しかも俺の作業待ち時間を利用しているんだから文句も言えない。その要領の良さは素直に羨ましいと思った。
「ふふん、ほら、あたしってできる女だから!」
なんかむかつくぞ!
こうして各人の日々は過ぎていった……




