0‐3
「……?」
エプロンのポケットの中に、なにかが入ってる?
震える手でその中を探り、取り出したのは……一通の手紙と、一振りの銀の鈴。
兄様の腰元で暖かな音を立てていた鈴は私の中で驚くほど静かに沈黙していた。
「……っ…」
かさりと地面に落ちた一通の手紙。
震える手でを拾い上げ、広げる。
ーーーそこに綴られていた、わずか一行の言葉。
「………っ、……な、んで………」
目にした瞬間、私の心臓が凍り付いた。
殴り書き。ペン先が神を削り、インクが跳ねている。その乱れた筆跡からは、兄様の叫びが聞こえてくるようだった。
ポタリ、と。
私の目から零れ落ちた一滴の雫が、冷たい文字の上に落ちた。
じわり、と青黒いインクが涙に溶け、私を突き放す冷酷な言葉が私の涙で形を失い歪んでいく。
(……嘘。…嘘よ!こんなの、兄様の言葉じゃ、兄様の本当の言葉じゃない。……だって、こんなに、こんなにも震えているもの……)
音のない銀の鈴。冷たい言葉が綴られた一通の手紙。
兄様が最後に触れていたはずの二つの遺品。
私は鈴と滲んだ手紙を強く胸に抱き、色の失った窓の外に向かって、声が枯れるまで叫び泣き続けた。
「兄さまの…嘘つき……行かないでっ!…兄様!!」
けれど、返ってくるのは冷たい風の音だけ。抱きしめてくれる兄様の暖かさはいつまでも訪れなかった。
「……いつもみたいに……私の…っ…名前を呼んでよ……ぎゅって…ぎゅって…抱きしめ…て……」
床に崩れ落ちた私は自分自身の肩を抱くことしかできなかった。
兄様のいない家は、たった数分で見知らぬ他人の空き家のように冷え切って、私たちの暖かな居所はなくなってしまった。
ただただ、二つの遺品だけが重く、静かに、私の手に残されていた。
ガタン、と。
玄関の扉が乱暴に跳ね飛ばされ、私は息を呑んだ。
(兄様!……)
そこにいたのは、
肩を激しく上下させたバルカスおじいちゃんだった。全身が滝のような汗で濡れている。
見慣れた猟師の服はあちこちが避け、むき出しになった右腕には赤黒く内出血した戦いの跡があった。
右手には、薪割りの斧ではなく、小屋に飾られていた古びた銀の剣が握られている。
「……ッ、……ハァ……ッ」
おじいちゃんは一言も発さず、ただ、もぬけの殻となったキッチンを絶望的なまなざしで射抜いた。
そして…床に泣き崩れている私と目が合った。
一歩、また一歩と、重い足取りで私に歩み寄った。
その足音は、獲物を追い詰める狩人のそれではなく、ただひたすらに守るべきものを守れなかった男の悔恨に震えていた。
握りしめていたこぶしをゆっくりとほどき、おじいちゃんは私の横に跪いた。
「……おじ…いちゃ…ん……おじいちゃん……ッ、兄様が、兄様が……っ!」
ただただ縋るように私はバルカスおじいちゃんの膝にしがみついた。
おじいちゃんは私の叫びを遮らなかった。
ただ隻腕の大きな手で、慈愛の満ちた手で、壊れ物を扱うように私の頭を強く抱き寄せた。
私はおじいちゃんの胸に顔を埋め、さらに声をあげて泣いた。
おじいちゃんの服からは、深い森の匂いと、乱れた吐息、そして……
いつしか、兄様が言っていた本物の騎士の鉄の匂いがした。
「……すまねぇ、ミア。……すまねぇ……」
地を這うようなかすれた低い声。
私を抱きしめるおじいちゃんの腕は私への慰めとともに大切な弟子を救えなかった、引きちぎれるような後悔と無念の思いで熱く、激しく震えていた。
謝らないで。そんな言葉が聞きたいんじゃない。
…でも、その腕から伝わってくる痛いほどの熱が、兄様の存在の大きさと深く愛されていたことを私に教えてくれた。




