愛は買うもの、拾うもの?
俺の夏休みはバイト一色であった。
灯里に散々貢いだ結果多額のローンが残っているためその返済と、あとは今後の貯蓄のためだ。実家からの仕送りがないわけじゃないけど、最近あまりにも頻繁に催促をし過ぎていたしこれ以上っていうのもなぁ。これも灯里と切れたことで改めて気付いたことである。俺って本当に馬鹿だったんだと今さらながらに沁々と実感する。
「なに? 急にニヤニヤして」
一日の仕事を終えて店を出る。
隣を歩いていた清水が怪訝そうに俺の顔を覗き込んだ。
「いや、別に。
ただ、なんていうか最近吹っ切れたなあってさ」
「ああ、なるほどね。あの頃の三枝くんってゾンビみたいに顔色悪くってどちらかというと枯枝くんって感じだったもんねぇ」
俺の返答に揶揄で応える清水。
全くこいつは……。
今日も清水と共にファミレスへ。あの日の相談以来これが恒例となっていた。
だが決して嫌というわけではない。寧ろ好ましい。そりゃあそうだ。独り侘しく帰路に就くのと可愛らしい同僚の女の子と寄り道して帰るのとでは気分が天と地ほどに違う。
いや、別に相手が女性である必要はなく親しい相手と駄弁ることができるだけで十分なのだが。しかしそれでもやはり相手が男と女では気持ちの面で違う。これは女性特有の印象なのか、それとも異性相手という意識によるものなのか。まあ、何にしても気分が安らぐことには変わりはない。
扉を潜り空いた席を探す。
夜間ということもあり結構空いてはいるがそれでも閑古鳥が鳴くほどに無人というわけでもなく、奥へと進めば当然客がちらほらと。
ん? あれは……。
「どうかしたの?」
「いや、取り敢えずあそこにしようか」
足の止まりかけた俺に訝しがる清水を誤魔化すように席を選ぶ。
そこはとある男女客の席の背後だった。
彼らは話に夢中なようでこちらに気付く様子はない。
ということでこれを幸いと気になるその会話に耳を澄ませてみれば──。
「──でしょ。全部とまでは言わないけど、せめてあなたも半分くらいは持ってよ」
うん?
「無理言わないでくれよ。実はこの前事故って車買い換えたばかりでさ、とてもじゃないけどそこまで金が回らないんだよ」
なんだ?
「そもそもさ、その辺はピルなりなんなりで女の方ですることだろ。それを男にとやかく言われても困るって」
「何言ってんのよっ。ゴムなしでって言ったのはあなたじゃないっ!」
おいっ!
「お前ら、何やってんだよっ!」
バン!とテーブルを叩き立ち上がり激昂する俺。驚く周囲の視線もお構いなし。
だってそうだろ。繰り広げられる男女の諍い。それは玉美と土屋による玉美の妊娠を繞る話だったのだから。
「え? 葉介?」
不意な怒鳴り声に混乱する玉美。土屋の方は嫌なところを見られたと顔を顰めている。
「何だ三枝か。
悪いが余計な口出ししないでもらえないかな、これは僕たちの問題なんだ。
それにさ、そっちも彼女連れなんだろ? 昔の女に感けてそっちを放りぱなしなんてことしてていいのかい?」
………。
背後を窺えばなんとも気まずそうな清水の顔が。ただでさえ彼女を放置した状態でさらにこの女性の前では憚られる話。
だがしかし──。
「ああ、確かにな。
だけどな、たとえ別れたとはいえそれでも玉美とは真剣に付き合っていた仲だったんだ。そんな相手のこんな場面を見て知らぬふりなんてできるわけないだろ」
清水には悪いがここは退けない。
どうしても譲れないものがあるんだ。
「はっ。よく言うよ、あんな酷い別れ方しておいて。どう見ても棄てたものが今になって惜しくなっただけじゃないか。
まあ、ざまぁされて真実の愛を見失った男爵様じゃそれも仕方ない話か。
いいよもう、今日のことは忘れてやるからさっさと彼女と共に行ってくれ」
く……。痛いことを言う。
だが、こんなことで怯むくらいなら最初から口出しなんてしていない。
「悪いがそうはいかないんだよ。
確かにお前の言うように一方的に玉美に別れを突き付けておいて後から未練がましことを言うのは滑稽でおこがましいだろう。でもな、それでも付き合っていた時は本気だったんだ。そして別れた時の気持ちもまた本気。
そもそも恋愛っていうのはそういうものだろ? 本気で好きになってそして冷める。その気持ちは常に本気だからこそそれに誠実であり続けたい、たとえそれが過去のことであったとしても。
ざまぁ男爵なんて呼ばれる俺にでもそれくらいの矜持はあるんだよ、お前みたいな軽いやつとは違ってな」
滾る憤りをぶつける。
正直不器用な俺にできることは他にない。ならば説得は魂で勝負するしかない。
「はいはい、それで?
御高説はともかくとして、それでどうすると?
僕は金欠、親も宛てにできない。そして玉美も同じで変わらない。無い袖はどうやっても振れないんだよ。
それをそこにそうやって口を挿むからには当然それなりの策はあるんだよな?
まさかそこまで御大層な口上を宣って無責任に逃げたりはしないよな?」
え……?
「そ、それは……」
まさかこんな返しが返ってくるとは。
正直なところ感情に委せてのそれだったためその辺は全く考えてなかった。
そもそもそこは普通当事者同士の話であって諌める者を巻き込もうなんて思わないだろ。
「……解ったよ。乗り掛かった船だし俺も協力するからふたりもなんとか協力して……」
まあそうなるか。現実がこれだからふたりして言い争いになっていたわけだし。
ああ、月々のローンが厳しいというのにまた出費が……。
「……はあ~。
せっかく格好よく啖呵を切ったかと思ったのに本当に絞まらないんだから……」
これまで成り行きを見守っていた清水がため息を吐いた。
でも、仕方ないだろ。土屋も言っていたが無い袖は振れないのが現実、他に落としどころなんてあるわけもない。
「で、いくら要るの?
乗り掛かった船だし私も協力させてもらうわ」
……え?
「ちょ、ちょっと待てっ!
なんでそうなる? 清水は関係ないだろ⁈」
無事着とはいい難いものの一応は一件落着だった話が変な方向に転がり出した。
「ええっ⁈ マジ⁈」
「これは助かる。正に地獄に仏、いや女神様か」
しかも玉美に土屋も速攻で喰い付いてるし。
「お、お前らも冗談を真に受けてるんじゃない!」
なんとか説き伏せようと努める言葉も金の亡者と化したふたりに届くわけもなく、福の神清水を讃え崇める祭は続く。
いいのかこれで?
「悪いな、迷惑掛けて」
結局あの後、清水は一件近隣のコンビニのATMで金を下ろし必要となる金額全てを立替えた。
「まあ、これも可愛い後輩のためだしね。
私って教育係の鑑だよねぇ」
詼て笑う清水だが、しかしあれだけの金額を気前良くというのはどう考えても人が好過ぎる。
いや多分、自分でいうのもあれではあるがこれも俺の築いた人望というか信用ということになるのだろう。
だがしかし、俺はそれに応えることができるだろうか。正直それだけの価値があるか自体が疑問だ。
「この借りは必ず返させるから。いや、俺が責任持って返すから安心してくれ。まあ、金額が金額だけにさすがに直ぐにってわけにはいかないけどな」
何にしても金に関してだけは責任を持たないとな。なんといっても俺の信用で立替えたわけだし、ならばそれは俺の借りた金ということだ。
「うんうん、さすがは出来の良い後輩。
でも知ってる? 借金には利息が付き物なんだよ?」
「う、それは……」
確かにそれはその通りだが。だがしかし……。
「でも、今の三枝くんじゃそれは厳しいよねぇ。だから別のもので返してもらうことにしようかな」
「ま、まあ、俺にできることならば」
なんだろう。清水のことだから変な要求をしてくることはないと思うのだが……。
「うん、それじゃまずはその手付けを貰っておこっか」
てくてくと俺の横にやって来て、いたずらっぽく笑う清水。
そして俺の肩に手を載せひょいと伸び上がると、頬にキスして笑うのだった。
あれ? なんか主人公が食われてない?
最終話ということで『愛は買うもの、拾うもの?』なんてタイトルをつけてはみたものの拾った愛はただではなかったというオチですし……。
う~ん、伏線の回収が無理やりっぽいなぁ。というか、真実の愛はどうなった?
やはり私には恋愛ものは向かないのかも。(苦笑)




