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快炎鬼  作者: 吉田四郎
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九の炎

九の炎

マンション裏側の暗い路地から遠くで正面に見えている火事を、安アパートの2階の窓を開けて半身を外に乗り出し、スマホで動画を撮っている茶髪の若者がいた。

狭い部屋の中ではポテトチップスを片手に、若い女性がテレビのバラエティー番組を見ながら笑っていた。

男は動画を停止して、部屋の中の女に言った。

「よう、燃えてるでぇ」

「火事と喧嘩はっきいほどおもろいと言うけど、ホンマやなぁ?」

女はテレビを見ながら言った。

「あんたちゃうの」

「放火した犯人は……」

「アホなことを言うたらアカン」

「俺が火をけたのは、お前の心の中だけや」

女は食べかけのポテトチップスを、勢いよく見ていたテレビに向かって吹き出した。再度、動画を撮っていた男が、突然大きな声を出した。

「あッ!」

女はオモチャのような小さなちり取りとほうきで、散らかったポテトチップスを片付けながら聞いた。

「……どないしたん?」

「今まで燃えて無かった部屋がいきなり爆発して、誰かがベランダから下の道路に 向かって飛び降りたみたいや?」

女は掃除をしながら男に言った。

「下はアスファルトなんよ?」

「そんなことしたら自殺行為やないの。見間違いとちゃうの?」

男は小首を捻った。

「そうかなぁ?」

「一回、戻して見てみるわ」

動画を巻き戻した男は、快炎鬼が飛び降りたシーンを捜し出した。

「あった!」

男は女に向かってスマホの場面を見せた。

「これが証拠の写真や!」

女は男に近づき、スマホの停止画面を確かめた。

爆発の炎をバックに、快炎鬼がシルエットとなって映っていた。

「……何やろ?」

「男の人が何かを持っているように見えるけど?……」

画面を覗き込みながら、男は言った。

「タイヤと違うか?」

「……タイヤ?」

「タイヤに両腕を通して、4本抱き抱えているように見えるでぇ?」

「どないすんの? タイヤなんか持って……」

「大事なタイヤかも分からん?」

「レース用のタイヤやったら、結構な値段がするらしいよってに?……」

「あのマンションにレース用のタイヤなんか置いとくと思う?」

「……そやな?」

「布団かもしれんなぁ」

「布団やったら抱いて飛び降りるより、身体に巻いて飛び降りた方がええんとちゃうの?」

「それもそやな?」

女は男に言った。

「とにかく、確かめに行ってみぃへん? どないなってるんかを」

「よし、行こう!」

二人は狭い部屋から、慌てて外に飛び出した。

―――

洗濯機を抱き抱えた快炎鬼が風を切って、マンション裏側の薄暗い道路に降りてきた。

道路の道幅は、車が一台通れるほどの狭差で、突き当りは逆Tの字型の路地になっていて、遠くにぼんやりとかすむようにして2階建てのアパートの一部が薄明りの中に見えていた。

洗濯機を抱き抱え物凄いスピードで落下してきた快炎鬼の身体が、地上50㌢ほどの高さでピタリと宙に浮き、そして時を刻むようにゆっくりと降下していくと、洗濯機の底が音も立てずにピタリと地面に着地した。

洗濯機の蓋を開け、快炎鬼は笑顔で翔太に声を掛けた。

「助かったぞ」

笑顔の翔太が洗濯機の中から顔を見せた。

「ボクたち、助かったの?」

快炎鬼はニッコリと笑って応えた。

「そうだよ。外を確かめてごらん」

鍋を頭に被った翔太は、亀のように首から上だけを洗濯機の中から出して、ゆっくりと周囲の景色を見渡した。

薄暗くて狭い路地は黒い高塀たかべいの家が多く、街灯が所々(ところどころ)に設置されている情景だった。

翔太は目を輝かせながら叫んだ。

「うわ―――ッ!」

「ボク、ホントに助かったんだーッ!」

「ママを呼んでくるけど、一人で洗濯機から出ることが出来るかな?」

「うん、出来るよ」

翔太は洗濯機の中から半身を出して、地面に両手を付けた。

うつむいて出て来る翔太の前から、快炎鬼はスッと姿を消した。

―――

慌ただしく消火活動に励んでいる消防隊員たちを前にして、翔太の母親は大勢の野次馬たちの前列で両手を合わせて謝っていた。

「ごめんなさい。翔太……」

「ママが留守をしたばっかりに……」

涙ぐんでいる母親の横に立ち、快炎鬼が訊ねた。

「翔太クンのお母さんですね?」

「は、はい」

母親は怪訝な顔で聞いた。

「あなたは?……」

「近くの住人です」

「息子さんの翔太クンでしたら、マンション裏の路地にいましたよ」

母親は仰天した。

「えッ!」

「ほ、ほんとですか?」

快炎鬼はにっこりと笑って答えた。

「本当ですよ。この目で確かめましたから……」

「あ、ありがとうございます」

母親はパッと振り返り、大勢の野次馬たちを掻き分けながら後方へと向かった。

―――

狭くて薄暗い路地に一台の洗濯機が置かれていて、その横で頭に鍋を被った翔太が一人でポツンと立っていた。

翔太の名前を呼びながら、母親が薄暗い路地をこちらに向かって走ってきた。

「翔太―ッ!」

「翔ちゃ~んッ!」

翔太は近づいてくる母親に気付いた。

「ママだ!」

翔太は大声で、近づく母親に向かって叫んだ。

「ママ―――ッ!」

翔太に駆け寄る母親の足がにぶり、翔太の少し手前で立ち止まった。

「……翔太なの?」

「うん」

翔太の声を聞いて、母親は安堵した。

「よかったわ。無事でいてくれて……」

母親は翔太に近づいてしゃがみ込み、シーツを裂いた紐で括り付けられた翔太の頭の鍋に手を置いた。

「何? このお鍋は……」

「おじちゃんがボクを助けるために、被せてくれたんだ」

「……おじちゃん?」

翔太が洗濯機を指して言った。

「知らないおじちゃんだったよ」

「この洗濯機の中にボクを入れて助けてくれたんだよ」

母親は不審な顔で洗濯機に近づき、手で触れて確かめた。

「間違いなく、私んちの洗濯機だわ」

「どうして風呂場の洗濯機が、翔太と一緒にこんな路上にあるのかしら?」

母親は翔太に聞いた。

「翔ちゃん、燃えているお部屋にいたの?」

翔太は大きく頷いた。

「うん」

母親は翔太の身なりと洗濯機を不審な顔で見つめた。

「翔太が助かったのは嬉しいけど……」

「どう理解したらいいのよ? この状況を……」

安アパートの住人の若いカップルが、翔太たちに向かって走ってきた。

二人は無事を喜ぶ翔太たちの横を走り抜けると、マンションの真下に立って上を見上げた。

ベランダからまだ炎が勢いよく外に噴き出しているのが見えた。

男は言った。

「ここや!」

「あのベランダから誰かがこの路地に飛び降りよったンや!」

女は周囲を見渡しながら言った。

「死体が無いやないの?」

「死体だけでなく、飛び降りた形跡けいせきも……」

二人はパッと同時に振り返って、翔太と母親を見た。

男は母親を見ながら言った。

「タイヤを抱いたように見えたけど、あのお母ちゃんが子供を抱いて飛び降りよったのかもしれん?」

「アホなこと言わんとって。スーパーマンとちゃうんやから……」

女は洗濯機を見ながら男に言った。

「不思議やね。何で置いてあるんやろ。こんな路上にあんな洗濯機が……」

「あの子を洗濯機の中に入れて、あのお母ちゃんがベランダから飛び降りて逃げたのかもしれん?」

「何回もアホなこと言いなや。そんなこと出来るハズ無いやないの?」

りに出来たとしても、洗濯機もお母ちゃんも、ペッチャンコになって潰れてるわ」

男はガックリと肩の力を落として言った。

「そやなぁ。子供も洗濯機と一緒に中で潰されてるやろなぁ?」

―――

路地の入り口付近の街灯の下に立つ快炎鬼が、遠くに見えている翔太と母親の姿を 笑顔で見守っていた。

「最後までおじちゃんだったな」

「お助けマンの優しいお兄ちゃんのつもりだったのだが……」

母親が翔太の前でしゃがみ込み、頭に括り付けられていた鍋の紐をほどいているのを見届けながら、快炎鬼はその場からスッと姿を消した。

―――

ビルのシャッターの前は政岡の姿も無く、待ってくれているはずのエバたちの姿も そこには無かった。

誰もいないシャッターの前に音も無く姿を現した快炎鬼が、怪訝な顔で左右を見ながら呟いた。

「ここで待ってくれと言ったのに……」

「どこへ行ったのだ。エバたちは?……」

快炎鬼の両サイドに、エバとアララの二人がスッと立った。

「いるわよ」

「私たちならここに……」

快炎鬼はエバに尋ねた。

「……リュウはどうした?」

「怒ってどっかへ行っちまったわよ」

アララが皮肉を込めて、笑顔で言った。

「誰かさんが後先考えずに、身勝手な行動をしてくれたお陰でね?」

「俺は後先を考えずに行動したワケじゃない」

エバはよそよそしく、しらけた顔で言った。

「あら、そうだったの。知らなかったわ」

「後先を考えたからこそ、俺は理由も言わずに子供を助けに行った。助ける理由を説明してたら、あの子はその間に焼け死んでいたかも。だからこそ、俺は説明抜きで助けに行ったんだ」

快炎鬼はなおも言葉を続けた。

一言ひとこと、説明すればいいのは判っていた」

「だが、説明すれば反対することも判っていた。説明すればリュウはこう言うだろう。ほかにも助けなければならない人間が掃いて捨てるほどにいる。なぜその子一人だけを助けるのだ。それは不公平というものだ。俺たちはそんなことにイチイチ関わっているヒマなどは無い……と」

エバは快炎鬼に聞いた。

「説明すればいいと判っていたのだったら、説明すればよかったじゃないの?」

「私たちは時空間を自由自在に移行することが出来るし、子供を助けるまでの時間は タップリとあったのだから……」

快炎鬼は真顔まがおで怒った。

「バカなことを言うな!」

「な、何ですって?」

「確かに時間はあるかも知れないが、それじゃお互いの「信頼」ってものが無いじゃないか!子供を助けるために、なぜ仲間たちに説明や相談やお伺いが必要なんだ!」

「もし俺がエバの立場だったら、俺は進んで協力して一緒に子供を助けていた。それが仲間っていうもんじゃねぇのか!」

「エバたちは仲間としてのきずなも無ければ連帯感も無く、何一つとして手助けもせずに、その辺でのんびりと高みの見物で火事を眺めていただろ?」

エバは開き直った。

「ええ、見てたわよ」

「快炎鬼のお手並み拝見……とね?」

そして、エバは怒った。

「何よ、あの無様ぶざまな助け方は?……」

「何の思慮しりょ配慮はいりょすべも無く、あれじゃただ単に、子供を助け   出しただけじゃない」

「あんなド派手な助け方をしてくれたんじゃ、私たち4人が閻魔と地獄の十王たちの 使命を受けてこの世にやってきたことを、魔餓鬼にわざわざ知らせているようなもんでしょ!」

「お陰で魑魅魍魎と妖怪と雑魚ザコどもたちが、魔餓鬼に気に入られようと次から次へと私たちを襲ってくるハズだわ」

「私たちはそんな雑魚どもには一切いっさい関わらず、深く静かに潜行して魔餓鬼の不意を一気に突いてこそ、怪物・魔餓鬼に勝つチャンスが生まれてくるってのが判らないの?」

アララも怒りに加わった。

「そうよ!」

「消防や野次馬たちに知られないように、小粋こいき洒落しゃれた助け方をしてくれると期待してたのに、それを信じてたこのアララがバカだったわ」

エバが快炎鬼を突き放すように冷たい表情で言った。

「私もアララと思いは同じで、快炎鬼を少しばかり買い被っていたようね。ハッキリ言って幻滅したわ」

黙って二人の意見を聞いていた快炎鬼が反撃に出た。

「言いたいのは、それだけか?」

「な、何ですって?」

「チームワークが大切なことは判っているが、何から何までお伺いを立てながら子供を助けるような仲間だったら、俺は要らない」

「こっちからお断りだ。願い下げだ」

「俺はこれからも、これが最善だと思えば後先考えずに行動するつもりだ」

「俺の行動が身勝手だと思うのだったら、リュウのように去ればいい。それでもいいと思うのなら、今まで通りに行動を共にして欲しい」

「俺に決定権は無い」

「これから先の行動を共にするもしないも二人の自由だ。好きにすればいい」 

エバは快炎鬼の言葉に唖然とした。

「随分と呆れたものの言い方をしてくれるわね。一緒に助けに行こうの誘いも無く、自分勝手な行動をしておきながら開き直るなんて?……」

「だったら、こっちもアララと一緒に自由にさせて貰おうじゃないの」

「よし、これで話は決まった。ここで別れよう」

エバとアララは快炎鬼に返す言葉も残さずに、スッとその場から姿を消した。

ビルの前で取り残されたように、快炎鬼は一人でその場に立っていた。

「これでよかったんだ」

「魔餓鬼と必死で対決しようとしているのは、この俺だけのようだ。まあ、所詮はにわか仕込みで出来た仲間たちだ。気にすることは何も無い」

「俺は俺の道を行く」

「なんとしてでも魔餓鬼を捜し出し、死力を出し尽くして闘うだけだ」

快炎鬼はそう呟くと、スッ!とその場から姿を消した。


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