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快炎鬼  作者: 吉田四郎
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十の炎

十の炎

刑事部屋には刑事たちの姿は見られず、課長の遠藤だけが、奥のデスクで新聞を広げて読んでいた。

中堅クラスの早瀬刑事が勢いよく部屋のドアを開け、足早に遠藤に近づいていった。「課長!」

遠藤は読みかけの新聞をバサッとデスクに置き、笑顔で早瀬刑事をねぎらった。

「おう、ご苦労はんやったな」

「……で、どやった?」

「ハッキリ言うて、まだ大きな事件になってないのでもう一つ突っ込んだ聞き込みは出来ませんでしたけど、幸いにも現場には大勢のマスコミが詰めかけていましたので、私の口から報告するよりもそっちの情報の方が詳しいのやないかと思います。もし かしたら、すでにどっかの放送局がスクープとして放送しているかもしれません」

「よっしゃ、判った」

デスクから離れた遠藤は、リモコンで壁に設置されているテレビの電源を入れた。

テレビの画面が映し出されると、狭い路地の中央付近に大勢のマスコミ陣が前後から押し寄せていて、路上に置かれている一台の洗濯機の横で、頭に鍋を被っている翔太と母親が、テレビクルーの男性レポーターからマイクを突き付けられインタビューを受けているところだった。

レポーターが翔太に聞いた。

「翔太クンは、お部屋に一人でいたのですか?」

「うん」

「どんな人が翔太クンを助けてくれたの?」

翔太はニッコリと笑って応えた。

「カッコいい、おじちゃんだったよ」

レポーターは翔太から母親にマイクを向けた。

「この洗濯機ですが……」

「ご自宅の風呂場に置いてあった洗濯機に間違いは無いのですね?」

「はい」

「翔太が幼い時に貼ったシールも同じ絵ですし、貼った場所もまったく同じ所です。ですから翔太がこの洗濯機の中に入って助かったと言っているのは、私は本当のことだと思ってます」

「でも、洗濯機に入った翔太が、なぜマンションの裏の路地で無事に発見されたのかが判らないのです」

「そうですよね。不思議ですよね?」

レポーターはカメラに向かって言った。

「現場からは、以上です」

テレビ画面はベランダでの爆発シーンへと切り替わった。

爆発の炎をバックにして、洗濯機らしきモノを抱き抱え、ベランダから飛び降りた人物のシルエットが映っていた。

司会者はパネラーたちに言った。

「現在、映し出されているこの動画の他にも、多数の写真と動画が投稿されています」安アパートのカップルが撮った動画だけでなく、爆発と同時にベランダから勢いよ       

く飛び出した火の玉が急激に小さくなってスーと消える別の動画や写真が放映された。

パネラーたちの色々な意見を聞きながら、司会者はラストを締め括った。

「正面から撮影された動画では洗濯機を抱いた人物が部屋から飛び出したように

も見えますが、横から撮影された動画では大きな火の玉が飛び出したようにも見えます」

「撮影された場所や角度によってネットなどに投稿された画像は色々と変化して いますが、一体、これは何を意味しているのでしょうか?」

「子供の救助方法と共に、多くの謎が残された昨夜の火災現場でした」

―――

課長は小首を傾げながら、テレビ画面をリモコンで消した。

「……何かにおうなぁ?」

「臭いますか?」

「臭う。プンプン臭うとる」

早瀬は申し訳なさそうに言った。

「すんまへん。スカこきました」

「知っとる。時々、知ってかましとることも、ワシは知っとる」

「今はそんなことはどうでもええ。ワシが言うてる臭さちゅうのは、その臭さとちゃうねん」

「……どんな臭さですか?」

「昨日の火事は珍皇寺の事件とよう似とる」

「珍皇寺では3人の人間が忽然こつぜんと姿を消して、その上、説明の出来ん遺留品が多量に残されとる。昨日の火事も、子供が説明のつかん訳の分らん助けられ方をしとる。どっちも謎や。謎と謎が、点から線へと繋がっていくような感じの臭いや」

「そう言われてみれば確かに臭いますね。珍皇寺では黒コゲの鳥の死骸と、粘土細工のように歪められた拳銃が遺留品でしたが、今度の火事の現場では、無事に助け出された子供と壊れなかった洗濯機と鍋が遺留品ですからねぇ?」

「珍皇寺では目撃者はゼロやったけど、今度は幸いにも子供が「月光仮面」のような  優しいおっちゃんを目撃してくれとる」

早瀬はデスクに両手を付いて、身を乗り出した。

「子供の証言だけで「おじちゃん」のモンタージュ写真が仕上がるかどうかは分かりませんが、子供の話をじっくりとひも解いていけば、もしかしたら丈二たち3人の謎の失踪事件に関連してくるかもしれませんね?」

「そやねん」

「ワシが言いたかったんは、そこやねん」

課長はニッコリと微笑んで、政岡の顔を思い浮かべた。

「これを言うたら喜ぶやろなぁ。政岡は……」

「なにしろ、丈二に関しては捜査する手掛かりが皆目かいもく無うて、藁にも縋りつきたい気持ちでおったからなあ。政岡は……」

―――

白のセダンを運転しながら、ファミリーレストランの窓際の席にいた妹の純子を、政岡は思い出していた。

「妙な絵が浮かび上がってきたぜ。前のビルの壁に……」

「ライトアップされたんじゃないの?」と言いながら、窓の外を見た純子がガッカリした表情で窓から離れた。

「……何が妙な絵よ?」

「何も描かれて無いじゃないの」

「お前には見えないのか? あの絵が……」

「ええ……」

「見えないわ。別に何も……」

政岡は運転しながら、呟いた。

「俺は見た。この目でハッキリと……」

「幻覚だったのか、それとも現実だったのか。白黒をつけてやるぜ。隣のビルの防犯カメラでキッチリと……」

―――

二十歳はたちから三十歳くらいの女性たち5人が、旅慣れした感じのラフな服装で、南禅寺の参道を横一列に並んで山門に向かって歩いていた。

女性のグループは少し年上と思われるママを中心に、ヘアカラーとヘアスタイルから一見して水商売と思われる若い女性4人が両サイドを歩いていた。

ガイドブックを手にしていた【しのぶ】が、両手を大きく上に上げて伸びをした。

「やっぱ、いいわねぇ。京都は……」

ママが怪訝な顔でしのぶに聞いた。

「あら?」

「しのぶちゃん、京都は初めてじゃ無かったの?」

「ちがうの」

「京都で少し働いていて、その時もしのぶと呼ばれていたの」

ヒロミがしのぶに聞いた。

「しのぶちゃん、あんた、物知りだってね?」

「ええ、私は物知りよ」

「知らないこと以外は、ゼ~ンブ知ってるわ」

「だったら少し教えてよ。これから見学する南禅寺のことを……」

しのぶはガイドブックを見ながら、ヒロミに言った。

「南禅寺の山門は重要文化財に指定され、歌舞伎の【楼門五三桐ろうもんごさんきり】の二枚目返しで、盗賊の石川五右衛門が山門から眺める景色をでて言った言葉が『絶景かな、絶景かな……』ですって……」

グループの中心にいるママを通り越して、なぎさがヒロミに言った。

「ヒロミちゃん、あなた、そんなことも知らなかったの?」

「南禅寺では超有名な台詞せりふなのに?……」

ヒロミは薄笑いを浮かべながら、なぎさを挑発した。

「それって年齢の差じゃないのかしら。私、なぎささんと違って若いから、全然知らなかったわ。『絶景かな』が歌舞伎の中の台詞(せりふ」だったなんて……」

なぎさも負けじとばかりに言い返した。

「若いのはオツムの方だけじゃないの?」

「顔は私と同じで厚塗りババアのくせに……」

「うるさい!」

ママは仲裁せずに、しのぶに言った。

「しのぶちゃん、この二人はいいから、その続きを教えて……」

しのぶはガイドブックに再び目を通しながら言った。

「南禅寺の山門の高さは22メートルもあって、ビルの7階の高さに相当するらしく、下の層を「天下龍門てんかりゅうもん」。そして上の層を「五鳳楼ごほうろう」と言って、藤堂高虎が大坂夏の陣で戦死した家臣の菩提ぼだいとむらうために寄進きしんした山門だそうです」

4人の前に出たチーママが振り返って、腹に手を当てながら言った。

「お腹がいてペコペコなの。難しい説明はそのくらいにして、早く南禅寺の見学を済ませて有名な湯豆腐を食べに行かない?」

ママが同意して、みんなに言った。

「そうね。そうしましょ」

ママたちは歩き出したがヒロミだけが足を止め、前方の山門を指差しながら言った。

「あのカラスってさあ。頭が白いと思わない?」

4人はヒロミの指差す先を目で追うと、山門の上層の手摺りに白頭ガラスの懸衣翁が止まっていた。

なぎさが白頭ガラスを見ながら言った。

「そう言われればくちばしが白っぽく見えるわね。ゴルフボールでもくわえているのかしら?」

ヒロミがなぎさに言った。

「老眼でよく見えてないようね?」

「あれは頭の白いカラスじゃないの」

ママはヒロミをさとした。

「ヒロミちゃん。あまりバカを言わない方がいいわよ。頭の白いカラスなんている ワケ無いんだから……」

なぎさが追い打ちをかけるようにして、ヒロミに言った。

「そうよ!」

「悪いのは顔の造りとオツムとお目目めめだけにしときなさいよ!」

「失礼ねッ!」

ほかの誰に言われても構わないけど、あんただけには言われたくないわよ!  ブスが『あンたには負けました』と逃げて行くほどブスのクセに!」

「な、なんですってッ!」

「なによッ!」

いがみ合う二人を、ママは大きな声で一喝した。

「おだまりッ!」

「たかがカラスのことで言い争ってんじゃないわよ!目クソが鼻クソを笑うような 喧嘩だったらしとくれ!」

ヒロミとなぎさの二人はすかさずママに抗議した。

「ママ、それは酷いわ」

「私たちが目クソと鼻クソだったら、ママは何のクソよ?」

ママに代わってチーママが、笑いながら二人に言った。

「カラオケが下手ヘタだから、ヘタクソだったりして?……」

「それって、大当たりじゃん?」

「ドヘターッ! オンチ―ッ!」とヒロミとなぎさはママを指差して大笑いすると、ママたち3人も2人に引き込まれるようにして笑っていた。

―――

山門の上層の「五鳳楼ごほうろう」の廊下の手摺りに止まっていた白頭ガラスの懸衣翁は、和気藹々(わきあいあい)となごやかな雰囲気で山門に近づいてくる5人の女性たちを眼下に見下しながら、翼を大きく広げて飛び立った。

―――

作業服を着た若い男が、モニター画面を操作していた手を止めてイスを反転させ、背後に立ってモニター画面を覗き込んでいる政岡に言った。

「何度も確認しましたが、刑事さんが言っているその時間帯には映っていませんね。隣のビルのシャッターには絵も人間も……」

政岡は腕を組んで、小首を傾げた。

「おかしいなあ?」

「この目で確かに見たんだがなぁ?」

「もし、4人が映っている映像がシャッターに投影されていたのであれば、それはかなり上部からの投影になりますね」

「……と、言うと?」

「ご存じのようにファミリーレストランの一階は駐車場になっていて、2階はお店ですから、駐車場からシャッターに映像を映し出そうとすれば、行き交う人や車が常に邪魔をしてしまって、投影された映像は綺麗にシャッターに映らないと思います」

「ドローンなどで店の屋根の上から投影することも出来ますが、それも風の影響や 操作する者の手ブレなどで、画面は綺麗にシャッターに写し出されることは無いと 思います」

「近くで下からシャッターに向かって投影することも出来ますが、ビルの前は人通りも多く余計に邪魔になりますし、下からシャッター全面に画像を綺麗に映し出すのは角度的にも無理でして、上部はピントが外れてボヤけてしまい、シャッターの全面に映像を綺麗に投影するには動力源となる電力も相当に必要になってくるし、技術的にも無理だと思います」

男は政岡を見上げて聞いた。

「もう一度一緒に、モニター画面を確かめてみますか?」

「いえ、もう結構です」

政岡は男に頭を下げた。

「色々とお手数をおかけしてしまって申し訳ありません」

―――

ガックリと肩の力を落として精彩さを欠いた政岡が、やつれた様子でビルの隣の建物から表通りへと出てきた。

「これで手掛かりゼロの振り出しだ」

政岡はやる気の無い表情で空を仰いだ。

「刑事が幻覚を見るようでは終わったも同然だ」

「このまま病院へ行こうか。署に戻らずに……」

―――

懸衣翁は境内の雑木林の中を巧みに滑空しながら、木立の間から見え隠れしている赤レンガ造りの橋脚に向かって飛んでいった。

古代ローマの水道橋を思わせるアーチ型をした赤レンガ造りの水路閣すいろかくの横を、チャイナ服姿のエバが一人で歩いていると、白頭ガラスの懸衣翁が前方に舞い降りてきた。

エバは怪訝そうな顔で白頭ガラスを見た。

「これでもカラスかしら?」

「頭の白いヘンテコリンな鳥に見えるけど……」

白頭ガラスはトコトコと歩いて、エバに近づいてきた。

「あらま。人なつっこい鳥なのね?」

「近づいてもえさはあげないわよ。私、何も持っていないから……」

白頭ガラスの懸衣翁はエバに近づきながら言った。

「久し振りだな」

エバの表情がサッ!と変わった。

「出たわね、妖怪!」

「これでも喰らえ!」

長髪を後ろで一つに綺麗に纏めていたヘアピンを、懸衣翁を狙って投げつけた。

「―――!」

懸衣翁は肝を冷やした。

慌てて飛び立った懸衣翁の身体を掠め、ヘアピンは地面に突き刺さった。

間一髪のところで助かった懸衣翁は、近くの木の枝に止まって叫んだ。

「やめろ!」

「俺はお前の亭主の懸衣翁だ!」

「おだまり!」

地に突き刺さったヘアピンを抜き、乱れた髪を片手で掻き上げながらエバは懸衣翁を睨みつけた。

「それ以上言うと、マジでぶっ殺すわよ!」

懸衣翁は止まった木の枝からエバを見下し、恐れることも無く言った。

「お前ってヤツは、暫く会わねぇうちに、亭主の声をもう忘れちまったのか?」

エバは不審顔で懸衣翁を見上げた。

「その声は?……」

「俺だ」

懸衣翁は両の翼を大きく広げてバタつかせ、白頭ガラスになった姿をエバに見せた。「魔餓鬼の仕業でこんなみじめな姿に変えられてしまったが、俺はお前の亭主の縣衣翁だ」

「……ホントに?」

エバの顔が僅かにほころんだ。

「ホントにあなたなのね?」

―――

茶色に塗装された2本のパイプでガードされている歩道を、リュウが一人で歩いていた。

スモールランプを点滅させながら一台のセダンが路肩に駐車していて、助手席の女性が車内のテレビで放映しているマンションの火事と、ベランダから洗濯機を抱えて飛び出している快炎鬼のシルエットのシーンを見ていた。 

リュウは立ち止まって、車内のテレビ画面をチラリと見ながら言った。

「バカヤローめ。助けりゃいいってもんじゃねーぞ」

「これで子供を助け出したのが人間じゃないってことが証明されたってことだ。昨日までは魔餓鬼を追う立場だったが、今度は俺たちが魔餓鬼に狙われる立場に逆転だ」 

リュウは苦虫にがむしを噛み潰したような顔で呟いた。

「魔餓鬼は無期限で俺たちを狙うことが出来るが、俺たちに残された期間は九十七日間だけだ。快炎鬼の無鉄砲な行動の所為で無いにも等しい日数になってしまったぜ」


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