謎の少女
街からは絶え間なく断末魔が鳴り響く。さながら、合奏でもしているかのような様々な音色がクルスを楽しませていた。
「さあ、踊れ踊れ! 俺をもっと楽しませやがれ。この魔人共が! 無慈悲の槍」
四重に展開された魔法陣からは、本来、人が到達出来ないとされる四属性を融合させた槍が現出し、矢の如く降り注ぐ。
「ぐぁぁあ!!」
「じにだぐない。じにだくないよお……」
「ダメだ……我々では止められない。民間の避難を最優先とか、そんな問題じゃない。コイツは何者なんだ!?」
クルスの前では、この街を守る守護兵なんか足元にも及ばない。手を振り下ろせば、ただそれだけで終わる。簡単なものだ。
「ははははは!!」
自然と零れるは、愉悦にひたった高笑い。リカーナが「壊れちゃったのですか?」と、憂いる一面もあったが、カタフの首を振り諦めたような表情をみて、頷く。
「ああなっては、駄目ですね。でも、まあ、そのおかげで、彼等の士気は間違いなく下がりますよね」
「だな。だから、俺達も出来る限り邪魔にならんよーに加勢しようじゃねーか」と、カタフは百キロを超える盾の先を使い、這い蹲る男の顔を潰しながら、笑顔を浮かべる。
飛び散った血が、地に落ちる刹那──
「カンムル様だ。カンムル様がきたぞ!!」
「これで、我等の勝利は目前だ!」
クルスは鼓膜を通し、魔人達の士気が微かに上がったことに気がつく。堪らなくムカつき、管をまくように言葉を発した。
「んだぁ? どこのどいつだよ。俺に楯突くやつあよ。静かに逃げときゃいいのに」
目を細め、魔人達が振り返る先を見据え、思わず腹を抱えた。
「嘘だろおい?! あんなチビに何ができるっつーんだよ?」
人が避け出来た道を歩いてくるのは、拳を強く握り敵意を剥き出しては居るが──子供だ。ただ、皆と違う点をあげるならば魔族らしい角が二本生えているぐらいか。後は、服装を見る限り他者と何ら変わらない。
とうとう魔人達は、頭がおかしくなった。そう解に至るのが普通だろう。
「貴様、よそ者がなにをしてくれているのだ。この街を守るのがわっちの役目。出来てるのだな? 死ぬ覚悟が」
数メートル先で止まり、フツフツと煮えたぎっているだろう怒りを抑えているのか、声を少女は震わせていた。それがまた愉快で仕方がない。
クルスは見下ろしながら──
「正義の仕事だよ。死ぬ? ハハッ。ぁーあ、お前も災難だな? こいつらの犠牲になるんだからよ?」
「正義? 巫山戯るななのだ。わっちは貴様達を赦さない」
再び歩き始め、目と鼻の先に立つとカンムルと呼ばれていた少女はゆっくりと拳を振り上げ──虫も止まれる勢いに乗せてクルス目掛け振り下ろす。
やはり子供だ。くだらないし、時間の無駄。受け止め、空いた片方の手で首を掻き切る。そう考え、行動にうつす刹那。つまり、クルスの右手がカンムルの小さい手を包み込んだ刹那──
「グッ……ハッ!!」
強い衝撃が襲い、気がついた時には瓦礫にめり込み、後衛に居たはずの二人の背を見ていた。
何があったのか。久しく感じる痛みはいつぶりだろうか。そうえば、以前に一度だけジハードに思い切り殴られた事があった。煌びやかに拳が光り、クルスの聖帝魔法を切り裂き、やがて頬に辿り着いた事を思い出し、ギリッと歯軋りが鳴る。
「嫌な事を思い出させやがって」
ヨタヨタと立ち上がるクルスの周りには翡翠色の膜が覆う。鼻腔には自然の香りが広がり、直ぐにリカーナの治癒術だと理解する。
屈辱的だ。いままで治癒術を施された事なんか数回しかない。どれもこれもが、危険種とされる魔獣達。それがどうだ。今は目の前にいる小さい少女から負ったダメージで、だ。
これは単に油断したに過ぎない。寧ろ、この一撃で殺さなかったことを後悔させると、強く誓う。
二本の剣を強く握り、足裏には水の膜を張り、地面と膜の間に火を展開する。
「破竹の勢いで、貴様を討つ」
風を切る音がけたたましく鼓膜に残る中、一瞬で距離は詰まる。だが驕りはしない。二本の剣に異なる二属性の属性を付与した。
『獄炎剣』
『氷雷剣」
「くたばりやがれ!!」
必殺の間合いに入り、二本の剣を背を反らし思い切り振り下ろした。地面は激しく陥没し、砂煙が爆発的に舞い上がる。だが、剣を掴んだ腕から伝わる感覚は
討ち取った手応えではなく、拭いきれない違和感だった。
「なんなのだこれは?」
その平然とした声が、クルスの違和感を明確なものへとかえる。
「無傷……だと?」
まったく事態を呑み込めない。多少は手を抜いたとしても、大体の魔獣なら塵一つと残りはしない一撃だ。それを目の前の少女は、防いでみせた。いや、違う。これは防いですらもいない。無防備で、少女はただ立っているだけなのだから。
クルスの表情筋は強ばり、眉間はピクピクと痙攣する。初めて、クルスは焦りを覚えた。
だからと言って、後ろへ退く訳にも行かない。それだけは何としてもしたくはなかった。
──人類最強。
「うるぁぁぁあ!! 死ねやァァァ!」
無我夢中だった。剣技の型なんかこだわっている暇なんかはない。この魔人が一手打つ前になんとしても決定打を与える必要がある。
──だが。
「煩いのだ」
剣の隙間を縫い、その小さい拳はクルスの腹部を捉えた。
「グッ」
体はくの字にまがり、意識が飛ぶ寸前──
「ハッ……ッ!!」
臓器を抉られた激しい痛みがそれを許さない。剣は宙を舞い、クルスは先程の比ではない速度で後方へと吹き飛んだ。
家屋を突き抜ける度に骨は砕け、血が飛び散る。数十回に渡る破砕音が鼓膜を叩いた後、クルスは木にめり込み静止した。
「………」
意識が遠のき、霞む視界が見たものはカタフの片腕だった。