怒りの矛先・前編
三話後編は昼に投稿です
「ガキが生意気な口をきくんじゃねぇよ。ホラ、さっさとママの元に帰りな。いや、待てよ……」
ジハードより先に気がついたバッシュの視線を辿り振り返れば、五メートルぐらいの距離に少女が指をさし立っていた。
子供に対し、高圧的な態度は大人気ないと思ったのだが、それ以上に驚いたのは──
「ママは居ないのだ。と言うか、煩いぞ羽虫の分際で。潰すのだよ。わっちは今、怒っているのだ」
目の前の角を生やした少女は、聞く耳を持たず、土がめり込む程力強い地団駄を踏む。その度に激しい地鳴りと振動がジハードを襲った。足元を見れば、地面は陥没していたが、計り知れない力を目の前にバッシュは臆する事ない毅然とした態度をとる。
「怒っている……だあ?」
「だから、ぶっ潰すのだ。雑魚を」
あろう事かバッシュ達の感情を逆撫でる。客観視できたのはきっと、心の何処かでスッキリしていたからなのかもしれない。
けれどこの発言はマズかった。拳を強く握っているのが金属の軋む音で察しがつく。このままじゃ、この女の子が痛い目をみるかもしれない。
「バッシュ、ムキになるなよ。この子はまだ幼いんだ」
「違いねぇ」
「そうね。貴方の予想は正しいと思うわ」
「今日で俺達も勇者の仲間入りか。にしてもラッキーだな、こんなガキなら」
ジハードの言葉を置き去り、バッシュ達は慣れたように武器を構えた。三人の声は、心做しか踊っているように聞こえ、なにかよからぬ事を感じたジハードは、ヨタヨタと立ち上がり──
「お、おい。何もそこまでする事ないだろ」
制止を試みるも、三人は武器を収める気配もなく。寧ろ、ジハードにすら悪意剥き出しの舌打ちをした。
「馬鹿か、お前。コイツは明らかに魔人だろ」
「魔人?」
「お前、本当に役に立たねぇな。無能で無価値なゴミだとしても、家系は巫覡の本家なんだろうが」
巫覡とは分家が大陸・エペシアを治める表の顔なら。本家は影から国を動かし、国を守っている裏の顔だ。本来、一属性しか取得できないのに対し、巫覡の一族の大体は光と闇、その二属性を操る事が可能──だと、聞いている。
間違いなく、政治的にも軍事的にも一番の影響力を持っているだろう。けれどジハードは、彼等との関わりがない。加えて、様々な情報を得られるぐらい、人はジハードとの交流を好みはしなかった。
「よく見てみろよ、あの人間離れした容姿を」
竜のような目・露出度の高いドレスに癖のある真っ赤な髪の毛。バッシュに言われるとおり、人間とは似て非なる存在に見えるが──何故だろうか。ジハードは彼女に敵意も殺意も向ける事が出来なかった。
寧ろ護らなくちゃならない。根拠もない衝動がバッシュ達と少女の前に割ってジハードを立たせた。
「なんの真似だ? ジハード」
「話せば分かるかもしれない」
額からは傷口が開き血が垂れ始めた。アドレナリンの過剰分泌が収まり、全身は数分前に感じた痛みを超えた激痛が電撃のように這う。自然と膝は笑い、剣を支えにしなければ立てないぐらいだ。
「話せば分かる……だあ? お前何言ってやがんだよ。先祖が聞いて呆れるぜ」
切っ先をジハードに向けてバッシュは睨む。
「そうだ。決めたぞ。そんなに俺達に狩られるのが嫌なら、お前が殺れ。ジハード」
「……ッ」
言葉も出ずに居ると、ガウスは煽るように言った。
「まあ、無属性のお前が行った所で死ぬだろうがな。そうや、妹が居たよな?安心しろ。俺が可愛がってやるからよ。あの美人は美味そうだ。さあ選べ、目の前の魔人を見殺しにするか、お前が死ぬか」
「ふざけるな! そんな事がまかり──ッ」
声をはりあげたジハードの体を強く押し、ガウスは足を踏みつけ歪な笑みを浮かべた。
「通るんだよ。この世は力が全てだ。力があれば成り上がれるし、名誉も与えられる。それが人として産まれた時に持つ“人権”だ」
体制を崩し倒れ込んだジハードを見下す。けれど、ガウスの言葉に嘘はなかった。
「邪魔なのだ、貴様」
ガウスの言葉に返す文言は無く、目を伏せた時、すぐ真後ろで少女の声がした。攻撃の範囲内に居るのは間違いない。
──こんな所で死ぬのか。脳裏を掠めた終わりは、誰かの声を引き連れた。
『この世界を救ってください』
聞き覚えがないのに、心を突き刺す声。ジハードは今まで幾度となく、この声に助けられてきた。それは依存と似たものなのかもしれない。胸を滾らせる使命感は思い込みなのかもしれない。
だがこの声のおかげで生き延びてきたのもジハードは身を持って体感している。
咄嗟に体勢を変え、重体でも構わない命を繋ぐ為、出来る限りの防御に徹しようとした刹那、少女は手を振り上げ拳を作った。




