最弱と最強・後編
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「お前……いつの間に、俺にまで追い付く男になっていやがった」
「お前にまで、じゃねぇ。お前だから、追いつけるんだ」
鍔迫り合いをしながら、細心の注意を払いジハードはそう言った。攻撃予測が出来ない他の人間ならばこうはいかない。
「クルス、お前は俺に見せすぎたんだよ」
互いの力はぶつかり、小波が砂煙を散らす。
「分かった。お前は強い。剣術のみなら互角だ。癪だが認めてやるよ」
もう一本の剣も加え、クルスは二本の剣でジハードを押し返さんと力を込める。
互いが歯茎を剥き出し、己がプライドと意地をぶつけ合う中──眉間に皺を寄せてジハードは言った。
「互角? ふざけるな。そんなこと、あってたまるかよ」
クルスが自分の名声に物を言わせ、遊んでいる時もジハードは日夜問わず鍛錬をしてきた。きっとこの世の属性所有者はんかが想像も出来ない過酷な修行を──
「俺は──」
柄を握っていた力を緩めた瞬間、クルスの力押しが勝り剣は宙を舞う。
「……なっ!?」
「──ッ!!」
ジハードは体制を崩すクルスを目で追いながら、剣の間合いから一度身を避け、空になった手を力いっぱい握り爪先に力を込め突っ込み、鼻っ柱に迷いのない一撃を打ち込んだ。
「剣術のみが存在の証明なんだよ」
腰を捻り体重を乗せた一撃をくらい、クルスは後方へと二転三転とし土を舐める。
──メシャリと、確かに鼻骨にダメージを負わせた感覚を覚えながら、手首を押さえ、横たわるクルスに視線を送った。
生死の瀬戸際で学んだ駆け引き。クルスの悪意により叩き込まれた才能は、ランブル戦によって開花し始めていた。
「や、やりやがった!」
「すげえぞ!? 無属性が聖帝魔法使いに一撃を入れやがった!!」
「てか、ジハード、だっけか? あいつほぼ無傷じゃねーかよ!」
「勝ちやがったのか?」
観客席では喝采がわき、ものすごい熱気を帯びた興奮状態が続く。
「んな訳ねーだろ」と、小さい声でジハードは心情を吐露する。
こんな簡単に伸されるなら、英雄の肩書きなんざもっちゃいない。仮にも人類最強と言われている男が、殴打の一撃で静まるはずがないのだ。
分かっているからこそ、刺さった剣を抜いてジハードは距離を取り構える。
「……痛てぇな、おい」
鼻から血を流し、クルスはジハードを睨む。よろめき立つのではなく、平然と立つのだから、ジハード自身にも思うところはあった。
そして同時に、精神は研ぎ澄まされる。
無属性の一撃を食らったのだ。プライドが高いクルスが、何もしないはずがない。出来ることなら、あの一撃で多少なりとも戦意を削ぎたかったのだが、そうはいかなかったようだ。
「もう一度聞く。お前、俺の元に戻ってこい」
「──断る。戻る気もないし、力を貸す気もない」
ジハードの回答を予測していたかのように鼻で笑い、クルスは二本の剣を構える。
「まあ、じゃあ死ねよ。お前は俺たち巫覡一族の脅威だ」
クルスを中心に、霜がおりるほどの冷気が集まり。かと思えば、霜を蒸発させる熱気が集まり出す。
「お前!?」
今初めて、自分の判断のミスにジハードは気がつく。
──ルールを過信しすぎていたのだ。
此処は闘技場であり、武のぶつかり合いに重きを置いている言わば神聖な場所。そんな所で、人類の代表たるクルスが自ら掟を破るだなんて思ってもいなかった。
「セラピア! カンムル! この場から出来るだけ距離を取れ!!これは、崩落魔法だ!」
叫び、ジハードは無我夢中で数十メートル離れた場所に立つクルスへと駆ける。
「──右手に獄炎、左手に氷獄」
右手と左手に持った二本の長剣は、極光を帯びて揺らめき踊っている。
「……クソっ! 何とかしてとめねぇと、皆が死ぬ」
クルスは、躊躇いもせず剣を地中深くへ突き刺した。と、同時に赤と青の魔法陣が囲うように展開され、破砕されていくような地鳴りと、激しい揺れが闘技場を襲う。
「合わさり混ざり、織り成すは極光の頂き」
──また、守れないのか。
脳裏に浮かぶノイズ混じりの笑顔。断片的に過ぎる、悲惨な結末、そしてセラピア達。
護る力を。止めるすべを、ジハードは強く願った。
『世界を救ってください』
その言葉に答えられなかった。ただただ見ているしか出来なかった。自信がなかった。
「だけれど……」
世界を救えるかなんか分からない。それでも、ジハードは強く思う。強く願う。
「大切な人を救う力を──天照!!」
無意識に叫んだ。天照が一体誰なのか。そんな事は分からない。けれど、ジハードにとってのきっかけであり、懐かしさであることは心の呼応が物語っていた。
「な。次はなんだってんだよ!!」
「空が裂けた、のか?」
天から落ちた燦然にたる光の柱は、ジハードを覆う。
滝のように鼓膜を襲う音に、重圧。堪らず目を眇め、口からは苦悶の声を漏らす。
「ぐぅあ……グッ……」
剣を握る右手は熱い。ジハードは、重さに抗いながら腕を持ち上げ、剣を見てみれば刀身は地水火風・光闇のどれにも属さない真っ白い輝きを放っていた。
「これは……これなら」
ジハードは、これを知っていた。何処で手に入れたのか、定かではないが。しかし、見覚えがあったのだ。
──故に、ジハードはそのまま、クルスの魔力が渦巻く地中へと剣を突き刺した。
「星の塵になり消失しろ。超新星爆発」
クルスが詠唱を終えた途端、地は徐々に隆起し始め真紅色の光が溢れ出す。
そうはさせまいと、ジハードは目を瞑り謳う。
「祖は導きたる太陽。我が名を以て、天地を繋ぎ止めよ。──無性の一振」
光は地中へ還り、その先に居るクルスは虚を衝かれたような表情を浮かべていた。
不発に終わってしまった驚きからではない。これがジハードへ向けてだと分かったのは、クルスの目線がジハードに送られていたからだった。
「お前、何をしやがった」
「何をしたんだろうな」
本音だった。無我夢中だったのもあるが、自分自身が驚いているのも事実。この力が何を意味するのか、それらが抜けていて分からない。
ただこれは、理性ではなく本能で解っていたと答えるのが今の所は正しいだろう。
間の抜けた答えに気を削がれたのか、クルスは浅い笑いを浮かべた。
「まあいいや。偶然、心が乱れて不発に終わったかもしれないしな。次はそうはいかねえよ」
二本の剣を構え、ジハードもまた極光を纏った剣を斜に構える。
「──本番だ。最初から全力でいかせてもらう獄炎剣・氷雷剣」
二本の剣は対極的な力を放ち、クルスが駆ける後には氷が雷を纏い連なり、炎は燃え盛っていた。
その二つが時折交わり、爆発音を鳴らす。
距離は徐々に縮まり──
「吹き飛べや!」
クルスは二本の剣で上下からジハードを斬り掛かる。今まで見たことも無い攻撃。間違いなくクルスは、この戦いで自分の武術に磨きを掛けていた。
──天才的素質。
「グッ! っらぁ」
どうにか一撃を躱し、もう一本を握った剣で弾き返した。
──そう、弾き返せたのだ。
「なっ!?」
大破もしてなければ、仰け反ったのはクルス。確かな手応えを感じたジハードは、ゆっくり息を吐く。
「俺は今日、お前を超える!」
ジハードは仰け反ったクルスに対し、足を一歩踏み出し真上から、迷いない一撃を打ち込んだ。
「くそ……があ!」
手を付き獄炎剣で弾き、クルスは体制を直ぐに立て直す。
「俺は、ジハード。お前だけにゃあ負けるわけにいかねぇ……! 俺は──俺の代わりはいねーんだからよぉ!!」
二双の剣は不規則な軌道を描き、ジハードは剣を巧みに使い受け流す。
だが、全てを躱し切るのが不可能となった今、ジハードの体は徐々に切り傷が生じ血が滲む。
それでも立ち向かい続ける理由はたった一つしかない。勝利し、得る事──本当の自由を。
「るっぁぁぁあ!!」
「がぁあああ!!」
互いの咆哮が空気を震わせ、甲高くなる剣撃のぶつかり合いは互いの意地が乗る。
一歩も退かず、聖帝魔法使いにジハードは果敢に挑み続けた。
──そして、その刃は初めてクルスに届く──
これにてリメイク版、1章が終わりました。もしかしたら、改稿はあるかもですが……




