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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
エピローグ -放置国家の終わり-
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エピローグ


 ――あァ、ようやく全てが終わった。これで脱力することを許される……。


 当然、今日で人生が終わりとなる訳ではない。今回の戦いが終わっただけだ。


 倒すべき相手はこの世界からいなくなり、残った不穏分子も既にこの地からは去った。


 周囲の気配を探ろうと思えば、それが手に取る様に分かるだけの能力を手にしたからこそ。


 レンドウは深く安堵し、崩れ落ちるように腰を下ろした。巨木に背中を預けながらずり落ちると、背中がガリガリと削られるようで不快だな、と思った。


 金竜ドールが消滅した後、エイリアは大きな揺れに見舞われた。


 ドールが死んだことで、地盤を支えていた何らかのシステムが崩壊したのか。


 それとも、自らが殺された場合、この地もろとも下手人を葬り去る為の罠が仕掛けられていたのかは分からない。


 だが、ヴァリアー副局長アドラスの見立てでは、恐らく後者ではないだろうとのことだった。


 その揺れは長かったが、即座にヴァリアーの地下にいる面々が生き埋めにされることも、エイリア中の建物が倒壊することもなかったためだ。


 まるで、地面の下で何かがゆっくりと移動しているような……。しかし、“創造する力(クラフトアークス)”の気配を読めるレンドウが問題ないと言い切ったため、少なくとも金竜ドールが何らかの手段で逃げ延びたという可能性はない。


 レンドウは、思考を巡らせながら口を開く。


「地下で何かの生き物が動いてた……っていうよりは……ドールがこの大陸中に張り巡らせていたっていう、人間を強化するための魔術……魔法? それが解けたせいなんじゃねェかな」


「なるほど……ジェット君はどう感じました?」


 森林地帯で仲間の帰還を待っていた、灰色の髪のアニマ。セリカ――アドラスはこれが初対面だが――から飲み水の入ったボトルを受け取りながら、アドラスが質問した。


 以前の彼であればそれをよくよく観察してから口に運んでいただろうが、今は違う。レンドウが……自分が仲間と認めた人物が信頼する人物のこともまた、無条件に受け入れているようだ。


 毒の類を盛られることを一切考慮していない様子で水を流し込むと、そのボトルを妹へと渡した。余りにもアニマである自分を警戒していないその様子を、セリカは目を丸くして見つめていた。


 ちなみに余談だが、アドラスは癖なのか、ボトルを直接は口に付けないように少しだけ浮かせていた。


 一行はエイリアから移動し、再び森林地帯へと退避してきている。


 吸血鬼であるクラウディオに日陰を与えたかったこともあれば、レンドウをはじめとしたアニマをエイリアに置き続けることに危険を感じたためでもある。


 エイリアでは、今も瓦礫の下で生き埋めになっている住民たちがいる。


 無事だった住民に加え、一行からレイス、アシュリー、大生(おおぶ)貫太(かんた)、レイネが救助活動を手伝いに行っている。


 炎竜ルノードがヴァリアーの地下へと向かった後も、各地で火災が発生していたエイリアだったが……戦場から離脱した氷竜であるスピナとテサーが、早いうちから消化・救助活動に当たっていたことが功を奏した。


 元々救助活動を行っていた面々には、ヴァリアーの隊員である真衣(まい)やアストリドの姿もあった。真衣の姿を見て、守は大層安堵した様子だった。


 皆が頑張った甲斐があり、多くの住民が一命を取り留め、それに深く感謝した。


 ……これが後の世で、氷竜という水色の“創造する力”を操る者たちの名声と信頼に繋がっていくのだが……それはまた別の話。


 一方、この惨状を作り出した炎竜と、その眷属であるアニマに対して、住人たちが抱く感情は想像に難くない。


 多くの民衆は憎しみよりも先に恐怖を抱き、アニマの存在を知れば恐慌に陥りかねない。


 そのため、一行は救助活動に参加する面々と、早々に移動してこの先どう動くべきかを話し合う為のブレイン組に分かれたのだった。


 ……やむなく分かれる必要性があっただけで、考えることが苦手な者も多いのだが。


「オレとしても、レンドウの感覚に異論はねェな。……っつゥか、オレの感覚をレンドウほど当てにしねェ方がいいだろォな。……オレは多分、龍に選ばれたワケじゃねェ」


 ジェットは右手の中に灰色の“創造する力”を浮かべながら言った。


「黒竜イズ……でしたか。あの存在に力を与えられつつも、龍ではない、と。どういう状態なのでしょう」


「……魔王ルヴェリスの話だと、この世界で最初に龍に目覚める人間たちが出た日も、龍に成るやつもいれば、力を手に入れつつも、人間のままだったやつもいるらしいんだ。丁度、ルノードの姉とかがそうだったらしいんだけど」


 ジェットに対して嫌味にならないようにと、気を遣っていると分かるレンドウの声。


 それを察したためか、ジェットはふんっと鼻を鳴らした。


「曲がりなりにも力をもらっといて、その大小にケチなんかつけねェっての。元々魔人ってのは、あるもんで生き抜くことに慣れてんだよ! いちいち気にすんな!」


 あるもんで生き抜くっていうか、お前の場合は腕を変形させて何でも作っちまうだろ、とレンドウは思ったが、口に出すのは我慢した。


「……どう言えば誤解させずに伝えられるか、私としても難しいところなのですが……ジェット君」


「なんだよ? フクキョクチョー」


「アドラスで構いませんよ。あなたが今日手に入れたその力は……もしかすると、魔王軍にも伏せておいた方がいい(たぐい)のものかもしれません。一般人に見せびらかしていい類のものではないことは、前提として」


 アドラスは「言いにくいことを言う際の声」を意識的に作り、ジェットの感情を荒立てないように努力していた。


 しかし、ジェットはそれも敏感に察知することができるのか、


「いや、そういう……おもんぱかる? のいいからさ、直球で言ってくれよ」と口を歪めながら言った。


 アドラスは数回目を(しばたた)かせてから頷いた。


「私は、魔王軍……ルナ・グラシリウス城だけに留まらず、ベルナティエル魔国連合全体を巻き込むような……何か、きな臭い動きを感じているんです」


「――あァ、俺もそれ、思ってたんだよな」


 即座にレンドウが反応した。


「本国から圧力を掛けられて……ってのは、あり得る話だよな。だって、魔王ルヴェリスの(だい)とやり方が違い過ぎるよな? 今回の作戦に、魔王軍からは実質ジェット一人しか人員を出してないってのも、今にして考えると違和感しかないっていうか」


「そうですね。現魔王のナインテイルさん本人が、何かを企てていると言いたい訳ではありませんが……魔王ルヴェリスの代には抑えられていた、本国の情勢に変化があったのかもしれないと。私はそう考えています」


 レンドウの言葉に同意しながら、アドラスはジェットの様子を窺う。


 すると、ジェットは苦笑した。


「あァ、やっと分かった。オレがキレるラインが分かんねェから、さっきからそんなに様子を窺ってきてンのな?」


「……ええ、そうです。私は、ヴァリアー襲撃事件でのあなたくらいしか、まともに見ていないので……」


「……なんかスマン。キレキャラだと思われがちだっていう自覚はあるから、何も言えねェわ」


 アドラスはジェットに対して怯えているという訳ではないが、慎重な対応を徹底していた。それには、そういった理由があったらしい。


「コホン……お前ら的にはオレは考え無しで、すぐにキレるガキって印象なんだろうけど。少なくとも、魔王軍の様子がヘンだなってことくらい、オレだって気付いてたぜ?」


「そうなのか?」


 レンドウは意外そうに零した後、「でも確かに、戦闘中以外のこいつは、思ってたよりは頭が回るし、思慮深いと言えなくもない時もあるんだよな……」と思い直した。


「そもそも、オレが忠誠を誓ってたのは魔王様……ルヴェリス様だからな。今は確かに魔王ナインテイルの下で働いてることにはなるけど、妄信してるワケじゃねェぜ」


「なるほど……。では、今後の情勢をよく見てから、その力を周囲に明かすべきか、誰に明かすのかを考えてください。最終的には、ジェット君の意思に委ねますので」


「オッケー」


 (まと)まっていく話を横目に、


 ――本当は魔王ナインテイルもベルナタ本国も関係なく、魔王ルヴェリスの代から俺をいい様に操る計略が練られていた可能性もあるけどな……。


 とレンドウは考えたが、口にするべきことではないと分かっていた。今は他にも話し合わなければならないことが沢山あるのだ。初っ端から口論になってはいられない。



「次に、例の空間……“龍の花園”とでも呼べばいいのでしょうか。あそこで起きた出来事についてですが」


「あァ……“幻想(げんそう)”の野郎は、聞きしに勝るクソ野郎だったな」


 アドラスが話を変えると、レンドウは憎々し気に吐き出した。


「いや、あいつが他者を(だま)くらかすことに秀でているなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。性別だって野郎かは分かんねぇ」


「言われてみればその通り、だな……」


 ダクトの注意に、レンドウはまたしても認識が甘かったな、と脳内で己を叱った。


 空になった飲料水のボトルを地面に置き、ピーアがレンドウ、ジェット、ナージアを順番に眺めつつ口を開く。


「黒竜イズに選ばれる基準って、なんなんだろうね? っていうか、なんであんな性格の“幻想”に、いつまでも力を持たせているんだか」


 妹と自由に議論ができるのも久しぶりなのか、アドラスは僅かに口元を綻ばせ……すぐに戒めた。


「“幻想”の力の使い方に異論がない……世界がめちゃくちゃになろうと、黒竜には関係がない? いや……違うか。レンドウ君、魔王ルヴェリスの見立てでは、氷竜アイルバトスが力を与えられたのが、そもそも炎竜ルノードに対する抑止力として……でしたね?」


「ん……あァ」


「だとするなら……黒竜は他者に力を与えることはできるが、過去に与えた力を取り消すことはできない。……そう、考えられるのかもしれません」


 アドラスが出した答えに、ダクトとアルフレートが頷いた。


「俺も同意見」


「現状では、それがもっともらしいな」


 アルフレートとアドラスは旧知の仲であり、これが久方ぶりの再会のはずだ。しかし、この森でお互いの姿を確認した際は深く頷き合っただけで、特にお互いの無事を祝うような言葉は無かった。というより、無言だった。


 ――それもある意味、信頼の成せる技なのか……。いや、どっちも時間を無駄にするのが嫌いなだけか?


 などと、レンドウは考えた。


 レイスさんはまだかな、無事なんですよね、大怪我とかしてないですよね、という表情で立ち上がろうとしたリバイアの頭を抑え、強引に座らせるアルフレート。


 その隣で、こちらは大人しくちょこんと座りながら、しかしせわしなく視線を彷徨わせているのがアンリエルだ。少年にとっては面識のない人物が多いため、落ち着かないのだろう。


 あっちこっちに向かう視線は、それでも定期的にレンドウへと戻る。


 それは恐らく、この森で待機している間に、セリカとアルフレートから聴いた話によるところが大きいのだろう。


 ――レンドウさんが、僕のお兄さん……。いや、血は繋がってないらしいけど……。


 生まれてこの方、自分が親無しの一人っ子だと思い込んでいた少年にとって、降って湧いて出た親族の存在は、中々に衝撃だったようだ。


 当のレンドウは、なぜ先ほどからアンリエルに視線を送られているのかまで、まだ思考が回っていないようだが……。


「――“幻想”がなんの目的でこの世界を混乱させてるのかは分かんねェけど……もう、因縁の相手って言ってもいいくらいだしな。また戦うことになるんだろう……っていうか、ブチのめしたいんだわ。俺自身が」


「まぁ、倒せるなら倒したいと全員が思ってるだろぉけどな」


 レンドウが両の拳を合わせ、牙を見せながら言うと、ダクトが全員を代表して同意した。が、半目になると、


「だけどあいつも言ってた通り、ぶっちゃけレンドウじゃ勝てる見込み()ぇだろ?」


「……はいはい、そうやってまた俺の精神面の弱さを皆でいじる流れなんだな!」


「いや、ただ事実を言ってるだけだっつの……」


 ダクトの言葉に必要以上に傷ついたふりをしてみせると、


「カーリー、慰めてくれェ……癒し成分を補給させてくれェ……」


 と、愛しの彼女に声を掛けた。声を掛けられた方はリバイアの近くに寄り、手を握り合うことで再会を喜んでいたため、反応が遅れた。


「え、あ……うん」


 仕方ないなぁという声色で応じると、レンドウの隣に膝をつき、彼の頭部を自らの胸に抱き寄せたカーリー。


「よしよし…………?」


 これでいいのかなぁ、という表情でカーリーはレンドウの頭を撫でた。


 ……はいはいいつものいちゃつきタイムね、大衆の面前でそんなことして恥ずかしくないのかね、という表情で、ダクトはレンドウの行動をスルーしてナージアを見た。「別にいいだろ、今までずっと我慢してたんだから……」とレンドウはブツブツ呟いたが、無視した。


 複雑な家庭の事情のせいか、本代ダクトは色恋にいいイメージを持っていないらしい。


「ぶっちゃけ俺ぁ全然分かんなかったんだが。“幻想”の強さは、あの場ではどんなもんだったんだ?」


「……えっと……」


 バカップルの仲睦まじい様子を見て赤面しながら、ナージアはダクトの質問に対し首を傾けて思考する。


「あくまで≪クラフトアークス≫の大小ってだけなら……そんなに上の方では無かったかな。木竜(ぼくりゅう)ストラウスと並んだ時は、ストラウスの方が格上に見えたし。……あと、これは言うまでもないかもしれないけど。あの場で圧倒的に大きな力を持っていたのは、災害竜テンペストだ……」


「ま、そうだろうな。最後に地面からストラウスが植物を生やした時、“幻想”は普通に妨害されてたよな。あそこが時が止まった精神世界だったってんなら、現実の実力がしっかり反映されてるってのも不思議な話だが……」


 ナージアの言葉に得心がいったように頷いたダクト。


「でも、属性的な相性はどうしてもあるだろうから。勝敗を決めるのは、力の大小だけじゃないと思う。本来なら格上の炎竜ルノードに、長の氷の力が有効だったみたいに……」


「それに、長い年月を生きた龍にとって、奥の手は“創造する力”に留まらない可能性もあります。炎竜ルノードが扱う青い炎は、レイス君の力でも抑制されないようでしたし。龍として持つ特性に関係の無い、別な属性の攻撃すらも考えられます」


 ナージアの補足に、アドラスもまた付け加える。いよいよもって頭が痛くなってきた、という顔になるダクト。


「姿を隠す幻術とか……魔術の類は、練度の差こそあれ、実際どの龍も使ってた訳だもんな。いや……そもそも“幻想”の属性は何なんだって話になってくるけどな。精神的な攻撃……幻術とやらに特化した龍だとして、それに対して炎が有効とか氷が有効とか……無くねぇか?」


「……これが小説や漫画の話なのであれば、そういう類の力を使うやつは、接近戦を苦手としているのがセオリーだと思うけど」


 黙って一行の話を聞いていたセリカが、遠くのエイリアの街並みを見ながら言った。


「例えそうだとしても、そう簡単に本体が姿を現してくれるとは思えねぇしなぁ……。アドラス、お前が“幻想”本人だったら……直接手を下さずに世界を掌握する方法、いくらでも思いつくだろ?」


 目的の為なら手段を選ばない芯の強さも、また明晰な頭脳も持つ。それを買っての質問だろうと理解しているアドラスは、躊躇なく首肯した。


「でしょうね。私が“幻想”なら、決して本体を他の龍に晒すようなことはしないでしょう。各国の上層部に裏から取り入って…………いや? そうか…………」


「どうした?」


 ダクトの問いに、アドラスは少し焦ったような表情を浮かべた。焦っても仕方がないと思い直したのかそれはすぐに消えたが、しかし表情は優れないままだった。


「我々は後手に回っています。これを取り戻す為には……現状を正しく認識し、そして何より、先を読んで行動する必要があるでしょう。……それで、思ったのですが。……サンスタード帝国と、ベルナティエル魔国連邦。その双方が、既に“幻想”に干渉を受けている可能性が高い……そう思います」


 その言葉に目を丸くする一同。


「いやまぁ、あり得そうな話だとは思うけどよ。魔王軍に感じた違和感が、そこに繋がって来たってことか?」


「……俺は帝国に関しては全然詳しくねェんだけど、そっちに関してはどうしてなんだ?」


 ダクトとレンドウが矢継ぎ早に尋ねる。アドラスはその両方に視線を走らせた後、どう答えるべきか、その頭脳を素早く回転させる。


「私は……あの“龍の花園”に、違和感を感じていました。皆さんは、あの場にいた龍の人数と……その属性に、何か感じませんでしたか? もっとも、全ての龍が喋っていた訳ではないので、私としても推論の域を出ないのですが」


 ――あの花畑で、違和感……?


 ――ぶっちゃけ緊張しっぱなしで、あんまり周りが見えていたとは言い難いんだよなァ。


 と、カーリーの胸に側頭部を(うず)めながら考えるレンドウ。


「中央の花畑に、黒竜イズ。森の中みたいな場所に、俺達に友好的に見えた木竜ストラウス。あれが演技じゃないと嬉しいけどな」


 一応、ストラウスと名乗った龍を盲目的に信じるのは危険だと、注意を促す面もあったのだろう。ダクトがそう言うと、引き継ぐように口を開いたのはクラウディオだった。


「……海の中のように見えた場所は、誰も知らない龍がいる場所のはずだな。……あの、滝が流れていた方もそうか」


「いえ、あの、それなんですけど」


 クラウディオの言葉が途切れるや、手を挙げたのは守だった。アドラスがそちらに目を向け、軽く頷いたことを確認すると、守は緊張した様子で語り出す。


 戦闘に関しては類まれなるセンスを持つ守だが、そちらで力を使い果たしたのか、今は眠くて仕方がない様子だ。


「……滝の世界の方に向けて、金竜は……「メロア、起きていないのか」……みたいなことを叫んでいましたよね」


「眠そうな割に、よく覚えてるもんだな」


 レンドウに褒められると、守はくすぐったそうに鼻の下を掻いた。


「あの時は、まだ気を張ってましたから……それに、その名前には聞き覚えがあったんです。……あのおかしいくらいゆっくりと落ちる、大きな滝のある場所……あれを、僕は実家の本で読んだことがあるんです」


 ――守の実家ってことは……清流の国に縁のある龍ってことか。そういえばこいつ、結構な家柄の出身って話だっけ。家出したらしいけど……。


 レンドウはカーリーに「もう大丈夫」と言ってから身体を起こし、傾聴する姿勢を取った。


「メロア……っていうのは、僕らの国の人間が信仰している、(かみ)さまのことなんです。……その正体が龍だっていうのは、今回初めて知りましたけど」


 神。実在するかも分からないものをシンとするという人間たちが存在すると聞いて、以前のレンドウは怪訝に思っていたが。


 それが実際に存在する龍の一人だったのだと言われると、得心がいったような顔になった。


「……ってことは、大昔には実際にそのメロアって龍が清流の国を統治していて……今は、休眠中だってことか」


「そうなんだと思います。多分ですけど」


 休眠。それは龍に選ばれた者たちが持つ、寿命を長持ちさせるための手段だという。炎竜ルノードも長らくその状態にあり、だからこそアニマたちが人間に押されている現状を知るまでに時間が掛かったのだという。


「まぁ、今はそのメロアとやらの深掘りをするタイミングじゃねぇだろ? 残るは、雷が光ってるみたいな場所……そこにはテンペストと、最後まで喋らなかったもう一体がいたよな。……もしかして、これがアドラスの言いたかったことか?」


 脱線しかけた会話を軌道修正しようとしたダクトに、アドラスは首を横に振った。


「いえ、そこにも少し触れたい事柄はありますが、主軸ではありませんね。災害竜テンペストに味方する、もう一体の龍がいるとすれば……それは確かに無視できない点ですが、別に意外というほどではないのかな、と思います。他でもない、私たちのいた場所からも。金竜ドールとナージア君という、二人の龍があの場所には呼ばれていたのですから」


「同じ場所から複数の龍が呼ばれることは、別におかしくない……と……」


 何かに気付いたように、ダクトが口元を手で抑えた。それ以外の面々は、「自分、まだ全然分かってないんですけど」と、少し不安そうな表情をする人物が目立った。


 その様子を見て、アドラスは周囲を安心させるように笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ、ちゃんと分かるように説明しますから。……あの時は、メロアという龍と……もしかしたら、海の中の龍。この2体の龍が、休眠中にも関わらず黒竜イズによって招集されていたと考えられます。つまり、龍の状態に関わらず……全ての龍が、あの場所に集められていたと考えられる。……ここまでは大丈夫でしょうか?」


 一同をゆっくり見渡すアドラス。戦いを共にした面々が頷いたところで満足し、再び話に戻る。


 少し離れた場所で、炎竜ルノードが敗北したことにより投降したアニマ……ルギナという少女だったり、ヴァリアーの研究員であるマルクと共にエイリアから避難してきたフローラとロッテなどもいるが、さすがにそちらの面々にまで話を理解させるのは難しいだろうし、元より聴かせようと思っていない。


 もっとも、別に耳を塞いでいる訳でも拘束している訳でもないため、聴きたい者は勝手に耳をそばだてているが……。


 レンドウ曰く「アニマは正直者の集まりだ。性格が特別に悪ィやつ……アルを覗いてな」とのことらしいので、アドラスは投降したアニマたちをほぼ警戒していない。彼らの持っていた緋翼が、既にレンドウによって没収されたこともある。


「――となると、ですが。……現在サンスタード帝国が有しているという、()()()()()。大生君の師匠であるイデアさんが憑依されているという龍は、()()()()()()()()()()()()


 思わず、レンドウは「あっ」と声を上げていた。


 他ならぬ大生が救助活動に合流せずにここにいたとすれば、もっと早くに声を上げていただろう、とも思った。


「そうだ、全ての龍が状態に関係なくあの場所に集められていたなら……()()()


 ――地竜ガイアは……大生の大切な人が憑依されていたという龍は、まさかもうこの世には。


 と、最悪の想像をしたらしいレンドウを手で制し、アドラスは言う。


「いえ、待ってください。私は地竜ガイアが亡くなっているとは考えていません」


「――あ、そうなのか?」


「ええ。帝国が彼女の力を利用しようとしているのなら、それは大切に扱っているはずですから。……利用価値がある間は、ですが」


 少し、憎しみのようなものを滲ませたアドラスに、レンドウは「こいつと帝国の関係も、今度しっかり訊いておかないとな」と思った。


「地竜ガイアは、間違いなくあの場所にいたはずです。そして、隠されてもいた。……“幻想”が現れた、あの闇に包まれた世界。あの中に」


「…………そういうことか!」


 ダクトはぽんと手を打った。


「つまりアドラス、お前はこう言いてぇ訳だろ? あの時、“幻想”は自分のいた世界を幻術で隠していた。そこにいる存在を、他の世界から繋がってきた者どもに見せないように。そしてそこには、地竜ガイアだけじゃねぇ! ……俺達と同じように、龍以外の……帝国人の連中も、そこにいたんじゃねぇかって……!」


「……ええ、その通りです」


 レンドウを初め、遅ればせながら理解した面々が目を見開いた。


「あの時、僕たち以外にも人が……大勢?」


「大勢かは分かりませんが」


 サイバが発した問いに、アドラスは左手で目元をギュッと抑えた。


 思い出したくのない相手を、思い出すように。


「――少なくとも、帝国でも大きな力を持つ者が居合わせていたはずです。“幻想”の手引きによって」


「確かに、そう考えると、既に“幻想”が帝国に何らかのアクションを起こしてるのは確実だな。考えたくもねぇけど、まさか帝国が“幻想”の意のままに操られているとかは……」


 げんなりした様子で、最悪の予想をあえて言葉にするダクト。


「それは分かりません。そもそも、帝国には以前から災害竜テンペストとの繋がりも感じられましたし……しかし、“龍の花園”での様子を見る限り、“幻想”とテンペストが協力関係にあるようにも見えませんでした。余りにも、予想すらつかないことが多い」


 話しながら、こちらも頭が痛くなってきた様子のアドラス。


「ただ一つ言えることは……ここまでの私の推論が正しければ、帝国側には……()()()()()()()()()()()()()()()()()ということです。こちらは向こうの動きが分からない状態であるのに対し……」


 ――あの暗闇の中から、いくつもの視線が俺達を観察していたのかと思うと、今更ながら震えてくるな。気持ち悪ィ。


 レンドウはぶるりと身を震わせた。


「んで、そうなると……帝国はどういう動きに出るんだ……」


 考えることを放棄している訳ではなく、自分自身でも考えながらのダクトの言葉。


 だが、既にアドラスの中にはその答えが用意されていた。


「恐らくは本日の件を踏まえ、アニマという種族を世界的に指名手配するでしょう。……このことに、いち早く気づけて幸いでした。……レンドウ君!」


「あ、あァ!」


「――いつまでになるのか、これから永遠なのかは分かりませんが。すぐにあなたたちアニマは、この大陸から居場所を失います。できるだけ早くにラ・アニマへと戻り、種族をまとめ上げてください。そして……とりあえず、暗黒大陸へと渡りましょう。今生き残っているアニマ達にとって、それが最も安全なはずです。すぐに、出発の準備を。……話の続きは、全員で移動しながらでも可能です!」


「…………分かった!!」


 レンドウは僅かに逡巡したが、「これから先、アニマという種族が人間から受け入れられることは二度とないだろう」という覚悟は既にしていたため、力強く了承できた。


 飲み終わり空になった飲料水のボトルや、携帯食料の包みなどを鞄に突っ込んでいく一同。


 皆一様に、とくに精神面が疲労していたが……それでも、動きたくないなどと泣き言を言う者はいなかった。


 この時代の人間たちは、基本的に覚悟が決まり過ぎている。


 ――次の舞台は、暗黒大陸……か。


 ――そういえば、木竜ストラウスも暗黒大陸の南部を目指せって言ってたっけ。さすがに、この状況を想定しての言葉では無かっただろうが。


 随分と軽くなった鞄を拾い上げ、未だに救助活動に当たっているレイスらがいるエイリアの方角を見たレンドウ。


 いつの間にか太陽は大きく傾き、傷ついた街並みは真っ赤に染め上げられていた。


 その斜陽(しゃよう)の中に自らの創造主の姿を幻視(げんし)すると、口元にフッと笑みを浮かべる。



 ――俺はまだ悲観しちゃいないぜ、ルノード。



 例え、二度と人間の世界にアニマが受け入れられる日が来なくとも。



 ――誰一人、生き残ったことを後悔なんかさせねェ。



 燃えるような決意を胸に、炎竜となった少年は歩き出した。



……エピローグが長い!回収していなかった伏線が多すぎるせいだ!


ちなみに、エピローグは少なくともあと一回は続きます。

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