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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第13章 斜陽編 -在りし日の辛苦も追悼せよ緋色-
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第231話 俺の創造主

長いです。



 ◆レンドウ◆



『――(おれ)は、お前が羨ましかった。己の人生で手に入れられなかったものを、お前が手にしていたから』


 ルノードの背中に両手を当て、俺の緋翼を全力で注ぎ始めた時から。


 脳内に直接響くような――念話とはまた違う感覚だった――いや、自分の内側から浮かび上がってくるような。


 不思議な感覚と共に、ルノードの声が流れ込んできた。


 ……こういうことが起きると、俺は異質な存在……こいつから分かたれた存在なのだということを強く認識してしまうな。いや、別に同一性の保持に躍起になるほどではないけど。


 もしかするとそれは、ルノードの外見的特徴が、今の俺とあまり似通っていないこともあるのかもしれない。


 伸ばしっぱなしの髪の色は黒……俺が赤く染める前の色だし、表情も険しいし。強いて言うなら、昔の俺に近いか。


 顔の造形は同じなんだけど、俺とは違う個人だと、自然に思えるんだ。


 例え生まれた瞬間は、こいつと同一とも言える存在だったとしても。


 別な人物に育てられ、異なる環境で世界を知った俺は、ルノードにはなれないし、ならない。


 俺はレンドウだ。



 ――俺は、あんたのことをどう思っていいのか。今どう思ってるのかも、よく分かんねェよ。……んで、俺が持ってるものって? あんたが欲しかったものって、なんだ?



 こっちの言いたいこともまた、声に出さなくとも伝わるのだろうという確信があった。だから、自分の胸の内に問いかけるようにした。


『……信頼を受ける立場にいる自分……仲間、か。……いや、違う。手を伸ばしてくれた相手も、何人かはいたはずなのに。その手を掴む覚悟を決めきれなかった。己は弱かった。己……俺……僕、は……………………』


 ――あァ、もしかしてお前も、昔は一人称が僕だったのか?


『……そうだ。お前も……』


 ――そうだよ。……なんつーか、やっぱ最初は気持ち悪ィくらい似てたんだろうな。俺がお前から分かたれて生まれた存在だってことを、受け入れないことが難しいくらいっていうか。


『例え生まれが同じだとしても結末は違う。違って当たり前だ。周りの環境さえ違えば、双子でも異なる人格に育つものだ。レンドウ、お前は。最早言われるまでもないだろうが……』


 ――あァー、大丈夫だって。そこら辺はもう折り合いをつけられてるつもりだから。


『そうか。……なら、最後に老婆心から忠告していくが。お前はこれから、龍の力を継ぐことになる。……世界を破壊することもできる力だ。危険な思想を持つ者に、決してその力を渡してはならん。お前だけは、絶対に死ぬことは許されん』


 ――いや、ちょっと待てよ。俺が龍になるってことは……お前、まさかわざと死ぬつもりなのか?


『…………いや…………』


 ――なんだよ、急に歯切れ悪くなりやがって。


『……必要に迫られているためだ。金竜ドールに止めを刺す為には、己が命を燃やし尽くすことが最も確実。それだけだ』


 絶対違うだろ。お前の内面まで、こっちは全部見えてるんだぜ。


 ()()()()()()()()()()()()()。こいつは悲しみを、罪を背負い過ぎた人生に疲れて、その重荷を誰かに押し付けて退()()()()()()()()()


 俺がこいつと本当に対等の存在であったなら、自殺なんか考えてんじゃねェよ、逃げてんじゃねェよと言ってやることもできただろう。


 でも、こいつの内面にある、底なしの苦痛を知ってしまったから。


 たかだか19年しか生きていない俺が、慰めの言葉を掛ける意味もないのだろうな、と。そう思った。


 何十万人もの命を奪ってきた男を助けてやれるだけの力は、俺にはない。……こうやって考えていることも伝わっちまってるんだろう。もう、どうにでもなりやがれ。


 ――危険な思想を持つ者って言うと……。


『例えば、アミカゼだ』


 ――あァ、そりゃ納得だわ……。


 あの戦闘狂のアニマ。思い出した記憶によれば、()()()()()()()()()あんなに狂った人物ではなかった気がするんだが。人は変わるってことか。


 龍となった俺がいつか死んだ際、次に龍の力を継承するのがアミカゼなのだとすれば、確かに死ぬわけにはいかない。


 アミカゼに限らず。俺は死ぬ前に、緋翼を行使できる危険人物の一切をこの世界に残さないようにしないといけない、と。それが俺の義務になる訳だな。しっかり覚えたぜ。


 ――っていうか、そもそもさ。なんでそんなに、お前の龍の位を引き継ぐのが俺だって確信できるんだ? アミカゼが選ばれちまう可能性は万が一にもないのか?


『無いな。お前の力と記憶を見て、確信した。今のお前ほど緋翼を扱いこなせるアニマは他に存在しない……それは間違いない』


 ――そっか、そりゃ安心だ……って待て。記憶を読んだだと?


『ラ・アニマの地で、己が一度竜化したことがあっただろう。お前たち全員を即座に気絶させた際だ。その時に、己はお前の記憶を覗き見ている』


 ――マジかよ……………………。


 アニマ相手なら記憶を覗き見る権限があったってことか。そうか、道理で……アイルバトスさんの存在を前もって知っていたり、ヴァリアーに地下から侵入できたアニマがいた訳だ。


 ――俺だけじゃなくて、アルの記憶も読んだんだな?


『……安心しろ。お前たちのプライバシーを暴き、辱める目的で記憶を読んでいた訳ではない』


 ――分かってるよ! 戦いに役立ててるだけだったんだろ! お気遣い痛み入るよ!!


 レイスに人生相談しているところも、ダクトに訓練と称してボコられているところも、カーリーといちゃついている姿も全部見られたのかと思うと……なんかもう怖いものが無くなってくるな。クソが。


『…………お前の名前だが…………』


 ――名前?


『お前の名付け親はカイであり、半分は己でもある。その由来については…………今はいいか。全て……お前の中に置いていこう』


 ――置いていく?


『そうだ。お前の奥底に、己の人生の記憶を焼きつけていこう。……案ずるな、それはお前の思考を乗っ取るような類のものではない』


 ――今更そんな心配してねェよ。


 そもそもお前、死にたがってんだろ。俺の身体を乗っ取ってまで生き残りたいとか露ほども考えてねェだろ。


『一方的に心中を覗かれたままというのも気分が悪いだろう。仕返しがしたいと思ったら、いつでも己の記憶を引き出せばいい』


 ――あんたの恥ずかしいストーリーとか別に知りたくもないけどな。というか、共感性羞恥で死にたくなるかもしれないじゃねェか。


『それに関しては……フッ。自己責任だな。だが、一通り目を通しておくことをオススメする。己のようになりたくなければな』


 ……………………。


 何か言おうかとも思ったが、ルノードが会話を打ち切りたがっているのと感じて、押し黙る。


『…………では、達者でな。レンドウ。お前は…………己のようには、なるな』


『この己の記憶を、失敗続きの人生を知り。それを繰り返さずに済むことを祈っている』


『すまない』


『ごめんなさい』


『こんな運命を押し付けてしまって』


『…………僕を許してくれるかい…………姉さん…………』


 同じ人物から放たれたはずなのに、それらの声色は、複数の人物が発したもののように感じた。


 それぞれの言葉が、まるで違う年齢のルノードから発されたような。



「……いや、俺はお前の姉さんじゃねェよ……」


 という突っ込みは、実際に口を動かして放っていた。そう気づいたときには、周囲の全てが急速に動き出していた。


 ……いや、そもそも、まるで時間が止まったような空間で、ルノードと二人きりで会話していたのだということを、今ようやくハッキリ認識できた。


 どうやらそれは、一瞬の出来事だったらしい。


 ……ま、なんとなく分かってたけどな。



 伸ばしていた俺の両の掌が、ルノードの背中から離れる。ルノードが一歩前に出たからだ。


 その向こうには、巨大な両前脚を交差して、ルノードごと俺を引き裂こうとしている金竜ドールの竜体が迫っていた。


 何もなければ、3秒後には俺もこの世界からおさらばだ。


 だけど、そうはならない。


 ルノードの全身が発光する。その色は、赤……いや、白い。


 太陽を思わせる紅蓮の炎が放出されたのは一瞬で、その内部から爆発的なエネルギーが拡散した。それに目を焼かれると意識するより先に、反射的に両腕を交差させて顔を覆っていた。それでも充分に目はやられた。すぐに、修復を……。


 朧げな視界でも、何が起きているのかは気配で分かった。“創造する力(クラフトアークス)”の流れは追える。


 全身が光に包まれた状態のルノードは、恐らく再びの竜化を図ろうとしている。全身を竜化する際は、無防備になっちまうって話じゃなかったのか。だからこそ、竜化できる者同士での戦いは、相手にその隙を与えないことが重要だったんじゃ……。


 千年生きた特別な龍には、そのルールを曲げる程の実力が……奥の手があるってことなのか。


 光の中心から、まず真っ先に竜の両腕が生えたんだ。それが、ドールの両前脚をがっしりと掴んだ。


「――ジャラララッ!?」


 その驚愕の音が、金竜ドールの竜体が発することのできた、最後の音となった。


「――ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 甲高い鳥のような鳴き声が、他の音の全てをかき消した。


 光の中心から現れた、真紅の竜。


 ――それが曲がりなりにも味方側だと思うと……カッコイイじゃねェか、クソッ。



「――クソルノードォォォォッ!! 決めろォォォォォォォォ!!」


 拳を突きあげながらの叫びは、その一切が戦闘音にかき消され、恐らく誰の耳にも届いていないはずだ。


 二足歩行を前提にした真紅の竜は、体重を支える為の脚部に対し、腕はとても小さい。そのはずなのに、金竜ドールの両前脚を掴んでいるそれは、殆ど同サイズだ。僅かにドールの前脚の方が太いが。


 ……つまり、そもそもが規格外なんだ。


 全身を伸ばせば、頭部がこの空間の天井を擦ってしまうほどに、巨大。ドールの倍ほどもある巨体を見た時点で、誰もがその勝敗を確信した。


 ――デカいやつァ強ェ。


 自然の摂理を証明するように、ルノードは長い首を躍らせ、ドールの首を上から咥え込むと、そのまま大きく振り回した。


 黄金の泉から引きずり出された形となったドールを、再びその補給地点に帰らせることなど、ルノードが許すはずもなかった。


 向こう側の壁に叩きつけられたドールに、身体ごとぶつかっていくルノード。いや、その過程は殆ど見えなかった。


 ドールが壁に叩きつけられ、その巨体が跳ね返ろうとした時には、既にルノードが体当たりするようにドールの身体を壁に押し付けていた。


「――ギアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――」


 そして、再び世界から音が消えた。最も大きかったルノードの咆哮さえ、途中から聴こえなくなった。


 至近距離で顎を開き、そこから青い炎が噴き出した。それはすぐに中心部から白く変色し、青く見えるのはその炎の輪郭だけになった。


 恐らく、ルノードは俺達を巻き込まないように配慮していたはずだ。それ故に、最も遠い壁までドールを投げ飛ばし、その場所で()()しようとしている。


「……うげっ!!」


 だけど、それでも。


 自然発火、というやつか。


 ルノードが白い炎を吐いている場所から、地面が燃え盛る。その炎は赤い。通常の炎だ。だが、アニマ以外には間違いなく害となるはずだ。


 ドールを殺すために全力を注いでいるルノードに、俺達に配慮して手加減しろとも言えない。というか、言っても届かない。


 俺が炎に命令すれば、途中で止められるか……!?


 と考えたところで、俺達を覆う影があった。……ナージアか!


「――――――――――――――――!!」


 黄金の泉を避けるように周り込んで、俺達を冷気で包み込むことで炎から守ろうとしてくれている。


 何かを叫んでいるみたいだけど、悪ィ、誰にも聴こえてないと思うわそれ。



 ――結局、ドールは反撃らしい反撃をすることができないまま、成すすべなく焼き尽くされた、のか。


 黒焦げた残骸となったそれを数秒間見つめていたルノード。


 その真紅の竜の身体も、既にボロボロだった。


 あの白い炎は、間違いなくその命を削りながらの攻撃だったのだろう。気軽に使っていいものであれば、アイルバトスさんに不意打ちをした際にとっくに使っていたはずだ。


 右肩が腕ごと欠損し、尻尾も根元から存在しない。竜化を解く際に、ダメージを意図的に集中させるのに似ている……んだろう。


 捨ててもいい部位から、優先的に切り捨てていったんだな。


 だがその時、後は死を待つだけとでも言うかのように佇んでいた真紅の巨体が。


 唐突に、弾かれたように振り返った。


 まるで、何かやり残していたことに気付いたかのような動きで。


 …………まさか、この期に及んで俺達を抹殺しようとしてるワケじゃねェだろ?


 勢いよく地面を蹴り、空中に身を躍らせたルノード。それが向かった先は……中央から湧き出る、黄金の泉……!!


 目を向けてみれば、確かにその異常性が分かる。先程までと違って大きく波打ち、それはまるで内部から何かが這い出て来ようとしているようにも見えた。


 黄金の液体が自分にとって毒となるだろうことにも拘泥せず、ルノードの巨体はずぶりと半分ほど泉へと沈み込んだ。


 そして、左半身を前に傾けて…………残った左腕を、泉の底の方へ伸ばしたのか。


「――――――――――――――――!!!!!」


 麻痺している俺の聴覚には届かないが、間違いなくルノードは怒声を放っている。


 真紅の竜の全身が白く輝く。背中の肉が裂け――いや、消失したのか――そこから鮮血が噴き出す。


 もうもうと立ち上る湯気……黄金の泉が、蒸発しているんだ!


 瞬く間に水位が下がっていく中、ルノードの左腕が引き抜かれ……その先に握りしめていたものが、こちら側……俺からそう遠くない位置に転がった。


 それは……俺の身の丈ほどもあろうかという、琥珀……のようなものだった。


 ルノードが鬼気迫る様子で引きずり出したことからも分かる。


 この琥珀みてェなのは、間違いなく金竜ドールに関係するなにかだ。


 これは一体何なんだ? と……答えを求めるようにルノードへと目を向けてみれば。


「あ…………」


 真紅の竜の巨体は、もうどこにも無かった。


 俺達がいる竜門の間は、言わば上階。今までは黄金の泉があったことでそれが分かりづらくなっていたが、実際は中央がすり鉢状になっていた、その中心には大穴が空いている。


 その下には更に広い空間があり、そこで龍は竜門から力を補充できるんだ。


 少なくとも、上階部分の黄金の液体は、全て蒸発させられたらしい。


 そして、大穴の向こう側に。


 今まさに、その存在の全てが消え去る瞬間の、俺の創造主の姿があった。


 もう、()()()()()()()()()()()()()()()()


 まるで緋翼が……“創造する力”たちが空気に溶けるように消えるのと同じように。少し離れた位置に落ちている左手の先と。


 ボロボロと崩れ落ちていく左肩の上に力なく乗っかった、肩口まで焼けて消失したような髪。それに覆われた顔。


 首だけの力で、それが持ち上げられたのか。黒髪の間から覗いた視線が、俺を捉えた…………ように思った。


 その瞳が、瞬いた…………ような。


「――――――――」


 何かを言おうと、したのだろうか?


 気のせいかもしれない。


 今はもう、確かめようがない。


 消えてしまった。


 宙にうっすらと黒い残像を残し、俺をこの世界に生み出した創造主。


 あらゆる種族から憎しみを受け続け、最後には己が生み出した種族にすら見切りをつけられてしまった、孤独な王。


 原初の竜、千年竜の一角。


 暴虐の炎王。“焦土の魔王”。


 最強の龍。


 ――炎竜ルノード。



 …………かつて人間であった頃の名前は、一本槍修二(いっぽんやりしゅうじ)というらしいその男は、その命を終えた。



 一瞬、息が詰まった。


 今日この日まで、殺すべき相手だと覚悟を決めていたはずのルノード。


 あいつが死ぬことで、どうして喪失感なんてものを覚える程に……なっちまってるんだ。情が移ったのか? やっぱりそれは、あいつの記憶を受け取ったせいか?


 いや、まだそれを詳しく覗いてもいないんだが……。


 と、そこまで考えたところで。


 後ろから、肩をがしりと掴まれた。


「――レンドウ君、呆けている場合ではありません! まだ終わっていない可能性がある! その黄金の塊を……破壊してください!!」


 いつの間にか、聴覚は回復していたらしい。


 俺を我に返らせたのは、アドラスの声だった。


 そうだ、呆けている場合じゃない。俺よりもずっと頭の出来が良いこいつの言うことに、すぐさま従うべきだ。


 琥珀の……黄金の塊。ルノードがその命を賭して、最後に引きずり出した物質。


 それを放置すれば……どうなるのだろう。


 まさか、金竜ドールがこの状況から復活する可能性があるのか……?


 まだ、終わっていないっていうのか。


「――そりゃマズいな」


 今この状況で、再びドールが万全の状態で復活するというなら。万に一つも俺達に勝ち目はない。


 最強の龍を犠牲にして、ようやく勝てたんだ。龍であるナージアがいても、俺がいても…………待てよ?



 ――ルノードが死んだってことは、もう俺は龍に成っているのか? 龍の位を引き継いだ……っていう状態なのか?


 ちっとも全身に痛みとか走っていないけど。光り輝いてもいないし。


 黄金の塊の前に立つ。それは、一目見ただけで容易には破壊出来ないと分かる。いますぐに動き出す様子はないが……。


 いや、それこそ、俺よりも強い力を持つかもしれない奴がいるじゃないか。


 振り返ってみれば……しかし、ナージアはその巨体を仲間たちの上から避け、地に這うように伏せるところだった。


「……グルルル…………」


 覇気のない、どこか申し訳なさを感じさせるような声だった。


 この時、ようやく気づいた。


「ナージア、お前……喋れないのか」


 龍としての力に慣れていないからか? 竜化した後のナージアは、どうやら人の言葉を発することができないらしい。


 そして、どうやら限界が近いらしい。


 ――俺たち全員を守るために、あの凄まじい炎熱に身を晒していたんだ。


「レンドウ君、お願いします」


「やっちまえ! ――あ、これ使った方がいいんじゃねぇか!」


「レンドウならできるよ!!」


「頑張って!!」


「……こっちもお返しします! 頑張ってください!」


 投げ渡されたレンディアナとヴァギリを、両手を使ってキャッチした。


「……わーったよ、とりあえずやってみる」


 アドラス、ダクト、レイス、カーリー、守からの声援を受け、心中でため息を吐きつつ向き直る。


 グダグダしている間に金竜が復活でもしちまったら、死んでも死にきれねェもんな。


 ――さっさと済まそう。


 ――終わらせるんだ、この戦いを。


 静かに転がる黄金の塊に向けて、両腕を振り上げる。


 右手のレンディアナ、左手のヴァギリ。双方の剣に緋翼を流し込み、長剣へとその姿を変えさせる。


『レンドウ。君は今どういう状態なのか……これで……龍に、なって…………いるのか?』


 ――ヴァギリ、なんか分かるのか? 今の俺の状態について。


『いや、邪魔をしてすまなかった。すぐにそれに向け、全力で攻撃しよう』


 ――分かった。話は後、だな。


 最早全幅の信頼を置いてしまっている、中性的な魔法剣に対し心中で頷くと、俺は二つの剣をぴったりと合わせた。


「決めちまえッ!!」


「頑張ってー」


「ふんっ」


「レンドウ君、頼む!」


「決めてください!」


「油断しないで!」


「終わらせてくれ」


「……やれ」


 ジェット、ピーア、アシュリー、大生、貫太、レイネ、サイバ、クラウディオ。


 殆ど重なっていたそれらの声を聴いて、思わず笑みが零れた。


 いや、でもこの状況で「ふんっ」は無くないか?


 どんだけ素直じゃないんだよ。俺が言えたことじゃないか。


 ――仲間たちの期待を背負ってんだ。


 最後くらい、俺が決めてやらねェと……なァッ……!!


 そうして……今までの人生で、最高の一撃を放つ。


 振り下ろす。



 ――その瞬間だった。



 ぐわんと、脳を直接揺さぶられたような。いや、足元の地面が突如として崩壊したような。この空間にあった空気が一瞬にして全て抜き去られ、ずっと低い温度のそれに入れ替えられたかのような。


 形容しがたい衝撃が、全身を貫いた。


 ……おいおいおいおいおいッ!!


 ここで失敗はできねェぞっ!?


 ――なんだ、幻術か!? またか!! この局面で……!?


 と、思いかけるも、


「――うわっ!?」


「なんだッ!?」


「…………!?」


 レイスとジェットの発した驚愕の声が最も大きく、他をかき消すレベルだった。冷静であろうと努め声を抑えたやつも、驚き過ぎて、声にならなかったやつもいるはずだ。


 ――よかった、仲間たちは全員いるのか。


 上半身を捻じるように振り返ると、俺と同じように困惑した様子の仲間たちが欠けることなく存在していた。


 俺一人だけじゃないって、めちゃくちゃ安心するな。


 いや、全員が一気に同じ幻術に掛けられた可能性も残っているのかもしれないが……そんなの考えたくも無いな。というか、ダクトにはどんな幻術も効かないと信じたい。


 一瞬、ナージアの巨体がない……と声を上げそうになったが、違う。ナージアもいた。


 竜の巨体で地に伏せていたはずが、いつもの人の姿に戻って、キョロキョロと周囲を見渡している。


「おれは……倒れていたはずじゃ…………あ、喋れる」


 全身を両手で叩くように確認しながら、ナージアが呟いた。


「……待て、景色がおかしいぞ!」


 クラウディオの叫びに、全員が彼が指差した方向を注視した。それは俺の背中側だった。


 身体の向きを戻すと、確かに……空間が歪んでいた。


「全員、身体に異常はありませんか」


 アドラスが周囲に確認する声。そして、それに問題無いと答えていく仲間たち。


 その声を遠くで聴きながら、俺は眼前から黄金の塊が消失していることに今更気づいた。


 ――クソッ……まさか、逃げられたのか!?


 もし本当に金竜ドールが復活するなら……まずい……。


 左手に、変わらずヴァギリを握りしめ続けているのが救いだ。右手にはレンディアナもちゃんとある。この謎の現象に、武器まで取り上げられていたら本当にお手上げだった。


『これは……………………!?』


 ヴァギリも困惑した様子で、周囲の状況把握に努めようとしている。


 俺達が立っている地面は、確かに先程から戦場になっていた金竜の竜門だ。


 だけど、目の前で歪んだ景色は……いくつも分割されたような……いや、違う。複数の空間が無理やりに繋げられたかのような。


 そんな、どこまでも異質な光景が拡張されつつある。一つ、また一つと、見知らぬ景色が視界の内に増えていく。


 一つ、背の高い木々が天を貫く、深い森。木漏れ日を受け、白い建造物が浮かび上がっている。


 一つ、大量の水の中、揺れる……水草? これは……海の中、か!? だが、その空間を埋める無限にも見える海水が、隣接した世界に流れ込む様子はない。


 一つ、雷鳴が轟く灰色の空を背にした崖。雷の音は、こちらには聴こえて来ない……のか。


 一つ、遥か高みから大量の水が流れ落ちている空間……滝ってやつか。だが、不自然なほど水が落ちるスピードは緩やかに見える。幻想的な光景だった。


 一つ、一切の光を通さない、闇の空間。洞窟……か?


 俺達が元々いた空間を含めて、六つの異なる場所の景色が、それぞれ歪に隣接させられ、等分されたケーキのように……円状に広がっている。


 そして、その中央には…………また別な、他のどれとも違う空間があった。


「花……畑……?」


「…………あァ、そう見えるな」


 レイスの声に同意する。


 その大きさを正しく把握することは難しい。俺が今立っている場所から、中央のその空間がどれだけ離れているのかも分からない。


 ただ、踏み入れることを躊躇させる、色とりどりの花が咲き乱れていた。様々な種類だが、みな一様に背が低い花たちだ。


 その花畑の中に、白い椅子がある。手すりはなく、長い背もたれだけを持つ、荘厳な意匠のそれに。


 いつしか、黒い人影が座していることに気付く。


 まるで、今その瞬間、椅子の上に出現したかのようだった。いや、本当にそうなのかもしれない。


「――お前……は……ッ!!」


 この気配は。前にも一度。


 ラ・アニマの……竜門で……感じたことがある!!



 ――上位存在。


 ただ、その単語だけが脳裏に浮かんだ。



……さらば、炎竜ルノード。

そしてついに、金竜ドールとの戦いに決着!


――これにて第一部完ッ!! ……と思いきや、何やら雲行きが怪しい様子……。

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