第229話 見通す眼……?
◆ナージア◆
力をまとわせて腕を振るう度、力の乗せ方が洗練されていくのがわかる。
今や両腕はどちらも竜化しているが、そうしようと思ってやったわけじゃない。いつしか勝手にこうなっていた。
爬虫類を思わせる造形でありながら、五本の指があり、その全てに別々の命令を込めた“創造する力”を乗せられる。
振り返り、背後から迫っていた金鎧兵に突っ込み、その胴を両腕で潰す。崩れ落ちてくる上半身に向けて、背中から氷翼を幾条にも放出。
バラバラになって溶け崩れていく一体を体内に吸収しつつ、その後ろから姿を現していた金鎧兵の腕を受け止める。
音もなく変形し、触手のようにおれの心臓を貫こうとしていた金鎧兵の右腕。
「フーッ……」
だけど、それは本当に今のおれを貫ける強度なのか? 疑わしいと思うほどに脆い。軽く力を入れて握りしめれば砕け散ってしまうそれを手加減しながら引き寄せ、股下から掬い上げるように右腕を振り上げる。
粉微塵となって消えていく一体の向こうで、数体の金鎧兵から同時に襲い掛かられながらも、空中を飛び回る様に移動し翻弄しているサイバの姿が見えた。
金鎧兵の体の一部を利用するように蹴り上げたり、手を突いたりすることで空中で己の身体を制動している。
それだけに留まらず、背中や足先から緋翼を噴出することで瞬間的に加速し、宙を蹴るような三次元起動を実現している。
加速だけじゃない。減速もできている……!? 空中で止まったサイバが腕を振るうと、金鎧兵の頭が一つ吹き飛ぶ。頭部を無くした金鎧兵の胸部から弾丸とも言えるような液体が噴出するが、その時点でサイバの姿はそこから消えている。爆発するように加速した後、緋翼を翼のように広げることで、減速しているんだ!
緑色の髪が軌跡となって宙を駆け、三体の金鎧兵の頭、腕が次々と捻じられ、千切れて落下していく。
――すごい。
別格の強さだ。おれと違って、龍に成った訳でもないはずなのに。敵を利用するように飛び回るアクロバティックな戦い方は、ダクトのそれに通じるところがある。
だけど、あの急加速と減速は、アニマであるサイバだけのものだ。あの動きが以前から出来ていたとは思えない。治療と共にレンドウから受け取った緋翼の質が高すぎるんだ。
自前の短剣を使ってすらいない。レンドウの緋翼を、かぎづめのようにして振るっているのか。
――あまりそっちにばかり意識を割いてもいられない。
サイバの方に問題は無さそうだと判断すると、首を回して隣を見る。
レイネ姉さんは、あまり大きく動かないようにしている。いや、全く移動していないわけじゃない。ゆっくりと、おれに追従するように移動している。
おれから離れすぎないようにして、おれの氷翼をいつでも受け取れるように調整しながら戦っているんだ。
白き短剣ユルグレシアに氷翼を通し、氷の刃を備えた長剣へと姿を変え。
「ふッ……! せッ……!!」
目にもとまらぬ斬撃が、自分に近づく金鎧兵の腕を細切れにしていく。防御寄りの攻撃を徹底しているレイネ姉さん。
彼女が後ろに跳び――おれに背中が触れるかどうかというところで止まり――、小さく叫ぶ。
「――ナージア! なんだか右目がヘンだわ!」
「えっ、……と……よく見えないってこと!?」
右目……と言えば、アニマに抉られていて、レンドウに治療してもらった部位じゃないか。
周囲から迫りくる金鎧兵の数は9体まで減っている。すぐに攻撃を仕掛けてくるところだったのは4体。
両腕を真横へとぴんと伸ばしながら、氷翼を放出。会話のため、“創造する力”を大きく消費してでも、一時的に安全な時間を作りたかった。
半透明の氷翼の壁を生成する。身を護りながら、周囲の状況がわかるのは便利だ。そこに金鎧兵の拳が掘削機のように高速回転しながら押し当てられるが、壁が即座に崩壊することはない。数分すら持たせられそうだと感じた。
――レイネ姉さんが戦闘中に話しかけてきたんだ。それに、声色でわかる。
これは今すぐに聞くべき話なんだと。
「――違くって。むしろ逆で、めちゃくちゃ調子が良いの。戦闘が始まるまで気づかなかったんだけど、前には見えなかったものが見えてる……。随分高性能になっちゃったみたい、右目。で、本題だけど……」
レイネ姉さんの言葉は早口だった。でもちょっと脱線して時間を無駄にしかけてない? とおれが言おうか迷い始めたところで、
「あのデカい金鎧兵をやらないとマズいわ。勿論普通の金鎧兵も脅威だから、皆のためには倒しきりたいところだけど」
デカい金鎧兵。あの一際大きな金鎧兵は今、金竜ドールの竜体と共に、炎竜ルノードの人間体を挟撃している。
ドールのブレスを拳で妨害し、金鎧兵の拳をかわし、受け止め、弾き飛ばされ、妨害し損ねたブレスをかき分けるように飛び出し……この瞬間もどんどん傷を増やしているルノード。
「多分だけど、あのデカいのには何か仕掛けがある。ルノードはドールを倒す機会だけを窺っているみたいだけど、最悪あのデカいのを元にドールが復活しちゃう気がするの」
どうして急にそんなことが分かるようになったのか……間違いなくレンドウに治療を受けたことが原因だと思うけど。
まるで、ヴィクター・スフレイベル様が持つ“見通す眼”じゃないか。
「……あのデカい金鎧兵だけ、金竜の分身かもしれないってこと……!?」
「その表現でいいのかはハッキリしないけど、そうね!」
ルノードは現状でもボロボロだけど、それでも全ての力を使い切らぬよう、セーブしながら戦っている……ように見える。
ここぞという隙を見つけ次第、金竜を一撃で消滅させるつもりなのかもしれない。だが、力を使い果たしたところで金竜が復活したら……まずい。
だけど、あの巨大な特別製の金鎧兵と戦える存在は、今ここには……。
「おれしか……いない?」
そう言うと、レイネ姉さんは俺の頭に手を置いて、力強く撫でた。
「そう。……あたしが代わってあげられればよかったんだけど。アイルバトス様に選ばれたのはあんただから。だから」
行ってきなさい。
声に出されなくても、姉さんの言いたいことが分かった。おれへと預けられている、信頼も。
「…………!!」
返答は上手く出てこなかった。レイネ姉さんの表情は、悲しさ、悔しさ、喜びのどれともつかない、あるいはそれら全てを含んだ複雑なものだったから。
力強く頷いて、壁を解除する。
「ざァァァァァァァァッ!!」
「ふッ……!!」
おれと姉さんは同時に動き、壁を破ろうとしていた金鎧兵の内2体の胴を吹き飛ばす。それだけでは金鎧兵の全体は崩壊しないため、倒せたわけじゃない。
「――おれが!!」
それでもおれは姉さんを信じ、すぐさま炎竜ルノードの方へ走る。
「おれがやる!!」
ルノードに伝わる様にあらんかぎりの大声をシンプルな文面で捻り出しながら、おれは駆けた。
「その特別で巨大な金鎧兵は、おれが…………!!」
以前に比べてずっと鮮明に映るようになった視界が、おれの声を受けて一瞬だけこちらに目を向けたルノードの視線を捉えた。
――なんて有り様だ。満身創痍じゃないか。
――今なら簡単に殺すこともできる。長を殺した男を。最強最悪の龍を。
……でも、そうじゃない。いまするべきことはそれじゃないだろ。丁度、ここは敵の密度が小さい。当然だ。サイバとレイネ姉さんが敵を引きつけている地点から離れ、ルノードとドールが戦う場所までは辿り着いていないここだからできること。奥歯を噛みしめ、右手で強く己の腹部を叩いてから、大口を開けて咆哮する。
「竜化する!! から!! ……その間おれを守れ炎竜ルノードォォォォォォォォ!!!!!」
返事は、待たない。
ハッとした金竜ドールに感化されたように、既に巨大な金鎧兵がこちらへと向き直っていた。
――おれを脅威として認識するまでが早い。
当然か。おれもまた世界にとって大きな意味を持つ、龍の一体に成ったらしいから。まだ全然自覚が伴ってないし、なにができてなにができないのか、全然わからないけど。
――可能な全てをひねり出して、この巨大な金鎧兵を倒さないといけない。
そのためには、ルノードに助けを求めることすら厭わない。
おれたち全員が生き残るためだ。少しでも努力を怠って、その結果墓に詫びるなんでもってのほかだ。
光に包まれ、視界で周囲の状況を窺えなくなる寸前だった。
「――ぐがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
炎の王が。巨大な金鎧兵の左腕を掴み。見た目には分からない怪力で引き倒し、自分の身体と入れ替えるように、投げ飛ばす。明らかに無理をしているとわかる動きだった。竜と化した左腕の付け根、人間の部分から鮮血が噴き出している。
「――シャアアッ!!」
黄金の王は。金鎧兵を難なく受け止め、こちらに向けて大口を開けた。ブレスが来る。黄色の炎が花開く。ルノードもおれも、それに飲み込まれる――寸前だった。
そうはさせまいと、ルノードは竜の左腕を前方へと突き出し、その掌をドールへと向けた。
そこを起点に青い炎が吹き荒れたところで、全身を包む氷翼によっておれは何も見えなくなった。
――どうなったんだ。ドールのブレスは防げたのか。ルノードは無事なのか。
身体が作り替えられていくのを感じる。以前とは違う。どれくらい時間が掛かるのかも未知数だ。
龍に成る前は、竜化する際には苦痛を伴った。だけど、今回は少しも痛みがない。
全能感が沸き上がってくる。これが自分の身体なのか。そうだとわかる。
だけど……大、きい?
竜体としての眼球が造られたのか、急激に視界が開けた。視界を失っていた時間は、15秒ほどだっただろうか。
真っ先に目に入ったのは……金竜ドールの巨体、だけ。
視点が高すぎるのだと気づいたのは、自分の両腕を確認するために、視線を下げた時だった。
黄金の王の……その足元には、粉々に砕け散った金鎧兵と。
……両腕を無くして仰向けに倒れた、炎竜ルノードの姿があった。