第227話 初代龍の呪い
◆レンドウ◆
――不思議な感覚だった。
まるで、目を合わせたルノードの考えが、感情が。俺の中に伝わってくるような。
いや、普通に考えれば。そんな風に相手の心を読むみたいな能力がこの俺にあるとは思えないし。むしろ世界一向いてないまであるタイプの能力だろそれ。
だけど、俺があいつから分かたれて生まれた存在なのだとすれば……あり得る、のだろうか。
疑問に答えは出ないまま、状況は進行していた。
突如としてせり上がった床に押され、強引に竜門の中へと押し込まれたのがほんの数十秒前。
そこには巨大な黄金のドラゴンがいた……金竜ドールだな。
左腕が竜のそれに変化している、長い黒髪の男がルノードで間違いない。髪の毛の隙間から見える顔が……レヴァンと同じく、俺にそっくりだからだ。
そして、怪我をしているようには見えないが、床に崩れ落ちているレイス。その後方には……人質……にされているのか? アシュリーと大生の姿が確認できた。
金竜ドール……てめェは本当に、クソ野郎だな。
左手をドールの方へと差し向け続けているルノードだが……今は何の攻撃もしていない、よな?
最強の龍が、俺達が到着するまでの間にドールを殺せなかった理由はなんだ……そもそも攻撃すら始めていないってのは、何かあるよな。
見れば、ルノードの竜化した左腕からは、時折火花を散らすように緋翼が舞っている。体内から溢れ出そうとしているのか。
それがたちまち、白い光に覆われて消えていっているような…………そうか、レイスの力か!
最強の龍の“創造する力”すらも抑制できたのかよ。お前ホントに意味わかんねェな。
だが、そのレイスも結局は地面に崩れ落ちている。
ルノードが使う“蒼炎”の前段階だという、周囲の物質から温度を奪う力……あれはこちらの“創造する力”では防げない、そういうことなんだろう。
ならば、もう一度それを使われたら俺たち全員詰みなのか、とは思わない。
俺がさっきルノードと視線を交わした時に感じたことが、正しいとすれば……。
ルノードにはもう一度周囲から温度を奪うだけの体力が残っていない。
そして何より…………俺達のことを、殺そうと考えていない。少なくとも、積極的には。
それが確かなら……俺達にもまだできることはある。やるべきことはある。
この後の世界が、少しでもいい方向へ動くように。
「――ようやく来たか、レンドウ、そしてアドラスよ。さあ、そこにいる炎竜ルノードを殺すのだ。君たちの大切なものを護るために。この世界を、アニマのものにしないために」
金竜ドールの本体から発せられたであろう声。それは意外にも、年若い少年のように聴こえた。実際の年齢とはかけ離れているんだろうが……。
黄金のドラゴンの口が動いたようには見えなかったが、まず間違いないだろう。
「レイスの能力により、現在ルノードは緋翼を抑制されている。それに、氷竜アイルバトスによって受けた傷も残っている。千載一遇のチャンスなのだ。最強の龍を下し、人類の発展を約束できる……」
……だが、お前は何を言っているんだ?
大切なものを護る。それは分かる。だけど……ズレている。何かが、決定的に。
俺達と金竜ドールでは、何か大切なものが、どうしようもないほどに掛け違っている……。
それを上手く言葉にできずにまごついていると、俺の隣にアドラスが進み出た。
「――ここの戦いに夢中で、気づいていなかったのですか? それとも、今もでしょうか」
「…………何を言っている?」
感情を読むことが難しい竜のフェイスに、アドラスは挑発的な視線を送った。
この状況で、まだ私があなたに従うと思うのですか、と。
「我々は炎竜ルノードに既に敗北しました。それどころか、助けられた面すらあります。この状況から、今更寝首を掻くような真似はできませんよ。我々には誇りがある」
あなたと違ってね。と、そう言いたいのだろう。アドラスの視線は、遠方で磔にされているアシュリーと大生に送られていた。
「ほう? それでは今から、私がルノードを下すところを見ているといい。多少骨は折れるだろうが、この状況なら何も問題はない。君の処遇については、その後で決めるとしよう」
「お待ちを」
“創造する力”で形作られた金色の翼をはためかせ、上半身を持ち上げ二足歩行になった金竜ドール。今にもルノードに向けて攻撃を開始しそうだったそれに向けて、アドラスは素早く言葉を重ねた。
「……それどころか、今は彼に協力したいとすら思います。あなたという悪を、この世から消し去れるのならば」
それは間違いなく、ドールの怒りを煽るための言葉だった。
今この場で最も力を持ち、なおかつ力を残しているのは間違いなく金竜ドールだ。それを倒そうと考えるなら、冷静さを奪っておくに越したことはない。
「アドラス……よほど、妹への執着が薄れたと見える。過保護に生きることに飽いた、か…………?」
まるで憎い相手への嫌がらせを楽しむ子供のように、笑みすら感じさせる少年の声を紡いでいたドールだが、それが急に詰まった。
「な……ぜだ、…………まさか…………!?」
俺の後ろの方にいるピーアに視線を向けて、驚愕した声を漏らしたドール。
「今、ようやく気づいたようですが……ピーアは既にあなたの憑依体ではありません。こちらにいる……氷竜ナージアによって、解放されました」
突然水を向けられて、ナージアはぎょっとしたようだった。しかし、自分が言葉を発する必要は無さそうだと思ったのか、ただ腰に手を当てて胸を張った。
注目されるのが嫌なのか嬉しいのか、どっちなんだナージア。
「兄さんが私を見捨てる訳ないでしょ? ほんっと、バカな龍。あの日、あんたなんかを受け入れちゃったことが、私の人生で一番の恥よ」
ピーアの吐き捨てるような言葉。おいおいそれは言いすぎなんじゃ……とも思ったが、それもドールを怒らせる為の策なんだろう。
しかしさすがは年の功と言うべきか、金竜ドールがそれに激昂することはなかった。
「解放? 解放だと? それも結局は同じことではないか。氷竜によって憑依を上書きしただけでは、龍の支配から逸脱した訳ではない……!」
「私はそうは思いません。ナージア君はレンドウ君が信頼している仲間です。彼なら妹を害することも、その身を盾に私に命令することもない。そう信じています」
それは、言い換えれば金竜ドールにはいい様に使われ続けてきた人生だったということだろう。
今までアドラスが歯向かってくることなど考えたこともなかったのか、ドールは狼狽した様子を見せた。
「……悪だと。先程私のことを悪だと言ったな。私のどこが……悪だと言うのか? 私は常に、人類の発展のために尽力してきた。この命の続く限り、全てを捧げて……君たちを導いてきたのだ!」
怒声を放つと、金色のドラゴンは尻尾を打ち鳴らした。
地面から飛び散る黄翼。思わず顔を覆おうとして、やめる。
違う、これからの俺がすべき行動はこれじゃない。
両手を払って、緋翼の壁を作る。周囲の味方全員を護り、癒す。それが俺のやるべきことだ。
急造の緋翼の壁は、飛び散った黄翼に触れると、たちまち削られた。さすがに龍の力には及ばないか。
ドールの操作によるものだろう、周囲の外壁が解け崩れ、空間の広さが増した……かと思えば、無数の生物……違う、金鎧兵が姿を現す。
溶け崩れた壁そのものが、金鎧兵に変化したかのようだった。円形に配置された形になったその数は、全部で……20体。
「チッ」
思わず舌打ちが零れる。
磔にされて動けないアシュリーと大生の後ろにも余すところなく出現している。レイスがハッとしたように顔を上げ、「くそっ」力の入らない身体を叱咤するように呻いた。
金鎧兵たちは今すぐに特定の誰かに向けて移動し、攻撃する様子はないが……この圧倒的な武力を、ただ見せつけるだけで終わるはずがない。
「……そういうところだろう」
「……………………なに?」
ずっと大人しく黙っていたルノードが口を開き、それにドールが反応した。
レイスの能力によって緋翼を封じられていたのは確かだろう。だからこそルノードは大人しく、事の成り行きを見守っていた。
それが終わったということは、戦えるだけの力を引き出せるようになったということなのか。
「大切な存在を人質に取り、無理やりに言うことをきかせる。そんなことを繰り返してきたから、お前の周りには誰も残らなかったんじゃないのか。……同じく独り身の己に言われたところで、響かないかもしれんがな……」
……おい、良いこと言ってたと思ったら急に最後の方で鬱になるなよ。ルノードは戻ってきたらしい緋翼を両腕に纏わせると、ドールの心臓を狙いすますように左腕を差し向けた。
「私は初代金竜の遺志を継いでいる! 彼の想いに応えるために、私は人類を発展させた! 土地を開発し、千年の強国を興し、人という種族を上のステージへと押し上げた。考えたことはあるか? なぜ自分たちが、ここまで強靭な肉体を持っているのかと」
熱に浮かされたようにまくし立てるドール。自分の生には大きな意味があったのだと、お前たちはそれを称えるべきなのだと。糾弾されている現状に不満を覚え、子供のように喚き散らしている。
いいぞ、ドールが冷静さを失ってきている。
……だが、言われてみればそうだな。
この年になるまで沢山の物語を読んできた俺だけど、実際に人間界で暮らすようになってから、今まで俺の中にあった常識とは異なるものを、沢山目にしてきた。
その中でも最たるものが、人間という種族のしぶとさだろう。
てっきり腕の一本を飛ばされたり、腹に穴を空けられたりしたら、もっと簡単に死んじまうか弱い生き物だと思っていた。
だけど、俺が出会ってきた戦士たちは、腹に穴を空けられるだけじゃなく、全身に大やけどを負ったりしても、最終的には戦線に復帰してきたよな。
……やっぱりどう考えても、昔の人間と今の人間は違うよな?
それは金竜ドールの策によるものだったのか?
「私は龍脈を通じ、この世界全土に働きかけた。この世界に生きる全ての動植物を食べた人間が、以前よりも強靭な肉体を得るように。世界を作り替えていった!」
対象を人間に限定する術があるってことか? そうでなければ、同じものを食っていた魔人なんかは同じだけ強化されてしまったはずだし……。
それが1000年という長い時間をかけてゆっくり進められたものなのか、それともここ数十年で一気に進められたものなのかは分からないが。
いや、一般市民たちが自分たちに秘められた強靭さに気付いていた印象はないから、もしかするとここ数年での話なのか……?
となると、ダクトのように強靭すぎる肉体を手に入れた戦士は、逆に龍や魔人の血が混ざっていなくてラッキーだった……ってことになるのか。
「私の庇護下になければ、君たちの中にも命を落としていた者がいたはずだ!」
まぁ、実際ダクトは何回も大怪我してたみたいだしな……。
「――その件に関しては感謝してやらなくもねぇけど」
黒銀のナイフの握り心地を確認するように手を動かしながら、ダクトが言った。
「それはそれ、これはこれだろ。いくら恩があったからと言って、全体で見りゃあんたが悪に寄ってるとなれば、討伐も止む無しだろ」
しかし、そもそもダクトは金竜を討つことには反対寄りだったはずだ。それを知ってか知らずか、ドールはダクトを見据え、息を荒くした。
「……本代ダクト。君なら理解できるはずだ。私が興したサンスタード帝国は、今までもこれからも人類の発展のために必要不可欠だと」
「そうかもな。帝国が無くなるとか、考えらんねぇし」
「そうだろう。だからこそ私が働きかけ、進むべき方向を調整してやる必要がある! 二度と人間が魔人に虐げられる時代が来ないように! 初代龍の遺志を継ぐ、私が!」
「いや、それはちっと違くねぇか?」
「……なに?」
ダクトは一切物怖じする様子を見せず、巨大なドラゴンを睨みつけていた。その巨腕が振り下ろされれば、自分など一片も残らないと理解しているだろうに。
「初代龍には後悔があったんだろ。自分の過ちから、人間を苦しめてしまったっていう」
初代龍……最初の金竜の、後悔。
地球という惑星に住む人類の一部をコピーして、この星に生み出してしまったことだろう。
行き場のない人間は魔人に弄ばれたり、帰る場所がないことを嘆きながら自死を選んだりした。
「だから自分が死んだ後も、自分の後を継ぐ者にその贖罪を引き継がせた。……だけど、それがそもそも間違いだった。無理があったんだよ」
「…………何を、言っている」
「あんたには、初代龍の全てが引き継がれてるわけじゃねぇ、ってことだ」
「……………………」
「人間に対する永遠の償いとして、人類を発展させ続けることを望んだ。だけど、あんたに引き継がれているのは……底なしの強迫観念と、義務感だけだ。俺には、そう見える」
「…………………………………………」
……そうか、そういうことだったのか。
エイリアでドールが宿った憑依体と会話した時に感じた違和感は、これだったんだ。
今、俺にもようやく理解できた。
「……金竜ドール。あんたの行動には、愛がねェんだ」
「……………………愛、だと?」
いや、なんか、口にしてて恥ずかしくてしょうがないけどさ。
「そうだ。……愛がねェから、部下を従える際にも人質を用いる。義務感だけで初代龍の目的を果たそうとしているから、簡単に小を犠牲にできる。サンスタード帝国っつゥ大を発展させることイコール人類の発展だと定義づけて、それ以外の国を捨て駒にしちまえる」
けど、そういうことだろ?
「だから、お前には誰も付いて行かないんだ」
「…………………………………………」
再び長い沈黙に入ったドール。
「あんただけが悪いわけじゃねぇ。一番どうしようもないのは、自分の責任から自殺って形で逃げおおせた、初代金竜だろうよ。あんたはそれに長い間縛られ続けてきた。……苦しめられてきた、って認識はあんた自身には無さそうだけどさ」
ダクトの口調には、同情するような響きがあった。
そういうのが一番心に来ると思うのは、俺だけじゃないはずだ。いたたまれねェ……。
「これ以上人類を発展させ続ける必要なんて無かったんだよ。これからは、魔人との融和の時代さ。何より、人類自体がもう、魔人に虐げられていた時代なんて覚えちゃいねぇんだからさ。上から眺めていたあんたら歴代の金竜だけが、ずっと思い違いをしちまってたんだよ。“あれだけ虐げられていた人類の悲しみは、何とか取り返してやらなければならない”ってな。でも、それは実際に虐げられていた人間たちが死に絶えた時点で、本来終わるべきものだったんだよ。だけど、初代金竜の贖罪の意識がそれを許さなかった」
ダクトは興が乗ってきたのか、左手の指を立ててクルクル手首を回すようにしながら言葉を続ける。もしかしたら、ずっと考え続けていたことがあって、それを金竜にぶつけることを夢見ていたのかもしれない。あまりにもイキイキしすぎているもんだから、そう感じた。
「どこまで行っても……どこまで行ったら終わりとか満足とか、きっとそういう指標もないんだろ? 際限なく人類を発展させて……何を目指すんだ。最終的に魔人が今よりもっと少なくなって、完全に絶滅したら満足するのか。さすがにそうなる前に、同情して魔人側に付く龍も出てくるんじゃねぇかって思うけどな……魔王ルヴェリスみてぇに。そうしたら、今度はまた人類と魔人の立場が逆転して、歴史が紡がれてくんだろう。元から強かったのが魔人だ。龍の恩恵に与れば、サンスタード帝国なんて目じゃねぇほどの強国がすぐに興って……数十年で人間なんて駆逐されちまうんじゃねぇか?」
「……やめろ!」
不愉快だというように、ドールが右手を地面に叩きつけた。
「わっ」「ッ」
足元が揺れる。転びかけたカーリーの腕を掴んで、引きとめた。
――だが、ダクトは怯まない。少しも乱れていない。
「魔王ルヴェリスは優しくて、甘すぎた。だから長らく人間と魔人は膠着状態を保ててたんだ。あの魔王が全ての才能を人類を滅ぼすことに当てていたら、今の状況は違っただろうよ」
「……そんな世界はあり得ない! “無形”がそのような暴挙に出ていれば、“災害”がただちに滅ぼしていたはずだ!」
災害ってのは……災害竜テンペストのことだな。たしかに、魔人融和派と見れば帝国人でも容赦なく滅ぼしてきたというテンペストであれば、場合によっては金竜ドールに味方する形になるか。
「まぁ、そういう龍同士のなんやかんやは俺もわかんねぇけど。過去の恨みも存在しない今の人類に味方し続けて、そんで滅びかけた魔人のために新たな龍が立ち上がったとしたら……正義はどこにある」
「……………………」
「今までの世界の歴史をぜーんぶ振り返って、人間の方が不幸か、魔人の方が不幸だったかなんて今さら議論しても仕方ねぇだろ? 過去のことはもう抜きにしようぜ。大事なのは今なんだから。……龍っていう超常の存在が、人間と魔人の関係に茶々を入れることが、もう時代錯誤なんだよ」
「時代、錯誤…………」
「そう。せっかく人間と魔人の立場が対等に近い今なんだ。そろそろこの世界は龍の手を離れて、人間と魔人だけで話し合う段階に来てるんだと、俺は思う。つまりはさ……言葉が悪くなっちまって、こればっかりは本当に申し訳ないと思うけど」
恐らく、次にくる言葉が、ダクトが一番言いたかったことになる。
「でも、龍の行動は……おせっかいなんだよ。あんたらが1000年前の悲しい出来事を引きずってるせいで、人間と魔人が今でも代理戦争をさせられてる。それが今の世の中なんだ。それだったら俺に任せてくれた方が、十年後にはぜってぇ世の中平和になってるぜ!」
言い切りやがった。だけど、その言葉を聞いて。
――胸が震えた。
ダクトなら本当にそれが出来るだろうと思えた。いや、さすがにこいつ一人で達成できるワケじゃない。俺も手伝うんだ。
俺たち全員で、成し遂げる。
「……天下統一でも目指すつもりか?」
首を半分こちらに向けて、ルノードがダクトに問う。
「天下統一ってのは?」
ダクトはその言葉の意味が分からず、問い返した。ちなみに、当然俺にも分からない。
「……全ての国を統合し、自分がそれを統べることだ」
「……いや、別に……俺自身が王になる必要はねぇな。こんな訛りの強い王とか……ねぇだろ?」
訛りのあたりで思わず失笑しそうになるが、なんとか堪えた。
「それに、違う種族の王を戴くのは国民の心情的にも難しいだろうし……少なくとも、人間側には人間の王、魔人側には魔人の王がいるのが丸いと思うけど。まぁ、その両方が俺の知り合いだったらやり易いのは確かだな」
「なるほど、な。龍の行動は時代錯誤……か。……実に響く、いい演説だった」
「あー…………ども」
面と向かって褒められるとさすがに照れるのか、ほんのりと頬を紅潮させたダクト。しかし、次の瞬間には戦闘が開始しても対応できるようにか、素早く首を振って意識を切り替えたようだ。
金竜に対するダクトの演説だが、それは同時にルノードにも当てはまる内容だった。己もまた同じようにアニマという種族を振り回してきた自覚があるのだろう、ルノードは悲し気な雰囲気を身に纏っていた。
……そうだな、本人がどれほど後悔しようと。俺が怒ろうと。どうやったってアニマが人類に憎まれ続ける運命は変わらない。
なら、それを嘆き続けるのか。ルノードの責任を糾弾し続ければ、俺の心が晴れるのか。そういうことじゃ、ないんだよな。
これからの未来を見据えないと。
……しかし、もう一人の過去に縛られ続ける者。
金竜ドールは、心穏やかではいられなくなったらしい。
「私の行動が……間違っていた? はじめから……? 初代龍がそもそも……だが、私は生まれた時から常に……初代龍……金竜……使命……約定……愛情……感情……肯定……否定……行動……継続……淘汰……復興……根絶……魔人……帝国……………………」
ギラギラと輝いた黄色い眼で、空間に存在する者たちを……いや、あれは俺達を見ていない。その向こうを……あるいは、何も映ってはいないのか。
呪詛を唱えるような声色で、ぶつぶつと何事かを呟きながら、最終的には天を仰いだ金竜ドール。
壊れたのか? なんて、冗談めかしたことを口にする気分にはなれなかった。
実際に何年生きたのかは分からないが、己の全てを否定された気分なんだろう。
一人の人間に過ぎない本代ダクトに正論を叩きつけられ、そしてそれに同類である炎竜ルノードが同意してしまった。
この場において自分が少数派であることを察し、この場では自分が間違っていて、悪であることを認識した。
その結果……心のバランスを崩してしまったんだ。
首を下げ、据わった目でダクトを射抜いたドール。そこに浮かぶ感情が何なのか、外野から判別することは難しい。
「…………本代ダクト。君のよウな人間がこの国には溢れてイるというなら、確かに私の行動は失敗だっタようダ」
いや、さすがにこんな化け物みたいな若者ばっかじゃねェと思うけど……ハイ、考え方の話でしたね。
そりゃァ、この国は帝国の割を食って捨て駒にされる立場の人間ばかりが暮らしているんだ。
そんな国の人間がドールとダクトの演説を聞けば、間違いなくダクト側に立つだろう。
この国に金竜ドールの味方はいない。サンスタード帝国の人間だったら支持してくれるかもしれないが……。
だけど、それも……どうなんだろうな。
この国が滅んで、じゃあ次の捨て駒には帝国人の一部を利用しようということになれば、帝国人ですらもドールに異を唱えるようになるんじゃないのか?
「――当初ノ予定通り、この国ノ全てを棄てることになっタとしても。私ハココで“劫火”を滅ぼす……!! 君たチ全員も巻き添えトなるガ、後悔はあるマいな!?」
ドールが今一度強く尻尾を叩きつけると、中央の黄金の泉から、一際大きな金鎧兵が現れる。
と同時に、地面が微動し続けている……まるで、この大陸に何かが起こっていることを想像させるような……気持ち悪い揺れだ。
「それで! 最終的には自分もろとも全てを生き埋めにしようってのか! それとも、お前だけは生きてここから出られる算段があるってか!?」
黄金の泉が立てる音に負けないよう、ダクトが声を張り上げていた。
「……そノ必要は無イさ。君タチ全員を殺シた後、私ハ儀式に入る。そレで……次代ノ金竜を任命しタら、私モ心置きなく死ねル。見繕ウ先はいくラでモあルサ……帝国ノ王族カラなラ……」
「なッ……!?」
愕然とする。こいつ、さっきのダクトの言葉が全然響いてない。いまだに同じことを繰り返すつもりだ。
自分が初代龍に掛けられた呪いを、次代の龍に引き継ごうとしている。
悲しみの連鎖を。
いや、初代龍に呪われているからこそ、どんな言葉を掛けられたとしても、この結末しか選べないのか。
次の龍も同じように……ドールと全く同じ生き方を選ぶんだろう。
そして、人類は同じように振り回され続けていく。
「ワタシヲ焚キツケタコトヲ後悔シテ逝ケッ! 本代ダクトォォォォォォォォオオオオオオオオ!!」
――なんて、悲しい生き物なんだ?
金竜ドールの行動が悪だとするなら、諸悪の根源とは初代龍だろう。しかし、原初の金竜はもうこの世には存在しない。ドールに呪いを掛けてしまった疎かな龍に責任を取らせることは、どうやってもできない。
純粋なんだ。金竜ドールは。例えるなら、もういない親の期待に応え続けようとするように、がむしゃらに走り続けた純粋な少年。親が金竜でなければ。彼が金竜でなければこんなことには……。
……左肩を、ダクトの右肘でつつかれたのか。
「――終わらせるぞ、レンドウ。初代龍から続く、呪いの連鎖を」
「…………あァ」
そうして、最後の戦いが始まった。
――初代龍によって造られた、悲しき人形との戦いが。
本当に悪いのは金竜ドールに呪いを掛けた毒親である、初代金竜なんだよ、という回でした。
(実際は初代龍とドールの間に何代かあるため、毒曾爺とかかも)