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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第13章 斜陽編 -在りし日の辛苦も追悼せよ緋色-
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第226話 レイス


 ◆ルノード◆



 竜門の間へと足を踏み入れると、足元でジュッという音がした。


 金竜の操る“創造する力(クラフトアークス)”……黄翼(おうよく)に浸されたような空間らしい。


 それが(おれ)を避けるように引いていこうとしたが、間に合わずに触れた部分が蒸発した。そういうことらしい。


 確実に、己の力の方が格上だ。解っていたことではあるが。



 ……ついに、この時がきた。



「ようやくご対面だな。金竜ドール」


「……………………」


 平坦であるのは外周部分のみ。すり鉢状の地形、その中央の大穴を塞ぐように並々と注がれた黄金の液体……その中に、金竜の竜体はあった。


 己の言葉に返答する様子はない。


 言葉など不要ということか。それには同意できる。


 ここまでやってきて、お前と殺し合わないはずがない。


 ……ドールが黄金の液体に竜体を浸しているのは、力を蓄える為か?


 恐らく、己の“蒼炎(そうえん)”に対する対策でもあるはずだ。


 あれに浸っている限り、奴を殺しきることは不可能と見るべきか……。


 まずは、あそこから引きずり出す必要がある。


 ……それに何より、ここは奴の竜門なのだ。何重にも罠が張り巡らされている可能性が高い。油断はできない。


 外周部の右手には白い魔人……レイスが立っていた。その後ろには磔にされた……アシュリーと……大生(おおぶ)、だったか。


「……はっ」


 そういうことか。思わず嘲笑が零れる。


「お前、この期に及んでまだ人質かよ。それしか能がないのか?」


 アドラスを従える為にピーアを憑依体にし。ヴァリアーの隊員をエイリアで戦わせ続けるために、民間人に避難をさせずに。


 やることなすこと全部、吐き気のする野郎だ。


「最後の壁とするには、随分と頼りなさげな奴だが……」


 そう言いながら、緋翼で造り上げた漆黒の左腕を白き魔人へと差し向ける。


 緊張の面持ちで冷や汗を垂らしながら、己へと集中しているレイス。


 武器も与えられず、この己に対して何が出来る……。そう思いながら、左腕を半ばから槍へと変換し、飛ばす。


 お前個人に恨みはない。だが、最低限無力化だけはさせてもらう。


 レンドウの記憶を見て、レイスという人物が何か得体のしれない力を持っていることは把握している。


 それでも、世界最強と言われた己の攻撃を防げるはずもないだろう。


 軽く放った槍に、レイスは反応できていなかった。


 何らかの行動を起こそうとした時には既に、レイスの右腕を槍が突き抜けていた。


 狙いは正確だった。レイスの右腕は切断されることなく、だらりと力なく垂れ下がった。


 これでいい。


 心さえ折れれば、殺す必要はない……。


「…………なに…………?」


 だが、おかしい。


 ――放った槍が戻って来ない。


 見れば、レイスの右腕がゆっくりと持ち上がり……背後から浮遊してきた白く輝く槍が、その拳に握られるところだった。


 …………己の緋翼が敗れ、取り込まれたとでも言うのか。


「はぁっ。ふぅっ…………」


 さすがに斬られた腕を治療したり、己の緋翼を取り込んだりすることに、何のエネルギーも消費しない訳ではないのだろう。


 酷く疲れたような声を漏らしたレイス。しかし、その目は闘志を失っていない。その槍を武器に、己と戦おうというのか。



 ――白き魔人、レイス。



 レイスの周囲だけ、避けるように黄翼が引いている。


 ドールもまた、黄翼を取り込まれることを懸念しているのか?


 金竜ドールの目から見ても、このレイスという少年は異常ということか。


 アルフレートの記憶を見た限りでは……数年前に副局長アドラスがどこかから招き入れた、素性不明の魔人。言葉にしてみれば、ただそれだけのプロフィールしか明らかになっていない。


「レイス。お前は……何者なんだ。一体何をルーツに持てば、己の緋翼を超えられる?」


 新しく緋翼の左腕を伸ばし、拳を閉じたり開いたりしながら問いかけた。


 レイスはおもむろに、小さく首を振る。殆ど動かしていないような幅だった。


「それは……分かりません。……あ、いえ、隠している訳ではないんです。誰に対しても……」


 その目は、嘘を吐いているようには見えない。どこまでもお人好しで、夢見がちな少年。俺が見たレンドウの記憶とも、アルフレートの記憶とも違わない。


 愚直すぎる人物にしか見えない。


「……僕には、記憶が無いんです。記憶を無くしてこの大陸を放浪していたところを……副局長に拾われました。それだけなんです。それ以前のことは、何も……」


 こうして問答を続けていることによるメリットは、恐らくあちら側にこそ大きいのだろう。


 今この瞬間もドールが力を蓄え続けているのだとすれば、己は敵に塩を送っていることになる。


 それでも、このレイスという魔人について少しでも引き出せる情報があるのなら、引き出しておくべきだと本能が言っていた。


「ただ……この力に関しては、放浪の旅をしていた時には無かったものです。元は……ちょっと他人より傷の治りが早いくらいで。去年、初めてレンドウと戦った時に……。彼の血が体内に入って、それからです。この白い力が使えるようになったのは」


 ……レンドウの血液が、体内に。


 つまり、レンドウに吸血されたということだろう。


 それによって緋翼に目覚めた、というのであればまだ話は解るが。


 才能さえあれば、吸血鬼やアニマの肉を食べた人間ですら力に目覚めることはある。


 だが何故、そのタイミングで()()()()()()()()()()()()


 そんな“創造する力”は見たことが無い。いや、そもそもそれは本当に…………。


「……理解はできないが、概要は分かった。説明に感謝する」


「いえ…………」


 己に礼を言われるとは思っていなかったのか、毒気を抜かれたように立ち尽くすレイス。


 こちらも思わず、ふっと笑みを浮かべてしまった。


「……それで、その己から奪った槍で、己と戦おうと言うんだな?」


 笑みをかき消して問うと、レイスは慌てて腰の位置を落とし、曲がりなりにも槍で戦う意思を示した。構えは武術の修練を窺わせるものではなかったが。


「は、はいっ……」


「ならば来い。……こちらから攻めても構わんがな」


 そうして一歩を踏み出すと、弾かれたようにレイスは駆け出した。


 身体の左側で、両手で抱えた槍を前方へと向けるレイス。だが、その構えでは己の眼前まで肉薄した後、ようやく一撃を放てるだけだ。


 ――それまでの対処はどうするつもりだ?


 背中から二枚の翼を生やし、先端をレイスへと向ける。そこからいくつもの緋翼の弾丸を放つ。


 優れた剣士であれば、それを打ち払いながら前進するだろう。


 だが、突撃槍であればそうもいくまい。それは本来、重装歩兵が担うべきものだ。


 レイスの肉体に、いくつもの風穴が空く。一応頭部は避けてやってはいるが、その他の部位に関しては容赦をしていない。


 ――槍兵の適性は低そうだな。


 そもそも魔人への戦闘訓練が禁止されていたヴァリアーにおいて、レイスが極められた武術など存在しないのかもしれない。


 不格好な突撃は、彼の戦闘経験の浅さを窺わせる。


 しかし、レイスの全身にできた傷から、白いもやがしゅうしゅうと立ち上り始める。


 小さな傷は一瞬で治癒され、そればかりか……奴の背中からも白い翼が広がり、前面を庇うように展開した。やはり、現象としては“創造する力”にしか見えない。


「…………まるで天使だな」


 天上で暮らしていた天使が、この世界に堕とされた姿だと。そう説明されれば信じてしまいそうな出で立ちではあるが。あいにく己は神にも天使にも会ったことが無ければ、その存在を疑問視している。


 所詮は人が造り上げた妄想だろう、神話なんてものは。


 魔法が存在し、ドラゴンが空を飛ぶ世界であっても、この目で見たこともない概念を妄信する気にはならない。


 きちんと紐解いてみれば、お前のその白い力にも発現した理由があり、そして無敵でもないはずだ。


 己の放つ緋翼をものともせず突っ込んできたレイス。いや、緋翼によって傷つけられ、それを回復するために白い力が湧き出る度に……奴の動きが加速している、ような。


 回避することは端から考えていなかった。


 目の前で白い翼が開かれ、己の胴へと突き出される槍。


 その先端を緋翼の左腕でがっしりと掴む。が、掴んだ瞬間から……俺の左腕がほどけて、ギュルギュルと槍に取り込まれるように消えていく。


 結局その勢いを一切殺せないまま、己の右の脇腹が抉られる結果となった。


 ――本当に、己の緋翼すらも凌駕しているらしいな。


 驚きだ。


 ……驚きはしたが、


「――最強の龍が、“創造する力”を封じられればそこで終わりだと思うのか……?」


 生身の肉体である右手で槍の中腹を掴む……いや、握りつぶした。


 底なしの筋力があれば“創造する力”すらも砕ける。知らなかっただろうな。仕方のないことだろうが。


 ……()()()()()()()()()()()()、レベル802(カンスト)のキャラが序盤のステージのモンスターを、本来なら効果が薄いはずの属性で叩き潰すようなものだ。この例えがレイスに通じるとも思えないので、口には出さないが。


 この世界には、戦闘に役立てられるいくつもの現象がある。その殆どは秘匿されており、人類が発見し、形にできているのはほんの一部に過ぎない。


 最近で言えば、人類が開発した兵器であるザツギシュもその一つだろう。


 いくらでも新たな力が生み出され、既存の常識を壊しうる……。


 そのことを教えてやろう。


 ――最強と言われた“創造する力”の使い手である己が、決してそれに胡坐をかいていた訳ではないということを。


「ぐがっ……」


 槍を砕いた右手で、そのままレイスの顎を打った。仰け反るレイスの背中から、己の顔目掛けて2枚の翼が振り下ろされる……故意なのか、自動攻撃機構なのか判別に困るそれを、己は竜化させた左腕で引き裂いた。


 あくまで人間としての身体のまま、部分的に竜化を成すこともできる。


 極めてしまえば、むしろこちらの方にもメリットがある。エネルギーの消費も少なければ、変身中に全身が無防備になることもない。


 今のように、金竜ドール本体にいつ攻撃されてもおかしくない状況であれば、部分的な竜化以外はできないとも言える。


 そして当然、竜化した部位での攻撃は、人間体でのそれとは比較にならない。


 直接当てた訳でなくとも、翼を両断された余波だけでレイスの身体は吹き飛んだ。その途中で再び翼が生え変わり、レイスは空中で制動し、地面に降り立つ。


 さすがにその大きさの翼で、無尽蔵に飛行することはできないか。身体に対しての翼の比率が小さすぎる。せいぜい滑空が良い所だろう。


 そのまま時間を置かず、レイスは己に向けて駆けだそうとした。両手に白い光を迸らせながら。


「あ…………え…………?」


 だが、突如として全身から力が抜けたかのように、その場に崩れるように膝をつく。


「これもまた、“創造する力”とは何の関係もない、俺だけの能力だ」


 レイスの周囲から温度を奪ったのだ。“蒼炎”を放つ前段階としての現象だが、これもまた攻撃として使える。


 殆ど全ての生物が、極端に温度を下げられた環境では行動不能に陥るためだ。


 その魔人にのみ使える、固有能力。本来魔法と定めるべきは、こういうものなのだろうと思う。


 魔法に、魔術に、“創造する力”。そしてそれ以外にもある尋常ならざる異能力たち。


 いつかそれぞれの研究が更に進めば、違和感のないカテゴリ分けが為されることもあるのかもしれない。


「言うなれば、これは……超能力(ちょうのうりょく)……の類なのかもな」


 “創造する力”とは別なベクトルで体力を消耗するため、何度も使えるものではない。


 エイリアを制圧し、氷竜アイルバトスを下すために力の大部分を消費し尽くしてしまったことは確かだ。


 だからこそ、今日はもうこの力を使う予定は無かった。


 レイスという、謎の力を行使する難敵が現れなければ……。


 この状況はある意味、ドールの目論見が上手くいったと言えるのかもしれない。奴がここまで想定していたかは定かでないが、己は更に力を削がれることになった。


 レイスはしばらくこのまま動けないだろう。


 お前は充分に頑張った。人質の安全のために、全力で己に相対した。誰もお前を責めはしないだろう。満足して寝ていろ。


 ……さて。今のうちに、さっさと終わらせてしまおう。


 辞世の句は考えたか? 詠む暇を与えるつもりはないがな。



 ――ようやく。ようやくだ。


「終わりだ、金竜ドール」


 竜化した左腕を掲げ、黄金の竜を指す。


 ようやく身じろぎする様子を見せたドール。現状までに蓄えた力で、いよいよ己と戦うつもりか。


 だが、それは無駄だ。


 お前がどんな風に動いたとしても、こちらはそれに先んじてお前を消滅させられる……回避など許さない。


「……………………あァッ…………?」


 ……おかしい。緋翼の出が悪い。


 体内には、まだこの一撃を放つための余力だけは残していたはずなのに、だ。


 思ったように、体外に緋翼を放出させることができなかった。


 ――レイスの能力か……!?


 あいつの力に脇腹を貫かれた結果、己は一時的に“創造する力”を上手く扱えなくなっている……?


 ……結果、黄金のプールに放たれた緋翼は先ほどレイスに差し向けた槍にすら劣るほど弱く、金色の竜はそれを容易く回避した。


 奥側の外周部に上がったドールは、4足歩行の体勢を取る。本来は2足歩行に適した骨格のようだが……なるほど。


 翼を展開しようとしたのだ。羽を持たない地竜といった出で立ちのドールだったが、黄翼で出来た翼を生成すると、ようやくその重い口を開く。


「……自らの勝利を疑っていないようだな、炎竜ルノード」


「あァ、そりゃァ……当たり前じゃねェか。何をどうやったら、お前ごときが己に勝てる……?」


「私の最後の壁は、レイスではなかった……ということだ」


 そのドールの言葉に呼応するように、背後で強烈な気配が湧き起こった。


 首を半分傾けると、一瞬にして竜門が開かれていた。


 そして、そこから流れ込む人物たち。



 ――レンドウ……………………。



 まず第一に強烈な気配を放っているのはレンドウだった。


 周囲にいる仲間たちも強者揃(つわものぞろ)いなのが分かる。先程も見た顔ぶれだ。


 だが、注目するべきはその状態か。


 全員が、古傷を含めて完治している。信じがたいが、考えられる可能性としては“全員をレンドウが治療した”しかあり得ないだろう。


 真なる力に覚醒しかけているのか。この己すらも超えている面があると見える。


 間違いない。


 ()()()()()()()()()



 ――あいつが龍になることを阻害している要員は、もはや一つだけ…………。



 一同が困惑している様子なのには疑問が残る。異質すぎる金竜の竜門の内部に驚いているのもあるかもしれないが……もしかすると、半強制的にここに入室させられたのか?


 見れば、開いた竜門の向こうで地面がせり上がり、門を入口を塞いでいく。無理やりに引き入れ、ここから逃げることも許さない訳か。


 だが。


 ……このレンドウ一派が自分の味方をするに違いないと、そう金竜ドールが確信する理由はなんだ?


 先頭で反射的に腕を広げ、仲間たちを庇うように立っているレンドウと、目が合う。


 その胸中を確認するために、己は再度レンドウの記憶を読む。


 直接目を合わせれば、己の創造物であるアニマの内面を(つまび)らかにすることは容易だ。己にも誇りがあるため、それを第三者に漏洩させようとは思わないが。


 己がこの戦争に勝つためにできることは、容赦なくさせてもらう。



 ――そして、己の指針は決まった。



 そうか、レンドウ。


 お前も覚悟はできているらしいな。


 悲壮な決意を浮かべた眼光に、少しだけ目を薄める。



 ――ならば己も、もう迷うまい。



 これが、最期の戦いだ。



 終わらせるぞ。



 全てを、終わらせる。



あけましておめでとうございます。


文中に「この例えがレイスに通じるとも思えないので、口には出さないが。」とありますが、読者の方にはどのゲームの話なのか伝わっているのでしょうか。


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