表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第13章 斜陽編 -在りし日の辛苦も追悼せよ緋色-
247/264

第224話 不死の魔王


 ◆ナージア◆



 金竜の支配から解放され、おれの……氷竜の憑依体となったピーアが、ふらふらと前に出る。


 おれは彼女から離れ、壁に背をつけた。確かに彼女はおれの憑依体となったが、それはおれが彼女を意のままに操るためじゃない。


 そう望まなければ、おれと彼女はこれから先、密接にかかわる必要すらない。本来、龍の憑依とはそういうものでしかないんだ。


 自分の血族だからといって、まるで外付けの手足のように、壊れることを気にせずに使い倒すなんて……狂ってるだろ。


 おれは絶対に、金竜ドールみたいにはならない。


「アド、ラス……兄、さん…………」


「よかった……ピーア……っ」


 兄である、ヴァリアー副局長アドラスに抱きとめられるピーアを見て、強くそう思った。


 ――この力は、他者の権利を侵害するためにあるわけじゃないんだ。


 きっと、もっと大きなことを成す為に使うべきものだ。


「……………………」


「……………………」


 目線を向けると、ルノードもまた視線を返してきた。お前に恨まれていることなど百も承知だと。目がそう語っている。


 ――長を殺した男。許せない。だけど、今は曲がりなりにも共闘するような形となった。


 ……いや、許す必要もないのかもしれない。


 長を殺した敵であり、レンドウやダクトの仲間である副局長アドラスを助けた人物でもある。


 それら全てを統合したものが炎竜ルノードだ。


 この世界に生きる生命の一つ一つが、一括りに善だの悪だのと固定されるものじゃない。


 勿論、何万人もの人間を殺めた炎竜は、大きく悪に傾いているのは間違いないのだろうけど……。


 おれ達は結局、炎竜ルノードには勝てなかった。勝てなかったが、奴の中にも迷いがあり、おれ達を殺したくない理由があった。


 だから、おれ達はそれに乗った。乗って、利益を得た。


 自分の中に渦巻く煮えたぎるような激情の中に、ひとかけらほど別種の感情を抱くことができたから。


 今、おれがルノードに攻撃する意味は、もうない。


本代(もとしろ)ダクト。己はこの扉の先へ行く。せっかく拾った命だ、仲間共々、せいぜい大切にするんだな」


「……あぁ。ありがとな、炎竜さん」


 恐らくは「ついて来るな」という意味であろう言葉を吐き、ルノードは漆黒に染め上げられた竜門へと、ずぶずぶとその身を埋めた。


 思えば、レンドウが炎竜の竜門を通る時も、似たような感じだった。


 正式な所有者以外……竜門を生成した本人以外が無理やり通る際は、“創造する力(クラフトアークス)”を消費して、すり抜けるように通るしかない……ってことか。


 所有者が触れれば、その扉は難なく開くんだと思う。魔王ルヴェリスが竜門を開けた時は、そうだった。いや、炎竜の竜門も、長は正規の手段で開けていたような気もするが。長もまた龍だったから? それとも今は、内部で金竜が力を行使しているからこそ、通常の手段では入れなくなっているのか。


 漆黒に染まっていた扉が、突如として黄金の光に飲み込まれた。かと思えば、光を失って沈黙する。


 扉の奥で、ルノードが移動したために緋翼の影響が消え、金竜が支配権を取り戻した……んだな。


 それをする理由があるかは別として、今のおれであれば、レンドウやルノードと同じように他者の竜門を強引に潜り抜けることもできるのだろうか。


 いや……この心もとない氷翼の残量では、竜門に流れる金竜の力に抗うことは難しいか。



「……長かった。随分と遠回りすることになってしまいましたが、これでようやく私は私らしさを発揮できる」


 妹を強く抱きしめたまま、アドラスは自らを鼓舞するように言った。


「計画、ね。じゃあ、妹共々金竜から解放された今、“魔王軍の一個師団をたった一人で壊滅させた”っつぅお前の、真の力を見せてもらえる訳か?」


 茶化すような口調で、しかし表情は真剣なダクトが問いかけると、アドラスは首を小さく横に振った。


「いえ、以前も言ったかもしれませんが、その話は誇張されています。さすがに一人で一個師団を壊滅させた訳ではありません。それはニルドリルの力添えがあったからこそで……」


「……なんでここでニルドリルの名前が出るんだ? まさか……いや……古い知り合いなんだっけか」


 ダクトは左手を顎に当て、一瞬厳しい視線をアドラスへと向けた後、すぐに険をなくした。


「すみません、話を脱線させてしまって。その話は全てが終わった後にしましょう。まずは今日、この戦いをどう終わらせるかです」


 ……この戦いを、どう終わらせるか?


 その言い方は、まるで。今日、まだおれ達にはやることがある。できることがある。そういう風に聴こえるが。


 おれ達では炎竜には勝てないと分かったのに。そして、少なからず炎竜に対して感謝の念を抱いているはずなのに。


 副局長アドラスの思考は今、どこにある。


 ダクトは薄ら寒いという風に身を震わせた。


「……アドラス、お前……」


「なんでしょう?」


 おれもそうだった。形容しがたい悪寒に身体が震える。数分前には妹の無事を喜び、深く感謝していたはずだ。しかし、今は既に、恩義を感じていたはずの炎竜を殺す方法を、真剣に模索している……のか。


 その切り替えの早さは、少し怖い。ともすれば、唐突におれを敵だと認定したアドラスが、その瞬間におれに刃を突き立てる未来もあるのかもしれない、と。そんなことを考えてしまうから。


 しかし、恩義を抜きにすれば、やはり人類全体にとっては依然として脅威であり続ける炎竜を滅ぼす方法を模索できるということは、間違いなく冷静だ。それはあまりにも冷静過ぎて、不気味さが際立つんだけどさ。


 炎竜ルノードがおれ達を見逃したがった理由は「アルフレートやレンドウの親しい人物だから」であり、世界中の人間たちの命を尊ぶような人格者じゃない。そうしたいかどうかは別にしても、この先の世界の為に、奴を殺せる方法があるなら……。


「いや。もしかして、金竜と炎竜を共倒れさせる……なんてことを考えてるんじゃないかと思ってな」


「……ええ、それも考えの一つとしては既にあります。貴方は好みではありませんか?」


「パッと聞いただけだと……お前自身が金竜に深い恨みを抱いているせいで、世界を守るついでに金竜も殺したがってるっつぅ印象なんだが」


「……それは間違っていない、かもしれませんね」


「だけどよ。その場合、人類の未来はどうなるんだ。金竜の生み出すエネルギーがなければ、ヴァリアーも……いやヴァリアーだけじゃない。帝国の発展を支えてるエネルギーの大部分も失われるんじゃねぇのか?」


 おれは人間界に詳しくない。特に、仲間内でも足を踏み入れたことがある者は少ないというサンスタード帝国については、あまりにも無知だ。


 ダクトも自分の目で直接帝国を見たことは無いはずだが……彼の知識量なら、知ったかぶりと侮る気は起きない。


「…………」


「勘違いしないで欲しいんだが、俺ぁ別に帝国贔屓って訳じゃねぇ。ただ、金竜を失った場合、これが終わった後に帝国がどうに動くかってことだ……」


「……帝国による魔人への報復や、ヴァリアーへの処罰を懸念されているのですか」


「そう、だな」


「私は……最悪の場合、ヴァリアーも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えています。この場所で手に入れた仲間たちとであれば、私はどこの国に拠点を移しても活動できる」


「そもそも金竜の影響を受けていない国に移行するって訳か」


「不服ですか? ……あなたには、本代家を再興させるという目的があるから?」


「それは間違いなく、あるな。俺は出来るだけ帝国と事を構えず、順当に本代家の名声を高めていきたい……」


 可能であれば、炎竜を倒した方がいいことは理解している。


 金竜を上手く利用すれば、共倒れを狙うこともできるかもしれない。


 しかし、金竜がいなくなれば、ダクトの望む未来を掴むことは難しいかもしれない……。


「それは今しなきゃいけない話なのか?」と言いたい気持ちはあった。今だって、竜門の奥で何が起きているのか分からない。今にも炎竜が金竜の本体に止めを刺すところかもしれない。


 だけど、おれよりも遥かに優秀な頭脳を持った二人が、意見を突き合わせているのだ。邪魔ができるはずもない。


 人類のあるべき未来を決定するのは、氷竜であるおれじゃない……。


 ――と、その時だった。



「――まァまァ、お二人さん。人類の未来についてお悩み遊ばしてるところ申し訳ねェんだけどさァ……」


 その声に、ダクトとアドラスは弾かれたように顔を向けていた。アドラスの腕の中でもがき、顔を出したピーアもまた。


 地下30階に新たに現れた人物を見て、瞠目した。


「レンドウ」


「レンドウ、君…………!」


「噂のレンドウ…………」


 …………噂のレンドウってなに? と、ピーアの発言に対して疑問を抱いたのはおれだけなのだろうか。


 だが、それよりも大きな驚きのせいで、そんなことはすぐに脳内から吹き飛んだ。


 レンドウの後ろに、次々と階段から姿を現す人影があり。


 ――この戦場において、それがどれだけおかしい光景かって……。


 レンドウを含め、そこにいる全員が五体満足である。


 ついに両方のウサギ耳を失ったはずのカーリーは、おれが見たこともない姿になっていた。


 2つのウサギ耳が、天を突くように伸びている。


「はぁっ……!?」


 聡明なダクトは、俺よりも早く、より深い驚愕に見舞われていたのだろう。


 右腕を失ったはずのジェットも。


 左腕と左足を欠損したはずの貫太も。


 右の眼球を抉り取られたはずのレイネ姉さんも。


 ――全員が、正常に生まれ育った場合の姿で、そこにいた。


 なん、で……こんな、ことが?


 カーリーに至っては、左のウサギ耳が失われたのは半年以上前……なんだろ?


 どうやって、今更それを回復させられる。


 ……いや、最高位の吸血鬼であるフェリス・アウルム。かつてその力を取り込んだニルドリルは、己の古傷すらも消し去ってみせた。


 だとすれば、同じく治癒能力に秀でたアニマの、間違いなく最上位であると思われる今のレンドウにもまた、古傷をも治す力があってもおかしくはない……のか?


 それでも……()()()()()()!?


 自分の自然治癒力を促進するのとは訳が違う。例え欠損した部位が遥か昔に失われているとしても、その断面から新しく生やすことができるのだとすれば……それは反則だ。


 ()()()()()()()()()()()。誰もがレンドウを求め、対価としてあらゆるものを差し出そうとしてもおかしくはない。


 いや、そればかりか。レンドウ自身がどんな傷をもたちどころに癒してしまう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それに思い立ったからこそ、仲間たちが傷一つない状況を目にしても、おれ達は素直に喜びを露わにできないでいた。


「おいおいレンドウ。お前、ついに人間やめちまったみてぇだな……?」


「いや元々人間じゃねェーよ」


 恐る恐るといった風に絞り出されたダクトの言葉に、茶化したように返したレンドウ。


 レンドウの後ろに並んだ仲間たち。


 レイネ姉さん、カーリー、クラウディオ、ジェット、神明守(じんめいまもる)宝竜貫太(ほうりゅうかんた)、サイバ。


 彼女らは全員、レンドウを恐れる様子もなく付き従っていた。


 別に、治療を条件に隷属させられた訳でもないだろう。


 ……信じているんだ。レンドウが100%の善意で自分たちを回復させたと。


 信じているんだ。レンドウなら、悪の魔王にもなれるだけの力を手に入れても、世界を滅ぼそうとするはずがないと。


 ……そうだ、そうだよな。おれは何に怯えていたんだろう。


 万感を込めた言葉を紡ぎ、気丈に振る舞える、どこまでも人間のできた戦友に。


 震えの止まった口を開く。


「――最初に、何か言いかけてなかったか……レンドウ?」


「あァ、そうだったな。言い合いになってた二人には申し訳ねェんだけどさ」


 そうして、レンドウの口から出た言葉に、おれたちは再び呆気にとられることになる。


「俺がいれば、あの竜門も無理やり通れる。とりあえず中の状況を見て、臨機応変に対応を決めようぜ? んでまァ、俺達が来たからには、どういう選択をするにしても多数決でこっちが勝つことになるワケだが。……言っとくけど、俺が連れてる全員、俺と同じ意見を選ぶからな」


 ……………………え?


 何その勝手。


 余りにもガキ大将じみた物言いに、呆れた視線を向ける。


 が、しかし。レンドウの後ろにいる仲間たちは呆れていたり、信頼しきった顔だったり……思い思いの表情を浮かべながらも、一人残らず頷いていた。


「くくっ……僕は大分変な頭領に鞍替えしてしまったみたいだね」とは、サイバの(げん)だ。


 …………アレ?


 ――もしかしてほんとに全員レンドウ派閥?



 …………おれ、乗り遅れてる?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ