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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第13章 斜陽編 -在りし日の辛苦も追悼せよ緋色-
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第222話 炎竜ルノード……!!


 ◆クラウディオ◆



 死地と化したヴァリアー基地の地下3階。


 アミカゼ・アサグラ姉妹を筆頭としたアニマ達との戦いを潜り抜け、仲間たちは一時(いっとき)の休息を手に入れていた。


 勿論、すぐにでも次の行動に移るべきではある。だが、あまりにも深く傷ついている者が多かった。


 思考を巡らせ、他の仲間の傷の手当てに回れていた俺はまだ軽傷な方だ。尤も、アミカゼとの戦いで全ての黒翼を吐き出してしまったため、俺が他人に施せる治療はせいぜい布を巻いてやるくらいだが。


 入口……というか地下2階への上り階段の入り口脇には、ダクトが控え、警戒を続けている。


 そこから見て左側の壁には、カーリー、ジェット、それから宝竜貫太(ほうりゅうかんた)という名前らしい少年の3人が寄りかかった形になっている。


 (みな)一応意識を取り戻してはいるが、移動できる状態じゃない。最悪、他の者が運んでやる必要がある。


 一か所に集められた3人を包むように両手を伸ばし、レイネが氷翼を薄く散布している。気休め程度にではあるが、“創造する力(クラフトアークス)”を持たない者に対しても、傷口を塞ぎ、自然治癒を促進する程度の働きはできるらしい。


 しかし、やはり回復に関してはアニマが操る緋翼と、次点で吸血鬼が操る黒翼が圧倒的だ。


 レンドウが言うには、「レイスの操る謎の白い力の方が、俺よりもずっと凄い回復力だ」ということらしいが……今ここにいない者に期待する訳にもいかない。


「あり……がとう、ございま……す……レイネ、さん…………」


「カーリーちゃん、大丈夫だから、喋らなくても。……辛いでしょう」


 右のウサギ耳までを失い、両腕があらぬ方向へと曲がっているカーリー。


 右腕が肩口から吹き飛ばされ、胴体も穴だらけにされたジェット。


 左腕と左足を根元から失っている宝竜貫太。


 怪我の度合いとしては全員とんでもない重傷だが、ただの人間であるはずの宝竜貫太が現時点まで命を繋いでいられたことには疑問しかない。


 本当はただの人間じゃないのか? それとも……。


 その3人を治療しているレイネ自身も痛々しい有り様だった。服装が血塗れなのは誰もがそうだが、左右の髪の毛がごっそりと削り取られ、何より右目を抉り取られている。深い傷口は氷の力で無理やりに止血したようだが、あの状態でよく他人を治療する側に回れるものだ……。


 レンドウがここに来てくれれば、全員が動けるようになるまでに必要な時間が大きく短縮できるはずだが……。


 壁から離れ、中央に近い床にはサイバが倒れている。先程からナージアが氷翼を放出し、“創造する力”に戻してやることで自己再生を促している。


 壁際に連れてきてしまうと、“創造する力”がサイバではなく、レイネに優先して取り込まれてしまう可能性が高い。それ故に、離れた場所で治療を継続しているのだ。


「……残念ながら、僕たちの他に生きている隊員はいないみたいです」


 大きな怪我を負っていなかった神明守(じんめいまもる)というらしい少年が、転がっていた人間たちの様子を確認して回っていた。


 その悲しい報告に頷き返し、俺は刀剣類を両手に抱えて壁際へと向かい、転がしていく。


 床に散乱していた隊員やアニマたちの武器が、先ほどはアミカゼによって利用されてしまっていた。これから先ここが再び戦場になるかは分からないが、とりあえずの措置として各階への入り口から離しておくべきだと思った。


 ふと、宝竜貫太の横に転がっている黒い腕輪に目を止める。武器ではないし、別に拾い上げるつもりもないが……。


 根元から失われた左腕についていたのなら、腕と共に消失していそうなものだ。右腕に装着していたのが剥がれたのだろうか。


 そう思っていると、「あ……それには、触らないでください、みなさん……」と、宝竜貫太が辛そうに呻いた。


「ああ、勝手に触るつもりは無いから安心してほしい」


「よかった……。それ、は、伝説の三大ザツギシュの一つ……ヘルっていう、らしくて……。適性を持つ者が触れると憑りついて、剥がれなくなっちゃうんスよ……」


 ……伝説の三大ザツギシュと言われてもいまいち理解が及ばない。


 いや、しかし。ザツギシュ。確か、学徒の国エクリプスの地下街で人間によって開発された、危険極まりない魔道具という話だっただろうか。


 確かに、それを使ってアサグラと渡り合ったというのであれば、このヘルというザツギシュが秘める力が相当なものであることは確かなのだろう。


 どうやら力の行使には代償があるようだが、仮にそれらが量産され、裏の組織に属する人間たちが当たり前に装備するようになれば、また新たな火種になりかねないな……。


 まぁ、今は置いておくとしよう。


 少しは体内で新たな黒翼が生成されてきた感覚がある。ナージアに代わり、俺が黒翼でサイバを治療してやった方が効率がいいだろう……と、振り返ったところだった。



 ――それがこの空間に現れた時、誰もが死を覚悟した。



 壁際で痛みに喘いでいた者も、入り口で警戒に当たっていたダクトも、そこに背を向け、サイバに向き合っていたナージアも。


 誰もが唐突に、熱に突き刺されたような感覚を抱いたのだろう。


 だが、どうして。


 なんでここまで接近されるまで、誰もその気配に気づけなかったんだ。


 いや……恐らく、答えはとても単純だ。いかに汎用的な幻惑の魔術であっても、龍が使えば一流の幻術足り得る……そういうこと、なんだろう。


 ――炎竜……ルノード……!!


 状況を理解しても、両足は床に溶接されたように動かない。


 硬直した身体で意識を強く持ち、視線だけを入口へとなんとか向ける。


 ルノードは悠々と、ダクトの脇を通ってこの階へ足を踏み入れたところだった。


 ダクトも動けないんだろう。あいつの場合、俺のように本能のようなものにより動けなくなっているのか、動けば殺されると理解しているために意識して動かずにいるのかは判断がつかないが。


 巨大な死が横を通り抜けたのだ。さすがのダクトも滝のような汗を流していた。


 ――レンドウにそっくりだ。同じ顔と言ってもいい。


 緋翼で編んだような漆黒のローブ。左の肩口から腕が千切れているのは、氷竜アイルバトスとの戦いで負った傷によるものか。出血はしていない。


 長すぎる黒髪をたなびかせ、鋭い眼光でフロア中を睥睨しながら、中央へとゆっくりと歩を進めていく。


 ――誰も、何一つ声を上げることができない。


 残った右手には何も握っていないが、だからどうしたというのだ。


 奴がその気になれば、この部屋の全員を瞬く間に無に帰すだけの漆黒の槍を生成できるだろう。


 いや、もしかすると、槍を生成する必要すらないのかもしれない。


 奴にその意思さえあれば、直接触れずとも、殺気の類だけで俺たち全員の命を奪える。そう言われれば、信じてしまうだけのオーラがあった。


 俺の前も通り抜け、炎竜ルノードが向かう先には……仰向けに寝かされたサイバと、ルノードに背を向ける形でサイバに向かっているナージア。


「う……う……ァ…………」


 硬直した身体を叱咤しているのか。


 握りしめた両拳をぶるぶると震わせたナージアの口から、意味を成さない音が漏れ出た。


 やめろ、ナージア。やめておけ。


 そう言いたかったが、俺の口は動かないままで。


 弾かれたようにナージアの身体が横に飛ぶ。地面を蹴ったのか。


「ガァァアアァァァァアアアアアアアア――――ッ!!」


 床を滑りながら反転し、頭上に氷で出来た剣を5つ浮かべたナージア。咆哮と共にルノードへと駆けだす。その両腕にもまた、二振りの氷剣が生成されていく。


「――やめろナージアッ!!」


「――お前が長をォォォォオオ――――――――ッ!!」


 口が動くようになったのか、ダクトの制止の叫び。しかし、それを受けて止まれるほど、ナージアの精神は正常じゃない。


 シンを殺された怒りが、ナージアを支配していた。


「……………………」


 ルノードは何も言わなかった。ただ、右の掌を前へと向けただけだった。


 ごうっ、という音が耳を撫でる。同時に仄かな熱が頬に吹き付けた。ナージアが浮かべていた5本の氷剣、そして両手に握っていた氷剣が形を失って消えていた。


「うあああああああああああ――ッ」


 それでも止まらず、自棄になったように特攻を仕掛けるナージア。振り上げられた右の拳をルノードの右手が掴む。


 ナージアの身体はふわりと宙を舞い、背中から床へと叩きつけられる。そして、流れるようにルノードは右足をナージアの腹に乗せた。それだけで、ナージアは一切動けなくなったようだった。


 関節を決められている訳ではない。龍が操る緋翼によって拘束されているのか……? ここからじゃ詳しいことは分からない。ナージアの頭が冷えたのか、それともルノードが何かをしているのか。


 だが、ナージアの目から悔し涙が流れているのを見るに、あいつの意思で動きを止めた訳ではないように見える……。


 ルノードは右手で握っていたナージアの右腕を離した。右足一本で抑えつけた形となっているナージアに興味を無くしたかのように、地下4階へ繋がる扉を見る……いや、違う。倒れているサイバを見たのか。


 その表情に戸惑いのようなものが浮かんだような気がした。だが、それは一瞬で消失した。


 千切れたルノードの左肩から緋翼が触手のように伸び、サイバを包んだ。


 それは僅か数秒で解けるように拡散する。その中から、跳ね起きるように上半身を持ち上げたサイバが現れた。


 驚愕に見開かれたサイバの瞳が周囲を見渡し、俺で止まる。


 ――どういう状況だ。今、自分は何をするべきだ。何ができる。


 そう問いたいのだろうか。だが、それは俺が誰かに問いたいくらいだった。


 俺もダクトも動けない。意味のある言葉を喋れない。行動を起こせば殺されるかもしれない。そもそも身体が縫い止められたように動かない。


「……サイバ。ここで何があった。お前はさっきまで、この氷竜に治療を受けていたように見えたが」


 恐怖でこの場を完全に支配した炎竜によって行動を許されたのは、配下であったサイバだけだった。


 ルノードへと向けた視線を揺らし、一瞬だけこちらに戻したサイバ。


 ……俺の判断を仰ぐ必要は無い。お前はお前の選択をしろ。


 本当のことを言ってもいい。保身に走ったとしても、俺はお前を責めようとは思わない。


 誰も動けなくなるほどの力を持つ龍に対しおもねったところで、誰がお前を責めようか。


「…………僕は…………」


 サイバは端正な顔を大きく歪め、それから左右に振ったあと、おもむろに口を開いていく。


「――――劫火様。僕はあなたから離反し、彼らと共にアミカゼと戦いました。アサグラを初めとしたここに潜入したアニマは全滅したと思われます。アミカゼは……逃亡したようです。僕がこちらに付いたことをクラウディオが証言してくれたため、治療を受けていたのだと思います」


 サイバは、様付けで呼んだ相手を挑戦的な視線で睨みながら、真実を告げた。


「……そうか」


「恐れながら、劫火様。あなたの目的は金竜ドールの命なはず。身勝手は承知な上で、お願い申し上げます。この場にいる者たちを、見逃してもらうことはできないでしょうか……?」


 発言が許されている身分をいいことに、サイバは矢継ぎ早に言葉を紡いだ。やめろ。お前が身を犠牲にする必要は無い。そんなことを言えば、ルノードがお前に対してどれほどの怒りをぶつけるか……。


「…………」


「――――この場にはこの世界でもトップレベルの戦士たちが揃っており、新たな龍となった氷竜もいます。劫火様も、金竜との戦いが控えている状態で、無駄にその身を傷つけることは避けたいのでは……」


 やめろサイバ。それは交渉にもなっていない。ルノードに対抗するもう一人の龍だと。それは今、等のルノード本人が足蹴にしているだろうが。


 この場の全員が死力を尽くしたとしても、何も実を結ばない。俺たち全員を殺すことで、ルノードは殆ど何も消耗しない。それが分からないお前じゃないはずだ。


「お願いします……劫火様。あなたの中にまだ情が残っているのであれば、どうか……!!」


 サイバは床に頭を擦りつけてまで嘆願した。


 なぜお前が、そこまでプライドを捨てる必要がある。この場でお前が守ろうとしている面々に、同族はいないというのに。


 だが、その様子を見ていると、胸が熱くなり、いつしか頬を水滴が伝っていたことに気付く。


「……………………」


 それでも、どれだけ考えても、ルノードが俺達を見逃す理由はない。


 今一度周囲を見渡し、最後に足元で自分を睨み続けるナージアを見つめたルノード。


「そうか」と。


 そんな音を最後に、ルノードの姿はナージアの上から消えていた。


 もうこの場所には用が無いというように。床に頭を擦りつけていたサイバの横を通り過ぎ、地下4階へと続く扉へと歩いていく。


「は…………?」


 ……口が動く。声を出すことができる。


「俺は……生きている……?」


 ナージアの拘束を解いて歩き出したルノードの動きは、決して早くはなかった。むしろ、ゆっくりとしたものだった。


 それでも、その状況を理解するのが遅れた。だから、一瞬で移動したように感じていたのか。


 レイネが、守が、へなへなと崩れ落ちるように膝をついていた。


 ナージアは飛び跳ねるように起き上がり、地面に右手を突いた状態でルノードの背中を睨みつけている。だが、今すぐに飛び掛かる様子は見せない。


 ――助かった……のか?


 見逃された?


 なぜ。


 サイバが頭を上げ、涙を流しながら後ろを振り返っていた。


 だが、状況は止まらない。


 俺の混乱した脳が正常に動作し始めるより早く、ルノードの後ろに追い縋る影があった。


「――なぁ、待ってくれよ。炎竜ルノードさんよ」


 ぎょっとして目を剥く一同。理由は分からないが、そこに存在するだけで自分が動けなくさせられてしまうような脅威。


 それが自分から立ち去ってくれようとしているところで、呼び止めるだと?


 自分の命が惜しいと思わないのか。


「俺には分かる気がするぜ。どうしてあんたが俺達を見逃そうと思えたのか」


 炎竜ルノードは振り返らない。ただ、その場で足を止めた。


「……ほう? (おれ)を理解したと? 言ってみるといい、本代ダクト」


「聞いて損は無い話があるぜ。提案だ」


 部屋中の視線を集めた状態で、本代ダクトは滝のような汗を流したまま、にやりと笑んだ。



「――あんたの行く先に、俺を同行させてくれよ。……絶対に損はさせねぇから、さ」



 ……ダクト、お前は一体、何に気付いたんだ。


 何を…………考えている…………?



ダクト君……?

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