第219話 親子
◆ルノード◆
――レヴァンとのリンクが切れた。
いや、完全に切れたとはまた違うのか。しかし、向こうの意思で妨害されている。
それは彼が己を裏切ったため……でないことは理解している。
あいつは己に背を向ける選択肢を選べない。あいつに他の道を用意してやれなかったことが、そもそも己の最大の過ちなのだから……。
エイリア中でぶつかり合う“創造する力”の気配・流れを読むことで、状況は掴めた。
……大方、レンドウを前に気が立ってしまったのだろう。
兄、先輩、別人格……相応しい言葉が中々見つからないレヴァンとレンドウの関係ではあるが、少なくともレヴァンがレンドウに対して好感情を持っていないことは確かだ。
もっとも、己も今となってはお前がレンドウを害そうとすることを止めはしない。
――好きにするといい。全てはなるようになる……。
己がどちらを選ぶのか、それを決めるのはレヴァン、お前かもしれない。
思考が散らかっていたせいで、眼前の人物からの斬撃をもろに貰ってしまった。
綺麗に切断される左足。だが、それがズレるより前に、即座に繋げる。
傷は癒せばいい、と言える状況でもない。この後に金竜本体との決戦が控えている。今は少しでも体力と“創造する力”を温存しておきたい。
……のだが、眼前の人物は中々どうして、簡単には切り崩せない。
腰に2本下げた長剣のうち、一本だけを振るっている男。それは男の真髄が二刀流にあるということではなく、単純に予備の武器なのだろう。この局面で手加減などしてこようはずもない。
相手はヴァリアー七全議会の一人。ヴァリアーを留守にしていることの多い人物で、七全議会を欠席しがちだったために、アルフレートとの面識も殆どない。
それ故に、この男に対しての知識を己も持たない。
だが、名前くらいは知っている。
コードネーム≪エース≫。
本名、マティアス・ファン・デル・ベイル。
名前にデルと入っている通り、工業国家として名高いデルの一族に連なるものなのだろう。
筋骨隆々とした体躯に、燃えるような赤毛を持つ男だ。年齢は30台後半あたりか。
この時代の人間としては、もうすぐ剣を降ろし、死を待つ年齢のはずだが……この男は、年齢という数字を感じさせないほどの活力に満ちている。
確か、ヴァリアーでは1番隊のA隊員を務めていたはず。
4番隊よりも若い数字の隊に所属する者たちは特に激務に追われており、大陸中に散って任務に当たっているのが殆どだというが……なぜ、このタイミングでこの男がヴァリアーに戻ってきていたのか。
理由は単純だ。その金色に光り輝く左目をみれば分かる。
「ドォォォォル。せっかくこれまで集め、鍛え育ててきた人材が己に摘まれていくのを見ているのも辛かろう。そろそろ直接やり合おうじゃねェか、なァ……?」
問いかけながら、緋翼を纏わせた貫手を放つ。
対敵から返事はない。金竜ドールはさぞご立腹なのか、己と対話するつもりは無いらしい。
いや、全ての意識がドールに乗っ取られている訳ではないのか。そうだとすれば、きっとこの剣豪はもっと弱体化していたはずだ。
金竜ドール自体に戦闘の才はないのだから。
金色の左目から推察するに、ドールはその目を通してこちらを見ているに留まる。相手がマティアス本人だからこそ、己はこうも殺害に手間取っている……。
――いや……己が鈍っているだけ、か。
金竜ドールに憑依され、恐らくは大切な何かを人質に取られている男。
望まぬ王に使え、使役される日々。それはまるで、己とアニマ達の関係に近い。
己もお前も、この世界に存在するべきではなかったのかもしれないな、ドール……。
そんなことばかりが脳裏を離れないせいで、攻撃が鈍り、俺はマティアスを殺しきれないでいる。
「――グアァァァァァァァァッ!!」
咆哮し、気合いを入れ直す。根元から失った左腕を再度生やすことはできる。
だが、それを自然治癒しようと無限に沸き上がる緋翼を、己は攻撃に転用している。
自傷することで“創造する力”の流れを掴み、発現の感覚を掴む。まるで教育段階の子供が通るプロセスをなぞる様に、一人の龍が行動している。実に滑稽だ。
だが、この日はそうでもしなければ。全てを使わなければ乗り切れない。
氷竜アイルバトスに、金竜ドール。2体の龍をこの手で下そうというのだから。
――街中の憑依体を殺し尽くす為に放っていた黒槍たちが、壁の穴から戻ってきた。
そして、新たに左の肩口から伸び、千切れ、宙に追加される黒槍。
それらの蹂躙を受け、廊下の壁が、そしてマティアスの全身が抉り取られていく。
最期の時は近い。荒い息をつくマティアス。
――取った……。
左の肩口から緋翼の腕を生やし、剣戟の合間を縫うように伸ばす。
「ごっ……」
それがマティアスの胸を貫き、心臓を潰し、完全に絶命させた。
だが、奴の中に潜むドールは別だ。
後ろ向きに倒れながらも左手を持ち上げ、己に向けている。
死人の身体を操って、何をするつもりだ。もうその身体には未来が無いと悟り、自爆行動でも起こす気か。させるか。
マティアスという男の身体を完全にこの世から消失させるべく、己は左側を前にするように身体を傾け、全力で緋翼の洪水を……放った。
「――――父さんっ!!」
――その少年の言葉が、聴こえなかった訳じゃない。
だが、断行した。
廊下が漆黒に染まり、その波が引いた後、そこに生命体は残っていなかった。
全て己の緋翼が食った。
「ハァッ……ハァッ……」
己は全てを見ていた。マティアスを父と呼び、彼を庇うように部屋から飛び出してきた少年の姿を。
何故技を止めなかった。――止めていれば、己がドールに攻撃される場面だったからだ。己は何も間違っていない。
ユストゥス・ファン・デル・ベイル。
それが、今俺が殺した少年の名前。
アルフレートの記憶で見たことがある。七全議会に参加していた、≪ジュニア≫と名乗っていた少年だった。
何故あの男を庇った。今地面に倒れるところだった男は、最早お前の父親では無かった。
既に絶命していたのだ。あの身体を無理やり動かしていたのはドールだ。
お前にあの父親の振りをしていた金竜を護る道理は無かったのだ。
何故、それに気づけない。才能の無いガキが。
お前が……お前ごときが身の程を知らずに割って入るから――、
「――すまない、少年…………っ」
思わずそう呟いてしまってから、ハッとする。普段の己であれば、このような言葉が漏れるはずがない。
……弱っている。そうだ、己は弱っている。
――数多の人間の命を奪い、てっきりもう慣れてしまったものだと思っていた。
だが、違う。こうして顔の見える距離で善人を殺せば、己の魂はまだ、引き裂かれる程度には脆かった。
「ぐ、ぐううううううううァ…………」
もしこの状況がドールの用意したものであるのだとすれば、最早感服するしかない。
奴は全てを利用する覚悟を決めている。
このエイリアという街に住む全ての人間を犠牲にしてでも今日を乗り切り、己を殺すつもりでいる。
そうやって今まで通り帝国を発展させるために活動し続けていくことが、本気で人類のためになると信じている。
個よりも全を生かすドールのやり方が正しいのだろう、恐らくは。奴はどこまでも合理的だ。
それに比べて、己はどうだ。
レンドウを後継者に指名する決断を下せず。代わりにと生み出したレヴァンからもまた、全ての感情を奪えず。
自分勝手に行動し、大量の人間を虐殺し、世界から疎まれた。
終いには配下にすら愛想をつかされ、行動指針を彼らに委ねる始末。
そうして俺は今、血塗れで心身ともに摩耗している。
――ああ、なんだか。
――もう疲れたな。
全てを投げ出したい衝動に駆られる。だが、それはできない。
これは己が始めてしまった戦いだからだ。ゲンジが俺の代わりに命を散らしたその時から、己に後退は無い。
氷竜アイルバトスに炎竜ルノードが勝つなど、本来起こり得ないことのはずなのだ。
それを成したゲンジを英雄にするために、己は止まる訳にはいかない。
――後はお前だけだ。首を洗って待っていろ…………。
遥か下方、地下深くに隠れるドールの気配を確かに捉え、血がにじむほどに拳を握りしめた。
金竜ドールを殺す。そして時代を変える。
それを成せば、己という怪物が生まれたことにも何か意味があったのだと。
……きっと、そう思えるはずだ。
ほぼ新キャラと言っても過言ではないマティアスとユストゥスが死亡。劫火様も心身ともに限界が近づいている様子。ユストゥスは≪ジュニア≫として「番外編1 デルからの使者」に登場していました。
また、地味に「工業国家デル」はデルという苗字を持つ者たちが興した国だということも初出かも。
先の展開を予想することが難しいように意識して書いているところがあるので、ここら辺から読者の皆様には「この物語におけるラスボスは誰になるのか?」と考えながら楽しんでいただけると嬉しいです。