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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第13章 斜陽編 -在りし日の辛苦も追悼せよ緋色-
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第218話 憑依体


 ◆レンドウ◆



 あちこちに焼けた痕が残るエイリアの街並み。


 アイルバトスさんが消化を行った後も、高位のアニマによる炎によって、再び火に包まれた区画だった。


 そいつらはもう全員、俺がこの手で黙らせたが……。


 ひどく疲れた。精神の摩耗を感じる。


 他種族を殺すのを是とするのもどうかと思うが、それにしたって。


 同族を殺した数の方が多いって、どうなんだろうな。自分がとんでもなく気持ちの悪い存在に思えてならない。


 ……頑張った甲斐はあったようで、ついにエイリアの全域からアニマの気配が消えていた。


 残るはヴァリアーにいるルノードと……地下に潜んでいるアニマがいれば、そいつらもか。


 いや、もしかするとルノードが出現した台地辺りには、後方部隊のようなものが残っている可能性はあるが。


 ……現実的に考えて、この周辺に生存者はもういないのだろう。


 そう諦観と言えばいいのか達観と言えばいいのか分からない感覚を抱きながら、よれよれになったドアを押す。


 動かない。なんか引っかかってんのか。右足で蹴り飛ばす。すると、吹き飛んだドアの向こうで、何かが衝撃に驚いたような気配を発した。


 ――誰かいるのか。しかし、敵であるはずはないよな。


『……レンドウ、おかしいぞ。この気配は…………むっ!? 向こうにも我の声が聴こえている。ドラグナー……いや……これは……』


 ヴァギリの声を聴いて、構え直す。ヴァギリの声が聴こえている……ドラグナーだと。


 俺が見逃してしまう程度の弱い力しか持ってないってことか?


 同族なら、今の俺なら気づかないはずはないし。


 ぐるぐると思考を回しながら建物内に侵入し、内部を見渡す。


 すると、奥の廊下の曲がり角から、一人の人物がゆっくりと姿を現した。


 敵対的な気配は……感じない。


 中肉中背。金色の髪をした、言ってしまえば弱そうな印象の男。年齢は20代半ばといったところか。


『この人物は……憑依体だな』


 憑依体……。言われてみれば、その瞳は金色に輝いている。


 昼間とは言え、明かりの点いていない建物内で、その輝きは少し不気味かもしれない。


「……あんた、ずっとここに隠れてたのか。無事……だよな。名前はなんてーんだ?」


 俺のことを警戒している可能性が高いだろうと判断し、無理に近づくことはやめ、入り口で足を止めての質問だ。


 男は口元を歪めると、


「……ふ、この個体の名前に意味など最早無い。この者に意識が戻ることはもう、二度とないのだから」


 その言葉の意味することは……!


「て……めェ、金竜ドールか……!」


 俺の目の前にいるのは、ドラグナーであるエイリア市民を乗っ取った、金竜ドールその人。


「どういうことだよ、二度と意識が戻らないって。お前、その人の人生をこれから一生乗っ取るつもりなのか? この……」


 末尾に「クソ野郎」とつけてしまうところだった。危ない。もしかしたらこいつは、憑依状態でも俺を瞬殺する程度には強いかもしれない相手なんだよな。


 ……なんでこんな場所に隠れているんだとか、他に訊くべきことは沢山あったのかもしれない。


 だが、こいつの発言は聞き捨てならない。ならな過ぎた。


 ――こいつがここにいたから、高位のアニマがここに集まってきていたのか……?


「私とて、望んでこの者を不幸にしたいと思っている訳ではない。ただ、今は敵を分散させるために身代わりになってもらっているだけだ。そしてその結果、恐らくこの身体は今日を生き延びることはできないだろうと判断している。それだけの話だよ」


「あ……? じゃあ……なんだ、その身体の持ち主は、あんたにそうやって使われることに同意してるってのか?」


「そうは言っていないが。だが、元々そういう可能性もあるということは明示していた。この男はそれに同意した。今まで私の能力による恩恵に与っていたのだ。私に使われている今、この男に意識はない。例え今日命が終わるのだとしても、苦痛なく死ねるのだ。それは幸福の範疇にあるのではないか」


「……チッ」


 気に食わねェ。気に食わねェが、何がどう悪いのか、それをこいつにすぐさまぶつけてやれるだけの頭が俺には無い。


 どうやらこのドールという龍は喋りたがりのようだし、もう少し情報を引き出すか……。そう考えると、ヴァギリもそれに同意したのが分かった。


 俺に念話で話しかけようとすると、その内容は眼前のドールにも筒抜けになる。だからヴァギリは黙っているんだろう。


「私はかねてより、有事の際に多方面に働きかけられるようヴァリアーの内外。エイリアの各地にも憑依体を配置していた」


 冷静さが鼻につく。俺はこいつが嫌いだ。


「……何が有事の際にだ。全く対応できてねェじゃねェか。アイルバトスさんが……氷竜の王がルノードと戦っていた時、手助けが遅れてたのは何だったんだよ。なんで……街の住民を護ろうとしないんだよ、テメェは……?」


「それは君と同じさ」


「は……?」


「自分が戦う前に、別の龍同士で潰し合ってもらう。心当たりがあるだろう?」


「……な……に……!?」


 それはつまり。金竜ドールに、炎竜ルノードだけでなく氷竜アイルバトスまで抹消しようという意思があった……ってことか……?


 いや、それよりも。


 バレている。俺が行動を遅らせ、ルノードに対してドールをぶつけようとしていることが。これはマズいか。恨まれている可能性があるのか。相手の口調は冷静そのものだが、果たして。


「そう驚くことでもあるまい。この街は私の庭だ。ここで起きているあらゆる事象、会話が私に筒抜けでも不思議ではないだろう……?」


「盗聴・監視野郎かよ、気持ち悪ィ……」


 相手にも嫌われていると思うと、言葉や態度を取り繕う気すらも失せてくる。


「あまり問答をしている時間はない。いいか、レンドウ少年。早々に私の元へ馳せ参じ、共にルノードと戦うのだ」


「ああッ?」


 何を勝手なことを。誰がいつテメェの味方になったよ。


 いや、曲がりなりにも一時期はヴァリアーに所属していたのだし、どちらかといえば味方だと思われていることは不思議じゃないのか。


 だけど、今の印象の限り、金竜ドールという龍は……。


「私の元に、君の大切な存在を何人か招待している。彼らに無事でいて欲しいと思うなら――」


「――ッ!!」


 怒りのままに、近くにあった下駄箱を蹴り飛ばす。吹き飛ばなかったが、穴は開いた。


「……結局、脅して従わせようとすんのかよ」


 クズが。仲間が捕まってるだと? 誰だ。まさかカーリーなのか? ドールは彼らと言ったが……複数形だ、何の慰めにもならない。


 その脅しは、どこまでも効果的だった。


「私は、君の友人を手元から離す気は無い。このままでは、ルノードに対する肉の壁とするしかなくなってしまう。それに……君はそこまで考えが及んでいないようだが、私が死ぬということは、後の世に禍根を残すことになる。帝国が――、」


 ドールがそこまでほざいた時点で、衝撃。


 唐突に爆発した。いや、爆発したのか?


 分からない。俺は反射的に顔を覆ったが、特に何かが激突してくることは無かった。今のは俺への攻撃じゃない。


 建物内には、土煙がもうもうと立ち込めていた。が、丁度ドールが立っていた後ろの壁が破壊されていたのか。そこから勢いよく風が吹き、土煙を吹き飛ばした。


 そこに居たのは……黒仮面に、青い髪。


 青い髪のアニマ…………!!


 俺とそいつの視線が交錯したかは定かでない。今のあいつの狙いは、俺じゃない。


「レヴァン……か……!」


 俺と同じく、ルノードが創造した特別なアニマだという。しかし俺とは違い、本人からも、ルノードにとっても人権を感じさせないため、感情を削られて生み出されたという……。


 レヴァンが壁を砕いて、ドールに奇襲を仕掛けたのか。だけど、同じアニマだってのに、どうやって俺に気配を察知させずにここまで……?


 いや、今考えるべきはそれじゃない。レヴァンの出現に、ドールは対応していた。


 レヴァンによる何らかの攻撃を、何も持っていないはずの手を振り上げることで防いでいた。


 決して強そうには見えない男に憑依しているものの、龍としての力の一端を感じさせる光景だった。


 出入口……つまり俺に近づくように、レヴァンに身体を向けたまま廊下を後退するドール。


 レヴァンはそれを追わなかった。奴は剣を抜いていた――黒く塗りつぶされた長剣――が、一撃目を防がれた後、剣を持たない左手を側頭部に当てて、


「劫火様、ここです」


 と呟いた。そして、横に跳んだ。廊下の奥だ。俺の視界からはレヴァンが消えたことになる。


 その後は一瞬だった。


 ドールは俺の元まで後退する暇を与えられなかった。


 壁に空いた穴から、何か黒いものが侵入してきた。とてつもない速さだった。


 一度目は、ドールが防いだ。左手を前にかざしたかと思えば、黒いものが屈折し、横の壁に向かったのか。


 しかし、二度目が即座に来た。それはドールの胴体を斜め上から貫いた。


「ぐぬ…………!!」


 ドールの苦悶の声。突き刺さっていたのは、漆黒の長槍。


 瞬く間に黒い球状の物体がドールの足元から肥大化し、全身を飲み込んだ。


「……なんなんだッ!?」


 ようやく声が出た時には終わっていた。飲み込んだと認識した途端、それは弾けていた。


 後に残るものは、何もない。


 グロテスクな肉塊が残ることも、周囲に血痕が残ることもなかった。


 先程まで俺と話していたはずの、憑依体の男がこの世界に存在していたことそのものが嘘であったかのように。


 死んだ。いや、これは死んだと言えるのか。


 消されたと言った方が相応しいんじゃないのか。


 恐ろしい。今の攻撃が、もしも俺に向けて放たれたら。


 そう考えてしまったら、全身が震えて、膝をつきそうになる。


 俺がそうならなかったのは、ヴァギリのおかげだろう。


『レンドウ、あの男はまだそこにいるぞ……!』


 そしてもしかすると、レヴァンのおかげでもあった。


 俺に向けて、等身大の憎しみの視線を向けるこいつがいるから、俺はまだ虚勢を張れる……オレ様系のレンドウであり続けられる。


「なんだよオマエ。感情を切り捨てて生み出されたって割には、よく俺に苛立ちを向けるよなァ……?」


「……王子様。あんたには一生理解できないだろう。わたしにどれだけの試練が課されてきたか……!!」


 そう言いながらレヴァンは乱暴に仮面を外すと、それを壁に投げつけた。


 仮面の下から現れたのは……俺に瓜二つの顔だった。


 ……おおう、実際に見てみると……。


「――結構ビビるじゃねェか、クソ」


 俺が起源ってワケじゃなく、俺もレヴァンもルノードの顔に瓜二つ……ってことなんだよな。瓜三つって言った方がいいのかもしれないが。


 だが、今はそれに驚いたり、ショックを感じている暇はない。いや、ショックを受ける必要もあまり無いのかもしれない。


 別に、この世に自分と同じ顔のやつがいるなんて、そうおかしいことでもないだろう。双子だっているしな。そういうものだと思って受け入れろ。


 大切なのは、こいつに負けないことだ。


「んで、なんでお前はここに来たんだ。いや……ルノードにドールの憑依体の位置を教える為か。それを元に、ルノードが遠隔操作であの槍を飛ばしている、と……」


 あの黒い槍の威力は別格だ。確かにあれを見せられたら、ルノードが最強の龍であることを疑う気は失せる。


 ボロボロの状態で、それでも金竜ドールの本体を目指せる自信も裏付けられる。格が違う。


 恐らくこの方法を用いて、既に多くの憑依体をエイリア中で屠ってきたんだろう。


「――今の男で最後だった。後はヴァリアーにしか残っていない。そちらは劫火様が直々に始末する手筈だ」


 俺に対して憎しみを抱きつつも、きちんと説明してくれるレヴァン。そのちぐはぐさに思わず笑ってしまいそうになるが、堪える。


 それはこいつに対して失礼だと思ったからだ。思えば、こいつは俺にヴァギリを届けてくれたこともある。


 ニルドリルの自殺を止められなかったことだけは、間違いなくこいつのせいだが……。


 それが長々と尾を引いているせいでこいつに良い印象を抱きようが無くなってしまっているが、一人のアニマとしては、実力もあり、正直で。評価されてしかるべき存在ではあるんだよな。事実、ルノードにも重用されている訳だし。


 だけど……だからこそ、か。


「わたしは、ラ・アニマで劫火様があんたを見逃したことに納得できていない。どうしても、劫火様はあんたに対して甘くなる。……あの方に残った甘さを、わたしは許容したくない」


 レヴァンにも俺を嫌う理由は山ほどあるんだろう。だから、俺に対して長剣を向ける。


「……ここで俺を殺しておこうってことか。命じられた仕事はもう終えたからって?」


「その通りだ、我が……認めたくはないが……双子の兄とでも言うべき存在。レンドウ、あんたはここで…………!」


「……おいおい、弟が増える展開はもうお腹いっぱいだっての」


 アンリはあんなに純粋で利発で、この俺すら嫉妬を覚えることを恥じてしまうほどの人格だってのに。


 どうしてお前とは、こんな感情しかぶつけ合えないんだろうな。


 …………いや、生まれた年が何年か離れてるのに双子って表現するのはヘンじゃね……?


 とは、口に出せなかった。


 黒塗りの長剣を、レンディアナで受け止めることに集中しなければならなかったからだ。


 ――悪ィが、お兄ちゃんは手加減とか出来ねェからな……レヴァン。


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