第215話 マルクの地下シェルター
忘れられていそうなので軽く人物紹介のコーナー。
マルク:小柄で糸目のオッサン。三十路寸前。優秀な科学者であり研究者。フローラとロッテを保護している。白髪交じりの灰色の髪。
フローラ:ダクトがヴァリアーへ入隊するきっかけとなった魔人の少女。推定17歳。年齢の割に知能の発達が遅く、コミュニケーションに難がある。緑色の髪は伸びるのが異常に早い。髪を切ってくれた相手にはすぐに懐く。意外と力持ち。レンドウが感じた第一印象は「食人植物」。
ロッテ:認識阻害の能力を持つ、小柄な魔人の少女。14歳。輝く金髪。半年以上前、犯罪組織に使い走りをさせられていたところをレンドウが捕らえ、レイスがマルクの研究所へ預けた。
◆レイネ◆
「ハァッ……ハーッ……フー……」
――まだ終わりじゃない。
……腐れ外道のアニマは上半身が粉々になって、その殆どが壁の染みへと変貌した。
だけど、今はまだ大人しく地面に転がっているもう一人の危険人物。
アミカゼ、というのだったか。
あの女はそう時間を掛けずに立ち上がってしまうだろう。
――あたしに残された時間は少ない。
現状の生命維持には問題ないだけの治癒をアイルバトス様に施されてはいるが、力の定着が浅い。
体内の損傷も回復しきっていない。時間と睡眠が必要だ。
――やはり、次代の龍に選ばれたのはあたしじゃなかった。そういうことなんだろう。
あたしの許容量を大きく超えた氷翼は、今も少しずつ身体から漏れ出し、無駄になっている。
アイルバトス様から命じられたことであり、現所で最もレンドウ君の助けとなるであろう行いは……倒れている自陣営の治療だ。
今のあたしでは、むしろアミカゼに触れるのは危険だ。力を奪われる結果になりかねない。
「――――ううッ……がァァァァ――――――ッッ!!」
左腕と左足を失った短髪の少年が、発狂したようにのたうち回っている。
その損傷は、魔道具を行使した代償なのだろうか。
分からないが、今息のある者の中で、最も治療が必要な人物であることに間違いない。
大きく息を吐きだしながら、持ち切れない力を解放する。
伸ばした氷翼でくせ毛の少年とカーリーちゃんを掴み、短髪の少年の元へ移動。
動けるようになったアミカゼや、また新たなアニマがここに現れることも考えられる。
怪我人の治療をすることも大切だが、一か所に堅牢な防護壁を張ることも急務だった。
そうして、先ほどよりも大きく強大な繭を形成する。
――視界が完全に遮られる寸前、ゆっくりと起き上がろうとしているアミカゼと、天井に空いた穴から飛び降りてきた人影が見えた……。
◆ダクト◆
「グォオオオオオオオアアアアアア――――――――!!」
地下シェルターをも揺るがす、立っていることも難しい超巨大な揺れが伝わってきた後、突如としてナージアが叫び出した。
喉が張り裂けんばかりに、悲痛な鳴き声を上げ続ける少年。
地面に四つん這いになって涙を零すその背中からは、抑えきれないのか、ブチブチと嫌な音を立てながら氷翼が噴出している。
――氷竜アイルバトスが、負けたのか。
その叫びを聴いて、まず一番にそう考える。族長が命を奪われたことを察し、発狂している。そんな様子に見える。
だとすると、これから俺は……どうするべきだ……?
今頃、地上はどうなっているんだ。全て炎竜に焼き払われちまったのか。エイリアに立ち入った仲間たちは諦めるしかないのか。森に残ったレンドウは大丈夫か。
……待て、氷竜アイルバトスが没したというならば、もしかすると目の前のこれは……。
「ちょ、ちょっと、彼は大丈夫なのかい!?」
俺の肩を叩きながら、ナージアの叫び声に負けないようにとマルクが声を張り上げた。
「あぁ……特に問題はねぇ、と思う。落ち着くまで待つしかねぇよ」
後ろを振り返ると、フローラは発狂したナージアに怯えたように、ソファの後ろに隠れていた。背もたれの上に緑色の長い髪が大量に乗っかっているので、すぐに居場所が分かる。
突然知らない奴が押しかけてきて、そんでもって大きな揺れがきて、知らない奴が叫び出したらそりゃフローラじゃなくても怖いわな。
「フローラ、大丈夫だよ。もう揺れは収まったから……」
長い金髪の少女――確か名前はロッテだったはずだ――がそちらへ歩み寄り、フローラを落ち着かせようとしている様子。
ロッテは推定14歳といったところだが、推定17歳と自分より年上であるフローラの世話をしてくれているんだよな。有難い。
「うわ、あの子……ナージア君? から漏れ出てる水色の光、レンドウ君の能力にそっくりだね……」
ナージアの叫びが枯れ果て、嗚咽を上げている程度になったおかげで、そのマルクの呟きはよく聴こえた。
「マルク、レンドウの緋翼を見たことあるのか?」
「あぁ、彼が初めてここに来た時にね」
「へぇ……。急に話を変えて悪ぃけど、外の状況が知りてぇ。カメラは生きてるか?」
言われてマルクはすぐに動いたが、机の上に置かれたモニターには何も映らないままだ。
「いや、完全に死んでるみたいだね。この分じゃ地上の自動ドアも開くかどうか」
「そうか。……ドアが残ってるかどうかも怪しいけどな」
炎竜ルノードがどの程度力を解放したのか分からないが、地上部分の研究所が跡形もなくなっていても驚かねぇぞ。
この地下シェルターにいた俺達が無事なことだって、この俺が内心喜んでしまう程度には奇跡なんじゃないのか。
外部に取り付けられたカメラから人々の悲鳴が流れ込んできた際、状況の説明を取りやめ、地下へ避難することを提案したのは正解だった。
最悪の場合、例え外に生き残った人々がいるとしても、あの炎竜の力によって例外なく地に這わされている可能性がある。
となれば、その状況で戦えるのは氷竜だけということになってしまうが……。
いや、そもそも作戦を続行する必要はあるのか。
氷竜アイルバトスが敗北し、氷竜の戦士隊も全滅しているのであれば、生き残りを集めて早々にここを離脱するべきかもしれない。
兎にも角にも、状況を把握しなければ。街の状況。氷竜の戦士隊の状況。炎竜ルノードが手傷を負っているのかどうか。レンドウが無事なのかどうか。
「…………う、ああ。……ダク、ト」
呼ばれてそちらを見れば、ナージアの身体が一際強く発光した後、突如として収まり……ゆっくりと立ち上がる。
「正気に戻ったのか?」
「……ああ、うん。ごめん……混乱して……」
恥じ入るように頭を振ったナージア。だが、それを責めようとは思わない。
俺も実家が壊滅したって聞いた時は冷静じゃいられなかったしな……。
「いや、これでも随分素早く落ち着いたもんだと思うぜ。……それももしかすると、龍の位を引き継いだ影響だったりするのか」
「……なんで……そこまでわかるんだ?」
ナージアの目が驚きに見開かれる。
「別に、ただの予想だよ。アイルバトスさんがルノードに負けて、殺されちまったから発狂して……龍としての強大な力を身に付けたことで、精神的にも落ち着く作用が働きでもしたのかなって」
「そこまで完璧に推しはかられると、少し……怖くなる。確かに、どうやらおれは、長から龍の位を引き継いだみたいだ」
「そうか。矢継ぎ早に質問することになってすまねぇが、確認させてくれ。ナージア、お前は龍としての力をすぐにでも使いこなして、今からルノードに対抗できそうか?」
「……無理だ、と思う。途方もない力が宿った……とは、まだ言えない。力の使い方もいまいち分からないし、たぶん……長はおれに分け与えるだけの力すら残っていない状態で、負けたってことなのかも……。それか、龍としての力は……任命されてから。今から、少しずつ蓄えていくものなのか……」
「お前の“創造する力”を溜めておけるタンクの容量は一気に増えたが、肝心の中身は今までとほぼ変わらない……っつぅ認識でいいか?」
「う、うん。少しは……強くなってると思うけど。あまり調子に乗れるほどじゃ……ない」
ナージアを戦力として当てにし過ぎるのは難しい。
となると、やはり他の氷竜の生き残りか、レンドウに期待するしかないか……?
そこまで考えた後、考えをこの部屋にいる面々にも聴いてもらった方がいいかもしれないと思い直す。
――今だけは、全ての考えを口に出そう。
「他の氷竜の生き残りか、レンドウに期待するしかないか……? いや、待て。金竜ドールの本体にはどれほどの力があるんだ。もしかすれば炎竜は既に深く傷ついていて、金竜だけでも止めを刺せる状況という可能性も……馬鹿、楽観視するな。それほど深く傷ついているんだとすりゃあ、炎竜は金竜に挑むことを一旦諦め、ラ・アニマの竜門へと退避を計るだけだろう。この世界にただ一人、単体でも自らの生命を脅かせる存在、氷竜アイルバトスという難敵を下したんだ。もはや奴に期を焦る理由は無くなった。金竜を守ることじゃなく、炎竜をいかにこのエイリアから逃さねぇか。今日、奴の息の根をここで止めることだけに集中するべきだ。人類の未来を想うなら……どれだけの犠牲を強いることになるとしても」
声に出して考えを纏めながら、部屋の面々の顔を眺めていた。
マルクは俺が零す言葉を聞き漏らさないように、真剣な表情を作り、必死に理解しようと努めてくれている様子だ。だが、この世界のなりたちに関わる秘密や、そもそも龍という超存在の知識が前もって備わっていなければ、正しく理解することは不可能だろう。
ナージアは冷や汗を流しながら、口をパクパクしている。考えが纏まり次第、話したいことがあるのかもしれない。
ロッテと、ロッテに手を引かれてこちらにやってきたフローラだが……さすがにこの二人は全く理解が追い付いていないようだ。そもそもこの二人は多種多様な情報が集まるヴァリアーに勤めていた訳でも無いし、仕方ないことだが。
「ナージア、戦士隊の他のメンバーの状況は……もしくは炎竜ルノードがどれくらい傷ついてるかってのは、なんとなく分かったりしないか?」
「…………皆のことは、わからない。誰もおれに念話を送って来ないってことは、少なくとも……近くに生きている仲間はいないのかも……。だけど、炎竜の気配は……最初よりずっと弱くなってる! 半分……よりも多く、力を失ってる…………!」
そこまで言って、ナージアは自分の口から出た言葉に力を与えられたかのように、目を見開いた。
「……勝ちの目はまだある。お前はそう思うんだな?」
問うと、ナージアは力強く頷いた。
「……あぁ。おれは、長と皆の仇を取りたい」
「――分かった。全力で挑もうぜ」
そのためには、まずはプランを練る必要がある。だが、時間はあまり無い。
生き残った仲間がいるなら合流し、素早く状況を把握し、エイリアの中で炎竜を仕留める……。
考えを纏めながらも、俺の口は滑らかに動くようになっていた。
「もし炎竜があの力を使い続けていたとしても、ナージアは動けなくならないはずだ。まずお前に地上の様子を確認してもらう。それから――――、」
それでいい。本代ダクトはこうでなくちゃならない。
ここが正念場なんだ。人生で一番失敗してはならないのが、恐らくは今日。
人類の未来のために、全力で頭を回せ……。
マルク、フローラ、ロッテの登場は第22話~23話以来ってマジ?
しかもロッテの名前を公開するのは今回が初めてってマジ?
……せめて序盤にもっと出番を与えるべきだったなぁ、と思う作者です。