第214話 貫太
「なんだって……くれてやる!! あいつを殺せるってんなら!!」
台上に這い上がった少年が、誰に話しかけているのか分からない内容を叫びつつ、ぼくに白く輝く右腕を向けている。
ちかちかするなぁ。眩しく、疎ましい。
少年のそれが恐るべき破壊力を秘めた武器だということは、既にアミカゼとの戦闘を見て知っている。
もしかするとあれが、エクリプスの地下街で開発されていたという、人類が生んだ魔道兵器……ザツギシュとやらだろうか。
そして、オーバードライブという言葉。
それに話しかけることで、リミッターを解除するような機構が存在するのか。
さっきまででも強力だったのに、更に弾速と破壊力を上げた一撃が飛んでくるのだとすれば、決して油断していい相手ではない。
故に、少年がぼくに光を差し向けた時点で、既にぼくは床に転がっていたくせ毛の少年の首根っこを左手で持ち上げ、これ見よがしに差し出していた。
――ほうら、君のお友達だよ。これでも撃てるかな。
少年は歯噛みし、唸る。
これだけではまだぼくの身体を覆い隠すには足りない。肩や足など、はみ出した部分は多い。
そこを狙われないために……斜め後方へと跳び、今度は右手で血塗れのウサギ獣人を持ち上げる。
二つの肉の壁を以って、少年の射線を遮断する。
あとはこのまま盾に隠れて接近して、蹴りでも喰らわせてやればいい。それで終わりだ。
そう考え、地面を蹴り出す寸前だった。
少年が目を見開き、直後に右腕を大きく後ろ側まで振り払った。
「死ねえッッッ――――――――!!」
ボッ、と。
左肩が内側から爆ぜるような衝撃を受け……思考が散り散りになりかける。
ボトリ、と音を立てて、持ち上げていたはずのくせ毛の少年が床に落ちる。
すさまじい痛みだ。すぐさま緋翼を噴出させ、負傷箇所を把握しつつ治療に当たる。
全身の痛覚を極限まで絞ると、左肩が本当に消失していることが分かった。
少年の攻撃だろうが、原理が分からない。
どのようにして肉の壁を超え、ぼくだけにダメージを与えた……?
失った左腕の代わりに緋翼で腕を生成、床の少年に向けて伸ばす……が、それも半ばで爆ぜる。
「なんだそれ……」
呟きつつ、反射的に右へステップ。相手は射撃を主軸にしていると思われるため、距離を空けすぎるのもよくないだろうという判断だった。
しかし、敵の力の正体を見破るのが遅すぎた。いや、今もあだ検討すらついていない。
右へ跳ぶ前の位置に、ウサギ獣人が置き去りになっている。
跳躍の寸前、右腕も持っていかれたのだ。
荒い息をつく少年を見れば、少年もまた左腕を根元から失っており、その断面からは鮮血が噴き出している。
かと思えば、少年の左足もが内側から弾けるように消失し、床へと倒れ伏す。
――自分の身体の一部を犠牲にすることで、相手にも同じだけのダメージを与える……? いや、それにしては攻撃を受けた部位がおかしい。
床に這いつくばった状態で、爛々と輝く視線をぼくに向け、勝ち誇るように笑みを浮かべた少年。
……死に物狂いで、命を賭けさえすれば、格上相手にだって一矢報いることができる……とでも言いたいのか。
おこがましい。
たかが人間一人が四肢を捨てた程度で、このぼくが殺されていいはずがあるか。そんなものは等価交換じゃない。
地面を蹴る。もう、新たな攻撃は来なかった。ぼくは容易く少年の目の前に到達した。
既にザツギシュに支払える部位は残っていないのかい?
緋翼で新しく生成した右手を伸ばし、少年を持ち上げる。
この少年を生かしておくのは危険だ。人質に使える負傷兵は、他の人間たちで充分。きみはもう、退場するべきだ。
ぼくにこれだけの手傷を負わせたこと。それに仄かな満足感を覚えながら逝くといい。
少年を空中に放り投げ、四方八方から薙刀で貫いて……やろうとした時だった。
腕に力が入らない。いや、緋翼で生成した両腕が掻き消えている。
――そして、後ろから感じる強烈な“創造する力”の気配。
「なんっ……なぜ……」
驚愕を隠せないまま上半身を捻って振り返ると、全身を串刺しにされていたはずの氷竜の女が、薙刀の檻を砕いて起き上がるところだった。
女の足元に転がる、白色の短剣。それが眩い光を放ち、仄かに水色がかった白い“想像する力”を、幾条にも立ち上らせている……魔法剣、か。
それが女の周囲を包み込み、薙刀を吸収し、そして女の活力となった。そういう状況か。
それだけじゃない……ぼくの両腕は消滅し、新たに生成することも叶わない。両足はまるで地面に縫い付けられたように動かない。
なぜだ。わからない。女はたった今目を覚まし、未だに状況を把握し切れていない段階に見える。一体何者が、ぼくの身体を拘束している……?
『――レイネ。私に残された力を、君に託そうと思う。後のことはよろしく頼む……』
そこで突如として脳内に響き渡った声により、全てを察した。
――あの白い魔法剣に宿っているのは、氷竜、アイルバトス……か……。
あの短剣、氷竜アイルバトスに縁のある魔法剣だったのか。恐らく地上では劫火様にアイルバトスが敗れたのだ。だが、死の寸前に魔法剣を辿り、瀕死の氷竜の女に力を託した…………。
ぼくに取っては、なんと間の悪い。いや、瀕死だが生きている子の存在を感じたからこそ、彼女に力を託すことに決めたのか。だとすれば、ぼく自身が招いた結果だと受け止められなくもない。
「…………アイルバトス様…………お隠れになられたのですね…………」
レイネと呼ばれた女が涙ながらに名前を呼ぶも、既にこの世を去ったのか、氷竜アイルバトスの声はそれきり聴こえず、短剣の光も失われた。
後に残ったのは、力を取り戻した女……レイネと、底なしの殺意のみ。
「……消えなさい、腐れ外道」
――ふぅ。
最期にこの世に残す音は、そんなため息になるようだ。
氷竜アイルバトスが死に際に残した力を受け取り、純粋なエネルギーとして放つレイネ。
その威力は、差し向けられた掌を見ただけで容易に想像できた。
――赤子が竜に挑むようなものだ。
故に敗北を悲しむ必要はなく、また何かを残そうと考える暇も無かった。
そうだ、だけど、愛すべき我が妹に――――――――。
――視界が焼き切れると共に、ぼくは全ての情報を失った。
自分が死ぬ番が回って来てもみっともなく喚くことがない部分まで含めて、アサグラはお気に入りです。