第213話 アサグラ
※そこまで自分に表現力があると思っていないので問題ないとは思いますが、起きている事象自体はかなりグロい回です。
◆アサグラ◆
繭が溶ける様に消え、白い女が現れる。
「なん、で……………………どうしてだァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
女は、開口一番に吠えた。
傷口は完全には癒え切っていないらしい。
腹部からドクドクと血液を垂れ流しながら、憤怒に歪んだ表情で、身体の周囲に氷柱のようなものを幾つも浮かべ始める。
例外なくぼくに向けられた殺意の塊。アミカゼも剣槍でよく似たようなことをするな。
「……ああ、これのこと?」
そう言いながら、手にしていたものを軽く持ち上げて示す。
首を掴んで持ち上げた、ウサギ耳の獣人を。
全身が血塗れで、両腕が複雑骨折し……ああ、別にいいや、改めてまじまじと観察しても気分が悪くなるだけだ。
「カーリーちゃん……放せ……なんで、なんで……そこまで……執拗に痛めつけたッ!?」
叫びながら、こちらへと飛び出す白い女。
それに先んじるように、6本の氷柱がぼくの顔面、胴体、脚を狙って飛来する。
「なんでって…………いや、別にぼくは嗜虐趣味がある訳じゃないんだよ」
弁解しつつ、左手でウサギ獣人のウサギ耳を引きちぎる。
どうして一本だけになってしまっていたのかは知らないけれど、これにて晴れて人間と同じ外見になれたね。
などと考えてしまうと、自分が生粋のサイコパスのように思えてくるな。いや、違うはずだ。
弱者をいたぶるのが楽しい訳じゃない。全ては今、この時のため。
前方へとウサギ獣人を突き飛ばせば、即座にぼくに向かっていた氷柱たちは消失する。白い女はウサギ獣人を傷つけることを嫌っているからだ。
「――ただ、こうやって痛めつけているところを見せれば、きみが激昂するんじゃないかと思ってさ」
普通に戦ったら勝てるかどうか分からないんだもの。余りにも強そうすぎたんだよ、きみは。
「……そりゃもう、これ以上ないほどだよ!! 死ね、腐れ外道ッ!!」
突き飛ばされたウサギ獣人を優しく抱きとめ、即座に左手で後ろに流す女。決してウサギ獣人を乱暴に転がした訳ではなく、氷翼で包むように横たえたんだ。
そうやってさ、自分の身を護ること以外に“創造する力”を消費することが無駄なんだって。
だから、ぼくなんかにも付け込まれる。
左手に持っていたものを投げつける。
反射的にそれを撃ち落とそうとしたところで、白い女はそれが千切られたウサギ獣人の耳だということに気付く。
そうなると、ね。乱暴に扱えないでしょ?
右手でそれをキャッチしようとした格好の白い女に肉薄。左手で女の右の手首をがっしりと掴む。
目を見開いた女の顔に手を伸ばし……、
「あがッ……!?」
「はい、とりあえず片方いただきました」
「あああああああああああああああああッッ!?」
――右手で、白い女の右目を抉り取る。
高位の“創造する力”の使い手は、部位欠損すら治してのける。氷竜は治癒を苦手としているようだけど、念には念を入れておきたい。
――かつてニルドリルが奪い、操った吸血鬼の力……あれに比肩すると思われる王子様なら、この女を治療してしまうかもしれないし。
右手を翻し、女の眼球を地面に叩きつけ、即座にそれを右足ですり潰す。これで零れ落ちた眼球を素材に治癒を行うことはできない。失われてから時間の経った部位を完全に復活させるのは手間だろう。ぼくらの陣営でも、そんなことができるのは劫火様だけだろうし。
「ああああッ!? うああッ!!」
狂ったように喘ぎ、左腕を振り回しながら、白い女が背中側から霧を撒き散らす。ぼくたちアニマの行動を強く阻害できる、低温のフィールドを作ろうとしている……。
「万全の状態でそれを受けたら、まずかったかもしれないね」
掴んでいた女の右腕目掛けて左の膝を跳ね上げ、半ばから破壊する。
「――ッッッ」
このままいけるか、と緋翼を纏わせた右手で首を貫こうとするも、失敗。
白い女の全身が発光し、首を貫く筈だったぼくの貫手は岩盤にでも激突したかのように砕けた。
「いった……なんなのかな」
愚痴を零しつつ、数回後ろへと跳ぶ。
いや、バキバキ、メキメキと音を立てながら歪に形を変えていく光は、間違いなく竜化だろう。ぼくはしたことがないけれど。
しかし、これほどの力の使い手――氷竜の中でも指折りの実力者であろう彼女が――このように不格好な竜化をするものだろうか。
まるで、最も最近竜化に成功した氷竜の……ナー……ジア……だったっけ。王子様と仲がいいっていう氷竜の子は。彼の竜化みたいじゃないか。劫火様からの又聞きだけど。
……まぁ、恐らくは苦肉の策。傷ついた状態からの竜化が失敗に終わり易いことは承知の上で、無理を押しての断行なのだろう。
「きみの決意なんてどうでもいいけどさ。……変身中は攻撃されない、とか思ってないよね」
返事をするものは誰もいない。結果的に独り言となった言葉と同時に、妹に習うようにありったけの薙刀を生成し、光の塊となった白い女に飛ばす。
光が収縮し、明滅し、消える。
……その場に残ったのは、大量の刃に串刺しにされ、後ろ向きに倒れることしかできない女の姿だった。
そして、そのまま後ろに倒れることも許さない。
「大体、甘いんだよね。なんで戦場にお洒落してきてるんだか」
意趣返しとして、地面から漆黒の氷柱を生成し、倒れ込む白い女を後ろから貫く。
「……全てを捨てる覚悟ができていないから負けるんだよ」
女はその場に縫い止められ、四方八方から貫かれた憐れなオブジェと化した。
左右で纏めていた髪も千切れ、背後に吹き飛んでいる。
「誇りとか、信条とかさ。死が確定してる味方なんか救ったって、なんにもならないでしょ。これは戦争なんだから。せっかく強い力を持って生まれたのに、もったいないことこの上ない。ま、きみが甘いおかげでぼくは今日も生き残れるわけだから、いいんだけどさ」
ぶつぶつと呟きつつも、これからやるべきことを考える。
――まずは妹を治療しよう。
今も動かない身体を必死に治癒し、まだまだ暴れたりない様子でこちらに目を向けている、愛すべき妹を。
「アミカゼ、とりあえずこのウサギ肉でも食べて、元気だしてよ」
そう言って、床に転がっていたウサギ獣人の耳を放り投げる。視界の端で妹の右手がそれを荒々しくキャッチしたことを確認した後、周囲を見渡す。
例外なく戦闘不能の人間しか存在しないが、全員が全員死んでいるわけでもない。
無駄に“創造する力”を浪費する趣味もないし、一人一人物理的な手段で息を止めて回るしかないか……と、まずは手近な少年の頭を踏みつぶそうとしたところで……止める。
何者かに妨害されたわけじゃない。あくまで止めたのはぼくの意思だ。
ゆらり、と。
上半身から、力なく覆いかぶさるように。訓練場の台座に、のったりとよじ登る人影があった。
水色の髪が血に染まり、台座によじ登った後も左手で腹部を抑え続けている少年。
あれは……アミカゼに遊ばれていた、もう一人の少年。
彼が動いていることを視界の隅で捉えた瞬間、ぼくは足元の少年の頭蓋を砕くことをやめていた。
「……はは」
思わず、自嘲的な笑みを浮かべてしまう。
――我ながら、本当に人情を持たない、現実的なアニマだと思う。
足元の少年は、まだ使える。これを生かしておいた方が、あの少年の行動を阻害できる。
そう考えてしまった。
ぼくみたいなのが混じっているから、人間はアニマを永遠に受け入れられないのだろうなぁ、などと感慨にふけりつつ、ぼくは少年の血走った視線を悠々と受け止めた。
「殺す。殺してやる…………俺の…………全てを、投げ打ってでも…………」
少年が力なく持ち上げた右腕が一際強い光を放ち、ぼくの目を焼いた。
「“過剰起動”…………!!」
アミカゼの姉、アサグラ。だいぶ危険なキャラです。
本人が自認している通り、特にサイコパスとしてデザインされている訳ではありません。
現実の地球で例えるなら、戦争が多発している地域で長年傭兵暮らしを続けてきた人のイメージ。何をするにしても「使える・使えない」で判断したり、自分や味方陣営のためなら、相手の軍隊に対してはどこまでも非情になれます。しかし、他者を虐げる際に喜びを感じている訳ではない。自軍だけが人間、敵軍はモノでしかない。常人としての感覚はとうに麻痺しており、そういう世界でしか生きられなくなってしまっています。