表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第13章 斜陽編 -在りし日の辛苦も追悼せよ緋色-
230/264

第207話 魔王


 ジェットとクラウディオは、ヴァリアー目掛けて一直線に、大通りを駆け抜けていく。


 対して俺とセリカは、エイリアの外周から家屋の上に登り、屋根から屋根へと飛び移っていく。


 同じように屋根の上を駆け、時折炎を放つことで街中を混乱させようとしているアニマが何人も見受けられる。


 あれが、ヴァリアーの隊員を引きつけようとしてるって連中か。


 その中に、軽く見知った顔を見つけたとしても、俺の心は揺るがなかった。


「レンっ……!?」


 俺の姿を認め、少なからず狼狽した様子を見せた青年の脇を駆け抜け、レンディアナを一閃。


 もの言わぬ死体となり、崩れ落ちる彼から長剣を取り上げると、それを後ろのセリカへと放った。


「……ほら、とりあえずこれ使えよ」


「……………………ええ」


 同意の言葉の前にあった長い沈黙は、俺の様子を窺っていた故だろう。


 わかるさ。余りにも躊躇なく手を汚したように見えて、俺がおかしくなったかと疑ったんだろう。


 だけど、俺は落ち着いている。


 以前のように、頭の中で獣が「コロセ、コロセ」と叫び声を上げることもない。


 ――そういえば、今のが俺の人生における、2回目の殺人だったんだよな。


 一度目に殺めたジェットの友人、ラルフ・ノルドクヴィストについては、あれだけ痛みを覚えたというのに。


 余りにも冷静な思考であり続けるのは、やはり逆に異常なのだろうか。


 屋根から屋根へと飛び移りつつ、そんなことを考える。


 ヴァリアーがある方で、大きな爆発が起きた。そちらに向かうべきか。いや、ジェットとクラウディオを信じよう。


 できれば民間人を助けたいのもそうだが、どこまでも自分に正直になれば、やはり知り合いから優先して助けたい。


 深く関わった知り合いの多くはヴァリアーの隊員な訳で……なら、ある程度ヴァリアーに近い位置の煙から対処するべきだ。


 変針した俺の行く手を阻むように、向こう側の屋根から跳躍してきた影がある。


 それを認めるとともに、俺は右腕を大きく曲げ、左肩を包むように力を溜めていた。


 俺に肉薄したそのアニマの目が、大きく見開かれる。


 背中から緋翼を伸ばし、そのアニマの脚を絡めとる。


 挑む相手を間違えてしまった。そんな後悔を浮かべたアニマの胴をなぎ払う。真っ二つになった肉片が、後ろへと流れていく。


 それを振り返ることなく、跳躍。


 ――ジュルジュ。


 ――ヴァスルイ。


 今殺した人物と、先ほど殺した人物の名前が脳裏に浮かぶ。


 最近会った訳でもないのに、昔の記憶を思い出したというわけで、こんなにも簡単に顔と名前が一致するものか。


 俺の脳の出来が良いだけなのかもしれないが。


「…………チッ」


 二人に詫びようとは思わない。


 俺は次代の族長として、あいつらに罰を与えただけだ。


 だが、静かに軋む心の内で、先ほどロテスたちの前では必死に押し隠していた考えが鎌首をもたげていた。


 ――こうやって、死に物狂いで頑張って、嫌な思いをしながら同族を殺して。


 ――その先に、本当にアニマという種族にとっての幸せが待っているのか?


 いや、別に今更ルノードを殺すことに躊躇を覚えたりはしない。


 あいつが世界に対してやったことは既に許されない域にあると思うし、俺自身許すつもりもない。


 問題は、ルノードが死んだ後のことだ。



 人間社会は、こんな粗相をしでかしたアニマという種族の存在を、もう二度と許そうとはしないだろう。


 炎竜ルノードという悪夢が去った後、誰がどう弁舌を振るっても、サンスタード帝国が“人間に敵対しないアニマであれば共存を認める”とは到底思えない。


 大規模な討伐隊が組まれ、このイェス大陸からアニマというアニマが駆逐されるだろう。


 今回は9年前とは違う。ルノードが守護するラ・アニマを失ったアニマたちは、成すすべなく帝国軍に蹂躙される。


 それが、この世に生れ落ちた俺が成す、最後の役割なのか?


 そんなことが?


 ルノードの意思ではないまま不思議とこの世に生まれ、その才能で大人たちを魅了し里の後継者だと持て囃されたかと思えば、記憶と共に力を失い失望させ、またそれを取り戻し、今は仲間を滅びの運命に道連れにしようとしている。


 それだけが、年代記(クロニクル)に刻まれる、俺についての内容なのか?


 ――――嫌だ。


 ここでアニマを滅ぼしたくない。


 たとえルノードの馬鹿が招いた事態で、俺に一切の非は無かったと。そう仲間たち全員が口を揃えて慰めてくれたとしても。


 この心に刻まれた傷は癒えやしないだろう。一族郎党が帝国の刃に倒れ、俺が命を終えるその時まで、血の涙を流し続けることは必定だ。



 ――なにか、なにか抜け道は無いのか?


 ――どうせもう、汚れた手だ。


 別に自暴自棄になってる訳じゃない。これ以上手が汚れることを厭わず、同族の為にできることがあれば可能な限り足り尽くしたいだけで。


 ルノードを殺す。ここまでは間違いなくやり通すべきだ。


 あいつと俺の主義は全く異なる。あいつに任せていれば、俺が好感を抱いてる人間も、これから出会うはずだった善人も悪人も、等しく殺され尽くしてしまう。


 だから俺たちはルノードを殺そうとしている。ここまでは問題ない。



 ――ルノードを殺したあと……サンスタード帝国を潰す?


 ――いや、不可能だろう。それは夢物語だ。



 既にこの大陸のほぼ全てを掌握し、更には地竜ガイアを擁しているという帝国に、アニマだけで勝てるはずも無い。


 ――なら仲間たちに頼るか?


 ――いや、仲間内で対立が置き、争うことになるのは目に見えている。


 たとえ魔人に悪感情を抱いてないとはいえ、自分と同じ人間勢力である帝国に、どうして反旗を翻そうと思える。


 というか、そもそもそんな茨の道に仲間たちを立たせたくない。ダクトを、アシュリーをそんな戦いに巻き込みたくはない。


 俺と、俺が責任を預かるアニマという種族だけで成し遂げられる範囲でしか、行動は起こせない。



 仲間たちに迷惑を掛けず、俺にできる範囲で帝国を弱体化させる方法…………。


 そんなものが、あるはずが――。



 そこまで考えたところで、雷鳴のような天啓が脳裏に閃き、そして焼き付いた。


 思わず足を止めた俺に、後ろを追従していたセリカが同じように立ち止まり、懐疑的な視線を送ってきているのだろう。


 だが、それに拘泥することなく、俺は頭を押さえ、脳裏を焼き焦がすその天啓を精査する。


『何の属性かと言われれば難しいところだが、彼のみが生み出せる特殊なエネルギーを使用する』


『彼も歴代の金竜から外れることなく人間に与し、発展させることを目的としている』


『現在ドールは、エイリアの地下に隠れ潜み、自身が産み出す唯一無二のエネルギーによってのみ動く、兵器の開発を進めているようだ』


『金竜は直接的な戦闘能力に秀でている訳では無いが、無尽蔵のエネルギーから生み出される兵士たちが、それを支えているという訳だね』


 困った時に幾度となく俺を支えてくれたのは、魔王ルヴェリスが残した知識だった。


 そして、それは今回も、俺の決断を後押しする形になった。


 ――俺は、あんたの掌の上なのか?


 ――あんた、本当はどこまで見えていたんだ?


 分からない。俺はあの人が信用に足る、立派な人物だと思っていた。仲間たちも、あの人の元に集まった民も、全員があの人を誉めそやした。


 だが、その死後にもあらゆる人物の行動の指針となり続けているその様は、ふとした時に恐ろしいと感じる程だ。


 ――思えば、アイルバトスさんがルノードに対する切り札として担がれたのも。


『氷竜アイルバトスなら、炎竜ルノードへの切り札となり得る』という、魔王ルヴェリスの言葉があったからじゃないのか?


 その結果、ルヴェリスの死後に疲弊した魔王軍は、その軍力を割くことなく、此度のルノード討伐戦を迎えることができた。


 魔王軍の友軍である氷竜勢力が戦線に加わったことで、皆が満足していた。魔王軍からジェット一人しか戦闘員が参加しなかったことにも、誰も苦言を呈すことはなかった。


 ――氷竜アイルバトスと炎竜ルノードを対等以上の条件で対峙させる。


 それだけが重要だとされ、それ以外の戦力については重視されなかったためだ。


 そうして、誰しもが「これが最善」だと思い込んだまま今日この日を迎え、俺達はアイルバトスさんを失った。氷竜の戦士隊の多くを失った。


 その上、俺の脳裏に閃いた、この解決策だよ。



 ――金竜ドールに、死んでもらう。



 金竜にしか造れないエネルギーを生み出し、それによって人間界を発展させ続けているというドール。


 奴が死ねば、サンスタード帝国は間違いなく弱体化する。


 もしかすれば、この戦争が終結した後、アニマを殲滅するどころではなくなるほどに。


 当然、アニマに対する帝国からの恨みは倍増するだろうが……。


 金竜ドールを死に至らしめる現実的な策が無くもないのも、追い風だった。


 ()()()()()()()()()()()()()。たったそれだけで、ルノードとドールは衝突する。


 アイルバトスさんとの戦いを終え、傷ついたルノード。それを妨害することをやめ、ドールとぶつける。


 さっきまでは、それを止めるために奔走していたはずだ。


 金竜ドールを護ることが、この世界の未来において重要なのだと疑っていなかった。


 人間では無いのに、人間の仲間に感化され、人類のために活動する龍を活かそうと奮闘していた。


 だが、今の俺には。


 ――ルノードとドールをぶつけ、生き残った方を俺が殺す。


 それが最善と思えてならなかった。


 もしかすると、それこそが魔王ルヴェリスの真の狙いだったのかもしれないと気づいても、尚。


 ――まさかとは思うけど、まーた誰かに洗脳されて、おかしくなってる訳じゃないよな、俺?


 そこまで考えて左の頬を強くつねるも、ただ痛いだけだった。こんなもんで幻惑魔法の支配下にあるかなんて、正直計れないけどな。


「ちょっと……本当に大丈夫なの?」


「……あァ」


 セリカが心配そうに声を掛けてくる。それに対して頷いてから、


「そうだな。お前には、今考えてたことを全部話しておくよ」


 と、説明を始める。


 話し続けるうちに、セリカの目は大きく見開かれた。しかし、聡明な彼女は、すぐに目を細め、顎に手を当てて熟考した。


「なるほど……確かにそれはあり得る話。魔王ルヴェリスの目的はもしかすると、この世界から龍を減らすこと……?」


「それと同時に、やっぱり魔王軍が有利になりそうにも思えるな。まァ自分の所属する国を勝たせたいってのは、分かるけど……」


 まさかとは思うが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて……考えてないよな。


 ジェットを見ている限り、あいつは今まで通り難しいことなんて一切考えずに生きている、純情少年といった風だが……。


 魔王ルヴェリスが本当にその手の企みを企てていたとすれば、間違いなく魔王ナインテイルにはそれが引き継がれていると考えるべきだ。


 ……この疑念が本当に合っていたとすれば、魔王ナインテイルに援軍を要請しに向かったロテスは……いや、さすがに攻撃されたりはしないと思うが……。援軍を送ることは渋られるんじゃないか。


「――そうだとは思いたくねェけど。もしそうだとしたら、魔王軍は当てにならない。本当に今、ここにいる俺達だけで、ルノードを殺さないといけないってことだ」


「そうなると、余計に金竜をぶつけたくなるわね」


「……そう、なんだよな」


 生き残った氷竜……ロテスとリラ以外に何人いるのかも分からない。それに加えて俺たち一行、そしてヴァリアーの中で今も戦っているであろう隊員。


 それらだけでルノードに勝てるのか。……率直に言って、難しいだろう。


 先ほどまでは「やってやる」と考えていた。


 だが、金竜ドールの命を諦めることで、全てが上手くいくようにも思えるんだ。


 ルノードを殺せる確率が大幅に上がり、戦後に帝国によってアニマが殲滅される可能性も減らせる。


 いや、確実に帝国の軍勢は差し向けられるだろうが、逃げ切れる公算が大きくなる。


 一度それに思い至ってしまうと、多くの仲間を失う可能性があった先ほどまでの無謀な突撃は、恥ずべき蛮勇だったとすら思えてくる。


 自分が死ぬまでの最後の一ヶ月間、俺と対話する時間を大切にしていたルヴェリス。


 それが、今日この日、俺にこの選択をさせるために設けられた策謀の時間だったとすれば。


 それに感づいて尚、それが最善の行いだと結論付けてしまう俺の状態は、まさしく教育という最上級の洗脳を施された状態と言えるのではないか。


 ルヴェリス。あんたは……正しく“()()”だよ。


「うん。やっぱり俺は、例えそれが魔王軍の企みの一部だったとしても、炎竜と金竜を共倒れさせたい」


「……………………」


「後の世界のことは、後で考えよう。……というか、この戦場の真っただ中で色々考えるのは無理がある」


「それはそうだと思う」


 セリカの同意は食い気味だった。


 俺が思考を巡らせている間にも、きっと多くの命が失われていたはずだ。セリカはそれを気にして、俺が立ち止まったままでいることに何か言いたげだったんだろう。


「今のあなたの考えを、味方全員に話して回る? それなら、私が――」


「いや、伝えなくていい」


 そこまで語ったセリカを、左手を上げることで制止する。


「――万が一反対意見が出ると困る。全員を説得して回る時間が無いこともあるし……これはアニマの族長を引き継ぐ、俺が背負うべき罪だから」


 全てが終わった後、久しぶりにアシュリーがブチ切れるかもしれない。


 ダクトが俺をなじるところなんて、想像もしたくない。


 それでも、俺はやる。


 レイスくらいには、事前に相談しておきたい気もするが……あいつ、今どこにいるんだよ。


 アシュリーと共にヴァリアーに向かっていたはずだが……そもそも、戻って来なさすぎだ。


 リバイアとアンリを見つけるのに手間取っているのか、それともあいつらもヴァリアーに拘束されちまったのか。


 と、ヴァリアー方面を睨みつけ、そこから視線を彷徨わせていると。


「……いた! リバイアとアンリ……を連れてるのは、アル……か!?」


 土埃と煙が立ち込める中、輝く水色の髪はとても目立った。


 その三人に向けて、屋根の上から飛び掛かる様に跳躍したアニマを認めた瞬間、俺は両足に力を込めつつ叫んでいた。


『――上だッ!! ヴァギリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!』



死人に口なし。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ