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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第13章 斜陽編 -在りし日の辛苦も追悼せよ緋色-
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第206話 ロテス


 ◆レンドウ◆



 傷ついた炎竜ルノードの巨体が、赤い閃光を放ち、消える。


 ドラゴンの姿を維持できなくなったのか。


 それとも、単に必要が無くなったから変身を解いただけなのか。


 それを正しく判断するには、俺の頭は疲弊しすぎていた。



 ――アイルバトスさんが、死んだ。



 その事実が、どうしようもないほど重くのしかかってくる。


 身体が重い。心も重い。


 分厚く、向こう側を見通すことも難しい絶望に包まれて、もう耳を塞いで気絶してしまいたいと思った。


 だけど、横を見ればセリカは何事かをブツブツ呟いてエイリアを見つめているし。


 クラウディオは偃月刀を手に、爆発の時を待つかのように泰然(たいぜん)としている。俺の視線に気づき、こちらへと視線を返してきた。


「……………………」


 俺はそれに対して何も言えないまま、ジェットを見る。


 ジェットは首から下げている銀色のペンダントを引っ張り出し、握りしめて瞑目(めいもく)していた。


 幼馴染であるシュピーネル、ジェノとお揃いの持ち物だったというそれに何を祈っているのかは分からないが、逃げるつもりが無さそうなのは伝わってきた。


 …………なんだよ、ビビッてたのは俺だけなのかよ。


 自嘲気味に笑みを浮かべた時。遠くの街から響く破壊音と悲鳴を上書きする、風を打つ音が上方より届いた。


 俺の身の丈を超える白い竜が、崩れ落ちる様に目の前へと着地した。


 まだかろうじて無事な氷竜がいたのか!


 ……そう、か。


「ロテスさん…………だよな…………!?」


 その他の氷竜と異なり、ルノードの“熱を奪う能力”によって倒れ伏した俺達の様子を確認していたロテスは、参戦が遅れた。そのために、ルノードによる黒い槍の斉射を免れたんだ。


 アイルバトスさんがルノードに向き直り、吹雪のブレスを吐くまでの一瞬の隙を作るために、ルノードの“青い炎”へと身を投げ出した彼は、なんとか無事だったらしい。


 白竜の身体が光に包まれ、そこから現れた青年が地面に崩れる。……いや、無事じゃない、のか?


 目立った外傷は無い。倒れたのは、単に力を使い過ぎたことによる疲労が理由か。勿論、深い心労もあるだろうが。


「ロ、ロテスさん……。大丈夫ですか? ……あっ」


 声を掛けながら駆け寄り、ロテスに肩を貸す。その時、自分が前に出過ぎていたことに気付き、慌てる。


 まずい、ここまでエイリアに近づいてしまうと、また地面から金鎧兵(キンガイヘイ)が生えてきちまう。


 急いでロテスを引きずるように木々の間を目指すが、周囲に金鎧兵が現れることは無かった。


「大丈夫……だよ。ぼくの怪我は大したことない。少し休めば……また動ける。だが……彼女はそうはいかない」


 彼女って、どの女のことだ? 大木に寄りかからせたロテスの言葉に首を傾げると、ロテスは首を上げて、顎で平原を指し示したのか。


「あそこに転がってる奴か……!」


 クラウディオがそう言い、偃月刀を傍らの地面に再び突き刺すと、苦手としているはずの太陽の中へ躊躇なく飛び出していった。


 100メートル程離れたところに、血だまりがある。


 その中に沈んでいるのが、ロテスの言う彼女なのか。


 ……そうだ、さっきまであそこには、ルノードによって撃墜された氷竜が転がっていた。それがいつの間にか、人間の姿に戻っていたのか。


「ぼくらはアニマほど……傷の治りが早くない。レンドウ君の……力で、リラを治療してあげて……ほしい……」


 苦し気に言葉を零すロテスの手を握って、頷いてやる。


「そりゃ勿論、生きたんなら喜んで治療しますって!」


 任せてください、と豪語してやりたいくらいだ。


 早速ロテスの傷に手を当てようとするも、本人に小さく首を振って制止される。


 傷の治療には、俺の緋翼を消費することになる。貴重、というほど容量に不安がある訳でも無いんだが、リラのためにとっておけということだろう。


 リラ……というと、戦士隊第七位の少女か。“寡黙な”リラの二つ名が示す通り、殆ど声を発しない人物だった。


 しかし陰鬱な空気を纏っているかと言えばそうでもなく、ただ単に必要が無いから喋らない、という感じ。


 アイルバトスさんに戦士隊としての位を与えられたことを見ても、人格に問題があるとは思えない。


 生き残ってくれれば、必ずこの先の世界の役に立ってくれるはずだ。


 だが、リラは第七位で、ロテスは第八位。序列で言えば下の方なのもまた事実。


 単体の戦闘力として見た場合、アニマに対してどの程度やれるのかは疑問だ。


 カーリーと共に行動している戦士隊第二位、“溌溂な”レイネは強大なオーラを放っていたし、高位のアニマにも勝てるだろうと思えたが。


 ……カーリー。今どこにいるんだ。無事に家族を連れて脱出できたのか。もうすぐここに戻ってこれるのか。


 あとは、ナージアだ。第三位の階級を与えられたナージアは、実際は第一位の位を与えられてもおかしくないだけの“創造する力(クラフトアークス)”を備えているらしい。あのダクトと一緒に行動していたのだし、こちらも無事だと信じたい……が。


 二人が向かったのはエイリアの街中だ。例えアニマ連中に負けるとは思えない二人であっても、先程の二体の巨竜による大乱闘に巻き込まれていればひとたまりもないだろう。


 頼むから無事でいてくれ。


 誰一人として、死なないでくれ。


 そんな、既に無茶としか思えない、脳が溶けちまったとしか思えない願いを何かに捧げていると、クラウディオが戻ってきた。


 日陰に入り、両腕に抱えていたリラをロテスの前に横たえる。


 真っ赤に染まったローブの前面を裂くと、


「……ッ!? どういう状況なんだ、これっ」


 その悲惨な状態に、思わず呻いてしまう。


 リラの身体は腹部と脚部に損傷があった。それが、どうにも不可解というか。


 全身の肌には不思議なほどに傷が無い。いや、小さな切り傷は氷竜の治癒力でも既に消えたというだけなのかもしれないが。


 腹部には大穴が開いており、肋骨の下部から内臓までもが露わになっている。


 だが、その切り口が妙に滑らかというか。


 脚も同じく、人間としての形はちゃんと保っている。


 ただ、両足の太腿の表面の肉がべろりと剥けたように、筋肉が露出している。大変おグロい。


「攻撃を受けて出来た傷って訳じゃないよな、これ……」


 慌てて両手をリラに向けて、緋翼を吹き付ける。吹き付けた傍から力を抜き、俺の支配を断ち切っていく。


 思惑通り、分解されリラのものとなった“創造する力”が、彼女の傷をゆっくりと、だが確実に補填していく。


 あまりにも傷が深く、死に瀕していた場合、直接緋翼で傷を塞いだり、外科手術のような行為に挑戦する必要もあっただろう。


 全ての記憶を取り戻し、以前よりは“創造する力”にも明るくなったとはいえ、初めての手術が上手くいく保証は無かった。


 俺の緋翼をリラに取り込ませるだけで、あとは彼女の自己再生能力に任せられそうなのは幸いだったと言える。


「そもそも、服はそのまんまだったもんな。竜形態? の時に受けたダメージは、そのまんま人間形態? に引き継がれる訳じゃねェってことか」


 ジェットの言葉に、そういえばそうだったと思う。さっき俺は、真っ赤に染まったリラのローブを引き裂いた。


 俺達アニマはルノードによって知識にも能力に制限を受けていて、自分たちがドラゴンに変化することができる可能性を持っているなんて想像だにしていなかった。


 だけど、アイルバトスさんによって能力の訓練を受けていた氷竜たちは違う。


 ロテスは塞がっていくリラの傷を見て安心したように息を吐くと、頷いた。


 彼自身の呼吸も落ち着き、動くようになった掌を握ったり開いたりしている。どうやらまだ戦うつもりのようだ。そんな雰囲気を感じた。


「竜化は、そのまま……人間体の腕が竜体の腕に変形している訳では無いからね。光に包まれたあと、我らは“竜としての自分”と入れ替わる。説明が難しいんだけど……衣服は“人間としての自分”に紐づけられていて、竜として活動している間に損傷することはない」


 まぁ、じゃないと人間体に戻った時に素っ裸になっちまうもんな。……あれだけ強力な力を振るわせてもらえるんだ、素っ裸になるくらい気にせず使うけどな、俺なら。


「人間体の時に傷を負っていれば、満足に竜体を形作ることは難しい。無理して竜化しようとしても、無駄に力を消耗するだけだ。多くの竜種はこれを避けるだろうね」


 リラの治療を続けながら、ロテスの話を頑張って頭に入れようとする。なんとなく、この話は重要になってくる気がした。


 特にアイルバトスさんと戦ったルノードが、大きな怪我を負っているのだとすれば。


「竜体の時に傷を受ければ、場合によっては竜化が解ける。戦闘中にそれが起これば大きな隙となる……さっきのぼくが崩れ落ちたみたいにね。熟練の竜なら、“創造する力”を大きく消費してでも、無理やり竜化を続けるだろうけど……少なくとも、戦いの最中は」


 そりゃあそうだろう。だからこそあの一体目の真紅の竜は、死ぬまで……いや、死んでもその姿を戻さなかった。死んだあとは、勝手に人間の姿に戻るって訳でもないんだな。それはなんだか意外な気もするが。


 アイルバトスさんもそれは同じだ……ったと思う。彼が命を落とす瞬間も、その遺体もまだこの目で確認してはいないが。恐らく、エイリアに足を踏み入れれば嫌でも目にすることになるだろう。


 ルノードもまた、アイルバトスさんを殺しきるまで、竜化が解けないように努めた。


 その姿が光の中に消えたということは、もしかするとその位置にルノードの人間体が崩れ落ちているのか?


 だとすれば、今こそが絶好の機会なんじゃ……。


「竜化が解ける際、受けたダメージは人間体に引き継がれる。だけど、それは竜体の部位とは関わりが無いんだ。意識があれば、ぼくらは出来るだけ戦闘続行に支障のない部位に傷を残す。……いや、この言い方は正しくないか」


 怪我を引き継ぐ位置を選べるのか!?


 ……いや、だけど、意識がある場合限定なのか。


 なら、意識が無かったと思われる、このリラの傷の位置は……と、俺の考えを裂くようにロテスは続ける。


「正しくは、後回しにしても良さそうな場所の生成を遅らせるよう意識する、だね。大量に“創造する力”を保有しているなら、それを消費することで万全の人間体を造り直すこともできるだろうけど」


 傷つき、気絶したリラは……本来は穴だらけの人間体を自動で生成するはずで、そこで体内に残っていた“創造する力”の全てが消費され、それで可能な限り十全に近い肉体を生成した……。


「――そしてその際、生成しきれずに穴が空きっぱなしになった場所は、リラの意図するところではない……ってことですか」


 俺の考えを述べると、ロテスは深く首肯した。


「さすが。いい理解力だ」


「ありがとうございます」


 説明が難しいなどと言いつつ、ロテスの言葉は理解しやすかったように感じる。だが、褒められて悪い気はしない。


「じゃあ、もしかすっと今のルノードは……満足いく人間体を造れず、もういっかいドラゴンになることも出来ねェ状態ってことか?」


 ジェットも俺と同じことを考えていたらしい。俺より年下の癖に、未だに俺より明確に劣った部分を見せない少年に畏怖を覚えつつも、しかし今は味方なんだから、と自分を戒める。味方が強く、理解力を持っているのは悪いことじゃない。


「ええ。……もし皆さんが絶望し、戦いを諦めていればどうしようかと考えていましたが……。まだ希望はあると思うんです。ぼくが撤退中に見たものをお伝えします」


 ロテスは気丈に振る舞おうとしているのか、長が亡くなったばかりだというのに、笑みすら浮かべてみせた。


 仲間の顔を見るまで、多分俺が一番絶望に近かっただろうとは言える雰囲気じゃないな。


「まず、炎竜ルノードですが。……長を殺めた後、竜体を維持するだけの力は残っていなかったのでしょう。左腕を根元から欠損し、血を垂れ流した状態の人間体となり、ヴァリアーへと向かったようです」


 左腕を根元から……。それはつまり、意識があった訳だから、自分で意識的に左腕を犠牲にしたってことだよな?


 移動手段である足は……まァ、そうだな。捨てる訳にはいかないもんな。片腕を失う程度なら、あいつにとっては大して攻撃力を失ったことにはならないんだろう。最悪、足でも攻撃は出来るしな。


「ヴァリアーへ向かっただと?」


 クラウディオが意外そうな声を上げる。


 反応が遅れたが、確かに言われてみれば……俺達を、そして金竜ドールをあまりにも舐めすぎているようにも感じられる。


「私たちを避けるように、他の方向からエイリアを脱出しようとしていたのではなく?」


 セリカの疑問に、ロテスはギラついたとも言える視線で答えた。それはセリカへ怒っている訳では無く、一重にルノードへの敵愾心から来るものだろう。


 ……違うよね? ロテスさん、アニマだからって理由で、俺とセリカに対して憎しみを抱いてませんよね?


「はい。それに関してはぼくを信じてくださいとしか言えませんが……ヴァリアーの方向へ歩き始めながら。ルノードがぼくを見たんです。あの目は……『逃げはしない。勝てると思うならかかってこい』と。そう言っているように見えました」


 きつく握りしめられたロテスの拳。ぶるぶると震えるそれに、長を殺された者の計り知れない怒りが見えた。


 それをあまり刺激しないようにしたいと思いつつ口を開く。


「ルノードと金竜ドールの間には、そこまで実力の開きがあるってのか? それも、ルノードはアイルバトスさんとの戦いでボロボロだっていうのに……」


「普通に考えれば、アイルバトス……様を倒した時点で、この世界には万全の状態のルノードを殺せる可能性を持つ者はいなくなった訳で。一度ラ・アニマに戻って、竜門で回復を計ると思うのだけど」


 セリカの言葉に、ロテスは同意する。セリカ、ロテスの前だから慌てて様を足したな。


「……ええ。ぼくもそれが気がかりでした。ですが、理由はともかく、ルノードが戦いを続けるというなら好都合です。……皆さんさえよければ、その命を賭けて戦って欲しい。そう思います」


「もちろん。ヴァリアーには仲間もいますし」


 全員を代表するように、勝手に名乗りを上げてしまった形になった。


 だが、セリカも、クラウディオも、ジェットも異論はないようだった。


 せっかく有利な状況での戦いが続くのだ。いや、ルノードがボロボロだからといって、無力化した訳では無いのだから、必ずしも有利とは限らないが。


 奴なら、鼻息一つで俺達の命を摘み取ってもおかしくない。それでも、奴を殺せるかもしれない千載一遇の機会を逃してなるものか。


 今日を逃せば、二度とこんな好機は訪れない。それは間違いない。


 唯一ルノードを追い詰めることができた氷竜アイルバトスは、もうこの世界に存在しないのだから……。


 さすがはドラグナーと言うべきか、リラの傷は完全に塞がっていた。穏やかな呼吸を繰り返す彼女から手を離し、今度はロテスの左肩へと右手を置いた。


 確かに、傷は深くないらしい。だが、今の俺にはほぼ無尽蔵とも思える緋翼の貯蔵がある。


 それを彼に分け与えないことが美徳とはどうにも思えず、彼の体内にも緋翼を送る。


「……ありがとうございます。……話を続けますね。先程レンドウさんが平原に足を踏み入れた際、金鎧兵が出現しなかったと思うんですが……」


 そういえばそうだったな。魔王ルヴェリスによれば、金竜ドールはあれを無尽蔵に生み出せるという話だったような気がするが。


 先程のアイルバトスさんとルノードの戦いにて、巨大な金鎧兵が大量に出現していた。それらはルノードによって一手で破壊されながらも、確かなダメージを奴に与えていたように思える。


 金竜ドールは決して無力という訳では無い。だが、もしかするとさっきのあれで能力の大部分を消費しちまったのか……?


「恐らく、ヴァリアーの周辺や、ヴァリアー内部の地下の防衛に当たっているのだと思います。遠目ですが、金鎧兵とアニマが戦っているのが見えましたので」


 どうやら、金竜の“創造する力”が切れた訳ではないらしい。金竜にとって重要な場所に力を集中しただけか。


「なるほど。なら、とりあえず今はレンドウとセリカもエイリアに入れるようになった訳だ」


「はい。当然、ヴァリアーに近づけば襲い掛かってくると思いますが……」


 クラウディオの問いに同意するロテス。その言葉を聴きながら、俺は新たな煙を上げ続けるエイリアの空を見ていた。


 嫌な予感がする。


「……つまり、金竜ドールは自分のところの護りだけ固めやがって、住人はほったらかし……って訳ですね」


「……ええ」


 ロテスは目を伏せた。


「ルノード以外……アニマ達はどういう状態なんです? エイリアの街を……」


 訊くまでもないことを訊いてしまったような気がする。


 だが、それはハッキリさせておかないといけない部分でもあった。


「……アニマ達は、エイリアの街中で騒ぎを起こしています。恐らくは、ヴァリアーを初めとする戦力をルノードから引きはがし、自分たちへ引きつけるのが狙いかと。金鎧兵も引きつけたいはずですが、それは上手くいっていないように見えました」


 ロテスの言葉に、そうですか、と返した後。


「じゃあ、エイリアで暴れてるアニマは、俺とセリカで処理します」


 自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。


 目を見開いて俺を見たジェットに頷きかけ、「別に頭がおかしくなった訳じゃないからな」と目線で伝える。


「いや、レンドウ君。それは、あまりにも…………」


 あまりにも自罰的すぎるって言いたいのか?


 ロテスは、軽く狼狽したようだった。自分だったら、同族と戦うことに躊躇する。して当たり前だ。彼はそう考えたのだろう。


 違うさ。俺は、ルノードに従うことを決めたアニマ連中は、「間違った」と思ってる。それを正すだけだ。


 自罰的になってる訳じゃない。


 俺とジジイ、里に残った皆を選ばず、ルノードについて行ったアニマ達を許せない気持ちがある。


 俺は時代のアニマの族長、グロニクルとして、そいつらを断罪しなければならないだけだ。


 ひらひらと左手を振って、


「どうせ金鎧兵のせいでヴァリアーに近づけないんだし、適材適所ってやつですよ。今の俺には、アニマ特効とも言える力がありますし」


「……………………」


 ロテスは意見を仰ぐように、セリカたちを見渡した。


「私は、異存ありません。同族を斬る覚悟もできています。強いていえば、得物がありませんが」


 セリカ専用の得物である刀は、他ならぬ俺が折ってしまった。だが、彼女の実力なら武器無しでもそこら辺のアニマには負けないだろう。


「……レンドウ。念のため訊くが、お前は今冷静だな?」


 クラウディオの視線を正面から受け止める。


「あァ、自分ではそう思ってる。……俺は逃げたりしない。俺は俺のまま、大切な人たちを護るために、離反していった同族を斬るよ」


 以前の俺なら、自分を強く見せるために、「殺すぜ」などといった言葉を口に出していただろう。


 いや、今だって激昂する理由があれば、乱暴な言葉を口に出しはするだろう。


 だけど、今はそれじゃダメだと思った。だから、自制した。


 クラウディオを安心させるために、努めて冷静であろうとしたんだ。


「お前を信じよう」


 クラウディオの言葉を受け、ロテスもそれ以上反対することをやめたようだった。


「あなたを尊敬します、レンドウさん」と、年上の青年に真正面から言われ、頬が熱くなるのを抑えるのは難しかった。


 ロテスは起き上がると、これから自分がするべきだと思う行動を話した。俺たち全員がそれに同意した。



 ――そうして、一足先に戦線を離脱する二体の氷竜を俺達は見送った。



 再び竜化したロテスの背には、“創造する力”を用いて意識のないリラが固定されている。


 魔王城へ向かい、魔王ナインテイルに現在の状況を伝える。そしてあわよくば、援軍を送ってもらう。


 それがロテスの選んだ戦い方だった。


 二日近く、休みもせずに飛び続けるつもりだ。


 自分の手でルノードやアニマに復讐してやりたい気持ちは、勿論あっただろう。


 しかし、彼はそれを選ばなかった。自分にしかできない道を選択してのけた。


 あるいは、俺がもう少し激情に駆られていれば、それに呼応するようにロテスもまた「アニマを殺し尽くす」とここに残ることを選んだのかもしれない。


 だとすれば、努めて冷静であろうとした俺もある意味、未来に貢献できたと言えるのかもな。


 氷竜アイルバトスが敗れ、炎竜ルノードが自らの竜門に帰り着いて受けた傷を癒したなら、もはや世界はルノードに降伏するしかなかっただろう。


 だが、ルノードは理由こそ不明だが、未だに金竜ドール目掛けて突き進もうとしている。


 ならば道は残されている。


 魔王ナインテイルに援軍を要請し、ラ・アニマの周囲を固めてもらう。更に傷ついたルノードがそこに帰りつけぬよう、策を講じてもらう。


 そうすれば。例え今日、これから金竜ドールが殺され、俺達全員が死んだとしても。


 魔王ナインテイルがルノードに止めを刺す。そんな未来が残されているかもしれない。


 先代を失い、大きく力を削がれたルナ・グラシリウス城。


 暗黒大陸にあるベルナティエル魔国連邦、つまり魔王軍の本体は内部事情が複雑で、それは魔王一人で全てを統治できている訳では無いらしい。


 あの魔王ルヴェリスにも出来なかったことが、今は魔王ナインテイルにのしかかっている。


 だからこそ、今回の作戦において、魔王城からはジェット一人しか参戦することが叶わなかった。いや、氷竜勢力は実質魔王軍の一部と数えても良さそうな気はするけどな。


 ……それでも、身を切ってでも魔王ナインテイル自ら参戦してくれることを願う。


 例えそれによって魔国領の当時がボロボロになろうとも、世界が破滅するよりはよっぽどマシだと思うから。


 ――ロテスが魔王の説得に成功すると信じて、俺達はこれから、全力で時間稼ぎに当たる。


 完璧な勝利など最早なくなった、どこへ目をやっても痛みしか覚えない戦場ではあるが。


 大切な人たちを一人でも多く逃がせるように、全力を尽くそう。


 そう誓い、俺達は二手に分かれて走り出した。


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