第203話 隠れた才能
忘れられていそうなので軽く人物紹介のコーナー。
ヴァギリ:アルフレートの父親が鍛えたという魔法剣。銘は「清廉・穿牙」。父親の友だったという魔物の意思が宿り、その名前がヴァギリ。緋翼を操る才に特に恵まれた者にしかその声は聴こえないとされ、レンドウとは意思疎通を果たす。アルフレートにその声が聴こえないことは、幼少期の彼の自信を粉々に打ち砕いた、最初の悲劇だっただろう。
(なんか最後あたりでダクソのフレーバーテキスト感出たな)
◆ヴァギリ◆
――爆発音が、ヴァリアー本館全体を揺らした。
壁越しでも感じる程のこの熱量。それは、とてつもなく巨大な力を持った竜が出現したことを予感させるものだった。
まず間違いなく、炎竜ルノード本人だろう……と思いかけて、打ち消す。
ルノード本人を除いて、彼を望んだ方向へと動かす為に策を弄したアニマたち。
シンを謀るという重罪を犯す。
この1000年近く続いた竜の時代において、どんな種族でも考えられなかった偉業(必ずしも名誉ある行いではないが、あえてそう評したい)。
配下自ら率先して王の遺志に背き、早々に人間界への攻撃を開始し、両者の断絶・決裂を確かなものとする。
アルフレートにも伝えられていたその作戦では、まずルノードではないアニマが竜化し、氷竜アイルバトスを誘き出す手筈だった。
なら、今現れたこの熱の発生源は、ルノードではない別のドラゴン。
…………ゲンジ、だというのか?
まさかあの無骨で口下手な青年に、ここまでの才能が秘められていたとは。
当然、元々持っていた緋翼では竜化が果たせたはずも無い。作戦への参加をルノードに強制させたのち、王の緋翼を分譲されたはずだ。
それにしても、緋翼の許容量が尋常ではない。
そして間違いなく、己の限界を超えている。そんなことをすれば、長くは持たないだろう。
彼の竜化も……命もまた。
確かに改めて感覚を研ぎ澄ませば、その気配はかつての炎竜ルノードには及ぶべくもないものだと分かる。
だが、初見の人物であれば例外なく騙せるだろうと思える、我をも唸らせる存在感だ。
……あの剣氷鉱山で見た、雄大な白竜。
氷竜アイルバトスが、どうかアニマたちの策を看破してくれることを望もう。
アルフレートと、レンドウの望みのために。
「……戦いが、始まってしまったんですね」
「ああ」
「本当に…………何度でも約束を破る、汚いヒトたちなんですね…………アニマって」
黄金の檻の向こう側から、リバイアという少女は猜疑心の宿った瞳でアルフレートを見ていた。
当然、その言葉の裏には『ただしレンドウさんは除く』があるのだろうが、果たしてその例外措置はアルフレート……≪歩く辞書≫にも適用されているのだろうか。
……されていないように思えるな。
かつてヴァリアーで過ごし、それから魔王城への道のりを共に旅した少女にこの瞳をさせるのだから、他人とのコミュニケーションを図る際には普段の立ち居振る舞いというものがどれほど重要なのかが分かる。
いや、魔王城への道のりで、仲間たちからの信頼を一度は手に入れたはずだったのだ。
それを無に帰したのは、一重に“かつて炎竜ルノードの憑依体であった”という事実だろうか。
そうだとすれば、この子は悪くない。この子は王の負債を抱え込まされただけの、憐れなアニマの一人でしかない。
「アルフレートさん。わたしはあなたを信用できません」
「俺が今ここで、お前たちを檻から解放しに来たことそのものが……何よりの証拠だろう」
アルフレートは冷や汗を流している。自分が助けに現れれば、リバイアが顔を歓喜に輝かせると思っていたのだろうか。
いや、さすがにそこまで都合のいい未来を思い描いてはいなかっただろうが。
そもそもの段階で、救助されることを渋るとは考えていなかった様子だ。
成人したアニマが年端も行かない少女に対して焦っているという状況は、今この切迫した事態の中で無ければ楽しむ余地もあったかもしれない。
「そうですかねー?」
「……お前たちは戦力としてゼロじゃない。戦闘員として数えられる人材を、わざわざ檻の中から解放してやるメリットが炎竜派閥には無い。俺が独断で、お前たちを助けようとしているだけだ」
眼鏡を抑え、しかし苛立ちは抑えられないという様子で言葉を並べるアルフレート。
――我慢だ、もう少し耐えるのだ。君ならできる。君は大人だ。
そう伝えてやりたい。だが、無情にも天はアルフレートに我が声を聴けるだけの才を与えなかった。
我が旧友の息子に手ずから助言が出来れば、もう少し円滑に物事を進められたこともあっただろう。
「そんなこと言って、わたしとアンリさんを捕まえて、人質にしようと思ってる可能性だって残ってますよね」
「――アニマは人質などという戦術を好まん。それは首魁である炎竜ルノードにとっても同じだ」
「……それこそ、何回も約束を破ってる悪のドラゴンじゃないですか」
首魁などという言葉は水色の少女に理解できるか怪しいところだ。もう少し分かり易い言葉遣いをするべきだぞ、と思う。
アニマの里での教育課程を完了することが出来ずに、人間界へと足を踏み入れたアルフレート。
勉学が苦手という訳でもなかったこの子は、自らと現ヴァリアー副局長アドラスの理想の為、必死に人間界のルールを頭に叩き込んだ。
自らの有能さを示し続けることで、その有用性に気付いた人間の寵愛をものにしてきた。
……しかし、下々の者たちへの求心力の無さに関しては、最早虚しさすら覚える程だ。
「勘違いするな。お前たちの意思なんて関係ない。従わないと言うなら、俺は無理やりにでもこの檻を破壊し、お前たちを引っ張っていくだけだ。気絶させてでもな」
「……だったら、わたしは全力で抵抗しますから……!」
――ああ、どうしてそうなる。
高圧的な態度で乱暴な言葉を使えば、子供側の反発は当然予想できるだろうに。彼らの多くは自らの行く道を無理やり決められることに抵抗を覚えるものなのだ。
リバイアの言葉と雰囲気に驚いたのか、隣のアンリエルはビクッと身を引いていた。こちらもまた心労が絶えそうもなく、不憫な子だ。
「すぐにレイスさんが助けに来てくれるに決まってるんだから……!」
交友関係が狭く、自らが通った少年時代しか知り得ないアルフレートには、子供と心を通わせるということは難しいのだろうか。
「チッ。レイスだと? あいつらはまだエイリアに到着してるかすら怪しいだろうよ。ラ・アニマで罠に掛かっていれば氷竜アイルバトスが健在かもわからん。その背に乗ることができなければ、明日までにこの街に到着できるものかよ」
――嘘を吐いたな。既にラ・アニマの結界が破壊されたことが判明している以上、氷竜アイルバトスは健在だ。となれば、レイスらは既にエイリアに到着していてもおかしくない。
交渉を有利にするための嘘を平然と並べたてた後、アルフレートは我を抜き放った。
この子の力量では我の真の姿を解放させることは出来ない。
あくまで素の刃で、黄金の檻に挑むつもりらしい。
……それはさすがに無謀だろう。
我は決してなまくらではないが、これは金竜ドールの能力で作られた檻なのだ。
ノコギリのような使い道を備えている訳でもなし、肩と声を震わせながら檻と格闘しているアルフレートが報われないのは、我の責任ではない。
「――ぐッ……。ぐッが……ァァ……………………!!」
檻が壊され、中に入ってくるようなら直ぐにでも攻撃する……そう言いたげだったリバイアだが、檻が壊せそうもないことを見て取ると、鼻白んだ。
「……………………壊せそうもないならもういいじゃないですか、わたしたちのことは放っておいて。本当に善人だって証明したいなら、民間人の救助にでも行ったらいいんじゃないですか?」
「がッ……………………かじゃ、ない」
「……はい?」
「善人なんかじゃないと…………言ったんだ」
アルフレートは我の刀身に緋翼を纏わせ漆黒の短剣へ変化させると、祈るような表情で檻に押し当てた。
色々と試さずにはいられないらしい。
しかし、金竜の“創造する力”にこの子の緋翼が勝てるはずもない。
早々に吸い尽くされ、我の刀身は象牙色に戻る。
無力感に苛まれたように、檻に我を押し当てたままの恰好で、アルフレートは下を向いて慟哭する。
「外で逃げ惑う一般人なんか知るか! そんな……ヴァリアーの庇護を求めて集まってきた蛾のような連中、別に助けたいとは思わねえ! 俺は、俺が助けたいと思った奴にしか手は差し伸べたりしないッ!!」
アルフレート……。
――それが君の本心か。
まるで、斜に構えていた少年時代を取り戻そうとするかのような叫びだった。
身勝手だが、熱く、いい内容だと思う。我には充分に響いた。
……しかし、それが眼前の少女に届かなければ意味が無いのも事実だ。
リバイアはその叫びを受けても尚、今一歩のところで信用し切れない……そういう表情だった。青い瞳が激しく瞬いた。
「……………………」
揺れている、とは思う。
ならば、もう一人の少年。アンリエル・クラルティの信頼を得る方向で働きかけるのはどうか。
……我がそう思い至ったとしても、この子がそれに気づけなければ進展は無いのだが。
我が自分の無力を嘆いていると、リバイアの剣幕に怯えた様子だと思われていたアンリエルの視線が、部屋の周囲に向けられていることに気付く。
――この少年は……何かを探している……のか?
そう思案した時、少年の肩が震えた。
「あの…………僕の勘違いでなければなんですけど…………、」
疑念が確信に変わったような表情で、少年は我を真っすぐに見つめた。
「――――さっきから…………もしかして、その剣が喋ってるんでしょう…………か?」
タイトルの「隠れた才能」は、ヴァギリから見たゲンジと、ラストのアンリのダブルミーニング。