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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第12章 斜陽編 -炎天も嚇怒も撃ち堕とせ死星-
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第201話 真紅の竜


 ◆レンドウ◆



 視界の左の隅の方で、何かがチカッと発光した。


 それに釣られてそちらを見た瞬間、そこにあった台地が裂けた、のか。


「なんッ……――!?」


 視界を埋め尽くすほどの光量は一瞬で過ぎ去り、そこから数瞬後に大音量が叩きつけられた。


「ぐォあッ!?」


 すぐそばの木に背中を預け、衝撃に耐えながらジェットが発した音だ。


 黙って耐えろ、舌を噛むぞ。


 音というのは空気の振動だとは言うが、それだけでここまで人様の体勢を変えられるものなのか。


 木々は軋み、俺のブーツは地面を抉って後退した。バランスを崩し、両手を地面につくことで耐える。


 視線を上げると、そこには奴がいた。


 エイリアの街並みから見て東にある、高低差の激しい台地。その中に、あいつは隠れ潜んでいたんだ。


 竜化の衝撃で周囲の岩山が崩れたのか、土煙が濛々(もうもう)と立ち込めている。


 それでも、その巨体は隠れ切らない。


 真紅の鱗に体表を覆われた、爛々と輝く黄玉の瞳を持つ竜。


 台地の(へり)に鋭すぎる爪を掛け、高みからヴァリアーを見下ろす巨体は、二足歩行を基本としているのか。前脚……いや、腕に比べて脚が異様に大きい。


 四本足で歩き、長く平たいフォルムをしている氷竜は、その背中に人間を乗せることを得意としていた。


 それとは異なり、その竜は随分とスリムだ。


 細い胴体に長い首を持ち、棘のように発達した器官も見受けられるものの、前方に向いた角は備えていないその頭部は、まるで余計な武装を取り払った姿にも見える。


 意外にも、角を突き合わせて戦うような、野生動物の雄を連想させるようなものではなく。


 蝶のように両翼を合わせる形で畳まれた翼は、その状態でも身体に似つかわしく無いほど大きいと分かる。


 重量を捨て、飛ぶことに特化したドラゴン……なのか?


 確かに、あの“青い炎”を遠距離から吐かれては、どんな生物も一溜りもないだろう。近接戦闘を考える必要が無いのかもしれない。


 目測だが……体高40メートル程はあるだろうか。今は身体を伸ばしていないため、もう少し大きい可能性もある。体長は……尻尾が見えないので分からない。


 だが、アイルバトスさんより大きいことは確かだ。


 アイルバトスさんの方がずっとがっしりしているから、体当たりでもかませれば案外ポッキリ折れてくれるかもしれないが。


 いや、しかし、今考えるべきはそんなことじゃない。


「お出ましか。だが、何故このタイミングで姿を現した?」


 木陰から出ないように徹底したクラウディオの、地面から偃月刀を引き抜きつつの言葉だ。


 億劫そうにしているが、戦闘態勢に入ろうとしている。昼間でも必要があらば戦う気概らしい。吸血鬼にとっての日光はかなりのダメージとなるはずだが、大丈夫なのか。


「何か策があると見るのが自然だろうね。エイリアに攻撃を仕掛けるより前に、私を引きずり出したいのだろうか。……私と直接戦うのであれば、確かに宣戦布告を(たが)えることにはならないのか……?」


 アイルバトスさんはそう言いながら、手振りで氷竜の戦士隊に指示を出す。


 視線をエイリアの街並みへと向ける。閃光は一瞬だったが、その後の大音量が聴こえなかった人間は存在しまい。


 街全体が混乱の最中にあり、浮足立っているのが感じられる。


 だが、それでも彼らは避難しない。急にそんな判断を下せる人間の方が珍しいとも思うが。


 多くの住人からはドラゴンが見えず、見える位置にいる人間たちも、その非日常を受け入れられないのか、それとも非日常に慣れてしまっているのか。


「ちっ!」


 思わず舌打ちが零れる。


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 そんな平和ボケをした住人が多くを占めており、これから始まる戦いで多くが犠牲になってしまうというのであれば。


 ――今までのヴァリアーの活動に、何の意味があったってんだ?


 一度や二度命を救われたからって、なんだってんだ。その後に結局死んじまったら、なんにもなんねェじゃねェかよ。


 大勢で死ぬために、ここに集まっただけみたいになっちまうだろうが。


 そもそも、ヴァリアーという組織に守ってもらうために難民が集まってできたこのエイリアという街が、ただただ歪だったというだけのことかもしれないが。


 金竜ドールは、一体何を考えてこの場所を造り上げたんだ。


 まさか、沢山の人間を住まわせておけば。この戦争の際にも大量の肉の壁を用意しておけば、炎竜ルノードが手心を加えてくれると期待したワケじゃねェだろ……?


「……いや、驚いたな。奴には、こちらの位置が分かっていたのか……!」


 アイルバトスさんの言葉通り、台地の上に佇むドラゴンは、その長い首をもたげてこの森の方を見ていた。


 向こうは当然既に解除したってことなんだろうけど、お互いに高位の隠密魔術を発動していたって話だったよな。


 ルノードのみがそれを突破し、アイルバトスさんの位置を一方的に把握していた。


 それは、魔学面においてはルノードに分があるということの現れなんだろう。


 真紅のドラゴンは両翼を広げ――動き出すのかと思い、反射的に身構えてしまう――閉じた。


「身体の可動域を把握しようとしている……? いや、準備運動のようなものか」


 クラウディオの言葉通り、それはまるで準備運動のように見えた。


 炎竜の襲撃に対し、何の準備もできていない人の群れを前に、こちらに向けてわざとらしく行われたそれは……。


「挑発、か」


 アイルバトスさんの声は、底冷えするほど冷徹だった。


「私に先手を取られることを嫌っているらしいな。真正面からかち合えば、自分が勝つと考えているようだ」


 炎竜ルノードのことを心底軽蔑していると解る、冷たい声だった。


「レンドウ君にはすまないが。(じき)に痺れを切らし、本当にエイリアに攻撃を開始しそうにも見受けられる。考えていたより、奴は精神的に追い詰められているのかもしれない。……もはや、炎竜ルノードに武士道のようなものを期待するのは間違いなのかもしれん。卑劣な輩だと想定し、対抗させてもらう」


 氷竜の長は数歩前に、陽光の差し込む平野に踏み出すと、その身から光を放ち始めた。


 ルノードに対抗し、竜の姿となるつもりらしい。


「……はい。それも、仕方ないと思います」


 俺が文句を言える状況じゃない。しょっちゅう私情にかられて間違った判断を下しちまう俺よりも、年を重ねた彼に従うべきだろう。


 だが、この頬を伝う水はなんだ?


 とっくの昔に覚悟を決め、炎竜ルノードとは袂を分かったはずだった。それなのに、アイルバトスさんが心からルノードを嫌っていることを悲しんでいるのか? 自分たちの創造主に、善性を期待していたのだろうか。


 頬の水分を、右の袖で乱暴に拭った。


「ただ、まだ何か罠がある可能性もある。念のため、確認させて欲しいのだが……君は本当にあれが……炎竜ルノードだと思うかい?」


 一瞬、その言葉の意味が理解できず、目が点になりかける。


 だが、そうか。その通りだ。言われて見れば、竜の姿を取れるのは炎竜ルノードだけじゃない。


 氷竜の戦士隊は全員が竜化できるという話だし。


 それに何より、うちのジジイだってアイルバトスさんと戦うために竜化したって話だったよな。


 それは普段のジジイには到底不可能な御業のはずで、しかしルノードによって無理やり大量の緋翼を与えられた結果、一時的に成し得たものであると。


 だとすれば。


「――あのドラゴンは、ルノードじゃない可能性もあるってこと……ですか……!?」


 だが、いや、そんなことは。


 あの存在感だぞ。一目で尋常でない存在だと分かる。アイルバトスさんと同クラスの存在だと。それが、ルノードではなく別のアニマが変化したものなんてことが……?


「ないと思いたいがね。レンドウ君、君はラ・アニマで、ルノードの竜形態を記憶しているかい?」


「……いいえ、あの時は深夜で……とんでもない光に目を焼かれたせいか、とてもじゃないけど姿をはっきりとは……。バカでかい腕だったか脚だったかを見た気はするんですが」


「分かった、ありがとう。まぁ、私もあれがルノード本人で間違いないとは思うのだけどね。一応、留意しておいてくれ。では――、」


 全身光の塊となったアイルバトスさんから、幾条もの光が曲線を描き、平野の中央へと伸びる。


 その集合点に、白い巨躯が生成されていく。


 ――ナージアの竜化とは、随分と違うんだな。


 彼の眷属であるはずのナージアだが、その身体の変容にはバキボキという痛そうな音が響き、彼自身も唸り声を上げていた。


 いや、最近でもそうなのかは知らんけど。


 とにかく、それが龍の成せる技なのか、アイルバトスさんの竜化は美しく、雄大だった。


 人間形態のあった場所そのものに出現する訳じゃないんだな。……そうだとしたら、俺は今頃潰されてたかもしれないけど。


 長い面にずらりと並んだ鋭い牙、白色の鱗で覆われた体表は、日の光を受けて水色がかったり、虹色に輝いて見える部分もある。


 美しいが、デカいという時点で威圧感が無いとは言えない。


 果たして、街の周囲に2体目のドラゴンが現れたことに、民間人たちの精神は正常を保てるのか。


『少し待っていてくれ。――終わらせてくる』


 念話による頼もしい言葉と共に。巨大な宝石のような白竜が、ずしりと前脚を地面について……勢いよく打つ。


 地面が激しく振動し、俺の身体も僅かに浮かび上がる。


 だが、今回は前もって注意していたおかげで対応することができた。


 3階建てのヴァリアー本館にも匹敵する巨躯が嘘のように浮かび上がり、その翼が一度振るわれたかと思えば、既にその姿は台地に向けて急激に加速している……!


 今までの、背中に俺達を乗せている際の手加減した飛行じゃない。


 ――あれが、アイルバトスさんの全力の跳躍。


 彼に比べれば華奢にすら思える、あの赤いドラゴンを。


 アイルバトスさんが一息に砕いてくれることを願い、拳を強く握りしめた。


 だが。


 白い巨躯が着地と共に抉り取った台地に、赤い竜は既に存在しなかった。


 ひらりと、受ければ死は確実だと思われた飛び掛かりを、自らも跳躍することで回避すると。


 あまりにも自然に、真紅の竜はエイリアへと落下していった。


「……………………はっ?」


 あわやエイリアの街に叩きつけられるかと思われた巨躯は、翼を広げて落下速度を減速させたのち、時計塔に纏わりつくように着地した。


 さすがは地竜ガイアとやらが建造したという、世界最硬の建造物の一つ。ドラゴンが体重を預けたくらいじゃ崩れないんだな。


 ――なんてことを、回らない頭でぼんやりと考えた。


 状況を認識することを、脳が拒んでいた。


 人々の悲鳴が、怒号が俺の耳を劈く。


 ――アイルバトスさんは、逡巡(しゅんじゅん)したのだろう。


 人々を巻き込む恐れのあるエイリアまで追いかけ、追撃を見舞うべきか否か。


 その迷いを待たずに、真紅の竜は次なるアクションを起こした。


 ……起こしてしまった。


 信じたかった。例えアイルバトスさんが疑おうとも。


 炎竜ルノードの性根は悪ではなく、魔王ルヴェリスとの約束を反故にしてしまったことを悔い、二度と同じ過ちを繰り返さない人物であると。


 俺という存在を生み出した創造主だから……そう、思いたかった。


「おい」


 がぱり、と。


「やめ――、」


 真紅の竜が大口を開けたかと思うと、次の瞬間には、既にエイリアの中央へとそれは放たれていた。


 紅蓮の炎が地面を勢いよく走り、そこにある全てを飲み込んだ。


「――ルノードォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオ!!!!!」


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