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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第12章 斜陽編 -炎天も嚇怒も撃ち堕とせ死星-
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第199話 ヴァリアー内部


 ◆カーリー◆



 ――皆の安否が確認できたのは幸いだった。


 大変意外ではあるが、アニマ達は私の家族を攻撃することはなく、ただちにあの場所(アンダーリバー)から離れることを条件に、見逃してくれたらしい。


 勿論、自分たちによる襲撃計画をヴァリアー側に漏らされない様、何らかの口封じの策は打ってあるだろうけど。


 剣氷山脈でアニマ達と対峙した時、私も足に緋翼を張り付けられたことがある。


 あの時限爆弾にもなり得る力を与えておけば、この上ない脅しとなるだろう。


 家族たちがあれの支配下にあると考えると心臓がキュッとなるけど……きっと大丈夫。


 エトもアランもそんなに無謀じゃない。いざとなればヴァリアーなんか捨てて、自分たちの身の安全を優先してくれるって信じてる。


「大丈夫ですよね。あのルギナって子も、嘘が付けるような精神状態じゃなかったはずだし……」


 ヴァリアーに通じているという通路を走りながら、前を行くレイネに話しかけていた。


 ……本当に重要な会話でもなければ、我慢するべき場面なのかもしれない。


 でも、安心したかった。


 絶対に大丈夫だという確約が欲しかった。


「まぁ、脚もえらく震えてたしね。あの女の子は嘘はついていなかった……と思う。でも、全てを話した訳じゃない……って感じたかな。カーリーちゃんの家族については、大丈夫だと思うよ」


 私の心の弱さをやんわりと受け入れ、優しい声色で返してくれたレイネ。


「……ありがとう、ございます」


 重ね重ね、この人には頭が上がらない。


 レイネの頭上をキープするように浮遊し、くるくると旋回している白い光源は魔術だ。


 両手が空くのはメリットだが、身体から切り離して浮かべ続けるのは、ただ手の中で光らせるよりもずっと高度で、体力の消耗も激しくなるらしい。


 だが、今この状況においては問題ないとのこと。


 レイネが言うには、この地下道全域には薄く緋翼が散布してあるのだという。ここに足を踏み入れてすぐに、レイネはその違和感に気付いていたらしい。


 現在はそれの発生源を追うように、撒かれた緋翼を吸収しながらレイネは疾駆している。


 言うなれば、少しずつ相手のアニマの力を吸収して、レイネの力は増していく。


 それだけ聞くとこちらに有利に思えるが、その相手には私たちの現在位置が手に取る用に解っているはずだ、とも念押しされた。


 レイネにもアニマの気配を察知する能力はあり、ある程度の彼我の距離は把握できているため、こうして余計な会話をする余裕があるのだろう。


 これは“創造する力”を備えた、氷竜とアニマ特有の駆け引き。


 私には一生理解することのできない戦い方。


 この身体には何度もレンドウの血液が入っているというのに、いつまでも私が力に目覚めることはなかった。


 きっと、才能が無いんだ。


 兎の耳と尻尾を持って生まれてきたことを不幸だとはもう思わないけれど、可能ならもう少し強い種族に生まれたかった。


 もし私がアニマだったり、吸血鬼として生まれていたなら……なんて、考えても意味のない思考を振り払い、前方の暗闇を見据える。


 ごつごつした岩肌だけが見えていた左右の壁が、床が、唐突に変化を迎える。


 綺麗に、平らに慣らされた建材は、薄緑色をしている。


「気を付けて、階段になってる」


 そう言いながら、レイネの身体が跳ねた。3段も4段も飛ばして、速攻で駆け抜けてしまった。


 それは決して私を置いていこうとした訳では無く、すぐそこの、階段の終わりにある扉にいち早く手を掛けるためだったらしい。


「鍵はもう壊されてるみたいだね」


 そう言いながら扉を押し開け、レイネの姿が魔術ではない光源によって照らされる。


 黄色い電球に照らされているらしい彼女に追いつくように、私も扉を潜り抜ける。


「ここは……」


 周囲を見渡せば、そこがどこなのかはすぐに分かった。


「――ヴァリアー地下6階の、物資の保管庫……ですね」


 閑散としていて、薄暗く、隅の方には埃が溜まっている。


「倉庫ってことかな。照明は点いているけど、誰もいないんだね」


「用が無ければ誰も来ないところなので……不思議では、ないですね」


「アニマの気配は結構上の階からしてるなー。いつの間にか大分離されちゃってるのは……あれのせいか」


 左を向けば、二つあるエレベーターの片方がこの階にあり、私たちを誘うように口を開けていた。


 どうしてエレベーターがわざわざ人気の無いこの階に……?


 疑問に思いつつもそちらへと歩み寄っていくと、


「や、それを使うのは危ないと思う」


 後ろから左手を掴まれ、足を止める。


「やっぱり、そう思います?」


「うん。いや、あたしはその……エレベーター、だっけ? をこの目で見るのは初めてなんだけどさ。これって、中に入っちゃうと不意打ちされ放題だよね?」


 エレベーターの手前で立ち止まり、操作盤を見ながらふんふんと頷くレイネ。


「そう……ですね、上に到着して、扉が開いたところを攻撃される可能性はあります。それに――、」


 と、そこまで言いかけたところで、エレベーターから……いや、上部に備え付けられたスピーカーからビーッという破壊的な警告音が響き渡った。


 これが……ヴァリアーにおける新しい警報?


 以前は無駄に長く響き渡り続けるせいで、その後の対応に遅れが出るレベルだとレイスが愚痴を零していたけど……いつの間にか改善されていたのだろうか。


 そう考えているうちに、身体が強く引かれる。レイネが、私を抱き寄せるように後ろに引いたらしい。


 柔らかい感触が背中に押し付けられるが、それに心を乱している場合じゃない。


 眼前で口を開けていたエレベーターの照明が消えたかと思って見てみれば、そこにはもう空洞があるだけだった。


「――落とされたんだっ。耳を塞ごう!」


 レイネに促されるままに両手で耳を塞いだおかげで、鼓膜は守られた。


 足元が揺らぐような衝撃が伝わって来て、遥か下の階で爆発が起こったようだと悟る。


 爆発的な衝撃は、2回。恐らく、二つのエレベーターのどちらもが落とされたせいだ。


 恐る恐る耳から手を離す。レイネは空洞となったエレベーターに頭を突っ込み、下を見下ろしていた。


「やっぱり、あたしたちが乗り込みそうなタイミングを見計らって落としたんだろうね、これ」


 かなり正確に位置を把握されてるな、とレイネは独り言ちた。


 ……私は気持ち悪くなりそうだから、一緒に下を見るのは遠慮しておくことにする。


 別に高いところが人より苦手だとは思わないけど。普通程度には怖いと思う。


 レイネが高低差を恐れず振る舞えるのは、その気になれば翼を生やせる種族であることも大きいんじゃないだろうか。


「エレベーターがただ落ちただけでは、爆発までするかは……ちょっと自信ないですけど、変な気もします」


「爆弾の類が仕掛けられていたのかもね。連中、人間の兵器にも手を出してるのかな……いや、緋翼を応用すればそういうことも可能なのか……」


 分からないことを考えても仕方ない、とレイネは頭を振ると、「他にも上に行けるルートはあるよね?」と問いかけてきた。


「はい、反対側に……大きめの階段があります」


「そこを通るしかない状況を作られちゃった訳か。上り階段は……ちょーっと厳しいね」


 当たり前だが、それは体力的な問題ではないだろう。階段を上っている最中に、上方から攻撃されることを警戒しているんだ。


「――まぁ、いっちょ気合い入れて行きますか」


 両手で頬をパシパシと叩くと、レイネは自信に満ち溢れた表情で天井を睨みつけた。



 ◆アンリエル◆



 ヴァリアーの3階にある、本来であれば要人たちが共同生活を送るための一室。


 そこに、僕とリバイアさんは軟禁されている。


 大部屋の入り口となる扉には簡素な鍵しかついていないはずだ。


 この部屋に入ってくる人物が、その扉を開けるのに難儀している様子はないから。


 問題はその先。大部屋の中央に設けられた鉄格子だ。


 十センチ程度の隙間しかないそれは、とてもじゃないが通り抜けられそうなものではない。


 マリアンネ様のように影に潜り込んで移動する術があれば、もしくは鉄格子を破壊できれば脱出も可能か……とは、とてもじゃないが思えない。


 鉄格子、それに部屋中の壁は黄金色のぬらぬらとした液体が凝固したようなものによって覆われており、それに触れればただでは済みそうにないことは容易に分かる。


 というより、もうとっくに試してある。


 半年間の特訓の成果もあり、傷口を作ることによって、そこから黒翼を噴出させる程度のことは僕にも可能になっていた。


 それを鉄格子や壁に吹き付けてみたところ、僕の支配下に置くことはできず、ただ吸収されるだけに終わった。


 恐らくは金竜ドールの能力を用いた仕掛けなのだろうけど、どこを向いても金色のドロドロが蠢く生活は、びっくりするくらい気が滅入る。正直、こんなに疲れるとは思っていなかった。半年間の修行の成果も何もあったものじゃない。こんなに疲弊した状態で戦いになれば、間違いなく僕はお荷物になってしまう。


 軟禁されている現状に加え、炎竜ルノードの勢力による攻撃が開始されるまで残り一日を切っているというのに、未だに民間人の避難が開始されていないらしいという状況も、精神の摩耗に拍車を掛けている。


 勿論、アイルバトス様とレンドウさんの勝利を疑っている訳じゃない。


 あの人達なら負けないって信じてる。


 だけど、戦いの結果は勝利か敗北かだけじゃない。


 ラ・アニマでは戦いに決着が着かず、炎竜ルノード、もしくはその残党がこちらに移動してくる可能性も残っている。それこそ、疲弊した炎竜勢力に負ける金竜勢力ではないのかもしれない。


 が、民間人を避難させないのは違うだろう。その全てを護り切れるはずもないのに。金竜ドールの考えが分からない。人間を第一に考える竜って話じゃなかったのか……?


 大部屋のこちら側からは更に3つの扉があり、一つが僕が使っている個室、もう一つがリバイアさんが使っている個室、そしてもう一つがユニットバス? へと繋がる洗面所だ。


 異性であるリバイアさんと同じ空間に閉じ込められたものの、プライバシーに関する配慮がなされていたことだけは幸いだった。


 閉じ込められた先で、僕らが仲違いを始めてしまってはどうしようもなかっただろうから。


 顔を隠した謎の人物が一日に二回現れ、食事と着替えだけは届けてくれているものの……副局長アドラスへの面会も許されないまま、不安に押しつぶされそうな生活が既に3日目へと突入していた。


 リバイアさんもこれからどうするべきかをずっと考えているようで、僕とも意見交換を続けていたけれど……結局この鉄格子を破る打開策は見つからないまま、今日も二人で大部屋のソファに座り、鉄格子の向こう側を睨みつけている。


「この部屋に時計はない……けど、明日が炎竜が攻めてくる日のはずなのに。こんなところで時間を無駄にしてる暇はないのに……」


「……………………」


 時折、思い出したようにリバイアさんがぶつぶつと言葉を発するが、その多くは僕に対する言葉ではない。


 正直ちょっと怖い。かなりイライラしているみたいだし。


 僕より一つか二つくらい年下だと思うんだけど、剣呑な雰囲気を纏ったこの水色の少女は、可憐な外見に反して荒々しい気質をしている。


 頼りになる目上の人物が近くにいる際は、基本的に落ち着いているようなんだけど。


 自分がそれになれないことに歯がゆさを感じつつ、僕はじっと天井のシミを見つめていた……。



 だが、やがてその時はきた。無限にも思える停滞を貫くように、突如として轟音が響き渡った。


「――な……にっ!?」


 微睡んでいたのだろうか、リバイアさんが飛び起きるように立ち上がった。さすがに反応が早い。


 僕はむしろ、突然の大音量に身がすくんでしまい、動くことができなかった。


 ――何かが爆発したような音だ。


「事故……? いや、まさかとは思うけど襲撃――わっ」


 考えを整理するように、ぼそぼそと呟きながら立ち上がろうとしたところで……二度目の轟音と揺れが来た。情けない声を上げつつ、後ろ向きにソファへと倒れ込む。


 ジュウ、と水が一瞬で蒸発させられたかのような音がしたかと思えば、入り口の扉が吹き飛んで、鉄格子に激突して落ちた。


「うわぁっ!?」


 驚きのままに仰け反る。完全に腰が抜けてしまった。


 乱暴に破壊された扉の向こうから、一人の男性が現れる。


 廊下の窓から差し込む陽光に照らされ、逆光になったその人物は、ずり下がりかけていた眼鏡を押し上げてから、重く息を吐いた。


「遅くなって悪かった。助けに来たぞ、リバイア。と…………アンリエル、か」


 この人、よく僕の名前を憶えてたな。吸血鬼の里をこの人が通り抜ける時に、一瞬だけ見かけたくらいな気がするけど。というか、そもそもその時は自己紹介し合ってないような。


 ……いや、違う。


 そうだ、この人はアニマじゃないか。


 かつて翼同盟の街で暮らしていた頃に、僕のことを知った。そういうことだろう。それにしても記憶力が良すぎると思うけど。


 助けに来たと彼は言った。しかし、状況を吟味しているように、ゆっくりと口を開いたリバイアさんの表情は怪訝なものだった。


「……………………アルフレート、さん」



軟禁されていた少年少女の前に現れたのはアルフレート。

しかしリバイアの表情は優れない……。

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