第198話 氷嵐一閃
周囲の気配を察知することに長けた者ほど。
戦闘に慣れた者たちほど、あたしへの反応は早かった。
――そして、それこそが彼らの命運を決める。
その大部屋に足を踏み入れた瞬間、掲げた左手に強烈な光を灯す。
それに怯んだ、特に反応の早かったアニマの顔面目掛けて、右手のユルグレシアを突き出す。
白き短剣の切っ先は、アニマの顔面スレスレで止まる。
手加減した訳じゃない。相手も手練れだ。背後に跳ぶことで、己に迫っているだろう何らかの攻撃から逃れようとした。
だが、逃さない。短剣に纏わせていた氷翼を飛散させ、そのアニマの顔を覆う。これでもうこいつの無力化は完了。仰向けに倒れるアニマを踏みつけるようにして、部屋の中央に躍り出る。
――広い部屋だ。
地下を四角く切り取ったような内装で、ゴツゴツした床を隠すように布が敷かれている。照明の役割を担うのは壁際の燭台のみ。道理で暗いはずだ。アニマにとってはそれで充分だったのだろう。周囲のアニマの気配は6。だが、既に一人は潰した。
左方向からあたしに向けて振り下ろされる、肉厚な曲剣。
視界を封じられているだろうに、さすがの対応だ。あたしの位置を正確に把握できているとしか思えない。
――向きが悪い。右側に身体を回転させつつ、左手に持っていた光を天井に打ち上げる。
それが天井にへばり付き、空間を照らし続ける照明となることを見届ける暇は無く、右の肘で曲剣を受け止める。
当然、何の用意も無ければあたしの腕が切断されるに終わるだろうけど、アイルバトス様から頂いたプロテクターがそれを可能にする。
大質量の攻撃が受け止められたことに驚いているアニマの腹部へと左手を伸ばし、平を触れさせる。
「何を――――ッ」
視界を奪われた世界で、それでも自分の身体に触れる異物に即座に対応しようとしたのだろう。このアニマの実力の高さが窺える。
だけど、あたしの手を捕らえようとするようにアニマの背後から伸びてきた黒い触手……緋翼は、あたしには通用しない。
むしろ、それを出させようとしたんだ。
あたしの氷翼でそれを包み、奪い取る。
高位のアニマから緋翼を奪い取れれば、その後しばらくは贅沢が出来る。
この先の戦いのためにも、あまり力は消費したくなかった。なら、どうするか。
――相手の力を奪い、それを使うことで元々の力は温存すればいい。
用済みとなったアニマの顎に拳を入れると、その背後に残り4人となったアニマたちが見えた。
だが、あまりにも弱々しい。あたしの侵入に気付くのが遅れ、その結果目を潰されずに済んだ者たちだ。
既に倒した二人こそが、この場で最も強力なアニマだったのだろうから。
背中から翼を広げるように、氷翼を大量に散布する。それは空を飛ぶためのものではなく、この部屋中をあたしの支配下に置くための領域展開。
“創造する力”の粒子、その一つ一つがあたしの感覚器官となり、この場で動くものにいち早く対応できる。
「う、うわああァッ!!」
大声を上げながら飛び掛かってきた少年の腹部に膝を入れ、
「――このっ!!」
その少年が崩れ落ちる際に左側から長剣を突き出してきた少女には、左手の甲を起点に氷を纏わせ、まるで素手で剣を砕いたように見せることでその意思をも砕いた。
その場にへたり込んだ少女は無視して、右側と通り抜け、背後に回ろうとしていたもう一人の少女は……背中から氷翼を伸ばし、巨大な腕と化したそれで拘束する。
「嫌ぁぁっ!?」
金切り声を上げられると、まるであたしが卑劣な犯罪者みたいな雰囲気になるからやめて欲しいんだけどなー。
そのまま、向こうの壁際で震えている少年に向けて、少女を投擲する。
少年は震えながらも、少女を受け止めようと両腕を伸ばしていた。少年、かっこいいね。
「ぐッ……!」
見事に少女を受け止め、その衝撃に目を回している少年に肉薄し、首に手刀を放つことで気絶させる。
投げ飛ばした少女の方も意識を失っていることを確認すると、振り返って、震えている少女を見る。
彼女は逃げることも思いつかない様子で、あたしを化け物を見るかのような目で見ていた。
――自分たちが負ける側になるってことを認識できてないと、こうなっちゃうのかもね。
その更に向こうで、恐る恐るという様子で部屋に足を踏み入れるカーリーちゃんがいた。
「凄い……ほんとに……秒殺、でしたね」
小さく開けた扉から、遠巻きに戦場を見ていたのだろう。気絶した高位のアニマの隣を通り抜けつつ、震えるアニマの少女の腕を後ろで縛り始めるカーリーちゃん。
「まー、結果的に誰も殺してないけどね。何秒くらいだった?」
「20秒……くらい、でしょうか」
「そんなもんだよねー」
あたしならこれくらい楽勝、と軽い口調で答えつつ、考える。
高位のアニマ二人に関しては、スピナやテサーに相手をさせたいとは思えなかったな。
不意打ちでもなければ、妹分たちにあれは倒せないだろう。
余裕ぶってはいるが――実際余裕だったが――アニマという種族が油断ならないものであることは間違いない。
今カーリーちゃんが拘束しているアニマの少女だって、その気になれば腕を縛る縄を焼き切り、カーリーちゃんに緋翼の刃を突き立てることも可能だろう。あたしが目を光らせている限り、そんなことを許すはずもないけど。
できるだけ少女と目線を合わせるように片膝立ちになり、その左肩に手を置く。
「えーと、君は何ちゃんかな? 周囲に他にも仲間はいるの? 元々ここにいた亜人たちはどこに行ったのかな? まさかとは思うけど――」
「ちょ、ちょっと……レイネさん?」
そんなに質問攻めにしたら怖がらせるだけですよ、と、少し非難めいた口調でカーリーちゃんに窘められてしまった。
カーリーちゃんこそ、ここにいた家族の安否が気になって仕方ないだろうに。
あたしとしては怖がらせようとしている意図はなく、ただいつも通り気さくに話しかけているだけなんだけど……。
それが怖がらせてしまう要因になるというなら、あたしは情報を聞き出す役には向いていないのかもしれない。
アニマを相手にした際は、あたしは相手を威圧する役割を担い、交渉などは別の人物に任せた方が効率がいいのだろうか。
そういうことであれば従おう。臨機応変に対応できるようになるべきだって、アイルバトス様も仰っていたし。
――ルギナと名乗ったアニマの少女から聞き出した情報は、想像を絶するほど酷いものだった。
「アミカゼ……あの凶悪な黒騎士が、もうヴァリアーに向かっている……」
ヴァリアーへと繋がっているという、闇に包まれた通路の方を見やり、カーリーちゃんが呻いた。
そればかりではない。
この地下道を通じてヴァリアーに潜入し、そこで大々的に騒ぎを起こそうとするアニマ達の動きは……炎竜ルノードのあずかり知らぬものだということ。
アニマ達は3月4日を待たずに戦争を開始させ、なし崩し的に炎竜ルノードも戦線に加えさせようとしているというのだ。
――――そんなことがあり得るの?
シンの命令に従わず、むしろ自分たちに都合のいいようにシンを動かそうとする。
そんな選択ができる種族が存在するという事実に、顎が外れる思いだった。
レンドウ君は「アニマは嘘を嫌い、正々堂々を尊ぶ」と言っていたけど……それでこの有り様なの?
いや、主を裏切らざるを得ないほどの状況に、アニマたちが追い込まれたということなのだろうか。
だとすれば、やはり悪いのは炎竜ルノードの方と言えるのか……いいや、そんなのはあたしが考えるべきことじゃない。
「カーリーちゃん、あたしたちもすぐにヴァリアーに向かおう。そのアミカゼとやらが大暴れする前に、あたしが止めれば済む!」
「は……はいっ」
礼儀を重んじる氷竜であることの証明として、気絶したアニマ達とルギナの緋翼を奪うに留め、ルギナに攻撃を加えることなくその場を後にした。
戦士隊第二位で、誰にでも明け透けに話し、戦闘でも頼りになるレイネは氷竜の子供たちから大人気のヒーローです。が、敵対者からすれば悪夢のような存在であり、情報を聞き出すことにはまったく向いていません。