第197話 レイネ
◆レイネ◆
――おかしい。空気の流れ方が…………洞窟の中のそれじゃない。
それに、空気中に何かが薄く漂っているような気もする。
最初は、この先にあるという巨大な空間。真下に龍脈の大河を望むという大橋、“エーテル流の回廊”のせいかと考えた。
その場所で発生する熱された空気が、この微風を生み出しているのかと。
だが、違う。この風の流れは…………。
「……カーリーちゃん。あたしの勘違いじゃなければ、この地下空間はどこかで地上と繋がってるわね」
一旦足を止め、隣のウサギ獣人に声を掛ける。
「あたしたちが入ってきた、エイリアの小屋に隠された秘密の入り口……みたいなのじゃない。もっと遠くの……下手をすれば、エイリアの外から」
カーリーも違和感を感じていたのか、意外そうでもなく、むしろ得心がいったという表情で頷いた。
「私も……そうかもしれないと思います。ここまで進んできて未だに集落の誰にも会えてないのもおかしいし。だとすると……」
嫌なことを想像してしまったのか、ぶるりと身を震わせるカーリー。
――だけど、目を逸らしている暇は無いから。
「最悪の状況を想定するわね。この巨大な地下空間は……エイリアの外の地上と、ヴァリアーを繋ぐ通路になり得る……のかもしれない」
勝手な想像だ。確証はない。何故このアンダーリバーとヴァリアーを繋げたのか、そしてアンダーリバーとエイリアの外を繋げる必要があったのか。
それがこの場所に元から住んでいたカーリーの同胞の考えによるものなのか、ヴァリアーの隊員たちによるものなのか、はたまた第三の勢力によるものなのかも分からない。
だが、もしそれが事実だとすれば。
この場所はヴァリアーにとって……金竜ドールにとって、最大のウィークポイントになりかねない。
「エイリアの外から地下を通れば、金竜の結界に引っかからずにヴァリアーまで侵入できるのかもしれない。どこかからそれを知ったルノード勢力が、既にこの場所を占拠している……かもしれない」
かもしれないの盛り合わせだ。自分で言っておいて、荒唐無稽な話だとは思う。
「いや、そもそもどうやってルノードがこの秘密のルートを知れるんだってハナシだし、ヴァリアーの中にルノード側に付いた裏切者でもいなければ、そんなことある筈ないんだけど……」
笑い飛ばせれば上々、と否定の根拠を並べたはずだった。しかし、眼前のカーリーの顔色は見る見るうちに悪くなった。
「それなら…………あるかもしれません。ヴァリアーの幹部だった男が、今はルノードについているので」
「あー……マジ?」
「アルフレートという男です」
そもそも、そのアルフレートという男こそが、アンダーリバーの住人達の命運を握る存在だったのだとウサギ獣人は語った。
そ……ういうことかー。なら、それを前提に動くべきだ。
「この先の集落は、既にアニマたちの支配下にあると考えた方がいいわね。カーリーちゃんのご家族は……良くて監禁されているとして」
高確率で全員殺されているでしょう、とはさすがに言えなかった。
だが、言ったも同じだ。幸い、カーリーはそれで騒ぐことはなかった。心中は穏やかでいられるはずもないだろうけど。
「さすがに、頭目であるルノードがのこのこと金竜の居城に歩いていくとは思えない。奴は明日になるまで地上で待機して、ドラゴンの姿になって地上を“青い炎”で焼き払おうとするはず」
それは我らがアイルバトス様が止めて下さる。そう信じてあたしたちは別の任務に当たるだけだ。
「――そして、その時がルノードにとって最大の脅威となる、アイルバトス様との戦いだってことはルノードも気づいてるそうだし」
炎竜ルノードが、どのようにして氷竜アイルバトスこそがレンドウの後ろに控えているボスだと気づき、ラ・アニマにて罠を張れたのかはいまだに分かっていない。
何か、こちらの状況を把握できる手段があるのかしら……?
そのくせ全てを知り尽くし、あらゆる場所で待ち伏せをされている……という程ではない。
アイルバトス様も「我ら一行の中に裏切者がいることは考えなくていい」と仰った。あたしはそれを信じるまでだ。
……まー正直、黒騎士のセリカが仲間に加わっているのは、ちょっと虫が良すぎると思わないでもないけど。
「なら、この先の集落を支配し、ヴァリアーへ攻め込む算段を立てているのはアニマの別動隊と考えられる」
振り返って、スピナとテサーの様子を見ながらうーむと唸る。
カーリーは何が何でも家族の安否を確かめたがるだろう。して、この子たちをどう動かすか……。
「僕らも同行した方がいいですか? それとも、この場所がヴァリアーに繋がる通路になっているってことを、皆に伝えに戻った方が……?」
と、状況を整理するようにテサーが口を開いてくれたことで、腹は決まった。
テサーの声には震えがあった。彼は仲間の元に戻りたがっている。自分で気づいているかは分からないが、その怯えを抱えた状態で戦いになれば、とてもじゃないが生き残れないだろう。
臆病は決して悪じゃない。まだ幼い弟分が相手にするには、アニマは危険すぎる種族だ。
「そう……ね。テサーとスピナは戻って、状況をアイルバトス様たちに伝えて。道は分かるわね?」
「はい、姉さん。ここまでのマーキングは出来てます」
二人の代表としてスピナが応じ、テサーも頷いた。
スピナが軽く手を挙げる。すると地面にキラキラと、虹色に光って見える筋のようなものが浮き上がった。
「おっけー。じゃあ行って」
スピナとテサーが早歩きで帰路につき、二人の姿が曲がり角に消えた後。
あたしは手に持っていた松明を消し、カーリーにも消すように指示した。
「どうして……?」
「考えがあるの。恐らく、この先には複数のアニマが控えている。カーリーちゃんは、もしその場にご家族が監禁されていたら、その安全を確保した上で戦えるのかどうか、気が気でないことでしょう」
「…………はい」
「まず、奴らの目を潰す。奴らは夜目が効く。小さな光源を持っているだけで、易々と居場所が暴かれるでしょう。なら逆に、強烈な光と共に攻め入る」
両の掌を合わせ、掬った水を見せるようにカーリーさんに向けて差し出す。その中に小さく発光魔術を浮かべる。
「勿論、実際に戦う時にはもっとドデカく光らせるわよ?」
と加えると、カーリーさんは不安を完全には拭えていないようだが、一応頷いてくれた。
「あとは……そうね。奴らがまだ知り得ない力。高位の氷竜の恐ろしさを、存分に味わわせてあげるわ」
ルノードに従うアニマたちは、己の天敵となり得る氷竜勢力の力を実感したことがない。
それに比べてあたしは違う。
ラ・アニマにて、レンドウが次の族長となることに承知したアニマたちに協力を要請し。
実際に、自分たちの氷翼と、アニマの緋翼がどう反応するのかを調べている。
――この戦士隊第二位の実力、嫌という程分からせてあげるわ、アニマども。
戦いの前に“自分がこれからどうやって戦うのか・勝利を確信している理由”をべらべらと解説してくれたレイネ。そのせいでなんだか負けそうに見えますね(失礼)




