第192話 動物園の剣
「……とりあえず、外に出ておこうか」
「そうっすね」
アイルバトスさんの提案にダクトが答え、漆黒の動物たちから目は離さないままに、全員で後退する。
全員が竜門の外側に退避した後、最前で右側の扉に触れ続けているアイルバトスさん。彼がその手を離せば、程なくして竜門は閉まり始めるのだろう。
部屋中に出現した漆黒の動物たちは、俺達を追うでもなく、現れた位置のままに俺達をじっと見つめ続けている……のか。
「襲い掛かってくる様子も無いし、どうも罠ではないみたいだね?」
「ん……あァ」
レイスの言葉に、曖昧に頷き返す。
まだ分からないんじゃないかとも思うが、しかし害意を持つのであればすぐに攻撃してこない理由がないのも確かだ。
「そうか……これはもしかすると」
右扉を抑えたまま、左手で口元を抑えたアイルバトスさんが、何かに気付いたようにこちらを振り返った。
動物たちから目を逸らすあたり、最早脅威とも認識していないらしい。
「この900年以上の間に生まれた、緋翼の生物たち……。その一部、かもしれない」
緋翼によって造られた生物。そうだな、それはあり得ないことじゃない。
現に俺も狐のような生き物を生み出した。それをレンディアナに宿らせた記憶は新しい。
「えっと……なんで大昔に生まれたものかもしれないって……?」
「ふむ、レンドウ君。本来、“創造する力”が形を保てずに霧散した後、どうなると思う?」
「……一番近くにいる、適性を持つ者に吸収される?」
アニマの緋翼であっても、宙に浮いた分は吸血鬼が吸収できるんだもんな。逆もまた然りだし。
龍の力の一部を引き継いでいるドラグナーは、あらゆる翼の力を吸収できる可能性がある。
「そうだね。しかし、近くに誰もドラグナーがいなかった場合は……翼の力は大気に溶け、いずれこの星に還る。そう考えられていた……私とルヴェリス様の間ではね」
だが、必ずしもそうではなかったのかもしれない、と。
「意思を持つ生物を造り出せるほどの、強力な緋翼の使い手たち。これは、その者たちの生きた証なのではないかと。私はそう感じるね。彼らの死後、主を失った緋翼の生物たちが、主の故郷であるこの場所に居ついた……ということなのではないかな。なぜ大昔のものが多いと考えたのかと言えば、物珍しい生き物が多いことがまず一つ。そしてもう一つ、何より……今の時代には、生物を造り出せるほどのドラグナーは殆ど残っていないからだ」
長い年月による世代交代を経て、ドラグナーたちの能力が劣化していった……ということだろうか?
血が薄まることで力が失われるという話であれば、吸血鬼達が純血であるフェリス姉妹に価値を見出していたことにも頷けるような気がするが……。
だが、魔王ルヴェリスはこう言っていなかったか? 『アニマは鎖国をしていたから、かつての血が薄まっていないんだ。ほぼ間違いなく全員が、劫火の憑依体となれるだけの素質を持っているだろう』と。
それはつまり、アニマは世代交代を経ても祖先たちと遜色ない力を備えたままのはずってことじゃないのか?
いや……そうか。どれだけ緋翼を扱う才能があっても関係ないんだ。シンであるルノードが、現代のアニマが持つ力の量をコントロールしていたのであれば。
どういう意図があってわざわざ配下たちを弱める必要があったのかは分からないが、理論としてはこれで通るだろう。
だが、まだ納得のいかないことはある。
人間界を滅ぼす為の第一歩として、これから金竜ドールとの決戦に挑むルノードが。
どうしてこれだけの力の塊たちを持っていかなかったのかってことだ。
「こんなにへそくりがあるんだったら、それこそルノードが全部持っていくはずなんじゃ?」
「私もそう思う。となると、持っていかなかったということは、彼もこれを知らなかったのだろう。かつての配下たちの残り火が、ずっと奥深くに眠っていたことを」
……そんな安直な。と思うが、それしか可能性がないなら、それが事実なんだろうか。
「腹いっぱいになるまでルノードが補給しても、それでもここに溜まったエネルギーが尽きることはなかった、と。だから、奥底に眠り続けていた緋翼の生物たちの存在は、今日まで誰も知らないままだった……。んで、現代のアニマ一大喰らいのレンドウが残ってた緋翼を喰い尽くした結果、ようやく蓋が開いたってことなんだな」
ダクトにそう纏められると、なんだか素直に信じられそうになっちまうから不思議だな。
別に俺は大食いキャラじゃないけどな。
「もしかして、この動物たちはレンドウに付いて行きたがってるのかな?」
「急に現れた理由としては、それが一番相応しいかもしれないね」
レイスの推論に、アイルバトスさんが同意する。ならば、と親父が俺を見る。
「レンドウ、昨夜と同じようにしてみたらどうだ」
昨日と同じようにってーと……レンディアナの出番か。
「軽く50匹はいるし、バカでかいのも混じってるけど大丈夫なのかよ…………いや、やってはみるけどな?」
アイルバトスさんの横を通り抜け、再び竜門の間へと足を踏み入れつつ、レンディアナを抜刀。
それを前方へと真っすぐに突き出して、「えーっと……お前ら、この剣の中に入って……俺と一緒に来る……か?」と自信なさげに問いかけた、刹那。
部屋中の動物がその身体を黒いもやへと変え、一斉にレンディアナに吸い込まれ始めた!
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおッ――――――――!?」
いや、これは吸い込まれてるというより、物凄い勢いで入り込んできてるって感じだ。
それぞれが我先にと、全力で身体をねじ込んできてる。元気いっぱいかよ。強風に煽られて、目も開けていられない。
転ばずに立っているだけでやっとの衝撃が全身に伝わり続け、それから解放されて目を開けた時には、既に視界に漆黒の生物は一つも存在しなかった。
あのバカでかい象もキリンも、余すところなくこの魔法剣に入ったのか……。
改めて凄い剣だな……。ありがとうジレイゴール。と、遠い魔国領に残った鍛冶屋へと感謝の念を送っておく。
「終わった……みてェだな。これで、レンドウは好きな時に今の動物たちを呼び出して、命令できるようになったのか?」
ジェットの疑問に俺が「いや知らねェよ」と答えるより先に、クラウディオが口を開く。
「いや、それは難しいだろう。かつて、吸血鬼にも黒翼の生命体を造り出せる人物がいたが……一度魔法剣に宿した生命体を、自由に外に出していた記憶はない」
長い年月を掛けて血が薄まり続け、ドラグナーとしての力が弱ったはずの吸血鬼にも、生命体を生み出せるやつがいたのか。もしかすると、マリーやアウルムの両親か……いや、違う。
俺は既に思い出している。マリーとアウルムの、更に下の妹だ。とある事件で不幸にも命を落としてしまった彼女は、卓越した“創造する力”の使い手だったという。
きっと、彼女の命が狙われたのも……。
「だが、これだけ沢山の意思を取り込んだのだ。この魔法剣に意識が宿り、新たな力を解放する日も近いだろうな」
「……あァ、そんな気がする」
手の中に確かに感じる、命の脈動を意識して、親父の言葉に同意する。
今のレンディアナは、とんでもない情報量を持っている。掛け値なしに、この剣はヴァギリを超えた存在感を放っている。
それは決してヴァギリの質が悪かったという意味じゃない。この、レンディアナがおかしいだけだ。
というかそもそも、50匹以上の生命体を取り込んだってどういう状態だよ。まさか、いつか50種類以上の意思を持って、50種類の声で喋り出すんじゃないだろうな。そんなの対応できねェぞ。
まァ、そん時はそん時か。それは今心配しても仕方がないことだ。
――とにかく俺は新たな力を手に入れ、記憶を取り戻し、魔法剣には過去のアニマ達の残り火が宿った。
最終決戦に挑むための力としては、これ以上ないくらい頼もしいラインナップじゃないか。
「“創造する力”によって造られた生命体を大量に宿した魔法剣……。なんだか……いつか後世で、凄い異名で呼ばれてそうだね」
と、レイスがしみじみと呟いた。
それを聴いて、俺の脳内にいくつかの異名の候補が浮かぶ。紅鬼の剣……百鬼夜行の剣……どれも口に出して言うのは恥ずかしかったので、まずは他人のセンスを確認したいところだが。
「ふーん。たとえば?」
クールぶって、俺は全然異名なんて考えてませんよという体で問い返すが、残念ながら意見を出してくれたのはレイスではなくナージアだった。
「動物園の剣、とか」
……いや、それはない。
……………………どれだけ考えても、動物園の剣は無いと思った。
ナージアが傷つきそうだから俺は黙っとくけど。