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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第12章 斜陽編 -炎天も嚇怒も撃ち堕とせ死星-
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第190話 炎竜の竜門にて


 ――俺は、“龍の落とし子”と呼ばれる存在なのだという。



 本来なら、龍が自らの後継者とするべく、直接生み出すはずだった存在。


 もっとも、全ての龍がそうして“落とし子”を創り出し、龍の位を引き継がせる訳ではなく。次代の後継者を予め指定して、自ら育て上げる龍もいる……というだけの話だ。


 そもそも龍本人が「こいつに跡を継いでもらいたい」と考えたとして、実際にそいつが次代の龍に選ばれるかどうかは、例の謎に包まれた上位存在の匙加減による訳で。


 ……元は同じ働き蜂であったとしても、“特別な餌(ローヤルゼリー)”を与えれば女王蜂へと至る。龍が手ずから育てた者が龍に成るという理論も、あながち間違っているとも思えないけどさ。


 歴史を鑑みるに、海竜や災害竜あたりは“落とし子”を生み出していると見て間違いないそうだ。


 と、ここまでは龍であるアイルバトスさんの知識によるものだ。彼の知識も、殆どは博識を極めた先代魔王ルヴェリスから来るものだが。


 とにかく、ルノードも来るべき時に備えて、“落とし子”を造り出すつもりだった。


 それが何の間違いか、休眠状態にあったルノードは“落とし子”を生み出す予定の年が来るより前に、無意識のうちに俺を造ってしまったらしい。


 そんな俺を拾ったのが、親父だったって訳だ。



 結局、それから10年後。


 帝国とドールの連合軍から仕掛けられた戦争により、アニマと吸血鬼が大打撃を被った後。


 ラ・アニマへ逃亡してきたアニマたちに呼び起こされた際に、ようやくルノードは俺を……レンドウを認知した訳だ。


 そうして……これは親父による想像だが、ルノードは俺を後継者にすることを良く思わなかった。


 それは別に、俺のことが気に食わなかったってことじゃなくて。


 若くして緋翼を操る才能を開花させ、性格も明るく、里の中心人物になっていたレンドウ少年に、今更辛いお役目を背負わせることをよしとしなかった、ということらしい。


 ……あるいは自分が何の事件にも巻き込まれず、幸せな人生を送っていたなら。


 あのレンドウ少年のように笑える日々があったのかもしれない……とは、かつてルノードがジジイに対し零した言葉だという。


 最早ルノードから完全に分離して10年も経っていた俺を、今更人形のように扱うことは憚られたのだと。


 お優しいことで。


 ――それにより、急遽もう一つの“落とし子”を造り出すことになったという。


 それが、レヴァンという男。


 あの……赤い竜に変身することのできる、青髪のアニマだ。


 黒仮面で顔は隠されていたものの、背格好から察するに俺と変わらないように見えた青髪のアニマ。


 しかし、どうやら彼はこの世に生を受けて9年しか経っていないらしい。


 無意識に俺を生み出した時と異なり、極力感情を持たないようにデザインしたこともあってか、赤ん坊の状態で生み出す必要が無かった。まともな人間に育てる気が無かったんだな。


 おクズ野郎なことで。


 とにかく、その関係でレヴァンは俺と同年代に見えていた訳だ。


 そう考えると、あいつも悲しい奴だよな。


 感情を削られた状態で産み落とされた挙句、辛い役目を背負わされるなんて。


 ……あいつが俺の代わりを務めてくれていたというのだから、俺はあいつに感謝しなければならないのかもしれないが。



 一方、レヴァンを次代の龍にしたいルノードとしては、俺の輝かしい才能は邪魔となってしまった。


 手塩に掛けたレヴァンであっても、レンドウ少年を押し退けて龍の座を獲得できるかは疑問だったためだ。



 ――だからこそ、ルノードは俺の力を封印した。



 当時の俺が備えていた緋翼を奪い取っただけじゃない。


 それまでに培われていた俺の能力の一部を削るために、俺という創造物に再び手を加えた。


 端的に言うと、エピソード記憶をブロックした。そのせいで俺は……それ以前に起きた出来事を全て思い出せなくなってしまったんだ。


 その上でラ・アニマの住人達、そのほぼすべての記憶を操作し、“レンドウは帝国との戦争で受けた傷によって記憶を失った”と、事実を改竄(かいざん)した。


 その際、記憶の操作を免れたのはジジイと親父とお袋、つまりは俺の家族だけだった。


 ルノードとしては、「例え記憶を失ったとしても、レンドウには支えてくれる家族や友人がいるから大丈夫だ」との考えだったのだろう。


 結果として、差し伸べられる手を振り払う暴力少年が誕生しちまった訳だけど……まぁ、それは巡り合わせが悪かった。


 俺にも原因があったと思うし、別に今が不幸だとは思わないから、もういいさ。


 そのおかげで、俺は辛い役目から解放されたんだしな。



 ――とまぁ、そんな訳で。


 炎竜の竜門にて、本来の力を取り戻し……いや、本来以上の力を手に入れた俺は、ルノードに施されたエピソード記憶のブロックを解除できるだろうと。


 より正確に言うなら、したくなくても解除してしまうだろうと。


 そういうことらしかった。



「……きっと大丈夫」


 俺の右手をギュッと握ったのはカーリーだった。


 最近じゃ勝負事の日には髪型をポニーテールにしている気がするけど、何か意味があるんだろうか。


「信じてるから」


「……いや、まァ。思い出すってだけだしな。今までの俺を忘れるワケじゃねェし」


 思い出すしか選択肢がないなら。自分が変質するかもしれないことを怖がってても、しょうがないだろ。


 仲間たちを見渡す。アイルバトスさんを見る。親父を見る。


 その誰もが、小さく頷いてくれた。


「行ってこい」とダクト。


 よし、さっさと済ませてしまおう。



 仲間たちをその場に残し、俺一人で竜門へと歩み寄る。


 10メートルほどもある巨大なレリーフのようなもの、それが竜門だ。


 一見しただけでは継ぎ目を見つけることはできず、それを扉だと認識することは難しい。


 俺は一回魔王ルヴェリスの竜門を通ったから分かるけど。


 天を突くように首を持ち上げた、一匹の竜の姿がデカデカと掘られている。


 この、4枚の翼を持つ竜は、現存するどの龍とも異なる特徴をしているという。


 魔王ルヴェリスやアイルバトスさんは、この4枚の翼を持つ竜こそが、自分たちを龍に任命した上位存在ではないかと考えているそうだ。


 こいつは今もどこかで、世界を調停しているのか。


 俺が今日、今からすることも。全部が全部お前の掌の上なのか?


 ルノードが世界に対して行った暴挙を、あんたはどう考えているんだ。


 そんなことを考えながら竜門を睨み上げるが、10秒ほど待っても特に変化が見られない。


 振り返って親父に向けて叫ぶ。


「……近づいただけじゃなんにも起きねェみたいだけどっ!?」


「なら、直接触ってみろ!」


 言われて頷き返し、再び竜門に向き直る。


 そういえば、魔王ルヴェリスはこう言っていたっけか。『この扉は資格を持つ者が触れ、念じることでのみ開く仕掛けなんだ』と。


 ――資格、か。


 この竜門を造ったルノード本人しか入れない、という意味ではないんだろう。


 わざわざルノードが緋翼を奪い、記憶を奪い、別の個体を育ててまで妨害しようとしたこの俺だ。


 今更資格がありませんなんて言わせないからな。


 そう念じながら、右手を竜門に当てた。



 ん、待てよ?



 ――そもそも昨夜未明、アイルバトスさんは竜門の内部に入っていたんじゃないのか?


 里を護る結界は、竜門の中に核を設置することで発動していたんだろ。


 だったら、もっと早く竜門の正しい開け方を教えてくれてもいいもんじゃないか。


 というか、誰がどうやって竜門を閉じたんだ。自分の居城でもないのに、アイルバトスさんがいちいち閉じてやる必要があるのか? と思い、振り返ってアイルバトスさんの方を見る。


 振り返った俺に対し、仲間たちが指を差している。


「レンドウ、竜門がっ!」


 レイスの叫び声。


 いや、俺をじゃないか。門から目を離すなと言いたいんだな。


 言われて竜門の方へと視線を戻せば、数秒前とは状況が一変していた。


 ――竜門の全てが漆黒に染まっている。


 異質だが、不気味だとは思わない。不思議と安心感すら覚える、全てを平等に抱くような黒さだった。


 竜門に当てていた俺の右の掌が、ずぶりと竜門の内部に埋まった。


 俺を取り込もうとして……いや、違うな。別に取り込もうとはしていない。単に俺が自分で力を入れていただけだ。


 ――この中に、入れるんだな。 


 そうと分かれば、入るしかないだろ。


 竜門は、それぞれ通り方が違う。そういうことだろうか。


 それとも、アイルバトスさんは正規の方法で開けて通ったが、俺にはその方法が使えなかっただけなのか。


 ここまで協力してくれているあの人を、今更疑う理由もない。


 なるようになれの精神で、俺は勢いよく身を躍らせた。


「レン――――」


 一瞬だった。一瞬で、俺の身体は向こう側に抜けていた。


 カーリーが俺の名前を呼んでいた気がするが、それが唐突に途切れたということは……恐らく、この門は一切の音を通さないのだろう。


 背後を振り返りたい気持ちも無くはない。だけど、俺の目は前方へと釘付けになっていた。



 ――円形の、黒い部屋だ。随分と暗い。


 それでも、俺の目には充分な光源だ。


 壁際に浮かび上がる炎が、ぼんやりとその部屋を照らしている。


 全体的な部屋の大きさは、魔王ルヴェリスのものよりも広い気がする。


 地面はやはりすり鉢状になっており、中央には大穴が空いている。


 まるで蟻地獄の巣に自分から飛び込むような状況だが、帰りの心配をする必要は無いんだよな?


 魔王ルヴェリスの竜門では、魔王自ら光の階段を生成していたが……。


 ええい、ままよ!


 勢いをつけて、大穴へとジャンプする。そのまま遥か下の地面に叩きつけられてやる趣味は無いので、背中には緋翼で翼を生成する。


 いつも通りの力加減で滑翔し、少しずつ高度を下げようとしたのだが……一向に高度が下がらない。


「なんっ……だ?」


 見れば、俺の背中から生えている2枚の翼は、普段よりもずっと分厚く、長くまで伸びていた。


 それが大穴の入り口に引っかかって、俺の身体を支えてしまっていたんだ。


 ……どういうことだ、これ?


 いくら何でも緋翼の出力が異常すぎる。


 いや、待て。


 こうしている今も、周囲の壁から……か? 黒い緋翼が無風のはずの空間を流れ、次々と俺の両翼に加わっている……!?


 ――この部屋に入った時点から、もう俺に何らかの変化が起きているのか?


 羽を上向きに畳んで、草木に止まる蝶のようにすれば、俺の身体はするりと大穴の中へ落ちた。


 ので、すぐに両翼を再展開。


 眼下に広がる光景は、魔王ルヴェリスの竜門で見たものとは違っていた。


 壁から幾つもの木の根……もしくは触手のようなものが飛び出してきているのは同じだ。


 大小さまざまなそれらは、龍の身体に龍脈エネルギーを注入するためのものだな。


 竜門の根……だったか?


 だが、それらの質感が違う。硬質に見えるそれらの内部で、マグマのような熱源が滾り、赤く明滅している。


 壁一帯もそうだ。妙に規則的に、まるで心臓の鼓動のようにリズムを刻みつつ、仄かに赤い光を発している。


 それがこの空間の光源だ。


 魔王ルヴェリスの竜門は白く、柔らかいぬくもりがあった。


 ここは違う。資格を持たない存在を焼き尽くそうとするかのような、息苦しさを覚える。


 ――皆は入ろうとしなくて正解だったな、これ。


 この空間は、アニマ以外の存在を攻撃し続けていると言っても過言ではないのかもしれない。


 先にこの部屋に入ったはずのアイルバトスさんは……まぁ規格外だから平気だったってことか。



 中央あたりに降り立ち、両翼を消失させる。当然緋翼を体内に回収する訳だが……それに留まらず、上階から俺を追いかけるように絶えず緋翼が流れてきていて、それらは次々と俺の内部へと吸収されていく。


 次第に、この階でも同様の現象が起き始めた。


 壁から突き出した竜門の根以外に何もない、がらんどうな空間に見えるが、壁からは際限なく緋翼が溢れ出てきている。


 もう既にとんでもない量の緋翼が体内に収まった感覚があるんだけど、まだ来るのか。そして、まだ入るのか。自分で自分が怖いわ。


 このまま続けてるうちに俺の身体が爆発したりしないだろうな……?


 と心配になり始めたところで、ばちん、と。


 俺の意識を遮断するように、目の前で何かが弾けた。


 思わず目を閉じる。次の瞬間、目を開けた時にはもう、先ほどまでは居なかった存在がそこにはいた。


「――誰だッ!?」


 思わず左半身を後ろに引きながら、右手でレンディアナの柄を握りしめていた。


 黒い。それがこの緋翼に塗れた暗い部屋のせいなのか、そいつ本来の色なのかは分からない。


 そもそもこいつは生物なのか。本当に目の前にいるのか。幻惑魔法の類か。分からない。


 いや、だけど、違うと思う。


「上位存在……ってやつか……………………?」


 あんたがそうなのか。


 初代金竜に、ルノードに、テンペストに、ルヴェリスに、ガイアに、力を与えた存在。アイルバトスさんにもか。


 本当にそうだとすれば、俺なんかが攻撃しても何の意味も為さないだろう。


 なら、俺が今すべきことは。


 この場に蔓延する全ての緋翼を吸収し切って、眼前の人物の姿を暴くこと……だ!


「待ってろ、すぐに引きずり出してやるからよ」


 左手を前に突き出し、強く念じる。


 今までは勝手に俺目掛けて入り込んできていた緋翼ども。ここからは、俺の意思だ。


 周囲に立ち込めていた緋翼が流れを変え、勢いよく俺の左の掌へと収束する。


 全ての緋翼が消える数秒前から、部屋を明るい光が照らしていた。


 ――どうやら、元は魔王ルヴェリスの竜門と同じく、壁の全面から白い光が湧き出る空間だったらしい。


 ルノードの手によるものか、他の生物を拒む地獄のように変化させられていただけで。


 それに気を取られたせいか。


 周囲へ巡らせていた視線を正面に戻した時、そこにはもう何もいなかった。


「逃げられた…………か」


 いや、悔やんでも仕方ないだろう。


 アレが俺との対話を望むのであれば今でも残っていたはずだし、アレが俺から逃げようと考えたのなら、そもそも目を離していなくても無駄だっただろう。


 アレはそういう相手だった。


 ()()()()()()()()()()()()


 俺と対話しに来たわけじゃないなら、どうしてこの場に現れたんだ。


 観察しにきたのか?


「…………俺は、あんたの御眼鏡に適えたのかよ?」


 宙に放った質問への答えは、身体の内部から表れた。


「――ぐがぁッ!?」 


 突如として頭が割れるかと思うほどの頭痛を感じ、頭を抑えながら地面を転げまわる。


 いや、転げまわっていた。


 そのことを認識できた時点で、既に痛みは嘘のように消えていた。


 ――そして、俺は全てを思い出していた。



ついに、レンドウ君が外見も内面も最終形態になる時が……。

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