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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第12章 斜陽編 -炎天も嚇怒も撃ち堕とせ死星-
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第189話 弟の名前


 アンリエル・クラルティ。



 それは吸血鬼の里……エルフの里という名前を隠れ蓑にした、あの場所で。


 俺たちを案内してくれた、俺よりも丁寧語に精通した少年。


 くすんだ金髪に、羨ましいくらいに優し気な顔立ちをしていた。


 戦えない自分に嫌気がさし、ニルドリルの騒動の後からは聖レムリア十字騎士団の訓練に混ぜてもらっていた少年。


 そして、アイルバトスさんの背に乗り、リバイアと共にヴァリアーへ向かうことになっていた……あの少年の名前じゃないか。


「あ、アン……アン…………」


「喘いでる場合じゃないぞ、レンドウ」


 衝撃のあまり二の句が継げなくなっていると、アシュリーに苦言を呈された。


「喘いでねェ!」


 そりゃ、お前は当事者じゃないから衝撃も何もねェだろうよ!


「――あのアンリが俺の弟だってッ!?」


 ようやく言いたいことを言い切ることができた。


 前を歩く親父は頷いたが、一瞬俺の顔を見ただけで、すぐに前方に向き直った。足を止めるつもりはないらしい。


 よっぽど竜門までの道のりは長いんだな。時間を無駄にしたくないんだろう。


「そうだ。お前たちのこれまでの動きは、先ほどアイルバトス様から聞いている。……アンリは今、ヴァリアーにいるんだな」


「あァ。……そうか、ヴァリアーに…………」


 思わず歯噛みする。


 リバイアとアンリ。俺達の勝利を信じて、ヴァリアーで待っていると言ってくれた二人。


 その二人が居る場所こそが、次の戦場になってしまう。


 リアリストのダクトが、既に大量の死者が出てしまうことを覚悟している、最悪の戦場に。


 あいつらだけじゃない。あそこには失いたくない仲間が大勢いるんだ。


「あいつは……アンリは……そうか、ハーフってことか」


 つまりは親父と、お袋以外の女性の……吸血鬼との子供か。身体が弱いお袋は、昔からこの地にいたはずだし。


 例え自分の父親とはいえ、吸血鬼の女性と関係を持つことになった経緯を根掘り葉掘り訊くのもよくないか……と、そう考えている自分を意識して、少し驚いた。


 俺、親父が不貞を働いたとは少しも考えないんだな?


 ……まぁ、親父がどれだけ俺達家族を、お袋のことを大切に想っているかはよく知ってるし。


 それに、当時のアニマと吸血鬼の関係から鑑みるに……。


「――親父とその吸血鬼の女がガキを作ったのは、両種族のしがらみがあってのことだな?」


 そう問いかけると、再びちらりとこちらを振り返った親父の顔には、驚きがあった。


「いつの間にそんなに察しがよくなったんだ。……まぁいい、その通りだ。政略結婚……とも違うな。私はクラルティ家の娘と籍を入れていないし、サンドラを裏切ったこともない」


 淀みなくそう言い切った親父。そうだ、余所でガキを作ってたくらいなんだよ。そうやってどんと構えていてくれれば、俺も安心できる。


 あんたはあんたのままだ。


「大方、両種族の友好関係を盤石にするために、ハーフを作っておこう……みたいな思想でもあったんだろ?」


 でも、別に親父のそういう話が聞きたいって訳じゃない。いや、むしろ聞きたくないまである。


 浮気したことがないならもういいから、さっさと次に行こうぜ。


「そういう理解でいい。……もっとも、向こうは私と一緒になりたがっていたようだが」


「……いや、親父のモテ自慢とか世界一いらねェから!」


 そういうのはせめて、同世代の連中とやってくれ。


「私は基本的にこの地で暮らし続けていたからな。翼同盟の街には滅多に行くことがなかった」


「お役目があったって言ってたよな」


 炎竜ルノードが眠るこの地、ラ・アニマ。丁度俺達が今通ってきた、シュレラム聖堂を管理するのが親父の務めだった。


「そのため、アンリは私を……自分の父親の顔を知らん。二言三言、話をしたことくらいはあるがな」


 悲しい話だな、とでも言えばいいのだろうか。


 いや、やめておこう。余計なことは言わないのが吉だ。


「アンリの母親は今どうしてるんだ?」


「彼女は、9年前の戦争で亡くなったとのことだ」


 その9年前の戦争、アニマも吸血鬼も死に過ぎだろ。どこで何の話しててもその戦争での死人の話に繋がってきやがるな。


 それじゃあアンリは父親の顔も知らず、母親も戦争で失って。天涯孤独じゃねェか。そんな悲惨な人生……いや、待てよ?


「……いや、おかしくねェか? どう考えたっておかしいよな」


「何がだ」


「……そもそも、成人を迎えていない吸血鬼の子供たちは、自分たちが吸血鬼だとは知らずに……エルフだと思い込まされて生きてきたんだろ。だったら……その子供たちが戦争に巻き込まれてるって…………いや、どうしたらそんな状況になるんだ?」


 帝国とドールの連合軍に戦争を仕掛けられて、自分たちの住む居場所を追われて。


 自分の家族も殺されていく凄惨な場面を目撃……したかどうかは知らんけど、何も見ずに生きていける方が珍しいだろ。


 そんな人生を送っておきながら、どうして自分がエルフだなんて勘違いできる? 勘違いをさせられる?


「あの場所は……………………」


 吸血鬼の里って……。


 一体、なんだったんだ?


 未だ確信こそ持てないものの、恐ろしい事実に気付いたような心地になり、身体が震えてくる。


「――それに関しては、私から説明しよう」


 立ち止まりかけた俺の肩に手を置いたのは、またしてもアイルバトスさんだった。


「吸血鬼の子供たちは皆、ルヴェリス様によって記憶を操作されていたんだ。……もちろん、ヴィクターの同意の元にね」


「な……なるほど」


 なるほど、の一言で終わらせていいものなのかは分からない。


 今更魔王ルヴェリスを疑う訳では無いが……記憶を操作だなんて。


 ――どうにも気分が悪くなる話だ。


 いや、吸血鬼の未来を想ってのことだってことは分かるよ。


 ただ、そんなことができるのかと思うよりも先に、嫌悪感を抱いたってだけ。


 これは単純に、俺の趣味嗜好によるものなんだろう。幻惑魔法の類にいい思い出が無いしな。


 いや……それとも。


 ……これは、俺の失われた記憶に由来するものなのか?


「永久に効果を発揮するほどの、強固な記憶の操作には……相手の同意を必要としたはずだ。アニマがそうであるように、吸血鬼たちもまた“創造する力(クラフトアークス)”を持つドラグナーだからね」


 龍が憑依体にできる先は、ルノードから見たアニマのような、被造物だけに留まらない。


 俺に金竜が憑依する可能性もあり得ない訳じゃない、そういう話だったな、確か。


「彼らがルヴェリス様を受け入れ。彼ら自身が“忘れたい”と願った悲しい過去だけを、ルヴェリス様は改変したはずだ」


「……なるほど、納得しました」


 俺は魔王ルヴェリスを信じている。それに、アイルバトスさんも信じている。


 だから、このモヤモヤはもう捨てていいはずだ。


 ……それにしても、永久に効果を発揮とはな……。


 実際に、ルヴェリスさんが亡くなったにも関わらず、吸血鬼の子供たちに施された記憶の操作は解除されなかった訳だ。


 そんな恐ろしい力が存在することが、どうしようもなく怖い。それを悪用することを躊躇わない奴が現れたら、世界はどうなっちまうんだ……?


「では、話を戻そうか」


 親父が口を開いたことで、アイルバトスさんが一歩引くのを感じた。気遣いのできる龍だよ、ほんと。


「戻すと言っても、もう用は終わっているんだがな。お前に弟が存在することと、その弟が現在危険な場所にいることを認識してもらいたかっただけだ」


「わァーかってるよ。絶対に……なんて言ったらまたダクトになんか言われそうだけど。アンリは絶対に失いたくない、守らなきゃいけない仲間に数えてるよ、俺は」


 そう力強く答えてやると、「そうか」と親父は呟いた。その中には喜びの感情がありありと感じられ、なんとなくこそばゆい気持ちになった。


「え、俺って家族愛すらも否定しそうな冷血漢だと思われてんの?」


 と、後ろからダクトの声がする。気分を悪くした訳ではないようだ。


「いや、絶対って言葉が嫌いかなーと」


「俺だって、絶対に守りたいやつはいるさ」


「……そっか」


 ダクトが絶対に守りたい相手。それには心当たりがあった。


 この騒動が落ち着いた後、ダクトは俺の監視役から降り、本代家に腰を据える予定で。そこに、ヴァリアーから迎え入れたい相手がいるらしい。


 かつて共に暮らしていた、とある魔人の少女を。


「もしかして、俺が初めて吸血鬼の里に行った時にアンリが出迎えてくれたのって……偶然じゃなかったりするのか?」


「恐らくそうだろうね。ヴィクターはレンドウ君とアンリの血が繋がっていることを知っていた訳だから……二人を引き合わせてやろうという、親心のようなものがあったのかもしれないね。いや、ジジ心かな」


「な、なるほど。ありがとうございます」


 親父に訊いたつもりだったのにアイルバトスさんに答えられちゃうと、ちょっとどころじゃなくビビっちゃうよな。


 (はな)からアイルバトスさんに訊くつもりなら、丁寧語にしてたし。


 ……そうか、アンリは母親違いだけど、間違いなく俺の弟なんだな。


 改めて考えてみる。向こうから見て、俺の第一印象はどうだっただろうか。


 基本的にどこに出しても怖がられる顔らしいし、やっぱり悪かったか。


 いや、特にアンリが俺に対して嫌そうな態度を取っていた記憶はないが。


 それどころか、ニルドリルとの戦いを見て、アンリは俺に羨望の眼差しを向けていたような。


 騎士団で訓練をするようになった後の半年間も、結構頼られていた気がするし……。


 あれ、俺ってもしかして結構いいお兄ちゃん……?


「おっと、危ないよ」


 などと考えていると、三度アイルバトスさんに肩を掴まれた。


「あ……あざッス」


 見れば、目の前で親父が立ち止まっていた。ついに、竜門の前に到着したんだ。


 到着というにはまだ竜門が見えただけで、20メートルほどの距離があるけど。


 中央を溶岩に遮られた分かれ道は合流している。どうやら、竜門よりも更に下から溶岩は流れてきていたらしい。


 向こう側の通路からジェットがひょいひょいと走り出てきて、竜門の前へと一番乗りを果たした。


 一瞬親父あたりがそれを諫めるかと思ったが、別にそういう訳でもないらしい。


 不用意に近づくと危険って訳でもないのか。


「なぜ、ある程度距離を空けて立ち止まったのかだが」


 俺の心の中を読んだように、竜門に描かれた絵をなぞって遊んでいるジェットを眺めていた親父が振り返った。ジェット、無邪気だな。


「レンドウ、私は……お前が近づくことであの門が反応すると見ている。その前に心の準備をさせたくてな」


「――心の準備、ねェ」


 そんなもん必要あるか?


 どうせなるようになるだろ、と楽観的な思考をしていた俺を、またしても親父の言葉が貫いた。


「――竜門から力を取り込むことで……お前は、失っていた記憶を取り戻す可能性がある」


「……………………はァ」


 ――本日明かされた衝撃の事実、第二段。


 ……今度は、叫ぶ力も湧いてこなかった。



まさか吸血鬼の里で初めて出会った相手であるアンリ君が、レンドウの弟だったとは……。


という冗談は置いておくとして、最早名前だけしか出てこないキャラとなってしまったヴィクターあたりが忘れられていないか心配です。一応言っておくと、吸血鬼の族長のじいさんです。

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