第188話 竜門への道
メインの戦力となるアイルバトスさんと、氷竜の戦士隊。
あとは当然、俺と仲間たち。
それに加え、ルノードの位置を探知する手助けとして名乗りを上げてくれた、黒騎士のセリカ。
――最終的に、エイリアへと向かうメンバーはこうなった。
あの後、ヒルデもなんだか思わせぶりな態度を取っていたので、もしかしたら同行を申し出たかったのかもしれない。
だが、本人も自分の感情に整理を付けられていない上、両親が共にルノード派ということもある。
決戦の地に不安定な要素を持ち込むことはできないだろう。
俺もそう思ったし、きっとヒルデ本人もそう考えたからこそ、何も言わないことを選んだんだ。
明日、3月3日の朝8時頃にここを立つ予定で、現在は昼の13時。
懐かしい面々と話をする時間も、作戦を練る時間も、休息を取る時間も充分に残っている。
――俺はまず、親父と共に炎竜の竜門に向かうことにした。
竜門に触れることで、俺が新たな力に目覚めることができるかもしれない……という親父の考えからだ。
シュレラム聖堂から竜門へと続く洞窟。先導するのは親父。
その後ろに俺、更に後ろにアイルバトスさん、ナージア、ダクト、ジェット、レイス、カーリー、アシュリー、クラウディオと続いている。
洞窟の内部は、中央を流れる溶岩によって照らされている。
それによって分断された二つの道の、右側を俺達は歩いていた。
ジェットだけはお調子者らしく左の道を歩いているが、最終的には合流するらしいので問題はない。
「明日の準備っつっても、寝る以外に特にすることねーよなぁ」
「意識を奪われた割に、こうして武器も無事だしな」
ジェットの言葉に、ダクトが黒銀のナイフを弄びながら同意した。
そうだ。俺達はルノードの本体が顕現しただけで意識を飛ばされたが、その身は疎か、武器まで丸ごと無事だった。いや、身の方は割と凍死寸前だったやつもいたか。
緋翼を溜め込むことが可能な魔剣であるレンディアナくらいは、むしろ奪われて当然のような気もするが。黒騎士との戦闘で散々見せびらかしちまったし。
左腰の魔剣を軽く撫で、改めて愛刀の無事を喜ぶ。
もしかして魔剣も定期的に「ありがとう」とか「かっこいいよ」とか言葉を掛けた方が強く育つとかある?
今度部屋で一人の時にやっとこうかな。
「全世界の敵になる決断をした癖に、ルノードはそういうところが甘い気はするよな」
俺だったら……いや、意識を失っている相手にトドメを刺すことが出来るかは今一自信がないけど。少なくとも、四肢を拘束するくらいはするだろう。武器の類も絶対取り上げると思う。
「ルノードさんは地球人……というより日本人らしいからね。本来は不誠実を嫌い、正々堂々を好む性質なのだろう」
「……いや、一つの都市を滅ぼして、万単位で人殺してますけど……」
アイルバトスさんの言葉に小さくツッコミを入れてしまう。
アロンデイテルの首都、シルクレイズを滅ぼした際のルノードは、正々堂々では無かったはずだ。
ちなみに日本というのは、例の地球という星にあった国の名前であり、ニホンジンとは角が二本生えている人種のことではないらしい。念のため。
先代魔王ルヴェリス、炎竜ルノード、地竜ガイア、災害竜テンペストの4人は、龍となる以前はこの日本人という種族だったそうだ。
「同族愛が強く、仲間が攻撃された場合には過剰に報復するのも特徴だったらしいよ」
「なるほど、道理で」
とは返したものの、それでも完全に納得できた訳じゃ無い。
だって、今このワールドの大部分を支配している人間という種族は、元を辿れば地球から拉致されてきた地球人な訳だろ。正しくは拉致ではなく複製だったという話だけど、今はそれは置いておくとして。
だったら、今の人間だってルノードの同族だったんじゃないか。龍になった後に自ら創出した種族、アニマの方がより密接な関係なのは間違いないだろうけどさ。
そこに何の違いがあるんだよ。
というような疑問を発すると、口を開いたのはダクトだった。
「ルノードが元々人間だったのは確かだろう。けど、人間だって数が増えりゃあ同じことだからなぁ……。レンドウだって、あくどい人間を見てきただろ?」
「……まぁ」
「数が増えれば派閥が出来て、溝が出来て、仲間と敵に分けられる。住む地域が違えば、数百年もした頃にゃあそれぞれの集団の外見的特徴に差異が生まれて、それが“人種”になるんだ。現に、デルの連中の顔立ちは違っただろ?」
「そう……だったかもな」
嘘だ。適当に相槌を打ったものの、正直全く覚えてない。
俺はお前と違って社交的じゃなかったから、アンナ以外のデル人とは交流してないんだ。
「それは当たりめぇのことなんだよ。ルノードが元地球人だったとかは関係なく。ただこの世界が今、“ルノード国のルノード人”と“反ルノード人”に二分されただけなんだ」
「それにしては、ルノード人とやらの人口が少なすぎて涙が出てきそうだけどな」
ルノード本人と、アニマの里からいなくなっていた一部の住人。それら全てを合わせても、50人もいかないだろう。
「そんなもんなんだよ。肉食動物の世界じゃ、群れ同士がぶつかってどちらかが潰されるなんて、よくあることだ」
そのダクトの論調は、言われてみればなるほどと納得できそうなものだったが、レイスはあまり快く思わなかったようだ。
「僕らは動物じゃないよ。こうして口が付いている以上、話し合いで解決を図るべきだと思うけど」
「だからそれが甘ぇんだって。話し合いで解決できるラインをとうに越えちまってんだからよ」
「法が整備されている国の多くは、死罪だとしてもいきなり殺めたりしないでしょ」
「一秒でも放置してたら危険な凶悪犯の場合は、その場で射殺だろ」
「まぁ――そう……なのかな…………」
レイスとダクトが敵対……はしてないけど、言い争いみたいになってるのは珍しいか?
「レイス、ずっと言おうと思ってたことだけどな。お前は初めてレンドウに勝ったあたりから、ちょっと価値観がおかしくなってるぞ」
レイスが、初めて俺に勝ったあたり?
って言うと、もう一年くらい前のことか。
俺はそれ以前のレイスを知らない訳で、比べようがないが……。
「僕が……おかしいって、どういう風に?」
「自分が本気で対話して、本気でぶつかれば、最後にはきっと全部丸く収まるはずだ……みたいな、おちゃらけた考え方のことだよ」
「そんな考え方はしてな…………いや、いた……のかな……」
確かに、考えてみればこの二人は別に似た者同士という訳でもなかった。
徹底的なリアリストであるダクトに対し、レイスは夢見がちなところがある。
その夢に救われた側の心情としては、味方をしてやりたいところではあるが……。
「敵の心配をしてやれる段階なんて、とっくに終わっちまってんだよ。お前が心配するべきは、どうやったらヴァリアーの仲間を守りきれるかだ。――リバイアが死んだら悲しいだろ?」
「そんなの、答えるまでもないよね」
「だったら。……敵全員と和解しようだなんて手間の掛かる縛りは捨てろ。今回の敵はレンドウとは違う。お前が甘さを見せれば、その間に救えなかった命が増えていくだろうよ」
「……………………」
喋ってる内容としては、俺はダクトに同意してしまうんだよな。
だから、俺は二人を仲裁することができなかった。
というか、甘さの基準に俺を使うのやめて? レンドウモノサシジャナイヨ。
……“シルクレイズの変”にて、ルノードによる推定殺害人数は15,000人にも上る。
どう考えたってルノード本人も、それに従い続けた部下も人間界から許されることは未来永劫ないだろう。
それに関与していないアニマですら、存在を許されなくなってもおかしくない。むしろ、そういう流れが作られて当たり前だとすら思う。
……こうなっているのは、リバイアがいないからか? あいつがいれば、とっくに割って入っていたはずだ。
幸いにも、というか、両者は怒鳴り合いにまで発展することはなく、互いに口を噤んだ。
案外、俺の見ていないところで以前からこういう事態はあったのかもしれないな。お互いの意見が合わないことに慣れているというか、別に不機嫌になっている訳でもないらしい。
自分の意見を纏める為にも、他人と話すことで整理するのは大切……ってことか?
俺はダクトに理論でボコボコにされるのが嫌だから、挑戦しようとも思えないが。
……それにしても、ダクトは既に“救えなかった人間が出てくる”ことまで覚悟しているんだな。
そりゃそうか。アイルバトスさんより強大な力を備えているというドラゴンが、ヴァリアーを襲撃しようとしているんだからな。
味方側にだけ死者が出ないと考えるのは、お花畑がすぎる。
俺は覚悟できるだろうか。少なくとも、今は全くできていない。
目の前で仲間が、知り合いが命を奪われた時……冷静さを失い、俺まで何もできずに殺される。そんな事態だけは避けないといけない。
分かってはいるんだが、実際そんな場面でも冷静でいられるほど、自分の心を殺せる気がしないんだが。
……それができたらもう俺じゃねェだろ。
「――それでレンドウ、あの時の話の続きなんだが」
レイスとダクトの会話が終了したことを察したのか、親父が口を開いた。
そりゃ、丁重にもてなす必要があるお客さん2人が喧嘩してたら、何も切り出せないわな。
「えっと、悪ィ。どの時の続きだ?」
「お前に、弟がいるという話だ」
ああ、弟ね。黒騎士との戦いが始まる前、そういえば俺には弟がいたって言ってたっけ。
「…………え、今その話すんの? あれ、もしかして……ん? まだ生きて存在してる系?」
「お前の弟が死んでいると言った記憶はないが」
「あれ……そうだっけか」
俺が勝手にそう思い込んでいただけか。
とすると、この最終決戦の前で弟の話が出てくる理由は。
「……まさか、ロウラと同じように弟クンとも戦うことになる……とか言う?」
義姉に続いて義弟とも殺し合いをしなければならないのか、と声の震えを隠せずに訊く。
それはあまりにも悲しいおうち過ぎない? 家出していい?
しかし、前を歩く親父は首を小さく横に振った。
それに安堵を覚えたのも束の間、
「そうではない。……弟の名前は、アンリエル・クラルティというんだが……」
「……アンリエ――――――――はァッ!?」
脳天をぶん殴られたかのような衝撃を受け、俺は思わず叫びながら大きく仰け反った。
後ろに立っていた人物によっては、その人の鼻を折ってしまったかもしれない勢いだった。
……幸いにも後ろにいたのはアイルバトスさんだったので、苦も無く後ろから背中を支えてくれた。
あ……どうも。
絶対的な強者とのボディタッチによる緊張からか、急激に冷静さを取り戻せたのは僥倖かもしれない。
「主人公と特定の誰か」の関係ばかり書いているため、レイスとダクトの折り合いの悪さが表面化したのは恐らく初出し。
作中で会話しているシーンが一切無いキャラの組み合わせも多いですからね。完結後に番外編で補完するのもありか……。




