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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第12章 斜陽編 -炎天も嚇怒も撃ち堕とせ死星-
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第187話 ヒルデ

挿絵(By みてみん)


 赤みがかったロングの髪を、右サイドで纏めたアニマ……ヒルデが、気怠そうに組んでいた足を組み替えた。


 右足が上側になったことで、その足首に巻き付けられていた、水色のロープ状の氷翼が引っ張られる。


「うわっ」


 彼女の右側に大人しく座っていた監視役のナージアの身体がぐいと引っ張られ、バランスを崩してヒルデ側へと倒れ込む。


「……近寄るな……っ」


 接近してきたナージアの頭を右手で掴み、近付かせまいとグイグイ押し返すヒルデ。


「あがががががが……」


 ……ナージアが可哀そうだ。


 結局、ナージアがもう少し水色のロープを長くすることで事態は収束した。


「ヒルデ、いつまでも意地を張っていても仕方ない。そろそろ状況を受け入れて」


 ヒルデの左側で壁に背を預ける形になったセリカが、彼女を見下ろすように言った。


「……どんだけ数が集まったって関係ないのよ。あんたたちだって分かってんでしょ」


 ヒルデはセリカの方を向きもせずに吐き捨てる。


「この場の全員が束になって掛かったって、養分にされるのがオチだわ」


 彼女の言葉の意味は分かる。


 ――実際、その通りではあるんだよな。


 創造主であるルノードに対して、被造物であるアニマじゃ戦力にはならない。


 全ての緋翼を取り上げられて、無力化されて終わりだ。


 それどころか、僅かであれルノードの力が更に増してしまうだろう。


 となると、結局はアイルバトスさんと氷竜の戦士隊に任せるしかない訳で……。


 この場に集まった100人以上のアニマだが、その殆どは戦いに参加せず、この地に残ることになるだろう。


「だとしても、本心からあいつに忠誠を誓ってるワケじゃねェんだろ。だったら、あいつの支配から逃れる方法を全員で考えようって気に……なれねェのかよ」


 俺から掛けられる言葉は、情けないが根性論……いや、感情論か? でしかない。これじゃ響かないのも仕方がない。


「……結局、怖いんでしょう。決着がついた時、負けた陣営にいるのが」


「――はぁっ!?」


 そのセリカの言葉は聞き捨てならなかったのか、ヒルデは真正面からセリカを睨みつけた。


「あなたは駄々をこねている子供と一緒。頑張っても結果が伴わないのが怖くて、初めから挑戦することを諦めてる」


 ほんとこのお姉さん、ズバズバものを言うよな。


「だったら! ……あんたはこれから何をするってのよ!? 直接戦えないのはあんただって一緒でしょ!」


 セリカはふぅと息を吐いた。


 その落ち着いた態度が、今は逆にヒルデをヒートアップさせる要因になってる気がするんだけどな。


「だから、それをこれから考えるの。少なくとも、私はここでじっと待つだけのつもりはない。きっと、何人かはエイリアに同行することになる。私はそこに志願するつもり」


「……………………」


 セリカから目を逸らして、舌打ちをしたヒルデ。


 不思議と、彼女を馬鹿にする気にはなれなかった。


 ――もしかすると、里を出て外の世界を知っていなければ。


 今頃は俺もこんな感じだったかもしれないな、と。そう思ったからだ。


 俺はこの一年で随分と成長出来た方だとは思うが、逆に言えばたった一年前は何も知らないガキだったんだから。


 あんまり調子に乗り過ぎるのも良くないかなーと。


 自分がいることで空気が悪くなると考えたのか、セリカはジジイとアイルバトスさんの方へと歩いて行った。


 いや、さっき言ってたように、エイリアに同行する旨を申し出に行ったのか。


 ……まったく、お前ら昨日までは同じ陣営の仲間だったんだろ?


 もう少し仲良くしようとか思えないもんかね。


 いや、それは無理か。


 思えばヴァリアーにいた連中も、ルナ・グラシリウス城への旅路で集まったメンバーも、目的はてんでバラバラだったっけ。


 アザゼルやフェリスに苛立っていたアルの姿はよく覚えている。


 ……そうだ、アルだ。



「――ヒルデ。アルフレートが今どうしてるかは知ってるか?」


 セリカが去ったことを確認した後、ナージアの更に右に座りつつ質問する。


 ナージアを挟んでヒルデと会話する形になるので、ともすれば更なる気まずさをナージアに味わわせてしまうことになるが……。


「アルフレート? ……あぁ、あの変人ね」


 幸いヒルデは、むしろ俺には普通に応対してくれるらしかった。


「一応、どういう風に変人なのか聞いてもいいか」


「9年前の戦争の後、人間の街で暮らすことを決めるようなところ」


「なるほど」


 確かに、そりゃどうしようもないほど変人だな。


 結局詳しいところは分かっていないが、俺が記憶を無くす原因にもなった例の戦争の際にアドラスと出会って、向こう側に引き込まれたんだよな。


 引き込まれたというか、最終的にはアニマとアラロマフ・ドール陣営は和解し、密約を結んだのだが。


 ヴァリアーという組織も存在しなかった頃、アドラスという男は一体どういうつもりでアルを引き抜いたのか。


 そもそも、サンスタード帝国はアニマの存在を快く思っていないだろうに、よくその傘下の立場でそんな冒険ができたもんだよな。


 アルが変人なのもあるが、現ヴァリアー副局長であるアドラスの方にも、なにやら特殊な事情がありそうだ。


「半年前、ルノードはアルに憑依していた。その状態でここに帰ってきたんだろ?」


「ええ」


「その後、アルはどうなったんだ?」


 ヒルデは少し考えるそぶりを見せ、再び足を組み替えたようだ。釣られてナージアも身じろぎする。


「劫火様がここに戻ってすぐ、本来の肉体に戻った時点で開放されて……その後は、特に制限も掛けられずに自由を与えられていたはずだけど」


「制限なしって……人間界に戻って良かったってことか?」


「さすがにそんなワケないでしょ。この里の中で自由にって意味よ」


「ですよねー」


「……今この場にあいつがいないってことは、劫火様について行ったってことでしょ」


「そう……なるのか」


 そうなるんだろうな。


 半年前、ルノードにその身体を貸していたアルフレートは、結局そのまま向こうに付いた。


 ……あいつとも戦わなきゃならないのか。


「レンドウ、あんたこそどうなのよ」


「どうって何が?」


 何を言われているのか見当もつかずにいると、「あっきれた。はー、ほんっと、あっきれるわ」というお言葉を頂けた。


 いちいち余計なことを言わないとやってられないのかこの女。


 やっぱり俺は圧倒的にセリカお姉さん派だ。こいつ、ヒルデはガキ臭くて敵わねェ。同い年くらいだろうけど。


「あたしたちにとっての劫火様は単に祖先ってだけだけど、あんたにとっては親みたいなもんでしょ」


 俺が、ルノードから分離して生まれたことを言いたいのか。


 黒騎士であるヒルデには、ルノードからそこまでの情報共有がされていたんだな。


 頭の悪そうなガキという印象だけど、結構ルノードからは信頼されていたのだろうか。いや、単に全ての情報を黒騎士全員に等しく隠し立てしなかっただけか?


「生みの親だったとして、今までずっと関りが無かったんだから別に何とも思わねェよ」


「ふーん。……でも、本気で勝てると思ってるなら……正直、羨ましいわ」


「羨ましい?」


 姿勢を前に倒して、ナージア越しにヒルデの表情を窺おうとしてみたが、それを察知したヒルデは逆に長椅子からずり下がり、頭をできるだけ後ろにやることで俺の視線から逃れようとしたらしい。


 メタクソ行儀悪いぞお前それ。


 族長や他種族のシンまでいる状況で、よくそこまで奔放に振舞えるもんだ。


 機嫌が悪いから大胆になれている、というのはあるかもしれないな。


 ……後で我に返った時、めっちゃ恥ずかしくなってくるやつじゃん。


 なんか昔の自分を見ているようで嫌だな。なんて言うんだっけこういうの。


 共感性羞恥心?


「…………あたしは、親に勝てると思えたことがないから」


 その言葉には力が無く、今までで一番ヒルデというアニマの本質が露わになっているように感じた。


 ので、無理に顔を覗こうとするのはやめておくことにする。


 再び深く座り直し、壁に背中を預ける。


「もしかして、お前の親って今は…………」


 癖で右足を左の膝に乗せてしまうが、これじゃ俺も人のことを言えないな。


 ナージアの視線を感じるし、すぐに降ろすのもなんとなくバツが悪いので、「ブーツの汚れが気になっていたんです」という(てい)で行こう。


「…………二人とも、劫火様について出発してたみたい。ま、そうするだろうって思ってたけど」


 くるぶしの辺りを親指で擦っていると、ヒルデがぽつりと言った。


「そうか」とだけ返し、俺たちはそれきりだんまりになった。


 そういうことか。


 両親が元々ルノード派だったから、それに従っていた……今までそれ以外の選択肢があることすら認識していなかった。


 毒親……などと言い切るのは違うんだろうな。


 自分たちと娘の安全を考えて、ルノードに付くと決めたんだろうから。


 結局、俺達はルノードに勝てるつもりでいるけど、それは確約された未来じゃない。


 氷竜アイルバトスを知らなかった者たちが、自分たちの創造主でもある炎竜ルノードに逆らおうと考えられる方が異常か。


 俺達が負けた場合は、ヒルデとその両親が正しかったことになる訳で。


 ――これは生存競争であって、単純に誰が悪で誰が正義とかじゃないんだ。



 遠くでジジイが手を叩いて、聖堂にいる全員の注目を集めた。


「――では皆の者、聞いてくれ。明日の朝に出立する面子の紹介と。……これから先の、我らアニマの身の振り方についてを」


「……ふーっ」


 両の拳を握りしめ、俺はそちらに歩み寄るべく立ち上がった。


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