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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第12章 斜陽編 -炎天も嚇怒も撃ち堕とせ死星-
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第185話 目覚め


 ◆レンドウ◆



「――ドウ! レンドウ! 早く起きて!!」


 大声と共に身体を揺すられて、意識だけは一足先に芽生えた。


 元々、俺の目覚めの良さには定評がある。


 しかし、身体が酷くだるい。頭も痛い。


「レイ……ス…………?」


 思い瞼を空けると、月明かりに照らされて白髪が輝いていた。


「状況は……皆は……どうなってる…………?」


 焦りに揺れる青い瞳に、問いかける。


「っ、とりあえず、早く僕の血を吸って復活して!」


 レイスはそう言いながら左腕の袖を捲り上げると、勢いよく俺の口元にあてがった。


 そんなに積極的に自分から食われに来る奴があるか、と憎まれ口を叩きたい衝動を堪え――ぶっちゃけ、そんな気力はなかった――レイスの腕に牙を立てる。


 ……そうして意識が回復するや否や、俺はレイスの腕を撥ね退けるように上体を起こしていた。


「――皆無事なのか!?」


 レイスは顔を隣へと向け、「かなり危険な状態なんだ」と言った。


 つられてそちらを……倒れていた俺の隣を見れば、カーリー、ダクト、アシュリー、クラウディオ、ジェットがいた。


 気絶していた全員を、一か所に纏めて寝かせていたのか。


 それより、向こうにいるのはナージアと……両腕を後ろで拘束された状態で地面に膝をついている二人のアニマ。


 ナージアは「おれは無事だ」と言うかのように、俺にむけて頷いてみせた。


 それに頷き返しつつ、ナージアの隣に膝をつく人物らに目を通す。


 一人は灰色の長髪を後ろで結んだ女性。黒仮面を失ったのか、温和にも見える顔を晒しているのは……セリカだ。


 俺に刀を折られて撤退した後、レイスとナージアに捕まったのか。


 もう一人は、赤みがかったロングの髪を右サイドで纏めた女性。一瞬あの戦闘狂のアミカゼかと思ったが、髪の色が似ているだけで別人だ。


 こちらもセリカと同様に素顔を晒しているが……あまり面識のない人物だ。


 名前は……確か、ヒルデ……だった、と思う。


「詳しい説明は後っ!」


 人間観察を始めていた俺の意識を強制的に引き戻すように、レイスが俺の頭を持って向きを変えさせた。


「――皆の体温が下がり切ってるんだ! 早くレンドウの力で温めてあげて!」


「ッ! わ、わかった」


 ――そうか、それがいち早く俺を覚醒させようとした理由なんだな。


 慌てて這うような格好になって、気絶した仲間たちを覗き込むように移動する。


 まず最初に頬に触れて体温を確認した相手がカーリーなのはまぁ、許してほしい。


 両手を突き出して、黒い緋翼を噴出させる。俺を含めた仲間たち全員を内包する巨大な球体を取らせた後、それをゆっくりと収縮させていく。


 一人一人の身体を覆うように纏わせて、少しずつ加温していくことで全員を同時に温めるんだ。


 能力の発動が安定したことが確認できたので、改めて周囲の状況を観察する。


 レイスとナージアの手によるものだろう、俺と仲間たちが寝かせられていた場所からは可能な限り雪が除けられており、土が見えていた。


 場所は俺が意識を失った崖際からほぼ変わらず、ここに来る途中で通ってきた針葉樹林も向こうに見えているが……俺達をそちらに移動させなかったのは、新たなアニマによる不意打ちを警戒してのものだろう。


 寒さを凌ぐ手段としては、他にかまくらを作るなども考えられるが……いや、それは吹雪を耐える手段であって、今の状況にはそぐわないか。


「そうだレイス、俺の親父が……崖下に落とされちまってそれっきりだったんだけど、お前は何か知ってるか?」


「レンドウのお父さんが? ……ううん、僕はわからない」


 俺の問いに首を振ったレイス。見えないが、崖下の方向へと目を向ける。


 あの親父のことだ、そう簡単に死ぬとは思っちゃいないが……。


「カイさんなら、きっと大丈夫」


 落ち着いたトーンによる慰めは、意外な方向からだった。セリカだ。


 一瞬、「勝手に喋らないで」とレイスかナージアが彼女を責めるかと思いきや、二人は特に気にした様子が無い。せいぜい、ちらりとセリカに目を向けたくらいだ。


 あまり殺伐とはしていないのか? と思うも、ヒルデ(推定)の方は俺達をギロリと睨みつけている。


 ――そうだよな、友好的な方がおかしいよな。


「さっきカイさんの方に、あの人の仲間が向かった気配を感じたから。今頃介抱されていると思う」


「……なるほど。サンキュ」


 おかしいのはセリカの方だ。レイスもそう考えたのだろう、


「えっ……と、どうしてセリカ……さんはレンドウに対してそこまで協力的なのかな?」


 と、口元を抑えながら疑問を呈した。


 ナージアの操る“創造する力”によって後ろ手に拘束されたセリカは、しかし両足までは縛られていない様子だ。


 あの分なら逃げようと思えば走って逃げれるよな?


「私は……レンドウとあなたたちに続けて敗北して、あなたたちに賭けてみてもいいかもしれないと考えたの」


 それってつまり……。


「俺達の側について、ルノードと戦ってくれるってことか? 黒騎士の立場を捨てて?」


「ええ」


 一片の淀みもない、自然な様子で肯定したセリカだったが、


「その言葉だけで、このアニマを信用していいのか?」


 ナージアは疑っている様子だ。


 当然だろう。ただの一般市民じゃない、精鋭である黒騎士の一人なのだ。


 必ずしも黒騎士全員がルノードに心酔している訳でもないのだろうが。


「……俺としては、セリカの言葉は信用していいと思う」


 セリカという女が俺を謀るという光景が想像できないのもあるが。


 そもそも、アニマという種族は腹芸が得意ではないのだ。


 まぁ、アルフレートの捻くれた性格はちょっと……例外だろう。長らくの人間界での生活により獲得した歪みかもしれないし。そんなもん獲得すんな。


「レンドウがそう言うなら、信じてもいいのかな。僕としてもあまり疑いたくはないし」


 そう言いながら、レイスが捕虜二人に笑いかけた……かと思いきや、ウッと仰け反った。


 ヒルデ(推定)の強烈な眼光に貫かれたのだろう。


「……言っとくけど、あたしは全然降るつもりなんかない。命は惜しいけど……命が惜しいからこそ、あんたたちの側に付ける訳が無い」


 興奮していることも原因かもしれないが、そのハイトーンのボイスは、彼女に少し神経質そうな印象を与える。


「セリカ、あんたおかしいわよ。レンドウがちょっと強くなってて、それに負けたから、なに? 結局あの方が出てきた瞬間、こうやって全員負けちゃってるじゃない!」


 ヒルデ(推定)の言っていることは間違ってない。確かに、俺達は何もさせてもらえなかった。


 炎竜ルノードの本体が姿を現しただけで、全員が為す術なく意識を失った。


「……それは、あんたが……ヒルデが、まだ俺達の大将を見てないのもあるかもしれないぜ」


 口を挟めば、自然とヒルデ(推定)の視線はこちらを向く。おおう、なんだアレか、お前も目力コンテストに参加したいのか?


「大将ですって?」


 何も文句を言われなかったということは、名前は合っていたらしい。


「そうだよ、大将でも頭目でもボスでもなんでもいいけどな。……自分で言うのも情けないけど、氷竜アイルバトスさんには俺達とは比べ物にならない力があるんだ。それこそ、魔王ルヴェリスが『炎竜ルノードにも勝てるだろう』と太鼓判を押すだけの力が」


「氷竜アイルバトスぅ?」


 だが、ヒルデ(確定、閉廷!)の懐疑的な視線は変わらない。


 口調だけで「誰それ? 知らないんだけどォ」というニュアンスをしっかり伝えてきやがる。


 それもそうか。その実力はさておき、アイルバトスさんは名前が売れている龍じゃない。ヒルデを説得する材料にはならないか。


「いや……それももうじき覆るはず、だ……と、思う」


 そう言ったのはナージアだ。


 自分を拘束しているナージアの顔を見上げるように、首を傾けたヒルデ。ナージアはあらかじめ向こうを向いて、鋭い視線から逃れていた。ズルいぞお前。


「30分くらい前、空に光弾が打ち上げられたんだ。あれは長の合図。アニマの里で長が戦い始めたなら、恐らくはもう決着はついているはず。そう遠くないうちにこの結界も――――、」


 ナージアがそこまで口にした時だった。


 突如として、ぱちんと。


 いや、音は無かった。


「――ッ!!」


 しかし、明確に世界に変化が起きたのが分かった。


 見える景色全ての色が、わずかに彩度を上げたかのような。


 肌に触れる空気の温度が、ほんの少し低くなったかのような。


 実際にはそんなことはないんだろうけど、不思議な感覚が身体を通り抜けていった。


 この8年間暮らしていた土地で、絶えず聴こえ続けていた音が今、消え去ったような。


「――――解除されるんじゃないか……って、どう……した?」


 俺の様子を見て何かを感じたのか、ナージアがしどろもどろになりながら続きを口にした。


 一瞬頭を押さえて、でも別に痛い訳じゃなくて、その次に瞼を擦るが、具体的にそれまでと何が変わったのかは説明できそうになかった。


「いや、ナージア。お前の言った通りだよ。きっとアイスバトスさんが、今」


 周りを見れば、セリカとヒルデも似たような感覚を覚えていたらしいと分かった。


「この場所を何十年……もしかしたら何百年と護り続けた結界を、破壊したんだ」


 俺の言葉を受けて、ナージアが左の手のひらを宙へと伸ばし、そこに氷翼を生成した。


「たしかに。さっきまでと違って、おれの力が阻害されなくなってるな」


「それで、アイルバトスさんが聖堂の結界を破壊したってことは……勝ったってことか? これにてルノードとの戦いは終わりでハッピーエンド?」


 少しばかり茶化してしまう。


 自分が活躍できていないせいもあるが、あまりにもあっけなく感じてしまい、勝利した感覚がない。


 それ故に、まだ素直に喜べなかった。


 こういう時は、得てして想定外の方向に自体が転ぶものだから。もう分かってきてんだよ。


「ううん、まだそう決めつけるのは早いよ」


 レイスにそう窘められ、そうだよなと頷く。


「うっ……ぐ……」


 足元で、ダクトが寝苦しそうに声を上げた。体力のある者から、目を覚ますのももうすぐかもしれない。


「……待てよ? アイルバトスさんがいるってことは……俺達は丸二日気絶してたってのか?」


「いや、それだったら全員生きてる訳ないでしょ。日付は跨いだけど、せいぜい半日。夜明けもまだだよ」


 さすがにあり得ないと思いつつも問いかけ、レイスの左手によるツッコミを胸に受けて安心した。


「なら、アイルバトスさんが二日も早めに来てくれたってことか」


「そうなるね。それで、最初は予定通り待機するつもりだったけど、僕たちと連絡が取れない状況を憂慮して、行動を開始したんじゃないかな」


 なるほどな。


「結界があった時、他の龍とのパスは無効化されていただろうけど……私たちと劫火様は問題なく繋がっていた」


 立ち上がって、俺の隣まで歩いてきたのはセリカだ。


 味方になることを表明したものの、両腕を拘束されている状況に特に不満はないらしい。すぐに信用されないのは当然だと考えているのか。


「だからこそ言える。劫火様は……炎竜ルノードは生きている。多分だけど……氷竜アイルバトス様と戦ってはいない」


 ルノードの呼び方を変えたのは、明確な離反の表明だろうか?


「戦って……ない?」


 なら、逃げたってことか? アイルバトスさんと相性が悪いことを悟って。


 いや、それはおかしいか。そもそも、どのタイミングでルノードがアイルバトスさんの存在に気付けるんだって話だ。


「ルノードは一部の仲間を引き連れて、既にアラロマフ・ドールへ向かった……んだと思う」


「……あいつの気配を追えるセリカが言うなら、そうなんだろうな」


 自ら宣告した期日まではあと二日あるにも関わらず、ルノードが既にアラロマフ・ドールへと向かった理由。


 最悪を想定するなら……何らかの理由で氷竜アイルバトスの存在を知ったルノードが敗北を察し、それを避けるために行動を開始した?


 再び約束を反故にして、先んじて金竜ドールへと攻撃を仕掛けるつもりなのか。


 だとすれば、お前は正真正銘のクズ野郎だ。何度魔王ルヴェリスを裏切れば気が済むんだ。


 だが、俺の憤りなんてどうでもいい。


 重要なのは、ヴァリアーの皆に危機が迫っているかもしれないという点だ。


 あそこには、リバイアやアンリだって到着したばかりなのに。


 俺達の勝利を信じてくれているあいつらが、災禍に巻き込まれるなんて。絶対にダメだ。


「……すぐに行動しないと」


 でも、どこに? 差し当たって何をすればいい?


 どうしようもなく沸き上がり始めた不安に、我知らず胸のあたりを搔きむしっていたのか。


 右手をレイスに掴まれて、ハッとした。


「落ち着いて、レンドウ。とりあえず全員が起きたらアニマの里へ移動して、皆でこれからのことを話し合おう」


「あ、あァ」


 そうだ、お前はいつだって正しい。それが間違っていないことは分かる。


 だが、ルノードがその気になれば、今この瞬間にもエイリアを火の海にすることもできるんじゃないか。


 あの街とそこに住む仲間たちが、その一片も残さずに“青い炎”によって消されてしまう場面を想像し、胃液が逆流しかけた。


 これで平静を保てという方が無茶だ。お前にはできるのかもしれないけど、俺には……。


『――ナージアにレンドウ君にレイス君。聴こえているかい』


 そんな時だった。重苦しい空気を斬り裂くように、今までにない明るさすら感じるアイルバトスさんの声が脳内に響いたのは。


『ルノードはどうやら、アラロマフ・ドールへと向かったようだ。とりあえず、シュレラム聖堂に全員を集めて話し合いをしたいのだが、可能かな?』


「はい、分かりました」


 頭に手を当てて答えたのはレイスだ。


『では、待っているよ。……それから、レンドウ君』


「……ッ、はい」


 名指しで呼ばれ、少し狼狽してしまった。


 アイルバトスさんの声が聴こえていないセリカは不思議そうな顔でこちらを見た。


『幼馴染さんが、君に会えるのを今か今かと楽しみにしているよ』


 その、純粋に良いことを教えてあげられて清々しい気持ちだなぁみたいな声色で。


 どれだけ俺の心臓がバクついたかを、正確にこの人に伝えるのは困難だろうと思った。


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