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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第12章 斜陽編 -炎天も嚇怒も撃ち堕とせ死星-
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第184話 白髪のアニマ


 ステンドグラスを通した月光が、色とりどりの光となって聖堂の床を照らしている。


 夜の闇のせいで分かりにくいが、薄い黄色の石材で造られた建物のようだ。


 内部の空間は広く、湾曲した天井部分までは20メートルはある。


 中央に限れば、内部をドラゴンが歩き回ることも可能だろう。


 元々、龍でも身動きが取れる建物を作ろうとしたのだろうから、当たり前かもしれないが。


「しかし、生半可な苦労ではなかっただろうな」


 いつ頃に建てられたものなのかは知らないが、当時のアニマたちの仕事ぶりには頭が下がる。


 それだけ、劫火というシンが崇められていたということか。


 それが今や、族長である≪グロニクル≫が改宗を決めてしまう始末。


 民からの信頼無くして、何が王か。……とは、あまり強く言うものではないか。


 私も、いつか仲間たちに愛想をつかされることのないよう、戒めていくべきだろう。


 そんなことを考えながら聖堂内を真っすぐに進んでいくと、この厳かな場所には似つかわしくないものが現れた。


 床に大穴が空いている。それこそ、ドラゴンが這い出してきたような。


 その大穴の周囲に、床に根を張るように触手のようなものが伸び、黒く変色して固まっているのか。


 まるで溶岩が己の意思を持ち、地獄から手を伸ばしたような恰好だ。


「炎竜の竜門から伸びてきているのか」


 私は自分とルヴェリス様の竜門しか見たことがないが、また随分と違うな。


 別に、自分の竜門だけを特別美化しようと思っている訳ではないが、目の前に見える黒い触手からは、なんとも言えない不気味さを感じる。


 ――まるで世界に悪役を望まれているかのような意匠じゃないか。


 斜めに続いている大穴を滑り降りると、余計にそう感じた。


 悪役のレッテルを貼られれば、子供だって歪んで育つ。


 世界の敵となったルノードの性質は、果たして自ら望んでそうなったものだったのだろうか。


 ぐつぐつと煮えたぎる溶岩が眼下に見える。


 溶岩に照らされた洞窟内は、本来は今までに見た竜門と同じく、白かったのだろう。


 だが、長い時間を掛けて黒く染め上げられた。


 今も溶岩から立ち上り続ける、あの黒い翼によって。


 黒い緋翼だ。


 そもそも、何故炎竜とその配下が操る翼である緋翼には、黒い霞のような形態と赤い炎の形態があるのかも謎だ。


 それが炎竜の固有能力であると言われればまぁ、それまでなのだろうが。


「この溶岩から立ち上った黒い緋翼が気化して、ラ・アニマ全体に巡っているのか」


 溶岩自体が結界を維持する燃料の役割を果たしているのだとすれば、実に合理的だ。


 この大地の下に眠るマグマから力を引き出せるのであれば、恐らくそれは無尽蔵に近い。


 竜門に陣取れば、炎竜は間違いなく最強の龍だ。


 ……まいったな。勝てるビジョンが全く見えない。


 だというのに、彼の龍はこの場所を後にし、無統治王国へと向かった。


 それ故に、私でも勝ちの目が充分に見えている。


 ――舐められたものだ。いや、視界にすら入れていないのか。


 例えこの場所でなくても、金竜ドールにも、氷竜アイルバトスにも。


 奴は微塵も敗れるつもりがないのだろう。


 実際、一瞬でも「この程度か、炎竜ルノード」と思い違いをしてしまうほどには、竜体となったシャラミド殿には存在感があった。


 力を与えられた配下であのレベルということであれば、ルノード本人が持つ力がどれほどのものとなるのか、想像もつかない。


 それが、再び私を昂らせる。


 コツコツと響く私の足音に紛れ、何者かが背後から追跡してきている気配を感じる。


 だが、特に注意を払うほどの存在ではないと感じてしまった以上、私の興味は前方へと向く。


 真ん中を流れる溶岩を挟むように伸びていく通路。私はその右側を進んでいく。


 奥に見えるのが、間違いない。炎竜の竜門だ。


 相も変わらず2対の翼を持つ竜の姿が彫り込まれた巨大な扉。


 どうせ、炎竜の竜形態にも翼は4枚もないはずだ。これは、この竜門に対応した龍を描いたものではない。


 恐らくは、我らを龍に任命した上位存在。


 この星を管理する者の姿……。


 いつか直接相対する時が来るのかも分からない、謎に包まれた存在に思いを巡らせつつ竜門に触れる……寸前だった。


 ――今しかないと、そう思ったのだろうか。


 背後から接近してきた人物が、私の首に刃を突き立てた。


 だが、音を立てて砕けたのはその刃の方だ。


 振り返ると、その人物が驚愕の面持ちで後方に飛び退ったところだった。


「……お嬢さん。もう戦う意味は無くなっているんだよ」


 襲撃者はアニマの女性だった。いや、少女と言うべき年齢かもしれない。


 長い黒髪に、強い意志を感じさせる黄玉の瞳。


 その身体的特徴は多くのアニマに共通するものだったが、私は何故かこの少女に特別なものを感じた。


 単純に大きな熱量を感じるからか、それとも。


「――――ッ!!」


 鋭い呼気を放ちつつ、武器を失ってなお、徒手空拳で挑みかかってくる少女。


 私の肩を掴もうとしているのか。そのまま首に噛みつくつもりか?


 相手を殺す為の武器が通らなかった私の肌に、何故己の牙なら通ると考えられるのか。


 いや、アニマの牙は吸血の際に魔力を纏うのだったか。一応、警戒しておくに越したことはない。


「そもそも、その程度の動きでは私を捕らえられないぞ」


 私の両肩をそれぞれの手で掴んだ少女。


 恐らくは私の肩を握りつぶさんばかりの勢いで力を込めているつもりなのだろうが、少し気になる程度でしかない。


 右手で少女の頭を掴んで、押し返す。


 怪我をさせるつもりはない。壁の無い方向へ、洞窟に向けて投げるような形だ。


 長い滞空時間に頭が冷えてくれればと思ったが、どうやら少女は相当に情熱的らしい。


 再び獣のように突進しかける少女……その靴と床を凍らせて繋げることで、ようやく前のめりに倒れて静止した。


「……いい加減、諦めたまえ」


 いや、まだ折れてはいない。顔を上げ、地面に両手をついて状態を起こし。


「護るんだ……!! 私がッ! 護らなきゃ……!!」


 震える足を叱咤するように、拳を大腿部に叩きつけ。気丈にも私を睨みつけている。


 ――遠距離で、このまま氷の力で意識を奪ってしまおうとも考えた。


 しかし、この場所ではどうにも氷の力を普段ほど上手く扱えない。現に、少女の靴の氷も解け始めている。


 周囲の気温が高いだけではないな。炎竜の竜門が近いことと関係があるのだろう。


 少し凍った部分が残ったままの靴で地面を踏みしめると、爆発する前段階として身を屈めた少女。


 どうしたものかと悩んでいると、助けは意外な方向からもたらされた。


「――クレア、やめなさい」


 強い意志を感じさせる、しかし掠れた響きの声だった。


 少女の背後から現れたその女性は、当然ながらアニマだ。


 しかし、最初からこの建物内にいたということであれば、私が存在に気づけなかった理由は……存在感が希薄だから、だろうか。


 ……弱っている、のか?


 全くといって良いほど、緋翼の気配を感じない人物だ。


 少女の姉くらいの外見にも見える女性だが、これまでのアニマを見るに若々しい母親でもおかしくないか。


 黒い修道服を身に着けていることから鑑みるに、やはり元々このシュレラム聖堂で暮らしている人物なのだろう。


 黒一色の修道服と修道帽の間から覗く、くすんだ白い髪は……地毛だとすれば、やはり正常なアニマとは言えないか。


 間違いなく老人である族長のシャラミド殿でさえも、若々しい黒髪を維持しているのだから。


 彼女は弱っている。それ故に、クレアと呼ばれた少女はすぐさま女性へと駆け寄った。


「サンドラさん……出てきてはだめ! あいつは危険すぎる……!!」


 サンドラというらしい女性の左腕を取り、身体で支えようとするクレア。


 いや、そうやって支えたら君は戦えなくなるのでは……と思わなくもないが、身体が勝手に動いたというやつか。


 クレアの左肩に乗った腕で、彼女をなだめるようにぽんぽんと叩きながら。


「大丈夫、今はそんなに悪くないから」


 とサンドラは朗らかに笑った。


 この状況で随分と落ち着いている。いや、彼女は私を敵だと認識していないのか。


「その人の言う通り、もう戦う意味は無くなっているんだと思う。お父さんも皆も負けたのに、命を見逃されていたんだよ」


「シャラミド様が……!?」


 二人の会話を聴いて、私も自体が飲み込めた。


 外で倒れているアニマたち。それが誰一人として死んでいないことを悟り、サンドラは私の意思を汲み取ってくれたのだ。


 それよりも、気になるのは……シャラミド殿が、サンドラさんの父君だということだろう。


 とすると、この病弱そうなサンドラさんこそがレンドウ君の母君か。


 ……クレアという少女も、レンドウ君と浅からぬ縁を持つ人物かもしれないな。


 それを利用すれば、少女が私に向ける敵意を和らげることも可能だろうな。


 この先の展開を予想し、どういう方向から攻めるべきか考えつつ、口を開く。


「――あまり悠長にしていられる時間はない。レンドウ君の命が惜しければ、言うことを聞いてくれ」


 少しばかり脅迫されているように感じてしまう可能性がなくもない、誤った言葉選びをしてしまったような気もするが……いいや、きっとここからでも挽回できるはずだ。


 ……と、信じたい。


 射殺すような視線に貫かれつつ、そう思った。



アイルバトス、他種族との交渉には間違いなく向いてません。主に自分という存在が相手に与えるプレッシャーを理解しきれていないのが原因。


そういえば、クレアが実際に動いて喋っているシーンを書くのは9年ぶりくらいだと思う。

そもそもがプロローグにしか出ていないキャラだったしな……。

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