第181話 氷竜の戦士隊
◆テサー◆
「――おかしいな。ナージアの気配を感じない」
ラ・アニマの周囲に広がる、広大な針葉樹林。モミの樹で構成されたそれが、街道と魔人の領域を別ける目印となっているんだ。
紛争地帯を抜ける人間のキャラバンも、命惜しさから決してこの針葉樹林に立ち入ろうとはしない。
アニマの里(一般的には吸血鬼の里だと思われているが)の具体的な位置こそ知れないものの、凶悪な魔人が闊歩するエリアであることは周知の事実である。
そんな、これから決戦の地となるであろう敵地を見据え、アイルバトス様がぽつりと零したんだ。
我らが族長には、独り言をポツポツと漏らす癖がある。
それに対して反応しても嫌がられる訳ではないことを知っている我々は、各々の考えを述べていく。
「ナージア坊が、倒されてしまったと見るべきでしょうか」
「あの臆病なナージアが、自分がやられるまで戦い続けるかしら?」
戦士隊の年長者であるメデハ爺の言葉に、レイネ姉が疑念を呈した。
それに対してスピナ姉が呆れた表情で「“慎重な”ナージアって言ってやりなさいよ……」とナージアへの不名誉な呼び方を諫めようとするが、問題はそこじゃないと思う。
そもそも、レイネ姉に特段ナージアを貶めようという意思はない。単に思ったことがそのまま口から出る性質なだけだ。
なにせ以前とは違い、今では殆どの戦士よりもナージアの方が序列が上なんだし。
魔王軍の軍師だったニルドリルという男が乱心……いや、何者かからの洗脳を受けていたのだったか。
かのニルドリルとの最終決戦においてナージアは恐怖に打ち勝ち、真なる力を開花させた。
自信に満ち溢れた……とはまだ言えないものの、自分にできることを認識し始めたナージアを見て、戦士隊の誰もが理解した。
この者こそが、次代の氷竜を率いる長となる存在だ、と。
しかし、族長はナージアを即座に戦士隊のトップに据えることは無かった。……本人が「分不相応だ」と昇格を嫌がったのもあるだろうけど。
如何に才能を秘めた者であろうと、下積み時代は大切だということだろうか。
まぁ極論にはなるけど、“ただ力を持っている”というだけで小さな子供に部下を持たせられるか? という話かもしれない。
結局、ナージアは戦士隊の序列第三位に収まった。
アイルバトス様を長とする、氷竜の戦士隊。
今回の作戦に参加している者を上から列挙していくと、こうなる。
序列第一位、“敢然たる”リトン様。氷竜という種族におけるナンバーツーとして、皆を統率するお立場だ。
第二位、“溌溂な”レイネ姉。
第三位、“慎重な”ナージア。
第四位、“高飛車な”サターラ姉。
第五位、“堅実な”スピナ姉。
第六位、“勇敢な”ラテア姉。
第七位、“寡黙な”リラ。
第八位、“気長な”ロテス兄。
第九位、“謙虚な”メデハ爺。
そして第十位、僕こと“勤勉な”テサー。
この序列はあくまで“創造する力”の大小を基準に決められたものでしかない。いわば、次代の龍になれる適正だけを見たものだ。
腕力や戦闘経験などを含めれば、直接戦った場合の勝敗に直結しないものであることは皆解っている。
だからこそ、上だとか下だとかに関係なく、互いの能力を認め合い・活かし合うことのできるこの戦士隊が、僕は大好きだ。
ナージアは半年前の縁もあってレンドウさんたちと行動を共にしているため、しばらく会っていないのだけど。
「……レンドウ君が言っていたな。ラ・アニマには劫火の加護があり、それにより害意を持つ者の侵入を許したことがない、と。ならば、これもその結界の影響か。私とナージアのパスが無効化されているのは……双方が結界の内と外にいるから、ではないのだろうな」
独り言を続けつつ、アイルバトス様はずかずかと針葉樹林の中へと足を踏み入れていく。
そのあまりに警戒心を感じさせない振る舞いにずっこけそうになりつつも、僕らも後に続く。
陶磁器のような白くすべやかな肌。透明感のある二対の角は、夜に溶ける様に殆ど視認できない。
肌より薄っすら灰色の髪は、見る角度によって黄色や青、赤みがかっているようにも見える不思議な性質だ。
すらりとした長身を魔術師然とした紺のローブで包んだ、美丈夫といった出で立ち。
「……それが我らがアイルバトス様の人間形態だ」
と、そこまで考えたところで、
「こんな時まで口頭日記? 集中しなさいよ」
とスピナ姉が僕の頭に軽く手を置いて言った。
どうやら、大体は口に出していてしまったらしい。僕もアイルバトス様に似て、独り言を垂れ流すタイプなんだ。別に意識して真似してる訳じゃない。……と、思う。
スピナ姉の手を払いのける。
「いいじゃないか、別に。集中はしてるよ。むしろ現在の状況をしっかりと整理してるまであるよ」
「あらそう」
まだ何か言い足りなそうな気配を感じたが、アイルバトス様が立ち止まったことにより、スピナ姉は手早く会話を終わらせることを選んだのか。
アイルバトス様は口元に手を当てると、今度は独り言ではなく、明確にリトン様へと目を向けた。
「間違いないな。ここはもう炎竜ルノードの結界の内だ。どうやら、我らの間のパスは無効化されているらしい。他にも何らかの弱体化を受けている可能性がある」
その言葉に、全員が気を引き締めた。
今のところ、特に身体が重いなどの異常は感じられないが……。
だが、パスが閉じているのは確かなようだ。試しに隣のスピナ姉に『バーカ』と念話を試みるも、反応がない。
案外、スピナ姉側もこっちに何か言葉を送ろうとした可能性もある。僕の顔を見て、なるほどと頷いた様子だ。
まさか僕に『バーカ』と言われて頷いたはずがないので、これは間違いなく通じてないね。
「よし、ではこうしよう。これより、私一人でラ・アニマへと先行する。リトン、一時間経っても私からの連絡が無かった場合、皆を率いて突入してくれ。それ以外の場合、合図は光弾で送る」
「……承知致しました」
リトン様は何か言いたいことがありそうな様子だったが、その内容は想像に難くない。
――我らもお供させてください。
今までであれば、彼はそう口にしていたかもしれない。
だが、今回の相手は劫火。炎竜ルノード。
我らが敬愛する氷竜アイルバトス様と同一の位を持つ、龍の一体だ。
そんな存在との戦いに、自分たちが足手まといにならないと断言できるだろうか。できるはずもない。
僕らにできることは、アイルバトス様の判断に従うことだけだ。
「万が一、ラ・アニマより逃げ出してきたアニマと鉢合わせた場合は……」
「分かっております。相手が戦いを望まなければ、見逃す。ですね」
「よし」
リトン様の返答に頷くと、アイルバトス様は今一度戦士隊全員を見渡した。
あぁ、そのお目まで美しい。水色の宝石のような瞳。完璧に完成された存在だ。
「――無事に終わらせてくるさ。心配するな」
そう言い残し、アイルバトス様は樹林の奥へと消えていった。
完全無欠の我らが王。
アイルバトス様が炎竜ルノードを倒し、この戦いが勝利に終わると。
「この時の僕は全く疑っていなかった……」
「――変なフラグを立てるようなことを言うんじゃないの」
後頭部をはたかれたかと思うと、長時間の頭部への拘束が始まった。
髪をグシャグシャにされるのはかなり気になるからやめてほしい。
最終編なのに新キャラ出し過ぎ問題。
それと、今回からの章タイトルで解る人にはバレてしまったと思うので白状しますが、炎竜ルノードを「恒星」、それに対する氷竜アイルバトスを「死星」と表現しているのはモンハンネタです。