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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第11章 斜陽編 -暗闇も絶望も照らし焦がせ恒星-
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第180話 照らし焦がせ恒星

ちょっと諸々落ち着いたので、失踪していない証明に投稿しておきます。



「サルガードォォ!!」


 大柄なアニマが、クラウディオに向けて吠えた。


 吠えた(のち)、全身を緋翼で覆いながら体当たりを敢行する。


「――ゲンジか」


 両者は既知なのか。


 クラウディオは地面に偃月刀を突き刺すと、両手を前方へ突き出して、そこに黒翼を纏わせた。


 ゲンジというらしい大柄なアニマと、クラウディオの翼が音もなく激突する。


 直接の衝撃音こそ無いが、主に弾け飛ぶ緋翼の熱により、周囲の雪がゾクりとするような音を立てた。


 大質量に見える――いや、間違いなく大質量だろう――緋翼のキューブと化したゲンジを両手で受け止めたクラウディオの右足が閃いた。


 その蹴りは緋翼のキューブを突き破り、その向こうに潜むゲンジに突き刺さったのか。


 緋翼がぱちんと弾け、膝をついたゲンジの姿が露わになる。


「冷静さを欠いていては、俺には勝てんぞ」


 クラウディオのその言葉から、恐らく二人が……いや、ゲンジが一方的にだろうか? クラウディオをライバル視していることが察せられた。


 あちらは大丈夫そうだ。


 やはり、クラウディオの実力は高い。戦闘技術ならダクトの方が上だとは思うが、種族としての能力までを含めれば、どちらが上とも言えないかもしれない。


「――ジャラァッ!!」


 ハサミへと変形した右腕でロウラの双剣を捌き、ジェットは巨大な針と化した左腕を突き出した。


 こちらは身体能力で言えば互角か。いや、ロウラは後退しがちで、ジェットが押しているようにも見える。


「――大丈夫?」


 心配そうな顔をして、俺の肩に手を置いたのはカーリーだ。来てくれたか。


 白い髪に赤く染まっている部分が見受けられるが、彼女の血ではないようだ。返り血だろうか。


 やはり、向こうでも戦いがあったんだな。


「大丈夫だ……けど、ちょっと血を分けてもらいたい……かもしれない」


「わかった」


 彼女は二つ返事で了承してくれるが、戦場では吸血を行う隙を見つけるのは容易では無いだろう。今はまだその時じゃない。


 などと考えていると、視界の隅で、蹲っていたサイバが起き上がろうとしていた。


「マズ……」


「俺がやる」


 マズい、と口にする前に声がして、その人物が起き上がったサイバに向けて躍りかかった。アシュリーだ。


 サイバの傷は全く癒えていない。俺に妨害されることを恐れたのだろう。


 正直な話、アシュリー、カーリー、レイスの3人は、黒騎士たちに対して身体能力で劣っているところはあると思う。


 レイスは動きでは付いていけなくとも、あの白い力があればダメージは与えられるだろうが。


 決してアシュリーとカーリーが弱い訳じゃない。だが、相手が強すぎる。


 現に剣氷坑道での邂逅では、カーリーの渾身の蹴りは難なく受け止められてしまっていた。


 勿論、あれから俺達は修行を積んだけど……それと同じだけの時間が、敵方にもあった訳で。


 だから、アシュリーがアニマに挑みかかることに若干以上の不安を覚えてしまうのは、仕方ないことなんだ。


 ――だが、同じ理由から来る油断が、サイバにもあったのだろう。


 相手は所詮は人間だ。その油断が命取りとなった。


 アシュリーがそれぞれの手に握るアイアンナックルは、魔法武器だ。


 まだ詳しいことはよく理解できていないが、魔法的な力を取り込めるというそれに、予め俺の緋翼をこれでもかというほど注いである。


 起動させることで一度にため込んだ全てを解放し、叩き込む。一度きり――両手にそれぞれ備えている訳だから、二度きりか――しか使えない必殺技だが。


 さすがはアシュリー。思い切りが良いぜ。


 出し惜しみせずに、初撃にそれを選んだ。


 防ごうとしたサイバの短剣が砕け、そのままアシュリーの右拳が腹部へと吸い込まれた。


「――――ッッッ!?」


 ううっ。めちゃくちゃ痛そうだ。さっき俺が与えた傷口に丁度当たったんじゃないか。


 サイバは声もなく上空へ打ち上げられ、そのまま落下した。完全にダウンして、もう動けないだろう。



「どうぞ」


 こちらへ向かって来る攻撃が無さそうなことを察してか、カーリーが左腕を露わにして俺の口元へ差し出した。


「……助かる」


 そうだよね、そりゃそうだ。こんな状況で抱き合うような格好になって、首から吸血する訳ないもんね。


 知ってた知ってた。レンドウ知ってたよ。


 事務的な吸血を淡々を、しかし急いで行いつつ、周囲を観察する。



 クラウディオとジェットは問題ない。両者共に、どちらかと言えば押している。


 青髪のアニマが変身した姿だと思われる赤い竜は……こちらをじっと見つめている、のか。


 なんだよテメー見てんじゃねェよ。と視線で威圧しようと試みるが、意味は無いだろう。


 女の子の腕をチューチューしながら威圧するのが我ながら無理がある。


 全身の傷が癒え、体力が回復していくのを感じてカーリーの腕から顔を上げる。


 彼女の腕に傷が残らないよう、緋翼を纏わせた両手でそっと包み、傷口を縫合していく。


「ワリ、遅れた。レイスとナージアは森の方で他の敵を拘束してる。状況は……その槍みてぇなのはなんだ?」


 そんな時、俺の左側にしゃがみ込みながらまくし立てる少年。ダクトだ。


 その内容を素早く吟味し、俺は口を開く。


「あそこの……アニマの女が、自分の髪の毛から作った槍だ。けど、さっき俺の緋翼を通して、支配権を奪ってある」


 危険なものではないと説明するも、ダクトは警戒の視線を解かない。


「……その女が気絶した後も、そのまま形をとどめていられるものなのか?」


 というダクトの発言に、俺が目を見開いたとき。


 気絶して地に……いや、雪に伏せていたと思っていたアミカゼが、飛び上がるように身を起こした。


「なッ!?」


 その時には、既に俺目掛けて一本の剣槍が飛来している。咄嗟に腕を伸ばしつつ、「逸れろ!」と命じるも、効かない。


 さっき緋翼を通した剣槍じゃない。新しく生成されたものだ。まずい。


 緋翼を吹き付けて奪おうと考えるも、思ったように緋翼を噴出させられない。


 カーリーから血を貰ったとはいえ、それが体内で新たな緋翼を生成し切るまでにはまだ時間が必要だった。


 甘えと言われればそれまでだが、ダクトがなんとかしてくれると思うしかない。


 一応、目の前まで来たら素手で受け止めようとは意識してみるが、まず無理だろう。


 果たして……ダクトが黒銀のナイフを斬り上げると、真っすぐ飛来した剣槍は回転しながら上へと逸れ、俺の背後へ消える。


 次の瞬間には、もう眼前からダクトの姿は掻き消えていた。


 軽く跳躍し、アミカゼが振るう剣槍の柄に左手をついていたダクト。


 勢いよく運ばれる身体に動揺することなく、振り終わりの寸前で手を放し、アミカゼの目の前に着地。


「人……間……?」


 肩口に突き刺さった黒銀のナイフから逃れるように、身体を捻りながら後退しつつ。アミカゼが零したのはそんな言葉だった。


 戦意を喪失した訳じゃない。眼前の敵に恐怖した訳でもない。


 ただただ、怪訝そうな声だった。


 お前の正体はなんだ。そんな感じの響きだった。


 だけど、ダクトは先代魔王ルヴェリスのお墨付きの、純粋なただの人間のはずだ。


 近すぎる間合いに得意の剣槍を封じられ、アミカゼは素手を伸ばした。素手であっても、人間の肌など容易く斬り裂けるだろうそれだが、鮮血を舞わせたのは彼女の腕の方だった。


 ダクトはアミカゼの拳を左半身を下げることによって回避した後、素早く()()()になった。


 右手側から側転を開始したのか。何のために?


 いや、あの靴を使った技だ。ダクトのブーツの爪先と踵の両方から刃が飛び出していて、それがアミカゼの腕を斬り裂いた。


 初見で対応できるはずもない、かつて俺を震撼させた攻撃。滅多に披露することのない、ダクトの隠し玉。


 この場にいる敵は、己の全てを用いて相手をする必要がある。ダクトはそう判断したのだろう。


 結果としてそれが正しいのかはまだ分からない。赤い竜には今も、こちらの手の内を観察されている。


「――あはっ、あはははははははははっ――――」


 だが、アミカゼは倒せた。脱力したような笑いは、敗北を悟ったからだろうか。一瞬で背後を取ったダクトの黒銀のナイフが背中に突き立ち、アミカゼは頭から地面に突っ伏した。


 ダクトが追い打ちを掛けないということは、確実に意識を刈り取ったという確信があるのだろう。


 周囲に落ちていた剣槍が空気に溶ける様に消失していったことからも、それは裏付けられた。


 ともかく、これでダクトの手は空いた。


 アミカゼの背中から黒銀のナイフを抜き取ると、ダクトは素早く残りの戦いを見やる。



 カーリーもアシュリーも、万全の状態で周囲の戦いを観察している。


 俺もまた、体内から新たな力が湧き起こるのを感じていた。


 ――勝てる。



 ジェットの変形した腕と剣を打ち合わせるロウラ。


 その両者の間に、身を滑り込ませるように移動したダクト。


「――おォわッ!?」


 ジェットもロウラも一瞬虚を突かれたように動きが止まり、すぐに一旦距離を取ろうとする。


 怖いもの知らずだな。ジェットの反応が遅かったら、仲間の攻撃をその身に受けてたかもしれないぞ、ダクト?


 その時には既にダクトはロウラの左手に触れていた。かと思うと、ロウラの左手から直剣が弾き飛ばされていた。


「――ッ!!」


 残った右手の剣でダクトの首を狩ろうとするも、ダクトは左手に黒銀のナイフを持ち、ロウラの直剣を弾き返した。


 余程強く意識していたのか、今回はロウラの手から剣が失われることは無かった。


 だが、その隙をジェットは見逃さない。ダクトの右肩の上を通り抜け、巨大な針と化した左腕が真っすぐに突き出された。


 ロウラの肩はプロテクターのようなものに覆われていたのか、針を受けた左肩には穴こそ空かなかったものの、衝撃により背後へと身体ごと吹き飛んでいった。


 地面に衝突し、1回、2回とバウンドしてから止まった身体は、起き上がる気配を見せない。


 ……いやー、強すぎる。快進撃すぎ。


 ダクトが強すぎるし、それと合わせてジェットにも同時に襲い掛かられれば、アニマの誰でもこうなりそうだな。


 こいつらが味方で本当に良かった。



 静かにこちらを観察している赤い竜を除けば、残りの戦いは一組だけ。


 クラウディオとゲンジの方へと目を向ければ、既に決着がつくところだった。


「――終わりだ」


 血がダラダラと流れる左腕を抑え、荒い息を吐いているゲンジ。


 既に体力を使い果たしたという様子だ。


 クラウディオはそんなゲンジの右頬に触れる寸前の位置で、偃月刀の腹を止めている。


「…………」


 ゲンジは何も返事を返さなかったが、小さく頷いたようだ。


 それを待ってから、クラウディオの偃月刀が動いた。


 意識を失ったゲンジが横向きに倒れると、クラウディオはすぐにこちらへと歩み寄ってくる。


 嫌味なくらい、余裕綽綽だな。


 まぁ、あのニルドリルに善戦したクラウディオだ。ニルドリル戦と比べてしまえば……そりゃあ余裕すぎる相手だったことだろう。


 相手の意識を刈り取る前に、相手が負けを認めるのを待つフェイズが挟まっていたのは……俺にはいまいち理解が及ばないが、武人? 同士のなんちゃらみたいなやつだろう。知らんけど。


 クラウディオがこちらに寄ってきたことで、ダクトとジェットもそれに追従した。


 全員が、本能で分かっているんだ。


 あの赤い竜だけは、無策に単身で突っ込んでいい相手じゃない、と。


「さて、どうするかね」とはダクトの弁だ。


 大岩の隣で、ただ静かにこちらを観察し続けた竜。


 俺、カーリー、アシュリー、クラウディオ、ダクト、ジェット。


 そして、敗北し倒れ伏すロウラ、アミカゼ、サイバ、ゲンジ。


 全員を黄玉の瞳で睥睨し、それでも尚無言を貫いたまま、赤い竜は天を見上げた。



 そこに何がある?


 ……罠か?



 いや、罠ではなかった。


 なかったが、結果としては似たようなものだ。


 俺達は誰一人として、そこから目を離せなくなった。


 寒空に浮かぶ月が掻き消えた。違う、もっと別の、強烈に輝く存在に当てられ、見えなくなったんだ。


 夜の闇が斬り裂かれ、俺の目も焼けるようだ。


「うッ……――――――――ッ!?」


 だが、それでも視線を逸らせない。身じろぎ一つできなかった。


 世界が赤く染まる。


 熱気を強く肌で感じ、季節感が一瞬で消失する。実際、周囲の雪が急激に蒸気を上げ始めていた。


 喉がカラカラに渇き、唾を飲み込もうとするが、それすら空振りして気分が悪かった。


 中空に浮かぶ光源の中心は球体だ。表面には炎が踊り狂い、中心へ向かうごとに橙に、黄色に、白へと近づいていく。


 直感で分かった。まずい。


 今、あそこに現れようとしているのは……!



 ――炎竜ルノードの、本体だ。



 それに気づいたとして、どうすればいいというのだろうか?


 俺達は劫火と戦う役割を担っていた訳じゃない。そんなもの、担えるはずも無い。


 奴と戦うのはアイルバトスさんだったはずで、でも彼はまだここに到着しているはずもなくて。


「に、逃げ」


 逃げないと。そう仲間たちに発破を掛けることすら完遂できなかった。


 発しかけた言葉すら奴の存在感に封じ込められているうちに、ばたり、ばたりと音がした。


 硬直した身体で、眼球だけを何とか動かすと、視界の隅で仲間たちが倒れているのが確認できた。


 ちくしょう……ちくしょう!


 ここで終わりなのか?


 俺の人生は。


 誰も耐えられないのか。ダクトでさえも。


 いや、実際に目にしてみれば分かる。存在としての格が違う。


 あれを前に平静を保てる生物がいてたまるか。できるってんなら、いくらでも俺達のことを馬鹿にしてくれていい。


 なんで俺が最後まで耐えられているのかの方が不思議なくらいだ。


 高熱の球体までの距離感を計りづらく、具体的な大きさは分からない。


 だが、とてつもなく大きい気がする。


 球体の中から腕が、脚のようなものが突き出してくる。


 ゆっくりと、まるでこの世界に生れ落ちるように、しかしそれは赤子と呼ぶには凶悪すぎる外見だった。


 猛り狂う炎の内に。硬質の鱗を備え、刺々しくも洗練された、あらゆる生命を畏怖させる死のイメージを俺は見た。


「……お前たちはよくやった方だ。褒めてやる。だが、もう眠れ」


 その言葉を最後に、俺の身体も前のめりに倒れていた。


 意識を失う寸前、最後に視界に映ったのは……。


 宙に浮かぶルノードの下で。


 憎々し気に俺を見つめる、赤い竜の顔だった。


 竜の表情の差異なんて、見分ける自信はそれほど……ないけど、さ…………。


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